81話 妹大戦勃発中
私はただ……大好きな人に、尊敬している人を紹介したかっただけだった。尊敬している人に、『この子が私の大好きな人なんですよ』と自慢したかっただけだったんだ……
「——私のお姉ちゃんを狙って色目使ってくる輩がいる事は最初からわかってたけど……まさかお姉ちゃんの命すら狙う不届き者まで現れるとはね。警戒しておいて正解だった。どんな形であれ、お姉ちゃんに危害を及ぼす存在は誰であろうと許さない。ちょうど良いからまとめて根絶やしにさせて貰う……!」
「それはこちらの台詞です。姉さまに近寄る悪い虫を駆除すべく誘い込んだつもりでしたが……まさか姉さまを亡き者にしようとする恥知らずまで罠にかかるとは思いませんでしたよ。ですが良い機会です。姉さまに仇する危険分子は、徹底的にその芽を摘ませていただきます……!」
それなのに……何がどうして、こうなった?料理の師匠、マコ師匠のお家にお呼ばれしてから1分も満たずに一触即発な最悪の雰囲気を醸し出している私の従姉妹の琴ちゃんと、師匠の双子の妹さん。
互いの殺意混じりの視線と視線が空中でぶつかって、バチバチと火花が散っているのが見える気さえする……
「な、なんかどっちもめがっさ不穏な事言ってんですけど……どうなってんですかねマコ師匠……!?特に師匠の妹さんの言う、師匠に近寄る悪い虫って……まさか私の事!?全く身に覚えがないんですけど!?」
「わ、私に振るなよぅ!?そ、それを言うならコイコイこそ……あの連れてきた子ったら何恐ろしい事言ってんの!?つーかコイコイに色目使うって何の話!?」
そして当事者(?)でありながらこの状況を全く理解出来ず、妹たちの暴走を困惑しながらただ呆然と眺めるしかない無力なダメな姉がここに二人。
いやだって、仕方ないでしょ……!?ほのぼの日常系の子ども向けアニメを見てたら、いきなり血で血を洗う任侠物のドラマが始まったってレベルで唐突にこうなっちゃったんだもの……!
「「——はぁッ!!」」
とかなんとか二人で言っている間に、琴ちゃんと師匠の妹さんによる妹大戦が勃発していた。挨拶代わりのハイキックから始まって、そっからはもうノンストップ。目にもとまらぬ攻防が繰り広げられる。
「悪い虫は……そっちの方。下心全開でお姉ちゃんに近づいて……!お姉ちゃんはね、あんなちんちくりんな人なんて眼中にないの……!もっと大人で、美人な人がタイプなの……!お呼びじゃないんだから……!」
「何をわけのわからない事を仰っているのでしょう。姉さまが私以外の人間に下心を持って近づくことなどあり得ません。寧ろ姉さまに一方的な思いを寄せて近づいてきたのはそっちでしょう?そんなのストーカーじゃないですか。迷惑だってわからないのですか?」
「……お姉ちゃんを侮辱しているの?だったら私が許さない。あんたたち二人まとめて息の根止めてやる……!」
軽快なフットワークを駆使しながら、拳と蹴り……ついでに罵声の応酬を交わす二人。
「お姉ちゃんは——」
「姉さまは——」
「「私が、守るんだ……!」」
自身の強い想いを拳に乗せ打ち下ろしながら、両者は咆哮する。目の前の相手は自分の倒すべき存在……そう認識しているおかげで、一切手加減していないのが素人目にも理解出来る。
ルール無用のガチバトルだ。正直いつ怪我するかわからないし、早く止めなきゃいけないと頭ではわかってる。でも……
「「綺麗……」」
琴ちゃんと師匠の妹さんの殴り合いを前にして、止めなくてはいけない立場である私とマコ師匠は……思わず感嘆の声をあげて見入ってしまっていた。一方が拳打を叩き込めば一方は華麗に受け流し。一方が蹴りを放てば一方は軽快に躱して反撃に転じる。ある意味で息の合った応酬を繰り広げる二人。
やっている事自体は眼前の敵を打ち倒し屈服させるためだけの、ただただ野蛮な闘争だ。だけど……それをモデル顔負けの絶世の美女二人がやっていることや、その二人の攻防があまりにも芸術的すぎるせいで……まるで琴ちゃんたちが舞踏会で優雅にワルツでも踊っているようにさえ見えてきて——
「って、いかん……見とれてる場合じゃなかったんだった…………ど、どどど……どうしましょうマコ師匠……!?どうすりゃ良いんですかこれ!?」
「お、おおお……落ち着けコイコイ。と、とりあえずアレだ……状況確認をしてみよう……!」
「りょ、了解です……!」
半ば現実逃避気味になっていたところで正気に戻る。そ、そうだ……師匠の言うとおりまずは状況確認だ……!あの二人が争う理由さえわかってしまえば、止める手段も見つかるかもしれない。
思い出せ、琴ちゃんと師匠の妹さんは一体何と言っていた?ええっと……確か……
『——私のお姉ちゃんを狙って色目使ってくる輩がいる事は最初からわかってたけど……まさかお姉ちゃんの命すら狙う不届き者まで現れるとはね。警戒しておいて正解だった。どんな形であれ、お姉ちゃんに危害を及ぼす存在は誰であろうと許さない。ちょうど良いからまとめて根絶やしにさせて貰う……!』
『それはこちらの台詞です。姉さまに近寄る悪い虫を駆除すべく誘い込んだつもりでしたが……まさか姉さまを亡き者にしようとする恥知らずまで罠にかかるとは思いませんでしたよ。ですが良い機会です。姉さまに仇する危険分子は、徹底的にその芽を摘ませていただきます……!』
——とかなんとか言っていたハズ。あの二人の戦闘中の言動も加えて推察すると、要するにこういうことか。
「つまり琴ちゃんの言い分だと……どういうわけかマコ師匠が私の事を狙ってて、それを琴ちゃんは阻止しようと企てて……」
「コマはコマで……コイコイが私に興味をもって近づいてきたって思い込んで、私の事を諦めさせる為コイコイをうちに呼び込んで」
「そしたらそれとは別にお互いの姉に対して殺気を放つ不審者まで一緒に付いてきたから、都合が良いしまとめて排除しようとしたって……事ですかね?」
「……そうみたいだね」
なるほど状況は大体わかった。
「「…………どうしてそうなった……」」
意味はまるでわからんが。
「なぜ私がマコ師匠を狙ってる事になるんですか……そりゃ師匠として尊敬はしてますけどタイプと全然違いますし…………それに私には……他に大事な人がいるってのに」
「こっちの台詞だよぅ……コイコイは弟子として面白いやつって思ってるけど、私はコマより愛してる人なんていないっていうのに……生粋の妹ラブの先導者だってのにどうして……」
師匠と二人肩を落として涙する。ようするに勘違いが勘違いを呼び、収集が付かなくなっているって事らしい。
そういう話なら今すぐにでも戦闘中のあの二人の誤解を解きさえすれば、即平和的に解決——ってなりそうなところだけど。
「あ、あの琴ちゃん?違うの聞いて、多分琴ちゃんは盛大に勘違いを——」
「大丈夫だよお姉ちゃん。お姉ちゃんの身も心も、今度こそ私が全部守ってみせるから」
「コマ、コマ!お姉ちゃんのお話を聞いて頂戴!その子はあくまでただの弟子であって——」
「ご安心くださいマコ姉さま。ご心配なさらずとも、泥棒猫も不審者も。姉さまに手を出そうとする者はこの私が全て排除しますので」
戦闘に集中している今の二人には、残念ながら私たちの声は届かないらしい。
「だ、ダメだ……全然話聞いてない……すんません師匠、琴ちゃんを説得するのは無理そうです……あの子昔から、思い込んだら一直線っていうか話聞かないところがなきにしもあらずって感じですので……」
「……うちのラブリーシスターコマも似たようなもんよ」
「「(まあ、そういうところも可愛いんだけどね)」」
頭を抱えてため息を吐く私たち姉組をよそに、妹たちの戦いは更に激しさを増していた。もうすでにあの二人の技と技の応酬は、速すぎる上に高度すぎて私の目には捉えられない。拳の突きや回し蹴りが残像しか見えないってどういうことなの……
「……師匠。一応聞きますけど……割って入れば止められると思います?」
「無理。あんな異次元のガチバトル……割って入るどころか、こっちの頭をかち割られるわ」
淡い期待を込めて頼れる師匠に問いかけるもそう即答された。まあ、そりゃそうですよね……
どうしよう……このまま放っておいたら本当にマズいことになる。幸運な事に二人とも互いの必殺たる攻撃を紙一重で躱しているお陰で、どちらもまだ決定打らしい決定打は与えられていないようだ。
けれどそれはきっと時間の問題。あんなに激しい競り合いをしてタダで済むはずがない。そう遅くないうちに、どちらかが大きなダメージを貰ってしまうだろう。……いいや、両者の戦闘力が拮抗している分。下手をしたら最悪どっちも致命傷を負ってしまいかねない。
そんなの……嫌だ。琴ちゃんが怪我をしちゃうのも、琴ちゃんが誰かに怪我させちゃうのも私は見たくない。だったら……姉貴分として、私に出来ることは……私がすべきことは……
「……コイコイ。キミが今から何をやろうとしているのかわかるよ。さっき言った通り、あの二人の喧嘩に割って入ればキミもただじゃ済まない。それでも良いのかい?」
「承知の上です。大事な妹分が大変な事になるよりも遙かにマシですから」
「よく言った、それでこそ我が弟子にしてシスコンの鑑よ」
「そういう師匠こそ、行くんでしょう?」
「あたぼうよ。妹を守るのは姉の役目だからね」
隣に居るマコ師匠もどうやら私と同じ考えに至ったらしい。互いに目配せして覚悟を決める。琴ちゃん、師匠の妹さんの激突に無理矢理入り込む。師匠の言うとおりただじゃ済まないだろうけど……あの二人を止める方法が他に思いつかない以上……やるしかない。
「行きますよ師匠」
「おうよコイコイ」
琴ちゃんたちを見据えて、一度大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせる。師匠とタイミングを合わせつつ腰を落とし、呼吸を止めて足に力を込めて……あの二人の元へと駆け——
「はろはろマコ、コマー。突然お邪魔してごめんよー。ちょっと二人にお願いが…………って、あれー?音羽と音瀬さんまでいる。どしたのみんな?」
「「…………へ?」」
——ようとしたところで。後ろから聞こえてきた少し間延びした声に思い切りタイミングを外される。何者だと振り向いた私と師匠の目に映ったのは……
「あ、麻生さん……?」
「やっほー。お久しぶりだね音瀬さん。随分と珍しいところで会うねー」
そこにいたのはついこの間知り合った、琴ちゃんの上司さんの麻生姫香さんだった。ど、どうしてここに……?
「ちょ、ちょうど良かった!ナイスタイミング!た、助けてくれヒメっち!?」
「んー?どしたのマコ?……てか、何故にコマと音羽が殴り合いしてるわけ?」
「せ、説明は後でする!とにかくあの二人の喧嘩を止めたいんだよ!?何か方法とかないかな!?」
「……唐突だなぁ。そんな急に喧嘩を止める方法とか聞かれてもさー」
琴ちゃんたちの抗争をのほほんと眺める麻生さんに、師匠は慌てて泣きついていた。師匠……いきなりそんな事聞かれても、麻生さんも困るでしょうし……そんな都合良く喧嘩を止める方法なんてあるわけ――
「まあ、あの二人を止める方法ならいくらでもあるけどね」
「あるんですか!?」
さ、流石琴ちゃんの上司で師匠たちのご友人……
「マコ、それに音瀬さん。ちょっとお耳を拝借。あのね——」
ごにょごにょと師匠と私の耳元で、麻生さんは小さくある言葉を呟く。
「こう言えばあの二人もきっとすぐに喧嘩を止めてくれるはずだよ」
「「それだけ……?」」
「それだけ。まあ、騙されたと思って試してみなよ」
それはあまりにも単純で拍子抜けする解決方法だった。アドバイスしてくれた麻生さんには悪いけど……こんな事であの暴走する二人を止められるだなんて正直思えない。そもそも殴り合いに夢中になって聞こえないんじゃないだろうか?
「ほらほら二人とも。ぼーっとしてたらコマ達ヤバい事になるよ」
「「っ!!」」
と、そんな中相変わらず緊張感のない声で麻生さんが戦闘中に琴ちゃんたちを指さしてそう呟く。ちょうど琴ちゃんたちは固く握った拳を振りかぶっているところだった。あんなのまともに喰らったら……どっちも大変な事になる……!
ええい、こうなりゃ自棄だ。ダメで元々だ。私と師匠は大きく息を吸い込んで、そして……
「「暴力振るう琴ちゃん(コマ)なんて、大っ嫌いっ!!」」
麻生さんに今し方教えられた魔法の言葉を叫んだ。
「「…………」」
その言葉を放った途端、あれだけ暴れ回っていた琴ちゃんと師匠の妹さんは拳を振り上げたまま一瞬にしてピタリと固まって。
「「…………(ゴフッ)」」←吐血×2
「こ、琴ちゃぁああああああん!?」
「コマぁああああああああああ!?」
そして二人仲良く吐血して、そのまま仲良く気を失っていた。
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