89話 お姉ちゃんと楽しいデート(???編)
「——小絃お姉ちゃん、ホントに何も買わなくてよかったの?折角お姉ちゃんに似合いそうなアクセサリーいっぱいあったのに。お金ならいくらでもあるんだよ?私、これでも稼いでいるんだよ?」
ちょうどお昼時と言うことで、一階に降りて手頃なレストランでお昼休憩を取る事にした私と琴ちゃん。いつものように『あーん♡』を私にしながら(なお、一度は他の人が見ているし恥ずかしいからとやめようと頼み込んだけど最終的に琴ちゃんに『あーん♡』を押し切られた)琴ちゃんはそんな事を言ってくる。
「い、いや琴ちゃんが稼いでいる事はちゃんとわかってるよ。でも……その。下着まで買って貰ったのに、その上アクセサリーまで買って貰うとか悪いし」
「私がお姉ちゃんの為に買いたかったのに……貢ぎたかったのに。その気になったらあのお店の商品全部買えたのに」
「貢ぐって……」
琴ちゃんの場合仮に冗談でも私が望めば本気でお店の品買い占めそうなのが怖い。
「そ、そもそもね。アクセサリーなんて高価で煌びやかなもの、私にはやっぱ合わないし。アクセサリーはまた別の機会にって事でここは一つ……」
「むぅ……わかった。お姉ちゃんがそう言うなら。……でも、でもね!お姉ちゃんが欲しいものがあったら遠慮しないで言ってね!私お姉ちゃんの為ならなんでも買うよ!」
前のめりになりながら、琴ちゃんはそう私に言ってくれる。その気持ちは嬉しいけど……でもね琴ちゃんや。年下に貢がれるなんてますますヒモ属性が増してる気がしてお姉ちゃん複雑な気持ちなのよ。いや、今は琴ちゃんが年上だし経済力とか立場的な意味でも琴ちゃんの方が格上の存在なのはわかるけどね……
「さて。それじゃあお姉ちゃん後はどうしようか?一通り見て回ったわけだけど他に行ってみたいところとかある?」
「あー……そうだね。大分楽しませて貰ったし、私はもう十分って感じかな。琴ちゃんが他に行きたいところがあるなら勿論付き合うつもりだけど」
「そかそか。それじゃそろそろ帰ろうか。半日以上お姉ちゃん外で歩いているわけだし随分疲れたでしょ?私もとっても楽しかったし、今日はこのくらいにして……またお姉ちゃんが元気な時に楽しくデートしようね」
お会計を済ませレストランから出たところで琴ちゃんにそう告げられる。買い物も済んだし十分楽しんだ。どうやらこれでお出かけはお開きってところか。……ならばタイミング的にここしかないか。
「あ、あのさ琴ちゃん!」
「んー?なぁにお姉ちゃん。何か他に行きたいところがあるのかな」
「そ、そのさ……私お手洗いに行きたくて……ちょっと行ってきても良いかな……ッ!」
「お花を摘みに行きたいの?うん、それは勿論良いけど……」
「ありがと!それじゃあ琴ちゃんは先に車に戻っておいてよ!」
「え?……いや、そんな事しなくても近くで待つよ私。お手洗いでお姉ちゃんが倒れたりでもしたら心配だし、なんなら一緒に行っても——」
「だ、大丈夫だから!琴ちゃんはそのいっぱいある荷物を車に積んでエンジンかけておいてよ!お、お姉ちゃんはすぐ戻るからさ!頼んだよー!」
「あ、ちょっとお姉ちゃん!?…………行っちゃった」
心配性で私から離れることを良しとしない琴ちゃんは若干不服そうだったけど、有無を言わせず琴ちゃんから急いで離れる私。目指すは先ほどの場所……琴ちゃんにバレない為には今この瞬間しかない。
勘の良い琴ちゃんに感づかれる前に、手早く買いに行かなくちゃ……!
◇ ◇ ◇
「ふ、ふふ……ふふふふふ……ふへへへへ……か、買った。とうとう買っちゃったぜ……」
あの後当然のようにお手洗いには向かわずに、狙っていたあの商品を買いに元来た道を引き返した私。そこまで大した品物じゃないけれど、それでも人生で初めて購入したモノを手にすると妙な達成感を抱いてしまう。ある意味で香水や下着を購入する以上に緊張したけれど……なんとか無事に目的のものを手に入れることが出来た。
「……っと、いかんいかん。あんまりのんびりしてると琴ちゃんが心配しちゃうよね。怪しまれる前に急いで戻らなきゃ」
琴ちゃん、喜んでくれるといいな……とニヤける顔をどうにか取り繕いつつ独り言ちながらエスカレーターを駆け下りる。紙袋を胸ポケットに仕舞い込み、嬉々としてショッピングモールを飛び出す私。
そこで私を待っていたのは勿論、大好きな琴ちゃんの温かい抱擁——
ザァアアアアアアアアア!!!!
「ぐわぁああああああああ!!??」
——ではなく。冷たい豪雨のシャワーだった……
「ちょ……なんで、なんで雨……!?さっきまで晴れ渡る青空だったじゃん……!?今日降水確率10%だったハズじゃんか……!?」
私がショッピングモールの玄関から出た直後。予兆も何もなく突如狙い澄ましたように曇り空へと変わり、そのまま一気に天から雨が降り注いできた。突然のバケツをひっくり返したような大雨に打たれつつ。胸ポケットにしまった紙袋を庇うように琴ちゃんが待つ車へと走る私。
くそぅ……なんでよりにもよってこのタイミングで雨が……!せ、折角戻ってきたタイミングで琴ちゃんにサプライズさせてあげようって決めてたのに……恨むぞ神様……!
「小絃お姉ちゃん……ッ!」
「あっ、琴ちゃん」
「ああ……こんなに濡れちゃって……す、すぐに乗って!」
そんな風に神様に恨み言を心の中で呟いていたところで。琴ちゃんが車を走らせ私を迎えに来てくれていた。
「ごめん、ごめんねお姉ちゃん……!なんだか急に曇ってきたなって思ったら降り出して……わ、私がもっと近くに車を停めておけば……」
転がり込むように車に乗り込むと、今にも泣き出しそうな琴ちゃんに謝られる。悪いのは急に機嫌を悪くしたお天道様なだけで琴ちゃんが謝る必要なんてないのにね。
「いやいや、謝らないでよ。すぐに駆けつけてくれて助かったよ琴ちゃん。ありがと——ヘブシッ!」
「寒い?寒いよね……こんなに濡れちゃって……こんなハンカチ程度じゃどうにもならないし……」
「い、いや大丈夫。これくらいどうってこと——ぶえっくしゅん……ッ!」
「大丈夫じゃないよ、このままじゃ風邪引いちゃう。……どうにかお姉ちゃんを暖めなきゃ……と言ってもこの車の暖房程度じゃ温まるには足りないし……どれだけ車を飛ばしても30分以上はかかっちゃう…………となれば……」
すぐに琴ちゃんが車のエアコンを起動させてくれたお陰で少しはマシになったけど。それでも急な大雨で濡れ鼠になった私の身体はカタカタと震え始める。
「……よし、決めた。お姉ちゃん。ここから5分もかからない場所に、暖が取れて服も乾かせる場所があるの」
「へ?そんな場所があるの?暖が取れて服も乾かせるって事は……銭湯みたいなところとかかな?」
「まあ、似たような場所だね。家に帰るよりもそっちに行く方が近いし。お姉ちゃんさえよければそこに今すぐ行きたいんだけど」
別に放っておいてもナントカは風邪引かないってあや子のアホにも言われている私だし大丈夫だと思うんだけど……女らしさの欠片もないくしゃみを連発している今の私が何を言おうと琴ちゃんは放ってはおかないだろう。
琴ちゃんの手前やせ我慢している私だけれど。寒いものは寒いし……
「うん、そういう場所があるなら是非とも行ってみたいかな」
「決まりだね、それじゃすぐに行こう」
……本来ならここでサプライズって流れを予定してたのに、なーんかタイミングハズされちゃって肩すかしな気分だと思わなくもないけど。とりあえずこんな状態じゃ渡したいものも渡せないし仕方ないか。
「あ、ところで琴ちゃん。今から行くところって私でも知ってる場所だったりする?」
「勿論知ってると思うよ。まあ、入った事はない場所だとは思うけど」
「へぇ、そうなんだ。それは楽しみだ。んで?その場所って結局どこなのかな」
琴ちゃんに手渡されたハンカチでとりあえず髪を拭きながら、大人しく琴ちゃんが駆る車に揺られつつ私は琴ちゃんに問う。それで結局私はどこに連れて行かれるんだろう?銭湯に似たような場所って言ってたけど、この辺にそんな施設あったかなぁ?
なんて呑気に問いかける私に。琴ちゃんは何とはなしにこう答えてくれるのだった。
「ラブホテルだけど?」
「ああ、なるほどラブホテルか。それなら確かに暖も取れる…………えっ」
…………らぶ、ほてる……?
◇ ◇ ◇
「…………」
超豪華な浴槽に贅沢にお湯を張って肩まで浸かる。雨で凍えた身体が芯から温まる。
「わ、わーなんだろーこのボタン。押してみようポチッとな!…………うぉおっ!なんかバスタブが光った!泡も出てきた!凄い、すごーい!」
初めての場所で、初めて触れるものに興奮してとりあえず無邪気にはしゃいでみる。い、いやぁ楽しい、楽しいなぁ!流石はラブなホテルだ、目に映るもの全てが新鮮に感じる——
『——小絃お姉ちゃん、お湯加減はどう?』
「ぴゃいっ……!?だ、だだだ……大丈夫ですハイ……!あ、あたたたまりまする……!」
『ふふふ、それは良かった。ゆっくり温まってね。私はお姉ちゃんの濡れたお洋服を洗って乾燥機にかけてくるから』
「あ、ありがと……よろしくおねがいします……」
浴室越しの琴ちゃんの声かけで無駄にハイテンションになっていた私は即引き戻される。……いかん、現実逃避している場合じゃない。
「どうしよう……ホントどうしよう……っ!」
未だかつてないほどに私は焦っている。理由は簡単。ここが……この場所が。愛を育むラブいホテルだからだ。
いや、確かに琴ちゃんは冗談交じりに(九割くらい本気だった気もするけど)お出かけ前この場所に行きたいと言ってたけど。まさか本当に行く羽目になるとは思っていなかった。
「こういう場所は……せめて、せめてお互いの思いを通じ合わせてから来たかったのに……」
一応緊急避難場所的な意味で入ったわけだし、琴ちゃんのあの様子だと正しい意味でご休憩に来たんだ。女子二人と言うことで女子会プランなるもので入ってきたわけだし……意識しなければ普通のホテルに泊まるのと何ら変わりない……んだけど。小さな頃から大事に守ってきた琴ちゃんと二人っきりでこんな場所に来ているという事実は……なんとも言えない背徳感と罪悪感で胸がいっぱいになってしまう。
「琴ちゃんのお父様、お母様……違うんです……決してやましい気持ちでこの場所へ辿り着いたわけじゃないんです事故みたいなものなんですお許しください…………やらしい気持ちにはなっていますが、誓って娘さんには手を出さないのでお許しください……」
心の中で般若心経を唱えて邪念を振り払いつつ、ここには居ない琴ちゃんのご両親に謝罪の言葉を口にする。とりあえず私が今からやるべき事はただ一つ。
何があっても琴ちゃんに手を出さない事。……ついでに琴ちゃんに手を出されない事。
「まだ琴ちゃんに養われている状態で手を出すとかあり得ないもんね……」
ここで手を出せば(出されれば)これ以上なくヒモ最低女街道まっしぐらだ。……大丈夫、私ならやれる。これまでだってありとあらゆる琴ちゃんの誘惑を断ちきってきたんだ……今回だって大丈夫。気をしっかりもてば大丈夫……
「…………行くか」
覚悟は決まった。湯船から上がり身体を拭いて髪を乾かし。そして用意されていた真っ白なバスローブを羽織る。
一度大きく深呼吸をして……そして私は浴室から出た。
「あ、お帰り小絃お姉ちゃん」
「た、ただいま琴ちゃん……」
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