琴ちゃんとトンデモ実験その3
96話 二度あることは三度ある
「——ねー小絃。あんたBMIって知ってる?」
いつものようにアポ無しで琴ちゃんのお家に現れた私の母さん。我が物顔で入り込み、碌な挨拶すらないまま唐突に私にそんな事を聞いてきた。
「母さんが話が通じない上に人の話もまるで聞かない碌でもない人ってことは誰よりも知ってるけど、それにしたってホント毎度の事ながらいきなり過ぎるよね……まあ良いけど。ええっと……それでBMIだっけ?確か肥満度の指数の事じゃなかった?」
「そっちじゃないわよ。Brain-machine Interfaceの事を聞いてるの」
「ぶれ……なんだって?」
「ブレインマシンインターフェイス。んーとね、おバカな小絃にもわかりやすいように簡潔に言うと。脳みそと機械を繋ぐ研究って言ったらいいかしらん?」
気のせいか?なんか急に怖い話になった気がするんだけど……
「つまり何?母さんはSFホラーの話をしに来たの?」
「どっこい現実の話よ。あんたが昏睡状態になってた時に、ちょうど良い機会だからあたしが研究していたテーマの一つでね。人の脳波を読み取って頭で考えただけでコンピューターを自在に動かしたり、逆にコンピューターから神経に直接刺激を送って人の脳に情報を伝える——そういう技術とか機械の事をBMIって呼ぶのよ」
「現実味がないなぁ……漫画とかアニメとかの世界の話に聞こえるんだけど?」
「10年寝過ごして時代に取り残された小絃の気持ちはわからんでもないけど、現実の話だって言ってるでしょ。昔に比べたらすっごい研究進んでてさ。近い将来は麻痺していた手を動かせるようになったり、欠損した手足をロボットアームで動かしたり。究極的にはほんの少し前のあんたみたいな昏睡状態の患者を再び目覚めさせる事だって可能かもってところまで来てるのよね」
へぇ……それは実現出来れば、それで救われる人もいっぱいいるだろうね。夢のある研究じゃないの。
「ちなみに脳みそと機械を繋ぐって言ってたけどさ。具体的にはどんな風につなげるの?」
「頭蓋骨に穴開けて、脳みそに電極を埋め込む」
「つなげるって文字通り物理的になの!?」
やっぱ怖い話なんじゃないかなコレ……
「安心なさい小絃。今言った頭蓋骨の開頭が必要な方法は侵襲式って言うんだけど。これって直接電極を埋め込むことによって高度な情報の読み取りが出来る代わりに、あんたが危惧してるとおり頭を開くことによる感染症や脳みその損傷っていうデメリットがあるのよね。上手くいっても脳に刺した電極もいずれ劣化しちゃうだろうし」
「そりゃそうだろうね……」
「だから今は手術の必要がない非侵襲式のBMIも研究されているの。こっちは装置を頭に装着するだけでお手軽に使えるからさっきのリスクがゼロなのよ。小絃がついこの間喜んで実験に付き合ってくれた《追想機》とか《もしもシミュレーター》も、広い意味で非侵襲式のBMIって言えるわね」
「ああ、あれがそうなんだ。頭に装着するだけで良いなら頭に穴開けるよりかは比較的マシ……なのかな?」
ところで母さん一言言わせてくれないかね?私は一度だって、母さんの実験に喜んで付き合った覚えはないんだが。
「さて。BMIの話に戻るんだけど。さっき例で挙げた麻痺の回復や手足の代わりになるってやつの他にもね、他人の脳に介入して脳から情報を引き抜いたり逆に情報を埋め込んだり。ああ、あとは人と人の脳を入れ替える——要するに精神を入れ替えるって事も出来るようになるかもしれないって言われているわ」
ただでさえ10年寝てた私にとっちゃ今の時代でさえも未来な世界だってのに。科学の進歩発展しすぎでしょ……ますますついて行けそうにないなぁ……
「とは言えよ小絃。今言った事ってあくまでも『こういう事にも使えるようになるかもね』っていう机上の空論の話なのよね。非侵襲式の装置は侵襲式よりも安全な分、頭蓋骨とかに遮られて脳波の送受信が侵襲式より劣っちゃって残念ながら実用にはほど遠いのが現実なのよねぇ……もっともっと試行錯誤を重ねて実のある実験が出来れば良いんだけど……」
「まあそうだろうね。仮に実用化されてたなら、琴ちゃんがすぐにでも母さんに頼み込んでもっと早くに私の意識を戻してくれてただろうし」
そんな私の反応に。母さんはよくぞ言ってくれたと言わんばかりの、本日最高の満面の笑みを浮かべる。
「わかってくれて嬉しいわ小絃。だからね小絃!」
「断る」
「実験に——って、早いわよぅ!?なんでよっ!?まだ何も頼んでなかったでしょう!?」
そこまで前振りされたら誰でもわかるわ。なんならいきなりごちゃごちゃと説明が入った最初の時点でわかってたわ。この駄母……またしても私を
「意識を失って10年もさまよったあんたなら、同じく苦しんでいる人たちの辛さってもんがわかるでしょう?あんたがちょっと勇気を出して生け贄——コホン、実験に付き合ってくれたら救われる命があるかもしれないのよ!?」
「本音漏れてるぞマッドサイエンティスト。誰が生け贄じゃい」
意識を失って10年もさまよってようやく生還できたってのに。母さんの怪しげな実験せいでまた病院に逆戻りになってでもみろ。琴ちゃんを悲しませることになるとかマジで笑えないじゃないか。
前々回、そして前回で心に決めていた事だ。何があってももうこれ以降は母さんのトンデモ実験には付き合わないぞ。だって間違いなく碌な目に遭わないし。
「いーじゃないの、小絃ママに付き合ってやりなさいよー小絃ぉ。おもしろそーじゃないの。たまには親孝行してやったらぁ?よくわからんけどその……びーえむあい?って機械を付ければ、おバカな小絃ももっと頭良くなるんじゃないかしらあっはっはっ!」
「あや子ちゃん、その調子よ!もっと言ってやって!」
と、そんな私と母さんの親子のやり取りを肴に酒を飲んでいた悪友のアホのあや子が無責任にそう言ってきた。
ちなみにコイツも母さん同様いつも通りアポ無しでやって来て。許可してないのに持ってきた酒を飲みベロンベロンに酔い、そして留守番する私の為にと琴ちゃんが愛情いっぱいに作ってくれていた特製のおやつを勝手に食べている。帰れ。
「ちょーっとあんたが犠牲になるだけで、科学の発展に役立つならやすいもんでしょぉ?見てて面白いしやってみなさいよぉ」
「そりゃ被害を被らないなら面白そうに見えるだろうけど。実害があるのが目に見えてるのに付き合うバカがどこにいるのさ。……つーか。そこまで言うならあや子、貴様が付き合えや。どーせ紬希さんがお仕事で自分はやることないからって昼間から酒飲むしかやることないんでしょ?」
「おぉ、それもいーわねぇ……小絃ママ、私実験やってもいいれすよぉ」
「流石あや子ちゃん!貴女うちの駄娘と違って本当に良い子ね!じゃあ早速これを被ってみて♪これと対になる装置を付ければ他人の脳波を受信しつつ自分の脳波を受信して、精神を入れ替えられる——」
酒に酔って正常な判断が出来ていないあや子は、見事母さんのモルモットとなっていた。バカめ……せいぜい酔いが覚めた時に全力で後悔するが良いさ。
さーてと。無事に犠牲者が決定したところで。私は巻き込まれないように二人を追い出す準備をしておくとしようかな。触らぬ神に祟りなしって言うからね。
◇ ◇ ◇
……そんな会話を母さんと交わした時点で、もう少し警戒すべきだった。
母さんたちが和気藹々と非人道的な実験を開始した直後。突然猛烈な眠気に襲われた私。そして意識を取り戻した次の瞬間……
「…………やられた」
「え……は?えっ!?な、なにこれ……何よこれぇ!?」
私の目の前にいる音瀬小絃が困惑した声を上げるのを眺めながら、あや子の身体を動かして頭を抱える私。
とりあえず何があったか一言で説明すると、だ。
目覚めると私を罵る悪友と、精神が入れ替わっていました
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