97話 私があや子で、あや子が私で

「くそぅ……こうなる前に母さんもあや子もとっとと追い出しておけば……」←小絃inあや子ボディ

「なん、で……なんで私がそこにいるのよ……!?それに、それにぃ……!?なんで私が小絃になってんのよぉ……!?」←あや子in小絃ボディ


 いつもよりもだいぶ高く感じる視点。同じ女とは思えない一回りほど大きい無駄に鍛え抜かれた腕に太もも。そして……この健康的な身体……


「これは夢……!?夢よね!?誰か夢と言って頂戴よ……!?こんな、こんな事って……!」

「落ち着けあや子。受け入れられない気持ちもわかるけど。こんな現実感のある夢なんてないでしょうが」


 姿見で今の自分の姿を見て。そして目の前でパニックになっている音瀬小絃の姿を見て確信する。どうやら私たち……


「「入れ替わってる……!」」


 にわかに信じ難い事ではあるけど。私とあや子の心と体がそっくりそのまま入れ替わっているらしい。


「い、一応確認するけど……あんた小絃なのよね……?」

「当然、音瀬小絃だよ。んでもって、私の身体に勝手に入り込んでるのは……あや子なんだよね?」

「好きであんたの身体なんかに入り込んだりしないわよ!?あんたこそ私の身体勝手に使ってんじゃないわよ!?ああもう……!って事はこれは夢でもなんでもなくて、入れ替わりで間違いないのね!?なんでこんな事に……」


 取り乱しながら絶望した私の顔でそう呟くあや子。いやなんでって言われても……


「原因に関してはわかりきってる事でしょあや子。いつもの事よ」


 こうなった原因?そりゃどう考えても奴しかいないだろう。


『さて。BMIの話に戻るんだけど。さっき例で挙げた麻痺の回復や手足の代わりになるってやつの他にもね、他人の脳に介入して脳から情報を引き抜いたり逆に情報を埋め込んだり。ああ、あとは人と人の脳を入れ替える——要するに精神を入れ替えるって事も出来るようになるかもしれないって言われているわ』

『じゃあ早速これを被ってみて♪これと対になる装置を付ければ他人の脳波を受信しつつ自分の脳波を受信して、精神を入れ替えられる——』


 つい数時間前の出来事を思い出す。こんなはた迷惑なこと、技術的にも倫理観的にも出来る人物と言ったら一人しかいない。


「…………つまり、また小絃ママか……」

「…………それしか考えられないでしょ」


 二人息を揃えて嘆息する。嫌な予感はしたんだ。母さんがうちに来た時点で、こんな事になるんじゃないかってわかってはいた。長年の苦い経験から当然私だって警戒もしていたさ。けど……


「あんのババァ……私が拒絶するところまで計算済みだったな……そして計算に入れたうえで実の娘に盛りやがったな……」


 母さんが手土産に持ってきたスポーツドリンクを飲んだ途端に突然眠くなり……気づけばすでにあや子と入れ替わっていた私。今回の入れ替わり実験は、実験動物モルモットが二人いなければ成り立たない。つまりあのマッドサイエンティストババァはここに来た時点ですでに私とあや子の二人をターゲットにしていたんだろう。

 くそ……酔っ払ったあや子が母さんに捕まって『今日の生け贄はあいつか』ってほくそ笑んでて完全に油断してた……まさかその隙をつかれるなんて……


 ……あ。ちなみに。私たちがこうなった諸悪の根源はと言うと。


「ZZZZZ……すぴー……うへへへへ……」

「ヤロウ……寝てやがる……!」


 リアル悪夢を見ている私たちの横で。呑気に鼻提灯を作りながら、心地良くいびきをかいて眠っていた。一生覚めない夢を見せたろかこんちくしょう……


「こ、小絃ママ!起きて、起きてください!?お願いです、今すぐに私を元に戻してください……!?」

「無駄だよあや子。昔から知ってるでしょ?こうなった母さんは意地でも起きないって」


 母さんの存在に気づき、慌てて揺さぶりながら必死に起こそうとするあや子。けれども母さんはどれだけ揺さぶられようが大声で呼びかけられようが起きる気配は全くない。

 このBBA……普段は三徹くらい余裕でやるヤバい奴なんだけど、一度本格的に寝だしたら丸一日は確実に起きないんだよね……


「…………あれ?私たちを戻せるのは母さんだけで、その母さんが一日眠ったまま……って事はつまり……」


 ……必然的に私とあや子も……丸一日入れ替わったままって事になるのでは……!?


「バカ小絃!?どーしてくれるのよ!?もうちょっとしたらうちの可愛い紬希が帰ってきちゃうじゃない!?なんとかしなさいよ!?あんたのお母さんがやらかした事だし、あんたがちゃんと責任取ってなんとかしなさいよね!?」

「あぁん!?酔っ払って自分から喜んで母さんのモルモットに志願した奴が偉そうに何言ってんのさ!?こっちは完全に被害者なんだよ!責任取るなら酔った勢いで調子に乗って母さんの実験に付き合うなんて戯れ言抜かした貴様がしろやあや子!」


 事の重大さを改めて再確認したところで。いつものように仲良く責任転嫁しながら殴り合う私とあや子。しばらく慣れない身体に振り回されながらどつきあい罵り合って……


「ぜぇ……ぜぇ……や、やめよう……不毛だ……」

「い、一時休戦……ね……とりあえず今は……対策を、考えないと……」


 お互いに床に沈んだところで少し冷静になれた。さあ、それじゃあ作戦会議を始めるとしようか。


「まずこの入れ替わりだけど……間違いなく母さんが持ってきたいつもの謎装置が原因だよね」

「そうね。酔っててあんまり記憶にないけど……小絃ママに言われるがまま装置を頭に被って、そんで同じ装置を小絃ママが小絃に被せた途端に意識が暗転して目眩が起きて……気づけばこうなってたわけだし、恐らくそうでしょうね」

「じゃあ装置をもう一度使うか……あるいは壊してしまえば元に戻れたりしないかな……?」

「ば、バカ!滅多な事考えるんじゃないわよ!知識のない素人が動かしたり壊してみなさい、最悪元に戻れなくなる恐れがあるわ……!?」

「……確かに」


 あや子の言うことも一理ある。設定とか何もわからない私たちがわからないまま弄って……そのせいで二度と元に戻れなくなるって可能性も十分あり得る。装置自体をどうにかするのはやめておいた方が良さそうだ。


「装置本体じゃなくて小絃ママをどうにか起こす方法はないの小絃?」

「さっきも言ったけど装置をどうにかする以上に無理。このBBAったら一度寝たらてこでも動かないって言うか起きないんだよね。ここに来る前に研究に夢中で四日寝てないって言ってたし……寝てない四日分の睡眠を確保するべくきっかり二十四時間は何があっても起きないハズ」


 人の気も知らないで幸せそうに涎垂らして眠っている我がダメ母を軽く小突きながらそう告げる私。くすぐっても引っぱたいてもぶん殴られても。仮に世界の終わりが来ようともこの人は寝ているだろう。


「って事は……私たちも丸一日は元に戻れないって事ね」

「そうなるね……」


 現状をまとめると、やはり元に戻れるのは翌日って事になるらしい。ああもう……最悪だ……


「こうなったら仕方ないし、母さんが自分から起きるのを待つしかないね。とりあえず琴ちゃんと紬希さんに事情を説明しなきゃ——」


 どうすることも出来ない以上、ジタバタしたって始まらない。目下、お互いの同居人にこのことを説明して協力して貰うしかないだろう。

 そう思い二人に電話しようとスマホを取りだした私だったんだけど……


「ばっ、バカ!?やめなさい小絃!?」

「あ痛ぁ!?」


 いきなり血相を変えたあや子にスマホを思い切りはたき落とされた。


「何すんのさあや子!?痛いでしょ!?」

「あんたこそ何考えてんのよ小絃!あんた……紬希たちにこのことを言うつもりだったでしょ!?」

「はぁ?それの何が悪いのさ」

「悪いわよ!……いいかしら小絃。よく聞きなさい。この入れ替わり……間違っても紬希と琴ちゃんにはバレないようにしなさい」


 真剣な顔であや子はそう私に忠告してきた。バレないようにしなさいだぁ……?


「なんでさあや子。原因はハッキリしているし、ちゃんと説明しておいた方が良いんじゃないの?その方がお互いに協力し合えるだろうし」

「ダメよ。よく考えてみなさい。突然『実は私たち入れ替わってるの』って言われて、あんた普通に信じられる?」

「……それは」


 いくら親しい人からそう言われても、冗談としか思えない……かも。もしくは脳の病気を疑っちゃうかも……


「こんな現実味のない非常識であり得ない話、信じて貰えなかったら……十中八九頭おかしいヤバい奴と思われるわ。何かに取り憑かれたとか、脳の病気になったって疑われるに決まってる。そうなったら……」

「そ、そうなったら?」

「想像してご覧なさい小絃。琴ちゃんにこの事を説明した時のシチュエーションを……!」

「琴ちゃんに……」


 言われたとおり頭の中で琴ちゃんに説明した後の事をシミュレーションしてみる。


『お、お姉ちゃん……それ何かの冗談、だよね……?あや子さんと入れ替わってるだなんて……そんな荒唐無稽な…………お姉ちゃん、悪いこと言わないから一緒に脳神経外科に行こう。一緒に脳を精密検査して貰おう。あの時の事故の影響で人格がおかしくなってるのかも……!だ、だいじょうぶ……大丈夫だよお姉ちゃん……きっと治るはずだから……っ!』


 帰ってきたら『母さんの実験のせいであや子と入れ替わってる』なんていきなりわけのわからない事を言い始めた私(と言うか入れ替わったあや子)。例の事故の後遺症を疑い、今にも泣き出しそうな顔で私を病院に連れていく琴ちゃんの姿が容易に頭に浮かんできて……


「そ、それは困る……!琴ちゃんをこれ以上泣かせたくない!もう二度と琴ちゃんに悲しい顔をさせたくなんてない……っ!」

「そうでしょう?困るわよね?私だって紬希を不安にさせるのは不本意よ」

「だ、だったらどうしたら良いのさあや子!?どうすれば琴ちゃんたちにバレずに済ませられるの!?」


 そんな私の問いかけに、あや子は神妙な顔でこう告げた。


「簡単な話よ。要は明日まで隠し通せば良いの。……あんたは成りきるのよ、私に。伊瀬あや子に。そして私も成りきるわ、あんたに。音瀬小絃にね」

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