86話 お姉ちゃんと楽しいデート(ゲームコーナー編)

「ありがとうございました!そちらの香水は、是非とも二人っきりの時にお楽しみくださいねー!」


 私の見事な勘違いで大変恥ずかしい思いをする羽目になった香水売り場。恥ずかしさを誤魔化したくて一刻も早くこの場から去りたい私は、店員さんの説明も禄に聞かぬまま勧められた香水を一つだけ購入して逃げるようにこの場を琴ちゃんと後にした。


「えへ、えへへ……♪私の匂いは、お姉ちゃんのお気に入りだったのかぁ……そっかぁ……♪」

「……もう、お願いだから忘れて琴ちゃん……堪忍してください……」

「だーめ。お姉ちゃんには悪いけど、しばらくは——ううん、一生忘れられそうにないよ。ふふっ、嬉しいなぁ。お姉ちゃんもそう思ってくれてたんだね。ね、ねっ!小絃お姉ちゃん。私ってさ……今もちゃんと良い匂いする?」


 ……まあ、お店から逃げ出したところで琴ちゃんから弄られるのはわかりきってた事なんですがね。香水売り場から離れた後も、相当に先ほどの出来事がお気に召した様子の琴ちゃん。私にしっかりしがみつきながら無邪気にそんな事を聞いてくる。

 良い匂いするかって?そんなの……そんなのさぁ……!


「…………しまくりだよ……」

「なぁに?お姉ちゃん、私良く聞き取れないなぁ。もう一回言ってみてよ」

「良い匂い、しまくりだよ……!」


 密着されてダイレクトに感じる琴ちゃんの香り。ちょっと目を離した隙に大人の女性へと変貌を遂げていた琴ちゃんの事だし、てっきり大人らしく香水でも始めていたものだとばかり思い込んでいたんだけど……まさかこの甘くてふわふわで心地良い香りが天然由来のものだとは……

 くそぅ……意識したら余計になんかドキドキするわ……


「ふふ、ふふふふ……!そっかぁ、そうなんだ。なら存分に嗅いで良いよ。寧ろ嗅いで。私の匂いで、お姉ちゃんをいっぱいにして。私にマーキングさせて」

「だからホント、もうゆるして……恥ずかしいったらありゃしないからさ……」

「恥ずかしがることないでしょ?私もお姉ちゃんの匂いを嗅ぐのが大好きだし。お似合いだね私たち♪」


 ああ……そう言えば琴ちゃんも割と(私限定の)匂いフェチ的な性癖があったね。やっぱり従姉妹同士だし、そういうところも似るものなんだろうか?

 そんな変なところまで似なくても良かったと思うんだがね……


「ほ、ほら!そんな事より琴ちゃん!折角楽しくお買い物しているんだし、他の面白そうなところに行こうよ!あっ!あそこにゲームコーナーとかあるよ!」


 これ以上弄られちゃうと恥ずか死にそうだ。どうにか琴ちゃんの気を逸らすべく、ちょうど目に付いたゲームコーナーへ足を運んでみることに。

 流石にかなり大きなショッピングモールなだけあって、ゲームコーナーの設備も充実している様子だ。ド定番のメダルゲームを始め、ガンシューティングゲームやレーシングゲーム。色んな景品目白押しなクレーンゲームに果ては初めて見るよくわからないものまで揃えてある。


「いやぁー、こういうところに来るのも久しぶりだわ。昔はお休みの日に琴ちゃんと一緒に遊びに来てたっけ」

「懐かしいね。よくお姉ちゃんに連れてきて貰ってさ。あんな風にクレーンゲームとかで遊んだりしたよね」


 ちょうどクレーンゲームで遊んでいる仲良さげな姉妹を二人で遠目で見ながら昔を懐かしむ私たち。


「お姉ちゃん覚えてる?私ね、当時流行ってたアニメのキャラクターのぬいぐるみが欲しくてね。なけなしのお小遣い500円を握りしめてクレーンゲームに挑戦したことあったよね」

「あー、あったあった。『ぜったいとるんだ!コイトお姉ちゃんみててね!』って、琴ちゃん頑張ってたよね」

「そうそう。ぬいぐるみ欲しい気持ちと一緒にね、お姉ちゃんに良いところ見せたい気持ちもあってさ。やる気満々でプレイしたのは良いんだけど……やっぱりこう言うのってコツが必要だったみたいで結果は散々。下手っぴだった私はあっという間に500円吸い取られちゃったんだよね」


 と言うかあの時の琴ちゃんが下手とかじゃなくて。こういうゲームコーナーでアルバイトをしていたあや子に後から聞いた話だと、そもそもアームが弱く設定されていたり景品を掴んでも一定金額を入れないと持ち上げている間に機械が勝手に落とす仕様になってたりするんだとか。

 それを先に知っていたら琴ちゃんが挑戦する前にアドバイスとか出来たんだけどね……


「欲しかったぬいぐるみは取れないわ、お姉ちゃんにかっこいいところ見せられないわで私ぼろぼろ泣いちゃったんだよね」

「あったなぁ……」

「ふふ。小さかったとはいえ恥ずかしかったね私。でも……その後にお姉ちゃんが『ちょっと待っててね』って言って店員さんに私を預けて。しばらくして『お待たせ琴ちゃん、はいこれプレゼント』って言って私が取れなかったぬいぐるみをとってきてくれたんだよね」


 しみじみと語る琴ちゃんと共に当時を思い出す。あまりに泣きじゃくる琴ちゃんを見ていられなくなって。琴ちゃんに笑って欲しくて。こっそり私も琴ちゃんの後にクレーンゲームに挑戦して琴ちゃんが欲しがっていたぬいぐるみを取ったんだった。


「折角の楽しいお姉ちゃんとのお出かけだったのに、あの時はこの世の終わりみたいな気持ちで最悪だったんだけど……さらっとぬいぐるみを取ってきてくれたお姉ちゃんはヒーローみたいに見えたよ。あの時のお姉ちゃんも、本当にかっこよかった♡」

「あ、あはは……そ、そういう事もあったっけ……」


 …………ちなみにだけど。当時から不器用な私がクレーンゲームなんて繊細な操作を必要とするものをそう簡単に扱えるはずもなく。琴ちゃんの為にと躍起になった結果、500円投入した琴ちゃんの10倍……つまりは5,000円も使ってようやっとぬいぐるみを確保できた事は琴ちゃんにはかっこ悪すぎるからナイショだ。


「どうする?昔のリベンジでもしてみる?今の琴ちゃんなら余裕で全取りしちゃえそうな気がするし」

「あはは、流石に全部は無理だよ。欲しい景品も今のところなさそうだし、クレーンゲームは後ででも良いかな。それより別の、お姉ちゃんと一緒に出来そうなやつをやってみたいな」

「ふむ……一緒に出来そうなやつね……」


 琴ちゃんに言われて考えてみる。一緒に出来そうなやつとなるとメダルゲームのような一人用のゲームは論外。やるならレーシングゲームとかエアホッケーとかの対戦ゲーム系とかだろうか?でも折角なら琴ちゃんと戦うよりも琴ちゃんと協力プレイがしたい気持ちがある。……け、決して琴ちゃんに逆立ちしても勝てそうにないからって勝負を逃げているわけじゃないからね?

 となると二人で協力して敵を撃つガンシューティングゲーム?……うーん。それもありと言えばありだけど。ゾンビとかを撃つゲームを琴ちゃんにやらせるのは……琴ちゃんのお姉ちゃんとしてはなんとなく嫌だなぁ。


「ねえ小絃お姉ちゃん。折角だし一緒に音楽ゲームとかどうかな?」

「音楽ゲーム?」


 そんな事を考えながらうろうろしていた私に。琴ちゃんは私の腕を引いて派手な音が鳴り響くコーナーに誘導する。


「音楽ゲームって言うと……音楽に合わせて太鼓叩くやつとか?昔もあったよね」

「そうそう、そういうゲーム。お姉ちゃんは音楽に強いし、それにこういうものなら程よく身体を動かすことが出来るからリハビリにもなるよ。どうかな?」


 なるほど。確かに他に比べたら音楽関連は私の唯一と言っても良い得意科目。琴ちゃんの言うとおり程よい運動にもなりそうだし……琴ちゃんと楽しみながらリハビリ出来るとか最高じゃないか。


「面白そうだね。上手く出来るかわかんないけど、琴ちゃんさえ良ければ是非とも一緒にやらせて欲しいな」

「やった♪二人で高得点目指そうねお姉ちゃん!」

「ははは、お手柔らかにね。それじゃあ、あとはどれで遊ぶかだけど……」


 パッと見た感じ、今ちょうど定番の太鼓で叩くやつは他のお客さんたちがやっているみたいだ。終わるまで待つのも良いんだけど……後ろで待機してるとやってるお客さんの邪魔になりかねないよね。他に空いているやつはないかな?


「お姉ちゃん、これ空いてるよ!これやろ、これ!」

「……え?これ?なにこれ洗濯機?」

「はい、お姉ちゃんはここに立ってね。選曲は私がするから」

「えっ?あの、えっ?」


 私の目の前にある筐体は軽く10年寝たきりになっていた私には初めて見るものだった。ハッキリ言ってドラム式の洗濯機にしか見えないんだけど……なんだこれ?音楽ゲームをやるって話だったから、恐らくこれもその一種なんだと思うけど……

 戸惑う私の隣で、琴ちゃんはお金を入れて手慣れた手付きで設定していた。


「あ、あの……琴ちゃん?これ、どうプレイすればいいのか私にはさっぱりで……」

「んー?どうプレイすればいいかって…………あ、そっか。お姉ちゃんにとってはこれって初めてなんだ。10年前はまだなかったんだっけ。操作は簡単、光ったところをタッチするだけだよ」

「だ、だけって言われても……」

「大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんならきっと出来るよ。それじゃ始めるよー」

「ま、待って琴ちゃん……琴ちゃーん!!?」


 なんだか琴ちゃんから妙に絶大な期待を背負わされている気がする……!?え、ちょ……ホント待って……!?プレイの方法すら全然わからないし心の準備も出来てないんだけど……!?


『GAME START!』


 慌てる私をよそに。琴ちゃんはにこにこ笑顔でゲームを開始させた。直後音楽のイントロが流れ出し、画面中央から飛んでくるリング。それが外側のラインと重なると同時にボタンがピカッと光る。それを見て慌てて叩いてみるけれど遅かったようで得点にはならない。


「(でも……やり方はなんとなくわかった……!)」


 次のリングが飛んでくる。今度は逃さずラインが重なったと同時に対象のボタンを叩く。流石に今のはタイミングバッチリだったようでちゃんと得点が入った。なるほど……こんな感じか。

 コツが掴めたら後は流れでタイミング良くボタンを叩いていく。余裕が少しずつ出来はじめた私は隣で一緒の曲をやっている琴ちゃんを一瞥する。琴ちゃんは私以上に余裕があるみたいだ。ただボタンを押すのに必死な私を違い、リズムに乗って軽快にスコアを伸ばしていく。舞うようにボタンを叩くその様子がまた凄く綺麗で絵になって…………あ、やべ。琴ちゃんに見とれてまた一つ得点し損ねた……


『FINISH!』


 そんなこんなで一生懸命叩いて。ようやくゲームが終了した。得点は……琴ちゃんは文句なしの満点。そして私は最初の一回、そしてよそ見して琴ちゃんに見とれたせいで叩き損ねた一回の計二回ミスという結果に終わる。


「凄い、凄いよお姉ちゃん!初めてのぶっつけ本番だったのにミスはたったの2回なんて!」

「そりゃ琴ちゃんの足を引っ張らないようにめちゃくちゃ必死だったからね……ってか、琴ちゃん!待ってって言ったのに酷いよもう!」

「えへへ。だってお姉ちゃんなら絶対に上手に出来るって思ってたんだもん。実際大丈夫だったでしょう?」


 悪びれもせずに、舌を小さくペロッと出して琴ちゃんはそんな事を言う。ズルいなぁ琴ちゃん……そんな可愛い顔されちゃ、怒るに怒れないじゃん……もう。


「それよりお姉ちゃん、次の曲いこっ!ねっ!」

「はいはい、わかったよ。……次こそ私も満点目指すからね」

「いいね、それ。二人でハイスコア目指そうね!」


 琴ちゃんと私のスコアの合計点が基準を上回っていたから、無事に次のステージに進めるらしい。ルールもコツも今ので理解出来た。こうなったら私も全力を出しちゃおう。


『GAME START!』


 小気味良いスタート開始の合図と共に、再びリングが飛んでくる。今度は最初にやった時のような動揺はない。のっけから全力で集中してボタンを叩いていく。どうやら先ほどのよりも難易度が上がっているようだ。叩く頻度も上がっているしタイミングもよりシビアに。自然と動きも激しくなっているのがわかる。

 けれど何でだろう……ミスする気が全然しない。素早く、正確に。力任せではなく滑るように一つずつ確実に叩く。同じ曲を叩く隣の琴ちゃんと呼吸を合わせ、動きをシンクロさせて——


「お姉ちゃんっ!」

「なに、かな……琴ちゃん……!」

「楽しいね!」


 無邪気に話しかけてくる琴ちゃん。全力で楽しんでいるのが姿を見ずともわかる声色。ああ……私も同じ気持ちだよ琴ちゃん。


「うん、とっても……楽しいね!」


 琴ちゃんと昔みたいに全力で遊べる今が……本当に楽しいや。


『FINISH!』


 気づけば曲が終わっていた。ハァハァと息を切らしながら、スコアが表示されるのを待つ私。ややあってドラムの音と共に表示されたスコアは……


『PERFECT!!!』


「「やったぁ!!」」


 文句なしの、百点満点。これには私も琴ちゃんも、思わずハイタッチしてから抱き合って喜びを分かち合う。


「お姉ちゃん、ホントに凄い!たった二回でパーフェクト取っちゃうなんて!」

「そ、そうかな?へへへ……琴ちゃんこそ二連続パーフェクト凄いよ。さっすが私の琴ちゃんだわ」


 目をキラキラ輝かせて私を褒めてくれる琴ちゃん。正直最初はルールすらよくわからなくてどうなることかと焦ったけど……なんとか姉としての威厳は保てたようで何よりだわ。


「いやぁ……それにしてもいい汗かいたわ。これ思った以上に運動になるんだね」

「全身を動かすからね。楽しかったし折角なら今後のお姉ちゃんのリハビリメニューに入れても良いかもね」

「あはは、それも良いかもね。さてと。随分遊んだし、そろそろ別の場所にでも——」



 ぷちん……



「…………ッ!?」

「……?お姉ちゃん?」


 と、良い感じでゲームコーナーも楽しんだわけだし。また別の場所に遊びに行こうと提案しようとした矢先の出来事だった。唐突に訪れた異変に焦って固まってしまう私。


「どうしたの……?なんだか顔色悪いよ小絃お姉ちゃん。……ま、まさか……無理な運動させて身体に何か異常が……!?」

「な、なんでもないっ!ほんと、なんでもないから……!?」

「嘘……!なんでもないわけないでしょ、胸を押さえてるし……苦しいの……!?辛いの……!?だったらすぐにでも病院に」

「か、身体は何でもないんだって!?そうじゃなくて……身体に問題があるんじゃなくて、ブラが…………あっ」

「…………ブラ?」


 あまりにも心配する琴ちゃんに、思わず口を滑らせてしまった私。私の失言を聞き逃さなかった琴ちゃんは、数瞬考える素振りを見せ……そして。


「お姉ちゃん」

「な、なにかな琴ちゃん……?」

「ちょっと失礼」

「ひゃぅん!?」


 一瞬で私の背後に回り込み。何を思ったのか背中を人差し指でツーっとなぞる。


「なるほど……ね、小絃お姉ちゃん」

「は、はい……」


 そして何かを確認した琴ちゃんは私の耳元でこう囁くのであった。


「…………次行くところ、決まったね。、一緒に行こっか♡」

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