85話 お姉ちゃんと楽しいデート(香水編)
「——雲一つない、まさに快晴とはこのことだよね。晴れて良かったね小絃お姉ちゃん」
「そだねー。降水確率は10%って天気予報では言ってたし。急な雨に降られちゃってお出かけが台無しになるのだけはなさそうで何よりだよね」
デート……もとい、お出かけの準備に1時間使い。そして琴ちゃんとお互いのおめかしした格好を褒め合うのにたっぷり2時間使って。共に満足したところでようやく外出出来た私たち。
ちなみに天気は快晴、絶好のお出かけ日和だ。
「それじゃあお姉ちゃん。最終確認なんだけど、今日のデートはショッピングモールでお買い物って事で良いかな?」
「あー……私はそれで問題無いけど。でも琴ちゃんこそ良かったの?遊園地とか映画館とかアミューズメント施設とか。他にも楽しそうなところはいっぱいあったと思うんだけど……」
うっひょぉおおお……!私が知らないうちに運転免許取ってた琴ちゃんマジかっけぇ……運転姿凜々しすぎて目の保養になって困るわぁ永遠に見てられるわぁ!——なんて。胸の内で密かに思いながら。琴ちゃんが駆る車の助手席に乗せて貰いつつ私はそう琴ちゃんに問いかける。
お出かけ前に二人で話し合った結果、私の体調面を考慮して今回は大型ショッピングモールでお買い物する事に決定した。私はハッキリ言ってノープランだったわけだし、色々と10年分の自分に必要な生活必需品とか買わなきゃと思っていたところだから全然良いんだけど……
「それで良いの。勿論ね、遊園地みたいな楽しい場所にいずれは小絃お姉ちゃんと一緒に行きたいとは思ってるよ。でもそれは今じゃない。お姉ちゃんに無理させて、結果また入院させちゃう事になったら……私は耐えられない」
「でも……」
琴ちゃんは私と違ってぶっちゃけショッピングモールなんて行き慣れているだろう。折角のお休みだと言うのに、わざわざ私に合わせなくても良かったのに。
なんてちょっぴり申し訳ない気持ちでいる私に。琴ちゃんは軽快に運転しながらこう告げる。
「私、お姉ちゃんが目覚めるのを10年待ったんだよ。そう思えば1年2年くらい気長に待てるよ。今焦って中途半端にお姉ちゃんとそういうところに行くよりも。お姉ちゃんがしっかり完治して。自由に動けるようになってから全力で楽しむ方が楽しいでしょう?」
「それは……まあ、うん」
「それに。ショッピングモールでお買い物も、私にとっては遊園地でお姉ちゃんと遊ぶ事と同じくらい楽しいんだもん。だからこれでいいんだよ」
横目で見る琴ちゃんの表情から、嘘偽りは言っていない事が見て取れる。私に対して気遣っているわけでなく、本気でそう思っているらしい。
「一緒にお買い物デート、楽しもうねお姉ちゃんっ!」
「琴ちゃん……」
屈託なく笑う琴ちゃんに昔の面影を感じる。……そうだった。琴ちゃんはあの頃から、私と一緒ならどこだってこんな風に楽しそうにしてくれてたね。
「任せて琴ちゃん。今日のお出かけが一生の思い出になるくらい楽しませてあげるから!」
そうだ、場所は関係無いんだ。どこにお出かけだろうと……私はただ、琴ちゃんと楽しめば良い。全力で琴ちゃんを楽しませてあげれば良いだけの話じゃないか。これまでも、これからもずっと変わらない。
私は琴ちゃんのお姉ちゃんとしての役目を全うするだけだ。
◇ ◇ ◇
「さーてと、それじゃあ琴ちゃん。まずはどこに行こうか?」
だいたい30分ほどかけて。琴ちゃんの安全運転で無事にショッピングモールまで辿り着いた。モール入り口の店内案内板を眺めながら私は琴ちゃんに問いかける。
「そうだね……生鮮食品とかのお買い物を最初にしちゃうと傷んじゃったりするから最後にするとして……後は時間的にご飯食べたりするのも早いよね。そっち関連は後回しにして……あとは順番に見て回るのはどうかな?ちょうど生鮮食品売り場もフードコートも一階にあるみたいだから最初二階から見て行って、一通り見終わってからご飯食べて生鮮食品とかも買うって感じで」
「おお……流石琴ちゃん。その方が効率も良いよね。そんじゃその流れで行こう」
買い物上手な琴ちゃんのアドバイスに従って、最初は二階から見て回る事に。エレベーターに乗り二階へ向かい見回してみる。服飾店や靴や、書店やCDショップ。ゲームコーナーに小物店などなど。大型ショッピングモールなだけあって、数多くの店舗が立ち並んでいた。
「これだけいっぱいお店があるとどこに行こうか悩んじゃうよねー。いろいろ目移りしちゃいそう」
「ふふふ……時間はいっぱいあるんだし、ゆっくり見て回ろうねお姉ちゃん」
そんなことを言いながら。二人でとりあえず一番近くのお店に入り込んでみる。途端にふわりと色んな良い香りが漂ってきて……
どうやらここは香水売り場だったらしい。むぅ……琴ちゃんはともかく私にとっては初っ端から場違いな場所に入っちゃったかも……生まれて初めて来たわこういうお店。
「……?お姉ちゃんどうしたの?なんか挙動不審になってない?」
「あ……っ、いやそのぅ……私、こういうお店初めてでさ。私がこういうところに来ちゃ場違いすぎじゃないかなって思って……」
「え?どうして?……ああ、もしかして女子高生が香水とか付けるのはまだ早いとか思ってる?大丈夫だよ、確かにお姉ちゃんが事故に遭う前まではそういう風潮があったかもしれないけど。今は女子高生、ううん女子中学生とかでも気軽にやってるものだし。女子向け雑誌にも載ってるくらいだからね」
「いや……女子高生云々とかの意味じゃなくてね。私に香水は似合わないんじゃないかなーって思っちゃって……」
「似合わない?なんで?…………ああ、なるほどわかった。つまりはそういう事ね」
「うん、わかってくれたかな琴ちゃん」
「確かにお姉ちゃんに香水は似合わないよね。だって香水なんて付けちゃったら……お姉ちゃんの香りの純度が下がるもんね!」
「そうそうそういう事…………ん?」
純度が下がる……?純度……?
「いらっしゃいませお客様方、何かお探しでしょうか?」
そんな会話を琴ちゃんとしていると。店員さんがニコニコ笑顔で声をかけてきてくれる。あ……しまったな。長居をするつもりはなかったし、まして香水なんて女子力高い代物を買うつもりもなかったのに……
「あ、あの……違うんです。ちょっと立ち寄っただけでして購入するつもりは……」
「遠慮なさらずに。お試しだけでもどうですか?お二人ともカップルでしょう?お二人にあった香水もきっとありますよ」
「待ってください違います店員さん。まだカップルでもないです私たち」
「そうですよ店員さん。カップルじゃなくて——将来を誓い合った仲なんです私たち♡」
「琴ちゃんも違うって……」
「それはそうと……私とお姉ちゃんをカップルだって思うだなんて。店員さんはとても見る目がありますね。そう見えちゃいましたか?」
「ええ勿論です。職業柄、どういう方々が香水をお求めなのか自然とわかっちゃいますから」
「流石ですね。もし良かったら私に合いそうな香水とか紹介していただけませんか?もっともっと、私のお姉ちゃんを振り向かせたいんです」
「お任せください。必ずや、彼女を振り向かせる素敵な香水をご用意いたします」
カップルという単語を出されて気をよくした琴ちゃん。まんまと店員さんに乗せられている模様。
まったくもう……大人の女性になったけど、こういうお洋服だったりお化粧だったりに無邪気にはしゃいだり興味津々になっちゃうところはちっちゃな頃から全然変わってないよね琴ちゃんは。…………可愛いなぁちくしょう。
「てか……別に香水なんてどれも一緒なんじゃ」
「あら、お言葉ですがお客様。人と人に相性があるように、香水にも相性というものがありますよ。どれも一緒だなんてそんなことはありません。その人に合った香水を付ければ、より一層魅力というものが増すものですから」
「はぁ……」
私のぽつりとつぶやいたセリフに反論し熱心に語る店員さん。そういうものか?
「そうだよお姉ちゃん。同じものを使ったとしても香りって変わるものなんだよ。思い出してみてよ。私とお姉ちゃんはいつも同じお風呂に一緒に(無理やり)入って同じシャンプーを使って同じベッドで寝てるけど。その時感じる匂いって全然違うものでしょう?それと同じなんだよ」
「琴ちゃん?なんか盛大に勘違いされちゃいそうな発言はおやめくださいお願いします……」
一字一句間違っちゃいないけど、なんか琴ちゃんの言い方だとまるで私たちが一夜を共にしている仲と思われそうな気がするんだが……?一夜どころか同棲してるけどさ……
「まぁ……!そこまでの仲だったのですね……!それでしたらまさにうってつけの香水がありますので少々お待ちを……!」
琴ちゃんの一言で何やらさらにテンションが上がった様子の店員さんは奥へと引っ込み何やら探し始める。ええっと……待てと言われたら待つけどなんなんだあの店員さんは……
「ちなみに小絃お姉ちゃんは、私にはどんな香水が似合うと思う?お姉ちゃんの好きな匂いってどんなのか教えてほしいな」
行ってしまった店員さんをとりあえず待ちながら店内の香水を物色していると。琴ちゃんがそんなことを聞いてくる。どんな香水が似合うかと聞かれてもなぁ……
「んー……あんまり私は香水の種類とかわからないし。琴ちゃんならどんな香水も似合いそうだけど……」
「だけど?」
「しいて言えばあれだね。今琴ちゃんが付けてる香水。それが一番素敵だと思うよ」
「え゛……!?」
「程よくあまい香りがしてなんか嗅いでて落ち着くし。うん、一番はやっぱり今の琴ちゃんの匂いかな。それが好きだね。その香水って何て名前の香水なの?」
琴ちゃんの首筋に顔を近づけてクンクンと嗅いでみる。……うん、やっぱりここに置いてあるどの香水よりもいい香りがする。前から少し気になってた事だけど。いったいどんな種類の香水を使っているんだろう?
「あ、あわわわわ……」
「って……琴ちゃん?どしたの?顔赤くない?」
そんな素直な自分の気持ちを述べた途端。琴ちゃんはどうした事か顔を全力で真っ赤にして慌て始める。あれ?何この反応?私、別におかしな事は言ってないよね?
「あっ、その……えっとね、お姉ちゃん……その……私……」
「んー?何かな琴ちゃん」
「わ、私……今日は香水、つけてない……」
「…………え?」
「ふ、普通にいつも通りシャンプーとかボディソープは使ってるけど……香水はその……あ、あんまり匂いがきついとお姉ちゃんに嫌がられるかもしれないって思って。ここでお姉ちゃんの好みをリサーチしてから……本格的に買うつもりだったの。だ、だから……使ってないの私。少なくともお姉ちゃんの前で香水を使ったことは、一度もない……かも」
「…………」
えと、それは……つまり。この良い匂いは、琴ちゃんの素の香りって事……?ええっと……ちょっと待って。いま私、琴ちゃんに何て言ったっけ?
『程よくあまい香りがしてなんか嗅いでて落ち着くし。うん、一番はやっぱり今の琴ちゃんの匂いかな。それが好きだね』
…………待って。これ、ひょっとしなくても……めちゃくちゃ恥ずかしいことを私言っちゃってないか……?
「え、えへへ……そっか、そうなんだ……♡お姉ちゃんは私の匂い、好きなんだ……えへへ……♡」
「お願いです琴ちゃん今の忘れて、全力で忘れて……!違うの、これは……違うのぉ!!!?」
意図しないまま死ぬほど恥ずかしいクサイセリフを、よりにもよって当事者である琴ちゃんに言い放ってた私。クサイ、クサ過ぎる……っ!
「お待たせしましたお客様!お二人の仲をさらに進展させる香水をお持ち致しました!こちらパチュリを使った香水でして、催淫効果もございますので夜のおともに——」
「(ガシィ!)店員さん、今すぐこの店で一番香りの強い香水を持ってきてください……!クサイセリフを上書きするような、記憶まで飛ぶような香りの強い香水を持ってきてください今すぐに……!」
なお、どれだけ強い香水を使っても。私のクサイセリフは上書きなんてできなかったことをここに記しておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます