琴ちゃんとデート

83話 小絃お姉ちゃんとお出かけ日和

 10年の時を経て目覚めた私、音瀬小絃は……一日の大半をお家で琴ちゃんと共に過ごしている。体調が戻りつつある今はリハビリの一環として近くの公園までお散歩したり、以前体験授業の時にお世話になった学校へ遊びに行ったりもするけれど。病み上がりという点を考慮して、基本的には朝起きてご飯食べてリハビリして。ご飯食べて10年分の勉強をしてお昼寝して。ご飯食べてお風呂入って就寝して——というお家生活がほとんどだった。

 だから日々のお買い物とかに関しては、ほぼ琴ちゃんに任せっきりな私だったんだけど……


「ねえ琴ちゃん。ちょっと琴ちゃんに相談が——」

「うんっ!良いよお姉ちゃん!お姉ちゃんの言うとおりにする!」

「——あるんだけど……って早いよ!?まだお姉ちゃんは何も用件を口にすらしてないんだけど!?せめて最後まで話聞いてからにしようよ!?」


 ある日の朝の事だった。朝食を終えたタイミングで、前々からこっそりとある計画をしていた私は。思い切って琴ちゃんに相談してみる事に。内容も聞かずにOKしようとする琴ちゃんを一先ず制し、改めて相談する。


「ごめんごめん、ちょっと気が逸っちゃった。お姉ちゃんに頼まれごとされたらどんなことでも即了承できるように訓練していたからつい」

「一体琴ちゃんは今までどんな訓練をしていたの……?ま、まあそれは置いておくとしてだ。……あ、あのね琴ちゃん。今日って琴ちゃん暇だったりする?今日じゃ無くても忙しくない時があればいつでも良いんだけど」

「小絃お姉ちゃんといつも通りらぶらぶする以外は特に用事はないよ。それに例え用事があったとしても、全力ですっぽかすから大丈夫」

「それは大丈夫と言えるのかね……?」

「お姉ちゃんからのお願い以上に、優先すべき事なんて存在しないもの」


 まあ、琴ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫……なのかな?多分……


「それで?どうしてお姉ちゃんは私の予定なんかを聞いたのかな?」

「あ、ああうん。それなんだけどさ。もし琴ちゃんさえ良ければね。今日は私と……その」

「うん」

「一緒にお出かけとかどうかなー……なんて……」

「…………?」


 私のそんな提案に。始終にこにこ笑顔を私に見せてくれていた琴ちゃんは、珍しく呆けたお顔になっていた。


「い、いやホラ!わ、私も琴ちゃんがリハビリに付き合ってくれたお陰でさ。大分体力も付いてきたじゃない?丸一日活動しっぱなしは流石にまだキツいけど……それでも半日くらいならどうにか自分一人でも動けると思うんだよね。ちょっとした特訓にもなるし、あとはその……ずっと私の面倒を見るばかりで遊びに行けてない琴ちゃんも……気分転換になるんじゃないかなー……とかなんとか思ったりして……」

「…………」

「その、ダメ……かな?」


 一応外出しても大丈夫か紬希さんにも聞いてみたんだけど、


『良いんじゃないでしょうか。今の小絃さんなら数時間程度のお出かけなら良い運動になると思います』


 と、事前にお墨付きを貰っている。あとは琴ちゃんさえ良ければって話なんだけど……


「琴ちゃん?」


 どうした事か琴ちゃんは私がそう提案してからというもの。一言も発する事なく固まって動かなくなってしまっている。まるで私の言葉が理解出来ないみたいにただただぽけーっと私を見つめるだけ。

 ……わ、私別に難しい事は言ってないよね?なんだろう、もしかして不本意だったのかな……?私とお出かけとか、琴ちゃん嫌だったりするのかな……?


「あ、あの……勿論無理に、とは言わないよ?さっきも言った通り今日じゃなくても良いの。琴ちゃんが都合の良い時で良いし……私と一緒が嫌なら自分一人で行っても——」

「お、お姉ちゃん……ッ!」

「う、うん?何かな琴ちゃん?」


 と、慌てて弁明しようとする私だったんだけど。突然再起動した琴ちゃんは、何故か血走った目をして私に迫り私の手を握ってこう問いかける。


「そ、そそそ……それはつまり、デートと言うことで良いんだよね……!?お姉ちゃんが、デートに誘ってくれたって解釈して……良いんだよね……ッ!?」

「え?」


 で、デート……?え、ええっとデートかぁ……まあ、最近だと女の子同士で一緒にお出かけする事もデートって言うらしいし……そう考えると、デートと言っても差し支えないのかな?多分琴ちゃん的にはラブい方の意味のデートを思い浮かべているんだろうけど。


「……こ、広義の意味ではそうかもね。それがどうかした?」

「~~~~~ッ!!!」


 私のその返答に。琴ちゃんはまるで感極まったように口元を抑え、そして。


「うっ、くっ……ううぅ……ッ!」

「琴ちゃん……琴ちゃん!?えっ!?ど、どうして泣いてるの!?どこか痛いの!?もしかして泣くほど嫌だった!?」

「まさかお姉ちゃんから、デートに誘って貰えるなんて……!」

「あ、ああそっちか……」


 歓喜の涙をポロポロこぼしながら、盛大にガッツポーズをしていた。とりあえず嫌じゃないなら良かったかな。そんなに喜んで貰えるとは誘った甲斐があるってものだ。……まさか泣くほど喜ばれるとは思わなかったけど。


「じゃ、じゃあ琴ちゃん……一緒にお買い物は……行けそうな感じでいい?」

「例え40度以上の熱があっても、骨折していても、世界滅亡の日だったとしても。這ってでも行くよ。寧ろ私から土下座してでもお願いしたい。よろしくお願いします」

「(相変わらず琴ちゃん重てぇ……)」


 ま、まあ世界滅亡とか土下座とかはともかくだ。どうやら琴ちゃんも私とお出かけは賛成みたいだ。よし……ならば後はどこに行くかだけど……


「ちなみに琴ちゃん、どこか行きたいところとかある?希望があるなら教えて欲しいな」

「……お姉ちゃんと、行きたいところ?」


 私から提案しておいて何だけど。あくまでお出かけそのものが目的だから、具体的にどこで何をするかとかは全然決めていない。……ち、違うんだよ?琴ちゃんの希望を第一に考えたいというお姉ちゃん心が働いただけで、決して私が思いつきだけの行き当たりばったりで計画性ゼロな甲斐性無しとかそういうアレではなくだね……

 そんな私の問いかけに。琴ちゃんは数秒考える素振りを見せてから。


「お城行きたい!」


 と、まるで遊園地にでも行きたがる子どもみたいにキラキラした顔でそう言った。ほうほうお城か……ちょっと意外だったかも。実は琴ちゃんって歴史マニアだったりするのかな。


「そかそか。それじゃあどこのお城行きたい?日帰りで行ける場所なら良いんだけど……電車とか飛行機とかで行かないと行けないところなら、チケットとか予約しないといけないかな?」

「大丈夫、目的の場所はすぐ近くにあるから」

「え?近くに?」

「うん。車で10分もかからない場所にあるよ」


 琴ちゃんにそう言われて首を傾げる私。あれ?この近所にお城とかあったっけ?記憶違いじゃなかったら、少なくとも10年前はそんなものなかったような……?新しく建ったのか?……いやでも流石に城がそうホイホイ建つわけないだろうし……

 だったら琴ちゃんの言うお城って……某夢の国にあるお城的な意味だったりするのかな?けどそれにしたって、この近くにテーマパークが出来たって話も聞いたことないし……


「えと……琴ちゃん?なんか勘違いしてない?少なくともこの町の近くにお城なんてどこにもなかったと思うんだけど」

「え?あるよ?お姉ちゃん知らない?10年前からあるはずだもの。ほら、インター付近にあるキラキラ輝くメルヘンチックなお城だよ」

「……インター付近の……お城……?」


 目を閉じて記憶の泉を覗いてみる。ええっと、思い出せ私。その辺に建っているのは……確か……


『HOTEL:夜のシンデレラ城 ご休憩4,000円~ ご宿泊6,000円~』


「…………」

「ちょうどこの前マコさんとコマ先生に紹介して貰ったんだ。あそこの割引券も貰ったし、女子会プランもあって更にお安く付くし、何より当日予約も出来るんだって。凄く素敵なところらしいし、是非とも今すぐ予約してお姉ちゃんと一緒に――」

「……こーとーちゃーんー?」


 ようやく琴ちゃんが行きたがっている場所に検討がついた私は、思わずジト目で琴ちゃんを見つめる。私のそんな抗議の視線を浴びて、琴ちゃんはササッと目を逸らしつつこう返す。


「……冗談だよ?いくら私でも、まだ正式に結ばれても無いのにムードもへったくれも無くお姉ちゃんをそんな場所にお誘いするわけないじゃない」


 そんな事を言う割に目が本気も本気だったけど。20歳になっても昔と変わらずめっちゃ可愛らしくテヘペロなんてしちゃう琴ちゃんに免じて、今のはお姉ちゃんの目の錯覚だった事にしとくね……


「と言うかだね琴ちゃん……そもそも私、一応肉体年齢18歳で形式上は学生だし。そういう場所に入れないんじゃないの……?」

「愛があれば大丈夫」

「大丈夫じゃないと思うよ……」


 とりあえず琴ちゃんに割引券なんぞ渡した師匠たちには、今度会ったらがっつりお説教しておくとしよう。

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