98話 成りきれ!悪友に!
母さんのいつものトンデモ迷惑実験に、いつものように巻き込まれた。悪友あや子とお互いの心と体が入れ替わってしまった私は、入れ替わったあや子から愛する琴ちゃんと紬希さんに心配をかけないようにと私はあや子に、そしてあや子は私に成りきって一日を過ごす事を提案されたんだけど……
「それであや子。言い出しっぺなんだし当然何かしらの作戦は考えてあるんだろうね?」
「当然よ。私を何だと思っているのかしら?」
「ロリコンのド変態」
「今ロリコン云々は関係ないでしょ!?」
琴ちゃんを不安な気持ちにさせたくないし、コイツの提案自体は乗ってやっても良いんだけど……あや子の立てた作戦とか正直不安しか感じない。ちゃんとまともな作戦は立てているんだろうか?
「余計な茶々入れて無駄な時間を取らせるんじゃないわよ全く……」
「はいはい。んで?肝心の作戦の方はどうなのさあや子」
「まずあんたに関してだけど……下手に誤魔化すよりも接触自体を避けるべきね。幸か不幸か今日はあの子夜勤明けだから、家に帰ったらご飯とお風呂を済ませてすぐに仮眠を取るハズよ。その間あんたはインストラクターの仕事に行っておけば良いんだし、紬希の前で私を演じるのはせいぜい一,二時間程度って事。流石に丸一日付きっきりだったらボロが出ちゃうでしょうけど、短時間なら私に成りきるくらいいくら不器用なあんたでも流石にできるでしょ?」
「まあ、それくらいなら……」
迷惑なことこの上ないけれど、私とあや子は長年の悪友で腐れ縁だ。それ故にあや子の言動は嫌という程見てきたわけだし、他の人に成りきるよりかはやりやすいだろう。夜勤明けって事は流石の紬希さんも眠くてお疲れで多少違和感があってもスルーしてくれるかもしれない。
あや子の言うとおり一,二時間くらいなら純粋で人を疑うことを知らなさそうな紬希さんの前でならなんとかあや子を演じきれそうだ。
「そんであや子の方はどうするのさ?言っとくけど琴ちゃんを騙すとかかなり至難の業だと思うんだけど?」
何せ琴ちゃんは紬希さんと違って、家に帰ってきたらほとんどの時間を私と付きっきりで過ごすのが日常だ。接触を避ける事はほとんど不可能と言って良い。おまけにただでさえ勘が良くて鋭くて私とあや子の事を熟知している琴ちゃんだし、入れ替わりがバレないようにするなんてかなり難しいと思うんだけど……
「そっちに関しても問題無いわ。要は琴ちゃんとのコミュニケーションを極力避ければ良いって話でしょ?琴ちゃんの為にリハビリを頑張りすぎて疲れているって事にして、一日中寝たふりをしておけば乗り切れるわよ」
「なるほど、その手があったか。確かに寝たふりしておけば流石の琴ちゃんにもバレることはなさそうだね」
…………ん?あれ?中々に名案だと一瞬思ったけどちょっと待ってほしい。なんかこのあや子の作戦、ただ寝てるだけのあや子と違って……私は数時間とはいえ直接紬希さんとやり取りしたり、あや子の代わりにインストラクターの仕事までしなきゃいけないんだよね?私だけ負担大きくないか?気のせい?
ま、まあ良いか。あや子に余計な事をやらかされるよりかはマシと考えようそうしよう。
「良いわね小絃。絶対にしくじるんじゃないわよ。……あと、いくら紬希が天使のように可愛いからって思わず手を出したりでもしたらあんたを地獄に落とすから覚悟しておく事ね」
「あや子こそバカやって琴ちゃんにバレないようにしなよ。……そして、いくら琴ちゃんがセクシー&エロティックだからって押し倒すような真似でもしたらマジで貴様を○すからそのつもりでいなよ」
お互いを鼓舞しつつ、牽制と気合いを入れ合う私とあや子。なぁに、たった一日成りきれば良いんだ。上手くやってやるさ!
◇ ◇ ◇
「……へぇ、ここがあや子と紬希さんの家か」
そんなこんなであや子と別れ。私と琴ちゃんのお家を出た私は、地図情報を頼りに二人の家へと辿り着いた。
「そういえば私、ここに来るのは初めてだわ」
いつもは呼んでもないのに勝手にあや子が紬希さんを連れて遊びに来るから二人の家に行く事なんて全然ないもんね。なんだか新鮮だわ。
「……おじゃましまーす」
あや子から預かった鍵を使って扉を開ける。あのあや子の家なんだし、しかも本来予定のない突然の訪問だから多少散らかっていたりするのではと覚悟はしていただけに。意外……と言ったら失礼だけど、見る限りいつでもお客さんを出迎えられるほどに綺麗に整理整頓されていた。
「ま、そりゃそっか。あや子はともかく紬希さんってきれい好きっぽいもんね」
がさつなあや子だけならゴミ屋敷と化しててもおかしくはないけれど。あの紬希さんも一緒に暮らしているんだし彼女ならちゃんとお掃除とかもしてるよね。そう感心しながら現状把握をするために家の中を軽く見て回る。
キッチンには大きめのテーブルに向かい合わせの二脚の椅子、食器棚にはお揃いの食器が揃えられている。リビングには壁に掛かった液晶テレビと二人がけの愛らしい作りのソファが。壁や玄関にはところどころに二人のツーショットが飾られて、洗面所には色違いの歯ブラシが並び、そして寝室にはいつも二人で寝ているであろうクイーンベッドが鎮座していた。
「……なんか、紬希さんすんません……」
不本意ではあるけれど、まるで勝手に家に上がり二人の生活を覗き見ているストーカーみたいな気分に段々となってきて思わず紬希さんに謝ってしまう私。
申し訳ない気持ちになっちゃうし、なるべく紬希さんのプライベートな空間は見たり触ったりしないようにしておくとしよう。
「にしても……相変わらずあのアホは……」
そんなわけで紬希さんの部屋はスルーして、勝手知ったる腐れ縁あや子の部屋に容赦なく侵入してみた私は思わずため息一つ。扉を開けるとそこは……紬希さんでいっぱいだった。
……お前は何を言っているんだって思われるかもしれないが、他に表現のしようがないから仕方ない。壁という壁に引き伸ばした紬希さんの写真が貼られて、紬希さんがプリントされた紬希さん抱き枕が寝そべって、机には紬希さんを模した紬希さんフィギュアが所狭しと並んでいて……
「完全に犯罪者の類いの部屋じゃねーか……」
もしかしなくても……これ全部あや子の自作か?怖すぎでしょ……あまりに精巧に作られているせいで、これは下手に処分したら紬希さんが呪われそうだ。こんなのと一緒に暮らしている彼女が本当に不憫で堪らないわ。
「……しかもあの変態、これでもまだ見られて困るモノはいっちょ前に隠してるっぽいし……」
とりあえず本棚の不自然に多い国語辞典の一つを手に取ってケースを外す。中に入っていたのは辞典ではなく、案の定……児ポい書籍やDVDがぎっちり詰まっていた。机の引き出しの怪しい底を弄ってみるとあられもない姿の紬希さんの(盗撮)写真が出てくるし、天井裏にはランドセルや園児服やスクール水着が収納されており、クローゼットの奥の隠し扉からは……手錠や首輪や大人のオモチャが大量に発見されて……
「…………よし、捨てよう」
一通りあいつの危険な隠しモノを確認してそう決心する私。良い機会だ。普段からお世話になっている紬希さんの為にも、隠していたものは悪友の私が責任もって廃棄処分しておくとしようそうしよう。
ガチャガチャ……ガチャン!
『——ただいまあや子ちゃん、今帰ったよー』
「……っ!」
そうやってゴミ袋に容赦なく
「(だ、大丈夫だ……落ち着け。あいつの真似くらい余裕よ余裕……)」
内心冷や汗をかきながら、とりあえず玄関へと向かう私。そこには買い物袋と通勤バッグを持った小さなあや子のお嫁さん、紬希さんがいた。
「ごめんねあや子ちゃん、ちょっと遅くなっちゃった。仕事の帰りにお買い物してきたんだ。お腹空いたでしょう?二人でお料理作って一緒にご飯食べようね♪」
手に持っていた買い物袋を掲げて、いつものように温和な笑顔を見せる紬希さん。…………いや。いつものように、とはちょっと語弊がある。音瀬小絃としての私には絶対に見せないであろう、本当に幸せそうで心の底から信頼している笑顔がそこにはあった。紬希さんが、世界でただ一人……伊瀬あや子にだけ向けるとても魅力的な笑顔を私に見せてくれていた。
「(ああ、やっぱり私今……あや子になっているんだな……)」
改めて痛烈に実感する。今の私はあや子なんだと。こんな安心しきっている紬希さんの表情を歪ませるとか罪悪感半端ないし……こりゃなおのこと入れ替わりがバレないようにしなきゃね。
恥を捨てろ、成りきれ……
「——お帰りなさい、私のちっちゃくてかわゆい天使の紬希♡」
「……へ?」
「お仕事お疲れ様だったわね。疲れているのにその可憐さは一ミクロンだって変わらなくて感動しちゃうわ私。お風呂の前に、その煌めく汗を直々に舐め取って綺麗にしてあげたいわね。……ああ、でも勿体ないし折角だからその前に甘酸っぱいその匂いを思い切り嗅がせて欲しいんだけど……ダメかしら紬希?」
「え、ええっと…………あ、あや子……ちゃん……?」
持てる私の中の全てのあや子像を投入し、全力であや子を演じてみる私。最高の笑顔を見せていた紬希さんは、そんな私の演技に一瞬固まり……そして段々とその笑顔は消えて不安そうな顔へと変わってゆく。
「(い、いかん……流石にちょっとやり過ぎた……?気持ち悪すぎたんじゃ……)」
ヤバい。恥を忍んであや子に成りきってみたのに、初っぱなから選択をミスった気がしてならない。いつものあや子の言動を参考にしてみたんだけど……いくらなんでも過剰だったか……?
そ、そう言えばあや子のアホって以前は紬希さんの前では淑女を演じてたって聞くし……もしや対応を間違えてしまったんじゃ……
「ど、どうしたのあや子ちゃん……?」
「ど、どうしたのって……な、何がかしら紬希?」
そんな後悔が押し寄せてくる中、紬希さんは震える声で私に対してこう告げる。
「い、いつもならそんな確認をする前に——
私の服脱がして鎖骨と脇と足先を舐めて……匂いを嗅いで『可愛い可愛い』って囁いてくるのに今日はそういう事しないだなんて……だ、大丈夫?もしかして体調悪いんじゃ……」
「…………これでもまだ足りないって言うのかよ……ッ!?」
紬希さんの心配そうな(ある意味で紬希さんが心配になる)発言を受け、私は膝から崩れ落ちる。負けた……完敗だ……あいつ普段からどんなセクハラを紬希さんにやってんだよ……!?
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