99話 一方その頃あや子さん
~Side:あや子~
小絃のせい(?)で小絃ママの『他人の心と体を入れ替える』という常軌を逸する実験に巻き込まれてしまった私。しかも最悪な事に、入れ替わった相手というのこれまた常軌を逸するお馬鹿さんなバカ小絃だってんだから救いようがない。おまけに最低でも丸一日は入れ替わったままってことも実に絶望的だ。
こんな見るも無惨な残念な有様、うちの可愛い紬希にはとても見せられないし(おう、アホあや子。それは一体どういう意味かね? byロリコンに成りきれなかったイトコンお姉ちゃん)、正直に入れ替わりの件を話しても『あや子ちゃんも小絃さんも……病院に行きましょう。私の上司に話は通しておきますから』って具合に頭おかしい扱いされてもおかしくないわけで。
……いや、頭おかしい扱いされるならそれはそれでまだ良いの。私の心が折れて致命傷で済むだけだし。それよりも一番ヤバいのは——
『…………小絃さんと一緒に、心と体を入れ替えて……二人でなにしてたのかなあや子ちゃん?』
——って具合に。いつかあったみたいに話が拗れに拗れて変な方向に行った結果……紬希に浮気を疑われちゃう可能性がある事がホントにヤバい。紬希を悲しませたくないし、怒らせたくもないし。何よりあのバカが浮気相手だって誤解をされるなんて死んでもゴメンだわ。
そんなわけで小絃と作戦を練った結果。お互いがお互いに成りきって、今日一日をやり過ごす事を決めた私と小絃。正直あのおっちょこちょいの猪突猛進単純おバカにこの世で最も愛らしく愛おしい紬希を任せるのは色んな意味で不安でしかないけれど、流石のあいつだってこの状況が理解出来ないほどバカではない……ハズ。私の言動とかは癪だけどあいつならよく見知っているだろうし、数時間程度ならどうにかなるでしょう。……多分。
「……ハァ、ハァ…………問題、は……私のほうね…………何が何でも……入れ替わりが、バレないように……はぁ……痛ッ…………しなく……ちゃ……」
何せ相手はあの琴ちゃん。小絃は勿論私との付き合いも長い上に、小絃Loveの化身とも言えるあの子なら、恐らく一時間もあれば違和感に気づくだろう。
ただまあ……幸か不幸か小絃の場合、『リハビリに疲れ果てて眠っている』って奥の手の設定が今回使える。狸寝入りさえしておけば流石の琴ちゃんも私と小絃との入れ替わりには気づかないハズ。
丸一日寝たふりをするのは食事とかトイレとかの関係上無理だし、なにより琴ちゃんに寝過ぎて逆に心配される恐れだってあるから……数回は起きて琴ちゃんと接触するつもりだけど。でもほんの数分程度なら琴ちゃんと言えど、入れ替わった事に気づくことはまずないでしょう。いやぁ、楽なミッションだわ。
「…………ぜぇ、ぜぇ……っ!それに、しても……!バカ小絃の……やつ…………なん、で……こんな身体で……いつも平気な、顔を……っ!」
ベッドの中で必死に息を整えつつ、改めて私は……あの腐れ縁の悪友の事を心底恐ろしく思う。あんのバカ……まさかいつもこんな状態で過ごして——
『————ただいま小絃お姉ちゃん、帰ってきたよー!』
「……っ!」
と、思わず悪態を吐きそうになっていたところで。聞き慣れた悪友の嫁候補、琴ちゃんの声が聞こえてきた。私の中で緊張が走る。
「(……だ、大丈夫。大丈夫よバレやしないわ。冷静になりなさい……私はただ眠っているだけで良いんのだから……)」
生唾をゴクリと飲み込みながら、とりあえず琴ちゃんのいる一階の様子に耳を澄ます。
『……お姉ちゃん?小絃おねえちゃーん?…………んんん?おかしいなぁ、いつもならすぐに飛んできて私に『お帰り琴ちゃん♡』って言ってくれるのに。お姉ちゃん、ねえ……どこ……?小絃お姉ちゃ…………あれ?これ、お姉ちゃんの置き手紙?』
私……と言うか、小絃を探して一階をうろうろしていた琴ちゃんは。どうやら小絃が家を出る前に残した琴ちゃん宛の手紙に気づいたようだ。
『んーと、なになに——』
【愛する琴ちゃんへ
今日もお仕事お疲れ様♡ご飯は作っておいたから良かったら食べてね!お出迎え出来なくてごめんなさい。実は突然アポ無しで来やがった迷惑母さんの対応と、それからリハビリを頑張り過ぎちゃったせいで、お姉ちゃんちょっと疲れちゃいました。そんなわけで今は少しだけお昼寝しています。おやすみなさい。琴ちゃんもゆっくり休んでね!
琴ちゃんの頼れるお姉ちゃん予定候補、音瀬小絃より愛を込めて】
『——なるほど。お昼寝って事はお姉ちゃんお部屋にいるのか。あと……どうしてここにいるんだろってちょっとだけ不思議だったんだけど。だからお義母さんがソファで寝てるんだね』
小絃の姿が見えないことに若干取り乱した様子の琴ちゃんだったけれど。小絃の残した手紙を読んですぐに落ち着きを取り戻したらしい。
「(……こういうところ、小絃って昔っから変に気が回るのよね)」
と、そんな奇跡的にナイスフォローした小絃に感心していると、琴ちゃんが階段を上がり二階のこの部屋へとやってくる音が聞こえてきた。
っと……いけない。そろそろちゃんと寝たふりをしておかないとね……
カチャ
「あ、良かったホントにいた。……コホン。小絃お姉ちゃん、ただいまー」
「…………」
寝ている小絃を起こさないようにと、静かに扉を開け。そして小絃を興さない程度の蚊の鳴くような小さな声で『ただいま』と声をかける琴ちゃん。
思わず『お帰り』と返したくなる気持ちをぐっと堪えて狸寝入りを開始する私。
「……お返事無し。お姉ちゃん、寝てるかな?」
「(はいはい寝てますよー)」
「(ツンツン)ホントは寝たふりとか……してないよね?」
「(し、してないわよー……)」
「もしこれで……実は起きてたら。お姉ちゃん大変な事になっちゃうから……ちゃんと寝ててね♡」
「(待って……?一体何する気なの琴ちゃん……!?)」
呼びかけられたりほっぺをツンツンされたり、ついでに脅迫めいた事を言われたり。飛び起きそうになりそうなところをどうにか堪える。
そんな私の様子を伺った琴ちゃんはゆっくりと私が眠る小絃のベッドに侵入してきて……
「……じゃあ、眠っているなら好都合だ。いつもみたいに……失礼するねお姉ちゃん……」
「(…………は?え、ちょ……ななな、何してんの琴ちゃんは……!?)」
私と一緒の布団の中に入り込んだ琴ちゃん。そのまま私に覆い被さり、そして私の胸元をはだけさせ……そして露わになった肌に直接耳を当てたではないか。
「ん。大丈夫……お姉ちゃんの生きている証、ちゃんとわかるね……」
「(琴ちゃん……もしかして心臓の鼓動を、聞いてる……?)」
何事か?まさかの貞操の危機か?と身体を硬くした私だったんだけど。それは杞憂に終わる。どうやら小絃の鼓動を聞いているらしい琴ちゃん。
「(そういや……小絃も言ってたっけ。琴ちゃんは未だに、10年前の事故と自分の身体のことを病的なまでに気にしてるって……)」
なるほどね……あれだけの事故を幼少期に目の当たりにして、それから10年も小絃のバカが目覚めなかったわけだし。眠っているこの時こそ、琴ちゃん的には心配になってしまうのね。だからちゃんと小絃が生きているか確かめたくなるんだろう。
そういう事なら仕方ないわね。いきなり寝込みを襲われて流石にびびったけど……まあ、これくらいの事なら見て見ぬ振りをしておくか。
「……温かい。お姉ちゃんの温もりを感じるよ……」
「(……つか……知らない間に服脱がされて、抱きつかれちゃった……)」
なんか一瞬で服を剥ぎ取られ取られちゃったけど……まあこれも見て見ぬ振りしておくとしましょう。
「……すん、すん……うん、お姉ちゃんの香りもいつも通り。甘くていつまでも嗅いでいたくなっちゃうね」
「(えぇ……に、匂いを嗅いでるの琴ちゃん……?こ、小絃の身体とは言えちょっと恥ずかしいんだけど……)」
なんか匂いまで嗅がれているけど、これに関しても見て見ぬ振りを……
「……ついでに味も、確かめなきゃね。ちゅ……んちゅ、れろ……
「(ぎゃぁああああああ!!??こ、琴ちゃん……一体どこ舐めてんの!?何を舐めてんのぉおおおお!!?)」
「んくっ…………ふふっ、おいし♪良かった、健康的な味だよお姉ちゃん♡」
な、なんか匂いを嗅がれるどころか全身舐められてるけど……こっ、これに関しても……見て見ぬ振り……を……
「(見て見ぬ振りなんて、出来るかぁ!?)」
必死に狸寝入りを続けながら、心の中で盛大に魂の咆哮をあげる私。心臓の音を聞くまではスルー出来たけど、段々とエスカレートしていくその他諸々の行為に関しては心の広いこのあや子さんといえどスルーなんて出来るわけないでしょうが……!?
「(こ、琴ちゃんが小絃の事が大大大好きで、大切すぎている事は理解していたつもりだったし……その愛が紬希並に重い事も重々わかっていたつもりだったけど……まさかここまでヤバいとは……!)」
こ、この手慣れた感じ……絶対に小絃の寝込みを襲うのは昨日今日に始まった事じゃないでしょ……!?何!?何なの!?まさかあのバカ小絃……毎日こんな事を琴ちゃんにされてるの!?だとしたらなんであいつ平然としていられるの……!?それとも鈍感すぎて気づいていないとでも言うの!?
「(……ま、まずい……)」
私に成りきらなきゃならない小絃と違って、ただ狸寝入りだけしておけば良い楽なミッションだって思っていたけど……前言撤回させて貰うわ。下手したら小絃に成りきるよりも地獄じゃないの……!?これってつまり……これから丸一日、こんな感じで抵抗できないまま琴ちゃんの愛を全身で受け止めなきゃいけないって事でしょ……!?
だったらいっそ狸寝入りをやめて小絃に成りきるか……?
「(む、無理ね……今の私の精神状態で小絃を演じるなんて絶対無理……他の人は騙せても、他でもないこの琴ちゃんを騙すとか無理ゲーが過ぎるわ……)」
結局のところ私は小絃ママが起きるまでの間、狸寝入りを続けるしか他に道がないって事で……
「(ち、違うのよ紬希……これは決して浮気とかそういうアレじゃないのマジで……!)」
そんなわけで。する必要のない言い訳を心の中で愛しの嫁に必死に唱えながら。狸寝入りを続けつつ、ただただ泣き寝入りするしかない私であった……
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