番外編 尊敬されないマコ師匠
「——ヒメさん。最近のうちの琴ちゃんの仕事場での様子はどんな感じですか?」
「んー?ああ、生き生きと仕事してるよ。『これが……
「……むぅ」
もはや私にとっては日常風景の一部となりつつある、マコ師匠の料理教室。今日も琴ちゃんの為に料理の腕を磨こうと意気込んでいると。タイミング良く麻生姫香さん——ヒメさんが料理教室にやって来た。
「うちとしても音羽のお陰で売り上げが伸びてるし大助かりだね。それもこれも小絃さんのお陰だね」
「あはは……そ、そうなんですね。なんだかそう言われると恥ずかしいなぁ」
「…………むー」
私とマコ師匠を引き合わせた張本人のヒメさんはマコ師匠やコマさんと旧知の仲で。そして私と同じくマコ師匠に昔から料理を教わっているんだとか。つまりは琴ちゃんの直属の上司であり、かつ私にとっては姉弟子に当たる偉大な人である。
その縁もあってこうやって何度か顔を合わせて一緒にお話ししたりお料理を作っているうちに、今ではすっかり仲良しになった私たち。
「……ですがその……ヒメさん?琴ちゃんが張り切ってるって言ってましたよね?琴ちゃんは……その。職場で無理したりはしていないでしょうか?あの子昔から何かに没頭し過ぎて身体を壊しちゃう事があってですね……」
「大丈夫大丈夫。オーバーワークにならんようにこっちが管理してやってるよ。その辺の管理は私の仕事だからね。ほどほどのところを見極めて『あんまり無茶すると愛しの小絃お姉ちゃんにチクるぞ』って言ってやってる」
「……そうですか。ヒメさんが琴ちゃんを見てくれているなら安心ですね。どうか、今後とも琴ちゃんをよろしくお願いします」
「りょーかい、任されたよ」
「…………むうぅううううう!!!」
「「……ん?」」
と、料理をしながらヒメさんに琴ちゃんの近況報告をして貰っていると。何やら獣の鳴き声にも似たうめき声が聞こえてきた。
なんだなんだとヒメさんとともに音が発する方を見てみると。マコ師匠が私たちを見てぷくーっと頬を膨らませているではないか。
「マコ師匠?なんですかその顔は……」
「マコ、どったの?なんか不満そうだけど」
「……そこの弟子共に。特にコイコイに、もの申したい事がある」
「へ?あ、はい。なんでしょうかマコ師匠?」
「単刀直入に聞くけどさ……キミ、最近私の扱いが雑じゃないかね?」
「……はい?」
突然の師匠の発言に私は戸惑いを覚える。ええっと……扱いが雑?なんの話だろうか?
「この際ヒメっちは良いんだ。いや良くはないけど……何と言っても長年の付き合いだし、同級生だし、今更私の事を尊敬しろとか言っても仕方ないもんね」
「まあ、そだねー今更だよねー」
「だからヒメっちは置いておくとして……コイコイや」
「なんでしょう師匠?」
「キミとヒメっちのやり取りを見てて改めて気づいたんだがね。ヒメっちに対しては凄く尊敬の念を感じるんだが……私に対しては師匠と呼んでくれる割に、日に日に扱いが酷くなってる気がしてならないんだよ」
「えぇ?そうですかぁ?」
「そうだよ。だってさぁ……以前はヒメっちと同じくらい尊敬されていたハズなのに、今じゃ見る影もないどころか……この前なんか私を『爆乳モンスター』扱いまでしてくる始末じゃん。そこのところキミはどう思っているのかね?」
ずっと頬を膨らませたまま、不服そうに私を睨んでそんな事を言ってくるマコ師匠。やれやれ……この師匠は何を言い出したのかと思えば。
「失礼ですねマコ師匠。私、これ以上ないくらい師匠の事を尊敬してますよ!」
「ほんとかぁ……?」
「…………(ボソッ)まあ、それと同じくらい師匠の事をナメていますけど」
「失礼なのはキミの方じゃないかと師匠は思うんだがね!?」
しまった、つい余計な本音まで漏れちゃった。思わず目を逸らして師匠の追求から逃れる私。
「酷い!なんなんだこの私とヒメっちとの扱いの差はっ!私がコイコイに何をしたって言うんだ!?」
私の余計な一言でヒートアップしたマコ師匠は憤慨しながらそう言ってくる。何をしたって言われても……
「じゃあ師匠。私も師匠にこの際なので言わせて貰いますが……」
「……何さコイコイ」
「そのデカすぎる胸に手を当ててよく思い返して頂きたい。…………うちの琴ちゃんに、余計な知識を与えているのは一体どこの誰なのかを」
「…………(ササッ)」
そんな指摘に今度は師匠が目を全力で逸らす。おう、こっち見てくださいよ師匠。良い機会なんで腹割って話をしようじゃないですか。
「人の大事な妹分にラブホの割引券を渡したり。キスやらその先の事やらを教え込んだりしている悪い人がいるそうじゃないですか。それについてどう思われますか?」
「…………だ、誰のことだろうねー?悪いやつもいるもんだねー?」
あんただあんた。しらばっくれるんじゃない。
「マコ……そんな事してたの?」
「そうなんですよヒメさん。ついこの間もですね——」
~小絃お姉ちゃん回想中~
『ところで小絃お姉ちゃん。お姉ちゃんは私の為にバストアップしたかったって言ってたけどさ』
『う、うん……それがどうかしたのかな琴ちゃん?』
『…………大きくして、その後はどうするつもりだったの?』
『はへ?ど、どうするって……何が?』
『胸を大きくして、それを何に使うつもりだったのかって聞いてるの。例えば……』
むぎゅぅ
『はぅわ!?』
『こーんな風にぃ……腕組みしてさ、お姉ちゃんの胸を押しつけたかったのかな?』
『こ、琴ちゃ……あ、当たって……』
『それとも……』
ぽふんっ!
『んぐっ!?』
『こうやってぇ……ぎゅーってハグして。私の頭をお姉ちゃんの胸に埋もれさせたかった?』
『(ち、窒息する……!?あ……でも、琴ちゃんの良い匂いでいっぱいだし柔らかさがはんぱなくてふかふかだしそれでいて弾力があって幸せ空間過ぎでこれでしぬのも悪くはな……)』
『ううん、それだけじゃなくて……』
プツン
『こっこここ……琴ちゃん!?ブラ、なんでブラ取った……!?』
『大きくなったお姉ちゃんの胸を……直で……生の胸を……』
『~~~~~~ッ!!!??』
『こんな、ふうにぃ……私に触って欲しかった?揉んで、ほしかった?それとも……吸ったり舐めたり噛んだりしたかったのかなぁ?』
『は……はわ、はわわわわわ…………!?』
『ふふふ。楽しみだなぁ、お姉ちゃんにこういう事されるの。いっぱいお胸、大きくしようねお姉ちゃん♪』
『こ、琴ちゃん……っ!どこでこんな悪いことを覚えたの……!?誰!?誰の入れ知恵!?』
『え?誰って……マコさんとコマ先生がね、こうすると絶対にお姉ちゃんが喜んでくれるって言って、実践を交えて見取り稽古してくれたんだけど』
『…………ほほぅ。マコ師匠がね……』
~お姉ちゃん回想終了~
「——って事がありましてね」
「……なるほどねー。ナメられる原因はマコにもあるって事か」
「…………は、ははは……」
「師匠、笑い事じゃないんですけど?」
琴ちゃんと関わるようになってから、事あるごとに琴ちゃんの教育に大変宜しくない事を吹き込んでいるらしいマコ師匠。
料理の事とか姉貴分としての立ち居振る舞いとかに関しては私も文句なしにマコ師匠を尊敬しているけれど。それはそれとしてそういう妙な事を琴ちゃんに教えやがるせいで、私の中で『ああ、この人は雑な扱いしても問題無いな』と思わざるをえなくなっているのである。
「ち、ちが……違うんだよ。誤解なんだよ。聞いてくれたまえ我が弟子よ」
「ほほう。言い訳があるなら聞かせて貰いましょうか」
「別に……愉快犯的なつもりでコトたんにそういう知識とか経験を教え込んでいるわけじゃないんだ。ただ……あの子は『お姉ちゃんに手を出されたい。お姉ちゃんをもっと誘惑できるようになりたい』って深刻に悩んでて……相談もされてさ」
「それで?」
「『マコさんやコマ師匠みたいな素敵なカップルに憧れています!』って言われたらちょっと断れなくなって……つい、私たちが仲良くなった過程とか……愛し合い方とか教えたらコトたんに余計に尊敬されちゃって…………純粋に尊敬されたら嬉しくなってつい調子に乗っちゃって……その勢いのままちょっと過激な事まで教えちゃっただけで、悪気があったわけでは……」
「……なるほどねー。今のマコの弁明、どう思う小絃さん?」
「文句なくギルティです」
「……ごめんなさい」
謝るくらいなら琴ちゃんの過激な誘惑を止めるのを手伝ってほしい。
「いいですかマコ師匠。琴ちゃんは……清純で純粋で可愛いの結晶体みたいな子なんですよ。私の知っている琴ちゃんはですね……コウノトリが赤ちゃんを運んできてくれると本気で信じているような……そんな無垢な魂の象徴みたいな存在だったハズなんです」
「急にめんどくさいオタクみたいな事言い出したなコイコイ……」
「そんな子に……純白な精神の琴ちゃんの成長に悪影響しか与えない危険な知識を与えるとか、師匠は鬼ですか?人の心がないんですか?うちの大事な大事な琴ちゃんの情操教育に大変よろしくないですので、今後はそういう事を琴ちゃんに教えるのはやめて頂きたいんですがね!」
「……ぶっちゃけ音羽ってマコと関わる前から清純でもなければ純粋でもなかったような気がしなくもないけどねー」
ヒメさんがぽつりと何か言った気がしなくもないが聞こえなかったことにしよう。
「じゃ、じゃあコイコイ?逆に聞くけどさ……」
「なんですか師匠」
「セクシーになったコトたんは……嫌いなの?」
「大好きに決まってんでしょうが……っ!」
「ひぃ!?」
思わず胸ぐらを掴んで反論する私。セクシーに成長した琴ちゃんが嫌いか、とか……何をバカな事を聞いてくるんだこの師匠は……!?
「嫌いじゃないけど、というか大好きだけど……セクシーな琴ちゃんにグイグイ来られるのは辛いんですよ……!死ぬほどタイプな女性に迫られて、その誘惑に耐えなきゃいけない、手を出しちゃいけない姉としての立場がある私にはある種拷問なんですよ……!?わかりますかこの気持ち!?」
「わ、わかった……!わかったからそんな怒号を飛ばさないでくれコイコイ……!正直怖いから……」
「いーや、師匠は何もわかってない!私がどれだけ……どれだけ琴ちゃんと一緒に居て辛い思いをしているのかわかってないんです……!わかってないからそんな事を言えるんですよ……!」
「——小絃お姉ちゃん、私と一緒にいるの……辛いの……?」
「「「え?」」」
と、全力で魂の叫びを師匠にぶつけたまさにその時だった。私たちの背後でそんなか細く不安げで、そして悲しそうな声が聞こえてきたのは。
こ、この愛らしい天使のような声は……
「そ、そう……だったんだ……や、やっぱりお姉ちゃん……私と一緒にいるのが、辛いんだ……」
「琴ちゃん……!?ちょ、ちょっと待って違う、違うの……!?い、今のは……」
「わ、わかってるよ……お姉ちゃん、私のせいで色々辛い思いをしてきたもんね…………うん、わかってた……今まで必死に目を逸らしてただけで……辛かったんだね……お姉ちゃん優しいから、私に気を遣って辛い気持ちを隠してたんだよね……」
「違うって!?お願い私の話を聞いて……!?本当に違うんだ誤解なんだよ琴ちゃぁああああん!!!?」
最悪すぎるタイミングで私を迎えに来てくれた琴ちゃん。よりにもよって滅茶苦茶誤解を生むような発言を琴ちゃんに聞かれてしまい、私は慌てて全力でダッシュで琴ちゃんの元へと駆け寄って。そして琴ちゃんに平謝り&命がけで誤解を解く羽目になったのであった。
「あちゃー……こりゃ重ね重ねコイコイに悪いことしちゃったかなぁ……すまぬ我が弟子よ……」
「大丈夫じゃない?あの二人ならすぐに誤解を解いて、そんでもってイチャつきはじめるでしょ」
「だと良いけど……でも、これでまたコイコイに尊敬されなくなっちゃいそうだなぁ……とほほ……」
「……ねえマコ。ちょっと気になってた事があるんだけど聞いてもいい?」
「ん?何かねヒメっちや」
「マコ、随分と小絃さんと音羽に構うよね。確かにあの二人は見てて私も放っておけない気持ちになるけど……それにしたってマコがコマを構うのと同じくらい、小絃さんたちの事を滅茶苦茶気にかけているじゃん。あれ、どーして?」
「……そう見える?」
「見える。マコが面倒見良いのは勿論知ってるけど、あの二人に関してはあからさまな感じがするもん。なんか理由でもあるの?」
「うーん…………似てるから、かな」
「似てる?」
「うん、似てるの。あの二人が……昔の私とコマにね。想いが通じ合っているはずなのにどこかすれ違ってたり。お互いが大切だからこそ……触れられなかったり。そういうところ、凄く私たちに似てるなって思うんだ」
「……ああ、なるほど言われてみれば確かに似てるかもね」
「昔の自分を見ているみたいで、もどかしくなるんだよね。だから……お節介かもしれないけどさ、背中を押してあげたくなるじゃん?頑張れって、君たちなら大丈夫って。応援したくなるじゃないの」
「……そだね。私も、応援してやりたくなるよ」
「でしょー?」
「ただね、マコ。外野の私たちが余計な事しなくても、あの二人なら遅かれ早かれくっつくでしょ。ほら見なよあの二人を」
「んー?どれどれ?」
『ぐすっ……ホントに?おねえちゃん……私と一緒にいても……つらくない?苦しくない……?』
『辛くないし苦しくないし、琴ちゃんと一緒に居られて私は幸せだよ……!琴ちゃんが居てくれなきゃ、私は困るんだよ……!』
『えへへ……よかったぁ……』
「ね?もうイチャつき始めた」
「……はは、ホントだ。こりゃ私が出る幕じゃなかったかもね」
「そういう事。下手に絡んだら馬に蹴られて大惨事」
「…………でもさヒメっち」
「……ん?でも?」
『ところでお姉ちゃん。結局マコさんたちとなんのお話をしてたの?』
『えっ!?……あ、えと……そのぅ……』
『…………やっぱり、ホントは私がいらないって話なんじゃ……』
『だ、だから違うんだって!?え、えっとね……これは……なんて説明したらいいのやら……』
「…………ええい、もどかしい!ここはちょっと恋のキューピットとして私があの二人の背中をそれとなく押して、良い感じにしてくるわヒメっち……!」
ダッ!
「……マコ。そーいうところが小絃さんに尊敬されなくなる原因なんじゃないかなーって思うんだけど?」
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