75話 もしもシミュレーション使用中(パラレルなもしも編その5)

 ようやく母さんの悪夢のような実験から解放される。そう気を緩ませた矢先の事だった。


「——さっきからずぅっと気になってて聞きそびれてたんだけどさー小絃。なーんであんた、『もしも自分があの時無傷で琴ちゃんを救えていたら』って『もしも』を観測しようとしなかったのよ?」

「~~~~~ッ!!!?」


 悪友あや子のその一言で、心臓が止まりそうになる私。


「な、ななな……なんの、話かねあや子クン……?わたっ、私には……さささ、さっぱり……そ、そんな『もしも』なんてまったく思い浮かばなくて……」

「へったくそな誤魔化ししてとぼけんじゃないわよ。バレバレだっての」


 冷や汗がだらだら溢れ出て目が泳ぎまくってしまう。それでもどうにか悟られまいと必死になんでもない風を装ってみるも……時すでに遅く。


「そもそもあんた『琴ちゃんの理想のお姉ちゃん』になりたくて、何かの参考になったらいいなって理由で小絃ママの実験に付き合ったわけでしょ?だったら最初から理想の自分の成長した姿を……『琴ちゃんを何の憂いも無く救えた自分の未来』を観測すれば話は早かったんじゃないの?」

「……」

「理想の自分を見てみたいなら、まず他の何よりも先にその自分の『もしも』を観測しようとしてたはず。少なくとも本気で琴ちゃんの理想のお姉ちゃんになりたいって常日頃から言ってたあんたなら……真っ先にそれに思い至るはずでしょ?」

「……」

「だと言うのにあんたときたら、せいぜい現在の自分の未来を観測するだけで。事故から無傷で琴ちゃんを救えた最高の自分を見ようとしなかった。……というよりも、どうも意図的に避けていた節がある」

「…………」

「さて、それじゃあ改めて聞かせて貰おうかしら小絃。なんであんたは『もしも自分があの時無傷で琴ちゃんを救えていたら』って『もしも』を観測しようとしなかったのよ」


 無駄に勘の良いアホあや子は、ズバズバと私の言われたくないことを言い当てやがる。く、くそぅ……ロリコンのくせに相変わらず察し良すぎだろ……これだから無駄に付き合いの長い奴は嫌なんだよ……


「ほれほれ小絃、素直に吐いちゃいなさいよ。ここには話を聞かれたくない琴ちゃんはいないのよ?胸の内にしまう必要なんてないのよ?せーっかく人が気を遣って、琴ちゃんたちをこの場所から離してやったんだし。吐いて楽になっちゃいなさいよね」

「ぐっ……」


 ニヤニヤ薄汚い笑みを浮かべながらあや子は私にそう言ってくる。この口ぶりだと、やっぱり急に喉が渇いたとかなんとか言って琴ちゃんたちをキッチンへ遠ざけたのもわざとか。これを私に確かめる為に……

 この様子だと多分このアホは全部お見通しのハズ。その上で意地の悪い事に、私の口から言わせないと気が済まないらしい。ホントにコイツは……


「…………だって」

「だって、何かしら?」

「……だって、そんな自分には絶対勝てないから」


 しばしの沈黙の後……琴ちゃんが戻って来る前に観念して白状する事に。


「……未来の自分ならまだ良いの。だって、その自分がどれだけ理想的だったとしても……どれだけ未来の自分が素晴らしい自分であったとしても。頑張ればいずれその自分に追いつける可能性があるから」


 可能性がある以上は、努力すれば追いつけるかもしれないし。それ以上の自分にだってなれるかもしれない。だから、未来の自分なら良いんだ。

 けれど……


「……けどさ、あや子。……過去の自分には、どうあっても追いつけないじゃないじゃない」


『もしも自分があの時無傷で琴ちゃんを救えていたら』


 なりたかった、そうありたかった可能性。琴ちゃんを傷一つ無く助けて、且つ自分も無傷で救えていたら……それは確かに理想的だ。理想的な……完璧な自分だ。今の私みたいに……琴ちゃんを10年も待たすこと無く、琴ちゃんに寂しい思いや辛い思いを抱かせること無く。あの時ちゃんと琴ちゃんを守れていたら……最高だっただろう。

 でも、現実はそう甘くなく。そんな理想の自分を観測したところで、過ぎ去った過去はどうにも出来ない。あの日の出来事はどうあっても変えようが無い。


「だから……『もしも自分があの時無傷で琴ちゃんを救えていたら』……そんな自分の可能性なんて見ても、ただ虚しいだけじゃない……」


 そんな自分を見せつけられたら……私はきっと、醜く嫉妬するだろう。どうしてあの日、私は琴ちゃんを完璧に救えなかったんだって……『もしも』の自分に醜く嫉妬してしまうだろう。

 そんな情けない私を……琴ちゃんに見せたくない。そしてそれ以上に……


「それに……そんな理想的な『もしも』の音瀬小絃がいたら……そんな理想的な『もしも』の音瀬小絃を琴ちゃんに見られたら」

「見られたら何よ?」

「…………こ、琴ちゃんを……その『もしも』の自分に……とられちゃうかもしれないじゃない……」


 小さな声で思わず私はあや子に情けない本音を吐露する。だってそうでしょ?片や全てを取りこぼさす全てを手に入れた完璧な存在の私。そして片や琴ちゃんに10年も寂しい思いをさせてしまった完璧じゃない私。比べられたら……私は琴ちゃんに捨てられちゃうかも……


「……なるほどなるほど。まあ、大体想像通りね」


 私のそんな告白を前に、あや子は納得した顔を見せ。


「ねえ小絃」

「……なんだよ」

「バーカ」

「アァン!?」


 そして、今日一番の蔑んだ顔で私をバカにしてきやがった。な、なにおぅ……!?


「バカにバカと言って何が悪いのかしらね。……ったく、そうじゃないかと思ってたけど案の定だったわ。案の定バカだったわこいつ」

「だから、貴様何の話を——」

「小絃ママ、手伝って下さい。ちょっとこのバカ縛りますんで」

「はいはーい。バカ娘をわからせるのも母親の役目だもんねー。手伝うわよあや子ちゃん」

「こ、こら……母さんまで何を…………ンンゥ!?」


 母さんまで何やら意味深な顔をしてあや子に手を貸し。唐突に二人がかりで私を縛ってきた。ご丁寧に暴走していたあや子を縛ったさっきの雌ゴリラすらも大人しくさせるロープで、おまけに猿ぐつわまで噛まされて。何事……!?


「お待たせ小絃お姉ちゃんにあや子さん、お義母さん。お茶とお菓子の用意が出来た——って……あれ?どうしたの小絃お姉ちゃん?どうしてお姉ちゃんは縛られてるの……?」

「もう……あや子ちゃんったら、また小絃さんに変な事してるの?」

『コイトおねーちゃん、それどんなあそび?琴もいっしょにやりたーい!』


 そうやって何が何やらわからぬまま、ものの見事に二人に拘束されたところで。お茶の準備をしていた琴ちゃんたちが戻ってきた。


「ああ、このバカのことは気にしなくて良いわよ。自分から縛られたいとか言いだしたからお望み通り縛ってやったの。……そんな事よりさ琴ちゃん。小絃ママの最後の実験なんだけど」

「あ、はい。何でしょうかあや子さん」

「小絃たっての希望でさ。最後の『もしも』実験はさ——『もしも小絃があの時無傷で琴ちゃんを救えていたら』って『もしも』を見てみたいそうなんだけど。それで良いかしら?」

「ムグゥ!?」

「え?小絃お姉ちゃんが私を無傷で救えていたら……ですか?」


 頼んでも居ない……と言うか寧ろ見たくもない、琴ちゃんにだけは見せたくないと言ったのに。よりにもよってそれを最後の実験にするとか言い出す鬼畜あや子。こ、こいつ……!?何を考えて……!?


「んー……お姉ちゃんがそれを見たいと言うのなら、私はそれで構いませんけど」

「よし、決まりね。それじゃ小絃ママ。早速始めちゃいましょうか」

「ほーい。ちょいと待っててねー」

ムームグッおいコラ!!!?ムググゥゥウウウやめろぉぉおおお!!!?」


 慌てて実験を中止させようとするも。縛られて口封じまでさせられている私にはどうすることも出来ず。ただただジタバタとその場で暴れるだけしか出来ない。そうこうしているうちに実験装置から立体映像が映し出されて……


『あれ……ここは?……ああ、わかった。また母さんのおかしな実験に付き合わされたわけね』

「わぁ……これが小絃さんの本来歩むであろう姿ですか。なんだかかっこいいですね!」

「ふーん。こう見ると成長した小絃って今よりかは多少はマシな顔付きになるのね。天性のバカっぽさは抜けきってはいないけど」

『???コイト……お姉ちゃん?お姉ちゃんがふたり……?でも、なんだかこっちのコイトお姉ちゃんは……おっきくなってる……?』


 現れたのは最初に実験した時と同じ、成長した私の姿。けれどさっきの10年後の私と決定的に違うのは……


「(傷が……ない……)」


 今や私のトレードマークとも言える、琴ちゃんを守った時に出来た額の傷が綺麗さっぱりなくなっていた。

 ……そりゃそうだ。目の前のこいつは『無傷で琴ちゃんを救えていたら』って『もしも』の私だもの。傷なんてあるはずないし、本来ならば今頃はこうして……私もちゃんと成長していたハズだ。


「(ああ、これが……この私が……完璧な…………私が永遠に到達出来ない、理想の私……)」


 改めてあり得た自分を見てみると、もの凄く惨めな気持ちになる。あの日ほんの少し早く暴走車の存在に気づいていたら……あの日琴ちゃんの手を離さずに車が通り過ぎるまで待たせて横断歩道を渡れていたら……悔やんだところでもう遅いのに、役に立たない後悔が募るばかり。


『やあ琴ちゃん。この世界の琴ちゃんも、母さんの実験に付き合わされているんだね。本当に困った母さんでごめんね。困った時はすぐに私が助けてあげるから』

「ん、大丈夫。お義母さん孝行したいし。昔からお義母さんの実験は楽しくて好きだし」


 全てを手に入れた完璧な私は、琴ちゃんにフレンドリーに話しかけてきた。楽しそうに話をする琴ちゃんと……自分じゃ無い理想的な自分。

 ……やめろ、やめて。そんな……仲良く話なんてしないで……私の琴ちゃんを…………とらないで。


『さて。それじゃあ琴ちゃん。おバカでダメダメなお姉ちゃんで面倒かけまくるだろうけどさ……そっちの私の事はよろしく頼んだよ』

「うん、任せて。小絃お姉ちゃんは、私が絶対に幸せにするんだから」

「(…………あ、れ?)」


 と、そんな醜くどす黒い感情に支配されかけていた私だったんだけど。二人の様子に少し違和感を覚える。『もしも』の私と琴ちゃんは二言三言話をしてから、特に何も無くあっさり離れたではないか。『もしも』の私は『10年前の琴ちゃん』の元へ向かい、そして琴ちゃんは私に近づいてきて……


「お待たせ小絃お姉ちゃん。お姉ちゃんって『もしも』のお姉ちゃんに何かご用があったんだよね?そのロープ外してあげるから、もう一人のお姉ちゃんとお話してきなよ」

「え……あ、いや……別に……用があったわけじゃ……ないんだけど……」


 琴ちゃんに猿ぐつわとロープを解いて貰いながらも疑問に思う私。あれ……な、何だろう……?なんか思ってたよりも琴ちゃんの反応が……薄いような……?

 てっきりもっと……理想の私にいつもの私以上にべったりくっついたり、いつも私に向けている以上の敬愛の視線を送るとばかり……


「あの……琴ちゃん?琴ちゃんこそあの『もしも』の私と……もっと話がしたかったんじゃ……ないかなーって……あの完璧な私の方とお話した方が……琴ちゃんも楽しいんじゃないかなーって……思ってたんだけど……?」

「え?なんで?」

「な、なんでって……言われても……」

「「……???」」


 上手く説明できない私と、私が何を言いたいのかわからない琴ちゃんは二人して首を傾げる。そんな私たちを見て、あや子と母さんは性根の悪い表情でこんな事を言い出した。


「琴ちゃん琴ちゃん、ちょいと聞いてちょうだいな。このバカさ、あろうことか『もしも』の自分に琴ちゃんを寝取られるんじゃないかって言ってたのよ。さっき琴ちゃんと『もしも』の小絃が話をしている時のこいつの顔と見た?妬ましさで『もしも』の自分を殺しかねない勢いだったわよ。ウケるわー」

「『無傷で琴ちゃんを救えたもしもの小絃』って存在が居たら、琴ちゃんはきっと自分じゃ無くてその小絃の事を好きになるんじゃないかって勝手に不安になってたんだってー。ほーんと、我が娘ながらバカすぎて笑えるわよねー」

「ふぇ……?」

「きっ、貴様らぁああああああああああ!!!?」


 人の心が無い二人は、あっさりと琴ちゃんに私の隠し事を暴露しやがった。こ、こいつらコロす……!あとでマジでコロす……!!!


「…………え?え?つ、つまりお姉ちゃんは……嫉妬していたの?あのお姉ちゃんの事を好きになるんじゃないかって……取られるんじゃないかって……嫉妬してくれてたの……?」

「ち、ちが……そういう事ではなく……」

「……そか。そっか…………ふ、ふふふ……ふふふふふ……!嫉妬してくれたんだお姉ちゃん………かわいい……っ!」

「ほわぁ!?」


 と、如何にあや子と母さんのアホ二人をこの後穏便に処分しようか模索していたところで。なにやら感極まった様子の琴ちゃんは、私を思いっきり抱きついてきた。あ、あの琴ちゃん……み、皆が見てる……見てるから……!?


「あのね、お姉ちゃん。これだけは言わせてね」

「な、何かな琴ちゃん……?」

「さっきの『もしも』のお姉ちゃんは、確かに完璧だったかもしれない。私を助けて、且つ自分も無事だった——そんな『もしも』のお姉ちゃんは理想的だったかもしれない」

「……うん」

「でもね」


 そう言って琴ちゃんは、愛おしそうに私の額の傷を撫でてこう続ける。


「でもね、お姉ちゃん。今私の目の前にいるお姉ちゃんが……さっきの『もしも』のお姉ちゃんより劣っているなんて、私は決して思わない。この私にとっての完璧なお姉ちゃんは——私を命がけで守り、こんなに大きな傷を負い、生死の境をさまよって……それでも10年の時を経て。私の元に戻ってきてくれた……ここにいる小絃お姉ちゃんだけだから」

「琴……ちゃん……」

「お姉ちゃんが二人に増えて、お得で嬉しいな——くらいは思ったけど。あくまでそれだけのこと。だから、ね?大丈夫だよ。心配しなくても私は誰にも取られたりしないよ。だって私は……ここにいる、ここで生きて私を抱きしめてくれている……今の小絃お姉ちゃんだけのものだから」

「…………うん」


 琴ちゃんの優しい一言をかみ締めながら、勝手に勘違いして嫉妬までした気恥ずかしさを隠すように私はそのまま琴ちゃんを強く抱きしめ返す。


「……ごめん琴ちゃん、なんか……お姉ちゃん変な思考になっちゃってた」

「ふふ、謝らないで。嫉妬するお姉ちゃん、すっごい可愛くて素敵だったよ♡」

「い、いや可愛くないから……ホント恥ずかし……顔から火が出そう……」

「だからあんたはバカなのよ。琴ちゃんの事甘く見すぎ」

「そーそー、あや子ちゃんの言うとおり。全然わかってないわよねー小絃は。どれだけ小絃がダメダメなダメお姉ちゃんでも、琴ちゃんは小絃のそーいうとこ全部ひっくるめて惚れてくれてるってのに」

「…………悪かったね」


 ……あや子たちの呆れた一言も、今日ばかりは素直に聞くことに。あー、ホント。我ながらバカだわ。あや子たちにバカにされるのも納得する超弩級のおバカさんだわ私……何をそんなに意識して焦っていたのやら。


「ま、ともかくこれで一件落着ね。小絃やあや子ちゃんたちのお陰で随分データも集まったことだし、これで実験はとりあえず終了。お疲れ様だったわね皆」


 と。琴ちゃんの愛を再確認出来たところで。母さんはようやく実験終了の合図を送る。やれやれ……やっとこの地獄のような時間も終わるのか……


「さーてと。そんじゃシミュレーターも終了させて……って、あら?ねえ小絃ー?」

「あん?何さ母さん」

「そう言えば今起動してるあんたと琴ちゃんの『もしも』はどこ行ったのかしら?」

「「「え?」」」


 そんな母さんの問いかけに、私たちは辺りを見回す。言われてみれば……事故を回避したまま成長した『もしも』の私と、10年前の『もしも』の琴ちゃんの姿がいつの間にやら消えている。あの二人、一体どこへ行ったんだ?

 ってか、あれってシミュレーターのくせにさっきから勝手に歩き回り過ぎでしょ……子ども時代の琴ちゃんはともかく、成長しているハズの私ってば全然落ち着きがないよなぁ……まるで成長出来てないじゃないか……


「あ……あのぅ……」

「ん?どうしましたか紬希さん」

「あのお二人なら……こ、こっちのお部屋へ向かわれたんですが……」

「あ、そうなんですね」


 キョロキョロと『もしも』の二人を探す私たちを前に。何故かちょっと……いやかなり顔を真っ赤にした紬希さんがそう教えてくれる。彼女が指さした部屋は……私と琴ちゃんの寝室?


「教えてくれてありがとうございます紬希さん。全く、一体何をやっている事やら。おーい、お二人さーん?実験終了するってよー」

「あ、あっ……!?ま、ままま……待って小絃さん!?い、今はちょっと色々マズいといいますか……!?」


 何で寝室なんかに行ったんだと不思議に思いながらも。寝室の扉を開ける私。そんな私の目に映ったのは——


『いいかしら琴ちゃん。こうすれば『私』は喜ぶの。覚えておいて損はないわ』

『うん、うん……!もっと、ねえお姉ちゃん……もっと琴に……いっぱい教えて……!お姉ちゃんがよろこんでくれること、いっぱい教えて……!』

「アウトぉおおおおおおおお!!!??」


 私と琴ちゃんの寝室で、半裸になって、組んずほぐれつ愛を育み合う。『もしも』の私と琴ちゃんの姿だった。

 …………って、何やってんだあの私は……!?


「ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待てやバカ野郎!?何やってんの!?」

『あん?何やってんのって……見てわからないのかしら私?ナニを——』

「やかましいわ!?」


 しれっとおぞましい事を言いかける私……こいつ何考えてんの!?ただでさえ8歳差の従姉妹に手を出すのはヤバいのに、その歳の琴ちゃんに手を出すだなんて更にヤバさが増して——


「…………いや、ちょっと待てよ…………ハッ!?」


 よく考えたら違う!8歳差どころの話じゃないわ!?目の前のこいつはコールドスリープ装置を使わなかった私が順当に成長した存在で、今のあや子と同年代。と言うことは……要するに28歳の私で……そして対する押し倒されてる琴ちゃんは今の琴ちゃんの10年前のあの頃の琴ちゃん。つまるところ……10歳の時の琴ちゃんだ。

 と言うことは……単純に考えて18も年の差がある計算ってこと!?10歳と28歳って……ロリコンを通り超して、ガチ犯罪じゃないのさ!?


「マジで何してんのさ!?そんな小さな琴ちゃんに手を出して……このロリコン!変態!頭あや子と同レベル!!!あや子みたいな蛮行は今すぐやめなさい……!」

「待ちなさい小絃。その罵倒は一体何なのかしら?」

『うるさいわねぇ私……この琴ちゃんに『お姉ちゃんにどうやったら好きになって貰えるか』って聞かれたから、手っ取り早く仲良くなれる方法を教えているだけよ。私のくせに邪魔しないで頂戴な。目の前に琴ちゃんがいたら、全力で愛でる。これが私のポリシーなのよ。貴女にとやかく言われる筋合いはないわ』

「他にやり方いくらでもあるでしょうが!?ええい、琴ちゃんから離れろ……はーなーれーろー!!!」


 絵面的に過去最悪のものを見せつけて。シミュレーターで映し出された完璧なハズの私は、私の警告を無視して、ベッドの上でうっとりした顔をした琴ちゃんの乱れた服を脱がそうとしている。

 どうにか止めようと目の前のロリコンと化した最低な自分に殴りかかる私。なお、目の前のこいつは残念ながらシミュレーターで呼び出された立体映像だから、当然私の拳は空を切るのみで……


「ま、まあまあお姉ちゃん落ち着いて。これはあくまでシミュレーターだし……犯罪にはならない……んじゃないかな。多分……」

「で、でもさ琴ちゃん!!!」

「…………それはそれとして。ねえ過去の私?いくらシミュレーターとはいえ、大人なお姉ちゃんと……ちょっとくっつき過ぎじゃ無いかな?子どものくせにそんな羨まし——じゃなかった、そんないかがわしい事はもっと大人になってからすべきだと思うんだけど?」

「こ、琴ちゃん……?」


 と、なんだかちょっと的外れな指摘をする琴ちゃんを前に。『もしも』のちっちゃな琴ちゃんは……フッ、とちょっぴり悪い子な子悪魔的笑みを浮かべてこう返す。


『お姉ちゃんにだいてもらえないのがうらやましいんだー。このいきおくれー』

「潰す……!」

「お、落ち着いて琴ちゃん!?これシミュレーターだから!?殴っても無駄だから!?」


 …………その後、シミュレーターを強制終了させて。どうにか危険なアレコレを見ずにすんだ私たちだったんだけど。


「そーいえば小絃。あんた確かこの間こんな事言ってなかったっけ?『私がロリコンになってたなんてifもしもは……絶対にないからね』って」

「…………それが何さ」

「この実験で確信したわ。やっぱり小絃も同じ穴の狢だって。ううん、私以上に業が深かったみたいね。…………この、ロリコンが……!」

「一緒にするなやガチロリコン!?」


 この件がきっかけで。しばらくの間本職のあや子から……ロリコン扱いされる羽目になった私であった。

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