80話 類は友を呼び、シスコンはシスコンを呼ぶ(妹編)
この場に居るだけで息が詰まりそうな、そんな張り詰めた空気の中。私好みの超絶美人な二人の大人の女性が構えを取りつつ静かに対峙していた。一人は私の一番大切な人、従姉妹の音羽琴ちゃん。今日も琴ちゃんは可愛くて凜々しくて世界一の美人さんだ。
対するはその琴ちゃんにも勝るとも劣らない、ビックリするくらい綺麗な見知らぬお姉さん。……ああ、いや。見知らぬと言うとちょっと違うかもしれない。なぜならそのお姉さんの顔は……最近知り合った料理の師匠、立花マコ師匠の顔にそっくりだったのだから。
そんな世界一の美女たちの、鋭い眼光が交わる。そして次の瞬間——
「「——はぁッ!!」」
一気に間合いを詰め、裂帛の気合いと共に両者渾身のハイキックが交差する。速さも威力もほぼ互角。拮抗した二人の蹴りは、重なった瞬間パァン!と乾いた音を響かせ空気を震わせた。
「ちっ」
「せいっ!」
間髪入れずに身体を回転させて。美しい女性は後ろ回し蹴りを繰り出した。それは眼前の琴ちゃんの顎を的確に狙った、無慈悲で強烈な一撃だった。
「こ、琴ちゃ……!?危な——」
「お姉ちゃんは渡さない……!お姉ちゃんは、この私が守るんだ……!」
「……!」
当たればただでは済まないだろう。琴ちゃんの危機にヒヤリと背筋が寒くなる。思わず悲鳴を上げかける私だったんだけど……私の一番大事な人はそれを危なげなく躱すと同時に、体勢を崩した相手の鳩尾に拳打を叩き込む。鋭く速く重い、悶絶確実であろう必殺の突き。
けれどその拳を易々と打ち払い、相手はこう嗤うのだった。
「どうしました?……まさか、この程度ですか?これで私の姉さまを奪おうだなんて……千年早いですよ」
「……このっ!」
すぐさま琴ちゃんは裏拳を放ち相手を牽制しつつ、弾かれたように大きく後ろへ下がり間合いを取る。
一進一退。瞬きすら許されないほどの激しい攻防を繰り広げる二人。
「こ、琴ちゃん……」
「コマ……」
そんな二人をただ呆然と……私とマコ師匠は身を寄せ合い、ガタガタ小さく震えながら眺めていた。
「ま、マコ師匠……どうしてこんな事に……?」
「そ、そんなの私が聞きたいんだけど……!?」
ああ、本当に……何がどうしてこうなった……?
~こうなる一週間前~
ふとしたきっかけで料理教室に通う事になった私。最初の頃は成り行きだったんだけど……今ではすっかりマコ師匠が開いている料理教室に入り浸っている。
「——マコ師匠、ちょっとお願いがあるんですけど」
「んー?何かな改まって。今日の講義の質問でもあるのかな?」
変人だけど料理の腕はピカイチで、度が過ぎるシスコンだけど料理以外の悩みにも親身になって寄り添ってくれる。そんな楽しくやかましいマコ師匠。そんなマコ師匠に一つお願いがあって料理教室が終わったところを見計らって駆け寄る私。
「…………コイコイ?なんかキミ、失礼なこと考えていないかい?」
「はっはっは。気のせいですよ師匠」
ちなみにコイコイって言うのは私のあだ名らしい。花札か私は。
「ま、まあ良いけどさ……んで?お願いって結局何なのさコイコイ」
「ああ、すみません。実はですね、今度師匠にうちの従姉妹に会って貰いたいって思っているんですけど……」
「へ?コイコイの従姉妹に?ナンデ?」
私のそんなお願いに首を傾げるマコ師匠。
「従姉妹って例のコイコイがゾッコンラブな妹分の事だよね?何でまた私なんかと会わせたがってんの?」
「いやぁ……と言うのもですね。その子にマコ師匠の話をしたらどうやら師匠に興味を持ったみたいでして。是非ともお会いしたいって言ってるんですよ」
ついこの間のお休みの時だった。琴ちゃんにマコ師匠の素晴らしさを語っていたら……
『……うん、私も是非とも会ってみたいなぁ…………(ボソッ)うちのお姉ちゃんを誑かす悪い女にね』
と、師匠に興味津々だった琴ちゃん。ならば是非とも会わせてあげましょうと約束してしまったのである。
「ご都合が良い時で良いんです。会う時間も10分程度で良いんです。琴ちゃんに師匠を会わせてやりたいんですけど……どうですかね?」
「へぇ……こりゃまた奇遇だね」
「奇遇?何がです?」
そう頭を下げて師匠に頼み込むと、何やら面白い顔をして師匠が呟く。
「いや、実はさ……私もうちの双子の妹にコイコイの事を話たんだよね。面白い弟子が出来たって。そしたらさ——」
『…………私もお会いしたくなってきました…………(ボソッ)姉さまを誑かす新たな泥棒猫に』
「って。コマまでコイコイに興味を示し始めちゃってねー。こりゃ是が非でも会わせてやりたいなって思ってたとこなんだよ」
「ふぇ?わ、私に興味を?」
ん、んん……?琴ちゃんがマコ師匠に興味を持つのはわかるけど……師匠の妹さんが私に興味を持つのはよくわからん。こちとらどこにでもいるTHE☆没個性な普通人だぞ?興味示されるような面白い人間じゃないと思うんだけど……何が師匠の妹さんの琴線に触れたんだろうか?
……まあ、何にせよ会えばわかるか。
「とにかく願ったり叶ったりだよ。コイコイが言わなきゃ私がお願いしてたところだったしさ」
「じゃあ……琴ちゃんに会って貰えるんですね師匠」
「モチロン。んじゃ皆で会えるようにスケジュール調整しようかね」
~そして当日~
そんなこんなで予定を師匠たちと調整し。都合が付いた本日……師匠のお家に招待された私と琴ちゃんだったんだけど……
「……いらっしゃいませ。そして……お二人とも初めましてですね。マコ姉さまの双子の妹、立花コマと申します」
「…………お、おぉ……?」
真っ先に出迎えてくれた女性を思わずまじまじと見つめてしまう私。……この人が……師匠の、妹……?
「おーいコイコイ?どったん?いくらうちのパーフェクトシスターが可憐だからって見惚れちゃったのかい?気持ちはわかるけどダメだぞー、何せコマは私のだからねっ!」
「……妹?師匠の?……ホントに?」
「おうとも!正真正銘双子の妹のコマだよー」
師匠に確認と取ってから、改めて師匠の妹さんを見つめ直す。師匠の双子の妹さんって聞いてたから、てっきり私……紹介されるまでは妹さんも合法ロリ系の人だって思い込んでた。確かに顔たちは流石双子と言うべきかそっくりにも程がある。
けど……他は全然違うじゃないか……!?身長は私どころか成長した琴ちゃんよりも大きいし、幼い顔でどちらかというとかわいい系の師匠と違ってめちゃくちゃ大人びていてクールで私好みな超絶美人さんだし……
これじゃあ師匠のお姉さんとか……お母様とか言われても普通に信じるぞ……?
「……何か?」
「え!?あ、いえ……すみませんジロジロと……」
と、あまりの衝撃に凝視しすぎていたらしい。妹さん……立花コマさんに不審そうに目を細められ、思わず頭を下げてしまう私。いかんいかん……出会ったばかりの人の顔をジロジロ見るとか喧嘩売ってると思われても仕方ないよね……ちゃんとまずは挨拶を返さなくちゃ。
「えっと、その。改めまして。今日はお招きいただきありがとうございます!音瀬小絃って言います!マコ師匠にはいつもお世話になっていまして……あ、こっちが私の従姉妹の琴ちゃんです」
「……どうも。小絃お姉ちゃんの従姉妹の音羽琴です」
急いで挨拶を返しながら琴ちゃんを紹介する私。珍しく緊張でもしているのか、琴ちゃんは借りてきた猫みたいにただ淡々と挨拶を交わしていた。
「…………へぇ。そうですか。貴女が……」
「あ、あの……?」
「…………いえ、何でも。よろしくお願いしますね」
そんな私たちににこにこ笑顔でマコ師匠の妹さんは手を差し伸べてくれる。なんだろうと思ったけど……ああ、握手かな?それじゃ遠慮なく……
そう考えながら何の気なしに、こちらも握手のため手を伸ばそうとして——
パシィッ!
「「…………へ?」」
突如、私に差し伸べられた手が……どういうわけか琴ちゃんによって払われた。え、ちょ……琴ちゃん……!?
「こ、琴ちゃん!?初対面の人に何してんの!?ご、ごごご……ごめんなさい師匠の妹さん!?す、すぐに謝らせますんで……!?」
「……お前。今、私のお姉ちゃんに何をしようとした?」
「へ……?」
「そんなダダ漏れの殺気を纏っておいて……一体お姉ちゃんに何をしようとしたのって聞いている」
慌てふためく私をよそに。まるで私を守るように私の前に出た琴ちゃんは。真っ直ぐに師匠の妹さんを睨み付けて、底冷えするような低いうなり声でそう言い放つ。
「……ただ握手をしようとしただけですよ。……そういう貴女こそ先ほどから私の姉さまに向けている、剥き出しの殺気……それは何なのですか?まるで今すぐにでも飛びかかってきそうじゃないですか」
「こ、コマ……?何言ってんの……?」
師匠の妹さんも師匠の妹さんで、師匠を庇いながらも何だかよくわからない事を言っているし……な、なに?何なのこの不穏な意味不明な空気は……?
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