76話 なんでもない琴ちゃんの一日(朝)
~Side:琴~
心地良い微睡みの淵から、音羽琴の意識は浮上する。
「……ん、良い朝」
小鳥たちの囀り、カーテン越しの爽やかな朝の日差し。今日も気持ちの良い朝を迎えたようだ。もぞもぞとベッドの中から這い出て、大きく伸びをして欠伸をかみ締めつつ。私はパチッと目を覚まさせる。
さて、素敵な朝を迎えたところで……朝の恒例のやつ、やらなきゃね。
「おはよう、小絃お姉ちゃん」
「…………すぅ……」
目を覚ましてまず真っ先に、私と一緒のベッドで眠っていた私の愛しい憧れの人……大好きな小絃お姉ちゃんにおはようの挨拶をする。勿論、お姉ちゃんの快眠を妨げない程度の小声で。そんな私にお姉ちゃんはお返事の代わりに愛らしい寝息を返してくれた。…………かわいい。
それが済んだら隣にいる愛しき人を起こさぬように、念のためにと寝過ごし防止としてセットしていた目覚まし時計をそっと解除。……これで私とお姉ちゃんを邪魔する存在は何もなくなった。
「…………(じー)」
「くかー……すぴー……」
朝食を作るまでしばし余裕がある。折角だからとベッドの上で頬杖をつき、少しの間だけお姉ちゃんの寝顔を盗み見させて貰うことに。
一体どんな夢を見ているのだろう?幸せそうな良い表情で心地よさそうに夢の中をたゆたうお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんを見ていると頬が自然と緩んでしまう。見ているこっちまで幸せになる。
「…………(ふにふに)」
「んにゅ……んぁー……」
「ふふ……お姉ちゃんかわいい」
起こさぬように細心の注意を払いつつ、もちもちのお姉ちゃんのほっぺを触れる。温かくて柔らかくて瑞々しくて、お姉ちゃんが生きている確かな感触が感じられる。規則正しい寝息を立てて眠るお姉ちゃんの顔色は退院したてのあの頃に比べると随分と良い。
日に日に目に見えて元気になっていくお姉ちゃんを見ていると、本当に嬉しくなっちゃうね。
「……この調子でお姉ちゃんには、もっともっと元気になって貰わなきゃね」
数分ほど眠っているお姉ちゃんのお顔を楽しませて貰ったお陰で十分に気合いが入った。さて。それじゃあ折角早起きしたわけだし……
「待っててねお姉ちゃん。今、朝ご飯作ってあげるから」
「んー……」
今日の活力をつけてもらうためにも、元気になって貰うためにも。お姉ちゃんに美味しいものいっぱい作ってあげなきゃ。
名残惜しさを感じながらもお休み中のお姉ちゃんにそう言って。私は腕まくりしてエプロンを着け、
◇ ◇ ◇
「——よし、完成っと……」
予定通り、ジャスト1時間使ってお姉ちゃんと私の朝食を作り終える。今日の献立は炊きたてのご飯に具沢山のお味噌汁、甘いだし巻き卵にふっくら焼き鮭にシャキシャキのきんぴらごぼう……如何にも和食って感じのラインナップだ。和食が好きなお姉ちゃんの為に用意した朝食だし、喜んでくれると嬉しいな。
「さて……冷めないうちにお姉ちゃんを起こさないとね」
そう独りごちながら寝室へと舞い戻る私。寝室ではまだお姉ちゃんは夢の中をさまよっていた。朝が弱いようで相変わらずお寝坊さんなお姉ちゃん。そんなところも可愛くて好き。
折角こんなにもお姉ちゃんが気持ちよく眠っているわけだし、わざわざ起こすなんて心苦しいところではあるんだけれど……でも起きて貰わないと朝ご飯が冷めちゃう。心を鬼にしてお姉ちゃんを起こしてみることに。
「小絃お姉ちゃん、朝だよ」
「くかー……」
呼びかけてみる。起きない。
「(ツンツン)お姉ちゃん、起きて。朝ご飯出来てるよ。一緒に食べよ」
「すぴー……」
指でふにふにほっぺをつついてみる。起きない。
「…………起きないと……お姉ちゃんの事、好き放題しちゃうよ」
「Zzz……」
脅迫……もとい、警告してみる。起きない。
「ふむ……なるほど」
呼びかけても、つついてみても、警告しても起きる気配のないお姉ちゃん。
…………よし。
「これは……合意があったものと見なそう」
仕方ない。うん、仕方ないよね。だってお姉ちゃん起きないんだもん。警告したのに起きないお姉ちゃんが悪いんだからね。好き放題されても文句言えないよ……
などと我ながら卑怯な言い訳をしながら、お姉ちゃんの眠るベッドに侵入する私。ここは私とお姉ちゃんの他は誰もいないお姉ちゃんとの愛の巣なんだけど、念のためと無意味にキョロキョロ辺りを見回して誰もいないことを確認してから……
「……し、失礼するねお姉ちゃん」
寝ているお姉ちゃんに覆い被さって、おそるおそるお姉ちゃんの胸元に顔を埋めた。
「…………ああ、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんを感じるよ……」
形良く柔らかなお胸に耳を当てる。……お姉ちゃんの温もりと鼓動を感じる。パジャマ越しでもわかる熱とトクン、トクンと確かに刻む鼓動。その温もりは私を優しく包み込み、鼓動は聞いているだけで穏やかな気持ちになれるとても落ち着く音色を奏でていた。
そのままパジャマの胸元を少しだけ開きつつ、思い切り胸元に鼻を押しつける。……お姉ちゃんの香りを感じる。昨日一緒に洗いっこ(強制)した時に使った石けんの香りに合わさって立ち上ってくるのはお姉ちゃん特有の甘い香り。それはいつまでも嗅いでいたくなる虜の香りだった。
露わになった胸元は玉の汗が滲んでいた。花の蜜に誘われる蝶のごとく、ふらふらと近づいてそれを舌ですくい取るように舐め取ってみる。……お姉ちゃんの味を感じる。夢中になって柔らかな双丘に舌を這わす。ちょっとだけしょっぱくて、すっごくドキドキする味がした。
お姉ちゃんの温もりも鼓動も香りも味も……全部がお姉ちゃんの生きている証。お姉ちゃんが私の目の前に存在する確かな証明だ。それを五感全てで感じられることが……私は何よりも嬉しかった。
「……お姉ちゃん」
たっぷりお姉ちゃんを堪能してから。今度はお姉ちゃんの身体の上を這うように移動して、至近距離からお姉ちゃんの寝顔を凝視する。初めて出会ったその時から、いつ見ても綺麗で、可愛くて、凜々しくて……完璧な小絃お姉ちゃん。その美貌にときめいて酔いしれそうになる。
「……綺麗、きれいよお姉ちゃん……」
額にかかる前髪を優しくはらうと露わになる大きな傷。……私を庇って出来た生々しい傷。お姉ちゃんにこんな痛々しい傷を付ける原因となった私がこんな事を言っちゃいけないけれど……
でも、本当にお姉ちゃんはこんな傷があっても、その美貌は失われることはなかった。私を庇って出来た傷があっても……ううん、この傷がお姉ちゃんの美しさを更に際立てている気さえする。
「……ちゅ、ちゅ……んちゅ……」
その額の傷を癒やすように、傷を付けたことを謝罪するように、傷を付けてまで守ってくれたことに感謝するように。私はお姉ちゃんの額の傷にキスを落とす。何度も何度も、愛しい気持ちを精一杯込めてキスを落としていく。
「…………ん、ぁあ……」
ちょうど10回目のキスを終えた直後だった。そうやってやりたい放題好き放題していると、流石のお姉ちゃんも目を覚ましてくれたらしい。……残念、今日はここまでみたいだ。続きはまた明日ってところかな。
パパッと乱れたお姉ちゃんと自分の服装を正して証拠隠滅を図り、何食わぬ顔でベッドの脇に立つ私。
「んにゅ…………ふぁあああ……」
そんな私に気づくことなく、目を擦って欠伸をするお姉ちゃん。そのまま焦点の合っていない、ぼんやりした目でお姉ちゃんは私を見つめる。
そして……私と認識してくれるとすぐに……
「おひゃよぅ……琴ちゃん……えへへ……」
「うんっ、おはよう小絃お姉ちゃん……!」
舌足らずな声と、大好きな世界一素敵な笑顔を向けて。私に朝の挨拶をしてくれたのであった。
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