87話 お姉ちゃんと楽しいデート(下着編)
『——そーいや小絃。あんた……下着はどうすんのよ』
「は?下着?いきなり何?セクハラかなにか?紬希さんにあや子にまたセクハラ発言されましたって密告しても良い?」
『真面目な話だからちゃんと聞きなさい。それと…………冗談でもそんな話を紬希にするんじゃないわよ……!後でどんなオシオキ喰らうかわかったもんじゃないんだから……!?』
「その紬希さんのオシオキとやらに期待しているくせに何を言う。……まあ、それは置いておくとして。下着がなんだって?」
『今からあんたはデートに行くのよね?だったらそれに相応しい格好をするのが常識ってもんでしょうが。デートにジャージを着ていかないように、下着だってデート用のモノを付けるのがマナーってものでしょうが。あんたちゃんと良い下着持ってんのかって聞いてるのよ』
「そんな常識は知らん。……って言うか。デートに相応しい服装をするのはまだわかるけど……下着はどうでもよくない?脱ぐような場所に行くわけでもあるまいに」
『甘い、甘いわ小絃は……!もし何かの拍子に脱ぐ機会があって……その時にだるだるの下着とか上下揃ってない三枚千円のやっすい下着とかを着けてるのがバレてみなさい!流石の琴ちゃんもあんたに失望するわよ!それでも良いの!?』
「脱ぐような機会とかないでしょ普通……」
『デートだからこそよ!デートならいくらでも脱ぐ機会はあるものなの!いいから、それに相応しいやつちゃんと着ておきなさいよね!』
「…………むぅ」
◇ ◇ ◇
お出かけ前、悪友あや子からそんなアドバイスを貰っていた私。あや子の言う事なんて別に律儀に聞く必要はなかったんだ。女の子同士のデートで変な事があるけでもあるまいに。
……それでも、なんとなく。琴ちゃんが楽しみにしていると言うのにいつもと一緒の格好で行くのも悪い気がして。一番良い洋服を着るついでで、今まで私が購入した中で一番マシな……一番気合いの入った勝負下着を着けてみた。
誤算だったのはそれを購入したのが昏睡状態になる前、つまり10年以上前に買った年代物の代物だった事。『いつか大切な人とお出かけする時のために』と一度も使用せずに大事に取っておいた下着だったんだけど……流石に10年も経てば経年劣化もしていたわけで。
「(で、でもまさか……ちょっと運動しただけでブラのホックが壊れちゃうなんて……)」
見栄張って気合い入れた結果がこれですよ。あや子の戯れ言なんか聞くんじゃなかった……そう後悔しながらも、今私は琴ちゃんに意気揚々と連行されている。
「小絃お姉ちゃん、着いたよ。さあ、お姉ちゃんにぴったりの下着を選ぼうね」
辿り着いた先で満面の笑みを浮かべてそんな事を言う琴ちゃん。店内を見渡すと、色とりどりの下着を晒すマネキンたちがお出迎え。……紛うことなきランジェリーショップだった。
「あ、あの……琴ちゃん。ど、どうしてこんな場所に来たのかな?お、お姉ちゃんここに来る必要はないと思うんだけど……」
「ブラのホック、壊れたんでしょ?背中触らせて貰った時ブラ線がなかったし。何よりもブラが外れたせいで胸の位置もお姉ちゃんの動きも全然いつもと違うし丸わかりだよ」
「う、うぅ……」
あっさり私のブラが壊れたことに気づいた琴ちゃん。流石アパレル業界でバリバリお仕事しているだけのことはある。これを誤魔化すのは無理だわ……
……下着が壊れたくらい特に隠すような事じゃないだろうって?なんで琴ちゃんに隠そうとしたのかって?そんなの決まってるじゃない。いつもの流れならこの後――
1.琴ちゃんにエロい下着をチョイスされ。
2.そのまま試着室に連れ込まれ。
3.その勢いで剥かれて押し倒されて。
4.最後に試着室でエロい事しちゃう。
——って、パターンになるのが容易に想像出来るからだよ……!
流石にこんな場所でおっぱじめるのは色々マズすぎる……!下手したら琴ちゃんの社会的立場というものが大変な事になっちゃう……!だ、だから琴ちゃんにバレたくなかったのに……!
「店員さんすみません。試着室お借りしても良いですか?いくつか試着したいのですが」
「ええ、勿論ですとも。ごゆっくりご利用ください」
なんて、どうしたものかとオロオロしている間にも。琴ちゃんは手早くディスプレイされている白や黒やピンクの綺麗なブラやショーツを次々に手に取って、そして店員さんに話しかけていた。
「あとついでに。もし良かったらメジャーも借りて良いですか?」
「え?メジャー……ですか?もしかしてバストサイズを測られるのでしょうか?それでしたら私どもがお手伝い致しましょうか?」
「いいえ、必要ありません。私、アパレル業界で働いていますからその辺の知識はありますので。メジャーだけお借りできれば」
「は、はぁ……まあそういう事でしたら、どうぞ……」
「ありがとうございます。……よし、お待たせお姉ちゃん。早速行こうか」
「あ、ちょ……待って琴ちゃ——」
やはりと言うべきか、有無を言わせず琴ちゃんは試着室へと私を連れ込む。よく見るカーテンで仕切るタイプじゃなくて、しっかりとした作りの個室タイプの試着室。その扉を開き私を押し込むようにその試着室へと入らせる琴ちゃん。
そこそこ広めに作られていた試着室。とはいえあくまで試着を、それも基本的に一人での試着を目的としている造りだからか琴ちゃんと二人だとかなり狭く感じる。
「さて、それじゃあお姉ちゃん」
「は、はい……」
「脱いで」
「……あー」
そんな密室で琴ちゃんは想像通りの言葉を発した。ほらこうなった……!絶対こうなると思ってた……!
「あ、あのね琴ちゃん……確かにブラが壊れちゃったのは認めるよ。で、でもブラくらいなくても別に問題なんてないし、このままお買い物を続けても何にも問題無いと思うんだよ」
「ダメ。お姉ちゃんわかってない。胸は繊細なものなんだよ。ノーブラのままじゃ形が崩れちゃったり痛みを生じたり。あとは……目ざとい人に『あの子ブラ付けてない!』ってバレて……目を付けられる恐れだってある。そんな状態でお姉ちゃんを出歩かせるなんて私には無理、耐えられない。だから……良い機会だしここで下着を買おう」
とりあえずブラは必要ないことを訴えてみたけれど。アパレル業界人らしい理論で私の意見を封殺する琴ちゃん。言いたい事はわかるけど……
「大丈夫、私に全部任せて。すぐに終わらせるから」
「ほ、ホントに脱がすの……!?や、ヤバいってこんなところで……!?」
「……?試着室は脱ぐ場所だよ?はいお姉ちゃん、ばんざーい」
そうこうしているうちに琴ちゃんは私を脱がしにかかる。ただでさえ私と琴ちゃんの力の差は歴然。その上琴ちゃんの脱がしテクは毎日私をお風呂に連れ込む度に磨かれている。どれだけ私が抵抗しようとも、あっという間に剥かれてしまって……
「……へえ、お姉ちゃんそんなに綺麗な下着着てたんだ。これは……ちょっとびっくり。こんなもの持ってたんだ」
「ぁぅ……」
下着姿になった私を琴ちゃんは少し驚いた表情を見せる。普段安物の下着を着ているから流石の琴ちゃんもこういう宝の持ち腐れ的な下着をこの私が持っていると思わなかったのだろう。数分、身じろぎ一つしないまま。私の下着姿を見つめる琴ちゃん。
「あ、あの……琴ちゃん……」
「……っと。ごめん、そのままだと風邪引くね。さっさとやらないと。それじゃあお姉ちゃん、ちょっと失礼」
「……ッ!」
あまりに微動だにせず見つめられるから思わず心配になって声をかけてみる。ハッとした表情の琴ちゃんは頭を振り、そして私に向き直って壊れたブラを触りだした。
い、いよいよやるのか……!?始まっちゃうのか……!?そう身構えた私に対し琴ちゃんは真剣な顔で迫り、そして——
「んーと……ああ、やっぱり。ホックが完全に壊れてる。……状態は悪くなさそうだけど、経年劣化してそれでって感じだろうね。後は……サイズ的に小さいのかも。カップがくい込んでるし、跡もついちゃってる。この下着を買った時よりもお姉ちゃんのお胸が大きくなったっていう証拠だろうね」
「へ……?あ、ああそうなの……?」
「しっかりサイズ測ってみようね。一度壊れたブラは外すよ。お姉ちゃんまずは背筋を伸ばして」
「は、はい!こ、こう?」
「そんな感じそんな感じ。あとはもっとリラックスして。ガチガチの状態だと正しく測れないから。なるべく自然な状態でね」
「わ、わかった……!」
…………って、あれ……?
「まずはアンダーバストから測ろうか。アンダーは少し強めに……ああ、お姉ちゃん背中丸めちゃダメだよ。さっきも言ったように背筋は伸ばしてて」
「う、うん……それは良いんだけど……」
「よし、それじゃ次はトップバストね。こっちはバストの膨らみを抑えないように気をつけてっと…………よし、計測完了っと。なるほどアンダー70のトップが84……私の見立て通りCカップってとこだね。合ってる?」
「え、えと……前はBって聞いた気がするけど……」
「なら大きくなったって事だね。あとはお姉ちゃんの胸のタイプだと……やっぱりフルカップの方が良さそうかな。ワイヤーは……運動したりする事を考えるとなしのやつをとりあえず買った方が無難かな」
「そ、そうなんだ……」
淡々とバストを測り、下着をチョイスしながら解説してくれる琴ちゃん。そんな琴ちゃんに強烈な違和感を抱く私。あ、あれ……おかしいな。なんか思っていた展開と違う……
「あ、あの……琴ちゃん?」
「んー?どうしたのお姉ちゃん。自分でも欲しい下着とかあった?」
「い、いやそうじゃなくて……な、何と言うかその……」
「……お姉ちゃん、もしかしてこんな事考えてない?『いつもの琴ちゃんだったら、このシチュエーションで襲いかかってくるハズでは……?琴ちゃんは一体どうしたんだ……!?』って」
「ぅぐ……!?」
ば、バレてる……
「もー……お姉ちゃん酷いなぁ。そりゃ、いつもの私ならこういう密室で、お姉ちゃんと肌が触れるくらい密着して、そのお姉ちゃんの勝負下着も裸も見せつけられちゃってるってシチュエーションに酔って……そのまま本能のままに襲いかかるくらいはしてたと思うよ」
「(それを自分で言っちゃうんだ琴ちゃん……)」
「でも……洋服とか下着とかに関しては別。仮にもアパレル業界でご飯食べさせて貰っている私なんだよ。こういう時くらいはちゃんと真面目にやるよ。自分に合った下着を選ぶのは大事だもの。それが……世界一大好きな人が付ける下着なら尚更ね」
おぉ……と、思わず感心の声を上げる私。持論を語る琴ちゃんの表情は、あの日お仕事見学の時に見せて貰った凜々しい琴ちゃんそのもので。それはとってもかっこよく見えて……
「…………あの、ホントごめん琴ちゃん……正直に言わせて貰うと……すっごい失礼な事考えてたわ私……」
「ふふ、気にしないで。普段の行いが悪い証拠だもんね。いつもなら迷わずお姉ちゃん押し倒して既成事実作ろうとしてただろうし」
「は、ははは……」
「さて。誤解も解けたところで今度はヒップとウエストを測ってもいい?ブラだけじゃなくて折角ならショーツもちゃんとしたものを選んでおきたいからね」
そう言ってメジャーを片手にウインクする琴ちゃん。琴ちゃんの真意もわかったわけだし拒絶する理由などない。
「勿論だよ。素敵な下着、琴ちゃんに選んで欲しいな」
「任せてお姉ちゃん、お姉ちゃんの魅力全部を引き出す下着を選んであげるね」
私は今度こそ快く琴ちゃんに従うことにした。
◇ ◇ ◇
「——よし、こんなもので良いかな」
その後豊富な専門知識と持ち前のセンスを駆使し、琴ちゃんは私に合った下着を選び抜いてくれた。
「お出かけ用と、運動用。後は寝る時用に日常で使う用。これだけあればとりあえず足りると思うよ」
「何から何まで本当にありがとうね琴ちゃん。これでこの後のお買い物も無事に行けそうだよ。流石にノーブラであちこち回る事になってたら琴ちゃんとの楽しいお出かけも集中出来なかったかもしれないし」
「ふふ……ノーブラを気にしながら恥ずかしがりつつデートしちゃうお姉ちゃんも見てみたかった気持ちもあるけど。他の人にそんな可愛らしい反応するお姉ちゃんを見せたくはないからね。そういうのは二人っきりの時にさせて貰うね!」
「二人っきりの時だろうとしないからね……!?」
購入する下着と返却する下着をわけながら、そんな冗談を言い合う私たち。琴ちゃんの目が本気と書いてマジに見えるのは気のせいだろうと自分に言い聞かせつつ、この場所から出る準備を整える。
「それにしても残念。折角お姉ちゃんの下着を選べるなら、いっそ自分で作ったお姉ちゃんの為だけの下着を作ってそれを着て貰えたら最高だっただろうなぁ……」
「あはは。琴ちゃんが私の為に作ってくれた下着ならどんなものでも着たくなっちゃいそうだわ。そうだね、いつか機会があれば琴ちゃんにオーダーメイドしちゃおうかな」
「是非ともお願い。その時は最高の下着を命をかけて作らせて貰うから」
「楽しみにしているね。……さーてと。あんまりここを独占しちゃうと店員さんにも他のお客さんにも迷惑だよね。それじゃそろそろここから出よっか琴ちゃん」
そう言ってとりあえず服を着ようとハンガーに掛けていた服に手を伸ばそうとした——その時だった。
「ひっ、ひゃん!?」
これはどうした事だろう。背中を向けたその瞬間、私のその無防備な背中をゲームコーナーでされたように指でなぞられる。さっきと違い直接肌を逆撫でされたせいで、その刺激はダイレクトに伝わる。ゾクリと全身に鳥肌が立ち悲鳴のような声が漏れてしまった。
「ちょ、琴ちゃんいきなり何を……こ、こんな場所でイタズラはダメだよ、店員さんに変な目で見られちゃ——ンンッ!!??」
勿論犯人はわかっている。琴ちゃんを窘めようと振り向いたんだけど……今度はショーツ越しにお尻を、ついでに反対の手で脇腹をなぞってきた。咄嗟に口元を押さえなければ、店員さんが『どうしましたかお客様!?』と乗り込んできていただろう。……まあ、それが逆効果になってしまうんだけど。
私が声を出さなかったせいで琴ちゃんの行為は更にエスカレート。執拗に半裸の私を弄ってくる。胸の谷間に頭をぐりぐりと押しつけたり、私の太ももを自分の太ももで挟んで擦りつけてきたり、パンツ越しのお尻の谷間に指を突っ込んできたり、10年前の事故の時に作った傷をぺろぺろ舐めたりとやりたい放題好き放題。
「ちょ、ちょちょちょ……こ、琴ちゃん!?ホント、悪ふざけはこの辺にしないと……下着を選ぶ時は真面目にやるって言ってたでしょ……!?」
流石にこれ以上は野放しには出来ない。どうにか琴ちゃんを押え込み、小声で抗議する私。そんな私に琴ちゃんはと言うと。赤みを帯びた顔で……こう返してくれる。
「そうだね、そう言ったね。……でもさお姉ちゃん」
「な、なにかな琴ちゃん?」
「約束通り、下着を選ぶ時は真面目にやったよ。……でも。それが終わった後は、こういうことしないとは言ってない」
「…………え」
「ちゃんと真剣に下着は選んだわけだし……後は真剣にお姉ちゃんと楽しいことする時間だよね。私……結構我慢したんだし、もう……いいよね?我慢しなくても……!」
「…………」
ふーっ、ふーっ……と息を荒くし。うっとりした瞳で私を見つめる琴ちゃん。こ、これは……この雰囲気は……この流れは……まさか……!?
「こ、琴ちゃん……いくらなんでもこの場所はヤバいって……!?て、店員さんもそろそろ怪しんで来る頃だろうしそれに……」
「ごめん、ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんが私の為に一番いい勝負下着着てデートしてくれたことも嬉しかったし、お姉ちゃんの成長中の身体に触れてただけで身体が熱くなって着ちゃったし、色んな下着姿のお姉ちゃん見てたらドキドキが止まらなくなっちゃって…………もう、これ以上は自分が抑えきれないみたいなの……」
「だ、だからホント待ってって!?流石にここで色々しちゃうのは無謀と言うか何と言うか、とにかく一旦ここから出よう!そうしよう琴ちゃん!」
「ちょ、ちょっとだけだから……!あくまで触れ合うだけだから……!だから……ごめん、我慢できない、いただきます……!」
「待っ——!!!?」
その後。案の定店員さんに『お、お客さま方ー?だ、大丈夫ですかー?どうかなさいましたかー?』と試着室の扉をノックされるまで。琴ちゃんの(過激な)スキンシップは止まらなかった事をここに記す。
やっぱこうなった!やっぱこのオチじゃんか……ッ!
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