84話 準備の時間もデートの一環です

 私のお出かけのお誘いに、二つ返事で了承してくれた従姉妹の琴ちゃん。それこそ泣いて喜ぶくらい乗り気だったし、今すぐにでも出発するのかと思っていた私だったんだけど……


「ごめんお姉ちゃん、1時間……ううん、30分でいいから時間を私に頂戴……!ちょ、ちょっと準備してくる……!」

「え?ちょ……琴ちゃん?」


 そう言って大慌てで自分のお部屋に立て籠もった琴ちゃん。直後ドタバタと物騒な物音が中から聞こえてきて、何事かとこっそり覗いてみたら……


「(ブツブツブツ)………やっぱりここはシンプルに、ロングのワンピースでデート感を強調して……いや、お姉ちゃんの好みは大人の女性だしここは敢えてジャケットを着て如何にも仕事が出来るオフィスレディチックに……でもこの間買ったこのニットも可愛いよって褒めてくれたし…………ああ、もう私のバカ……!なんでこういう場合を想定してちゃんと準備してなかったのよ……ッ!」


 クローゼットを開放し片っ端からお洋服を取りだしては、姿見の前でどれを着ていくのか悩んでいる様子だった。


「——と言うわけで。何やら琴ちゃん悩んでいるみたい何だけどさ。ぶっちゃけ悩む必要ってあるのかね?悩むくらいなら『どれ着ても琴ちゃんは可愛いし綺麗なのには変わりないよ』って正直に言ってあげたほうが良いんじゃないのかな?」

『やれやれ……あんたホントバカよね。琴ちゃんも苦労するわ。どれでも良いとか間違っても言っちゃダメだから』


 あまりにも鬼気迫る勢いで準備している琴ちゃんに若干心配になった私は。アドバイスを求めるべく悪友であるあや子に電話を掛けてみる事に。


『デートなんでしょ?ちょっとでも相手にドキドキさせたい。素敵だって思って欲しいっていう乙女心とかわかんないわけ?』

「そりゃ私も乙女だしその気持ちはわからんでもないけど……」

『は?乙女?……誰が?』

「お、乙女だし!実年齢はともかく心も体もアラサーのあや子と違ってピチピチの乙女だし!…………コホン。それは置いておくとしてだ。琴ちゃんの乙女心はわからんでもないけどさ。それにしたって時間掛けすぎじゃないかなって思うんだよね」


 なんか私の余計な提案のせいで琴ちゃんの貴重なお休みを無駄にさせちゃっているんじゃないかなって不安になって……なんだか申し訳なく思ってしまう。私としてはちょっとしたお出かけのつもりだったし、そんなに気合い入れなくても良かったんだけどなぁ。


『だからアンタはバカなのよ。デートっていうものはね、そういう時間も含めて楽しいものなのよ。それに時間掛けすぎってわけでもないでしょ。デートの時の女の子って、得てして準備やらなにやらに時間がかかるものだもの。それが恋する女の子に関しては特にね』

「むぅ……そういうものなのか」

『そういうものよ。アンタだって生物学上は女だろうし。琴ちゃんにガッカリされたくなければまともな服着て身だしなみ整えて化粧の一つでもしたらどうなの?』

「……わかった」


 多分コイツも紬希さんと付き合う上で色々勉強したり経験してきたんだろう。珍しくまともなあや子のアドバイスを素直に聞き入れる事に。

 確かに……あんなに楽しみにしている琴ちゃんのテンションを下げるような事は私もしたくない。あや子の言うとおり多少はマシな服を着て、琴ちゃんから習ったお化粧を軽くしておくとしようか。


「ついでももう一つ聞きたいんだけどさあや子。琴ちゃんとお出かけするならどこが良いかな?」

『……呆れた。まさか小絃、アンタ自分から琴ちゃんにデート誘っておいて場所とか決めてなかったワケ?』

「……ち、違うし……わ、私はただ……琴ちゃんの行きたい場所を優先したくて、敢えて……そう!敢えて場所とか決めていなかっただけだし……!」

『何も考えてないだけでしょ小絃の場合は。そんで?琴ちゃんはどこに行きたいって要望はあったの?』

「……ナイショ」


 あや子の問いかけに黙秘権を行使する私。まさか『ラブいホテルに行きたいって言われた』なんて言えるわけないし……


『まあ、琴ちゃんの場合は最終的に小絃をラブホに連れ込めさえすれば後はどこでも良いって言うわよね』

「なんでわかったの!?」

『…………あ、やっぱそういう事言ったのね。流石だわ。ほんっと、ブレないわねぇ琴ちゃんも。……ともかくあんたらがノープランって事はわかったわ。そんでそれを踏まえた上でデートのおすすめの場所なんだけどさ』

「おっ?なになに?どこか良い場所とかあるの?」

『そういうのは自分たちで話し合って決めなさい』

「なんじゃそりゃ……」


 期待を込めて耳を傾けた私に対し、そう冷たく言い放ったあや子。


『甘えんじゃないわよ。私と紬希のデートならいざ知らず。他のカップルのデート先をどうして私が考えなきゃいけないのよ。こういうのはね、さっきのデートする時の服装選びと一緒よ。カップル同士がどこに行きたい、二人で何したいを考える時間もデートに含まれるの』

「いやあの……私と琴ちゃんはまだカップルというわけでは……」

『そりゃね、小絃みたいなまともに思考する脳もなければデリカシーの欠片もない女心もわからないという、ないないづくしの残念女には荷が重いのはわかるわ』

「おうあや子、貴様黙って聞いていればめちゃくちゃ失礼な事言ってないかね?」

『それでもよ。私が考えた場所よりも。あんたが琴ちゃんを想って一生懸命考えたデート場所の方が……琴ちゃんは嬉しいに決まっているでしょ』

「……それは、そうだね」


 ところどころ余計な一言が目立つのは気になるけれど。あや子の言わんとしている事は概ね理解出来る。あんなに真剣に悩んでまで私とのお出かけを楽しみにしてくれているんだ。私もそんな琴ちゃんに応えてあげなきゃね……


「わかった。琴ちゃんときっちり話し合って、琴ちゃんが楽しんで貰えるような場所を考えてみるよ」

『そうしなさい。まあ、琴ちゃんの事だから多分あんたと一緒なら公園まで散歩するだけだったり、ウィンドウショッピングするだけでも喜んでくれそうだけどね?』

「……ウィンドウショッピング?」

『…………あんた、まさかウィンドウショッピングの意味すらわかんないわけ?』

「な、何を言うか。知ってるに決まってるでしょ?」

『ならどう言う意味か言ってみなさいよ』


 えー……多分アレだよね?ウィンドウは窓だから……


「お洒落な窓を買って二人でお家に取り付けるデートのことだよね?」

『琴ちゃんとDIYでもする気なの?全然違うわよおバカ。お店のショーウィンドウを見てまわるデートの事よ』

「そうそう、それが言いたかった。いやぁ、惜しかったわ。ニュアンス的にはほとんど合ってたよね」

『かすりもしてないわよ』


 と、そんなアホな会話をしながら自分も琴ちゃんに習ってお出かけの準備に取りかかる。如何せん10年前に寝たきりになってたから、服とかその他諸々に関してはあんまり手持ちがない。無いものは仕方ないし、とりあえず今回は持っている中で一番マシな服を着ていくとして……


「お化粧と……あと、髪型とかも変えた方が良いのかな?」

『ああ、それは良いかもね。普段お洒落っ気の欠片もない、女として終わっているあの小絃がデートするために普段と違う格好したともなれば。琴ちゃんもあんたに惚れ直してくれるかもよ』

「貴様というアホは私をいちいち貶さないと会話の一つも出来ないのかね?」


 鏡を見ると、いつもと代わり映えしない平凡な顔が現れる。折角だし新鮮な気持ちでお出かけを楽しんで欲しいし。髪型もちょっと弄っておこう。

 ……まあ、私にはヘアアレンジなんて洒落た事は出来ないから。せいぜいゴムで髪まとめてポニーテールかツインテールにするくらいしか出来ないんだけどね。


「後はデート先をどこにすべきか……私が知ってる場所なら琴ちゃんをエスコート出来るかもだけど。流石に10年も経ってたら町も大分変わってたりするよねやっぱ……」

『そういう話なら任せなさい。直接のアドバイスはしないけど。私がよく紬希とデートする場所なら教えてあげても良いわ。参考にしてみなさいな』

「おっ……それは地味に助かる。サンキュー」

『一旦電話切るわよ。地図データをあんたのスマホに送ってやるから』


 そう言ってあや子は電話を切ってくる。しばらくしてから私のスマホが震え、あや子が地図を送信してくれた。えーっと、どれどれ?


「…………」

『もしもし小絃?ちゃんと届いたかしら?』

「…………あや子。一つ聞く。これさ、ホントに紬希さんと一緒にデートした場所なの?」

『?ええ、正真正銘ついこの間紬希と一緒にデートしたコースよ。それがどうしたの?』

「…………なんでもない」


 それを聞いてもう一度あや子から送られた地図を再確認してみる。この情報が正しいならこいつ……遊園地行った後にロリータファッション専門店に行って。その後小学校に足を踏み入れてから何故か警察まで連れて行かれて。解放されてからホテルに直行して……また警察まで連れて行かれている事になるんだが?

 遊園地はわかる。ロリータファッションの店も……まあわからんでもない。大方あや子が紬希さんにプレゼントするとかなんとか言って連れ込んだんだろう。……その後から色々おかしくね?なんでデートなのに小学校に侵入してんの?直後に警察って……絶対通報されてるでしょこれ。その後もホテル行って即また警察に逆戻りしてるし一体何をやってんだか。紬希さんも大変だなぁ……


「まあ、あや子の奇行はいつもの事か。とりあえずあんがと。参考にならない事が参考になったよ」

『どう言う意味よそれ!?』


 立派な反面教師としてありがたく参考にしておこう。間違ってもこのアホみたいなお出かけはしないようにしなくちゃね。

 んじゃあとは琴ちゃんが来るまでに、こちらもお出かけの準備を終えるだけだね。服を着替えて身だしなみ整えてお化粧で額の傷を薄くして、ついでに髪を弄ってみる。実年齢はアラサーな女子がツインテールにしちゃうのは流石に厳しそうだけど、ぶっちゃけそれくらいしか髪のいじり方とか知らないし今回はこれで試してみようかね。

 琴ちゃんがお気に召してくれたら良いんだけど……


「——ごめん、お姉ちゃん!お待たせしちゃった……!き、着ていくお洋服が中々決まらなくて……」

「おお、琴ちゃんナイスタイミング。大丈夫だよ、私も今ちょうど準備が終わったところで……」


 慣れないお化粧とヘアアレンジに悪戦苦闘しながらも。ようやっと準備完了。そのタイミングで慌ただしく琴ちゃんがリビングまで駆け込んできた。

 私は琴ちゃんに待っていないよと言ってあげようと振り返り、


「「…………」」


 目と目が合ったその瞬間。私も、琴ちゃんも。お互いに固まってしまう。互いにまじまじと全身を舐めるように見つめて、そしてまた視線がかち合い。

 そして……


「「ッ、きゃぁああああああああああっ♡」」

『何事!?』


 二人同時に、歓喜の声を轟かせていた。


『ちょ……小絃、琴ちゃん!?なに今の悲鳴みたいなのは!?一体何があったのよ!?』

「こ、こここ……琴ちゃん!琴ちゃんヤバすぎるでしょ……!?おしゃれで綺麗でかっこいい上にセクシー過ぎる……ッ!服はばっちりキメちゃってるしなんか良い匂いするし……そんな……そんなの反則でしょ……!?」

「お、おおお……お姉ちゃん!ど、どうしたのそれ……!?そんな綺麗におめかししちゃって……お、おまけにツイン!?ツインテール……!?ただでさえお姉ちゃん可愛らしいのに、そんなのズルいよ……!?大量破壊兵器だよ……!?」


 二人駆け寄り、お互いを褒め称える。気合い十分に準備していただけあって……今日の琴ちゃんはいつも以上に輝いて見える。

 いや、これはアカンでしょ……近づいただけでドキドキが止まんないわ……飛びついて嗅ぎついて抱き寄せて、めちゃくちゃにしたいしされたいわ……!


「「ああ、もう……デート最高っっっ!!」」

『…………おーい、そこのバカップル。聞こえてる?もう電話切っても良いかしら?』

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