74話 もしもシミュレーション使用中(パラレルなもしも編その4)

「…………10年前の……あの時の琴ちゃんに、会えるものなら会ってみたい……かも……」

「……?昔の私に?」


 どんな『もしも』の琴ちゃんに会ってみたいのか尋ねられ、思わず口を滑らせてしまった私。


「んーと……お姉ちゃんが望むならそれは別に良いんだけど。でもなんで?昔の私なん…珍しくもなんともなくない?小絃お姉ちゃんは知り尽くしてるでしょ?」

「あ……えと……その……」


 琴ちゃんに質問されて口ごもる。……どうしよう、なんて言ったら良いんだろう。会いたい理由は勿論ある。

 けど……当の本人の前で会いたい理由の言うのはちょっと……


「わかる、わかるわよ小絃……あんたのその気持ち」

「……ッ!?」


 と、しどろもどろな私を前にして。何もかもわかったような表情であや子のアホがそんな事を言い出した。


「え?あや子ちゃん、小絃さんの気持ちわかるの?」

「そうなんですか?あや子さん、よろしければ教えてください」

「ええ、勿論わかるわ。こいつとは長い付き合いだからね。琴ちゃん教えてあげる、どうしてこのバカが昔の貴女に会いたいのか。その理由はね——」

「こ、こらアホあや子……!?や、やめ……」


 確かに無駄に付き合いは長いし、何より妙に察しのいいこいつの事だ。もしかしたら本当に私の胸の内が読めているのでは……!?余計な事を言われる前に慌ててあや子の口封じを試みるも、一歩遅く——


「こいつはね………………!」

「…………へ?」


 想像の斜め下なあや子の一言に、口封じのために振り上げた拳を思わず止めてしまう私。

 ……なんて?


「わかるわぁ……反抗期の一番旬な琴ちゃんを愛でたかったでしょうに、その時期に事故って意識なくすとか無念よね。『お姉ちゃんの下着と一緒に洗わないで!』とか。『お姉ちゃんの入ったお風呂に入りたくない!』とか……蔑まれながら言われてみたかったのよね。そうでしょ小絃」

「……そうなのお姉ちゃん?」

「そ、そうなんですか?」

「えっ?…………あ、ああうん……だ、大体そんな感じ……かな?」


 お前と一緒にするなと言いかけて、グッとその言葉を飲み込む私。全然理由は違うけど……そういう事にしとけば面倒な説明もしなくて済むか。

 ……正直めちゃくちゃ不本意だけど。


「そ、そういうわけで母さん。出来るなら『10年前の琴ちゃん』と会わせて欲しいんだけど……出来る?」

「えー……まあ、あたしは天才だしそんなの余裕で出来るけどさー……何のひねりもない単純な過去の琴ちゃんが見たいとかつまんなくない?もうちょっと複雑な『もしも』を設定させて欲しいんだけどなぁ……小絃ってばほーんとひねりが無いわよねぇ」


 そんな不平不満をタラタラ述べながらも、母さんは渋々シミュレーターに10年前の琴ちゃんのデータを入力する。

 母さんの準備が終わるまで、ちょっとした雑談をして時間を潰す事に。


「……それにしても純粋な疑問なんだけどねお姉ちゃん。下着がどうのこうのとか、お風呂がどうのこうのとか……そんな事言う私をホントに見たいの?」

「え、ええっと……そ、それは……その……」

「そりゃめっちゃ見たいに決まっているわよ琴ちゃん。ロリっ娘に……もとい、好きな人に怒られて嫌な顔されて蔑まれるとかどんなご褒美かって話だもの」

「そんな変な事考えるのは、あや子ちゃんだけでは?…………というか、もしかしなくてもあや子ちゃん。私に対してもそんな感情を抱いているの?だから事ある度にわざと私を怒らせるような事しているの?」

「…………(ササッ)」

「ねえ、あや子ちゃん……あや子ちゃん!ちゃんとこっちを見なさい……!」

「むぅ……そうなのか……10年前の私に会うこと自体は別に良いんだけど……でもお姉ちゃん、先に謝っておくよ。ごめんなさい」

「へっ?な、なんで琴ちゃんが謝るの……?」

「だってお姉ちゃん、10年前の私に……『お姉ちゃんの下着と一緒に洗わないで!』とか。『お姉ちゃんの入ったお風呂に入りたくない!』とか言われたいんだよね?……私、ご期待に添えられる自信がないの」

「あ、ああうんそうだよね!琴ちゃん、反抗期とかなさそうだもんね!別にその台詞を言われたいが為に昔の琴ちゃんに会いたいと言うわけじゃないから安心して——」

「多分……私の事だし。『もう!お姉ちゃんどうして勝手に下着とか洗うの!?私が堪能したかったのに!』とか『どうして勝手にお風呂に入るの!?私がこの手でお姉ちゃんをすみずみまで綺麗にしたかったのに!』とか言いそうで……お姉ちゃんが望むような事は言わなさそうなんだよね……ごめんねお姉ちゃん……」

「ちょっと待ってくれ琴ちゃん。当時キミはまだ10歳だったはずだよね……?その時からそんな私みたいなヤバい事考えてたの……?」

「…………(ササッ)」

「ねえ……ねえ琴ちゃん!?どうして目を逸らすの琴ちゃん!?」


 と、そんな心温まる(?)会話を皆でしているところで。ようやく準備が完了した様子。シミュレーターを起動して、立体映像に対象の『もしも』の琴ちゃんを映し出す。

 映し出されたのは、10年前の彼女の姿。私にとってはついこの間までずっと一緒だった、あの頃のままの琴ちゃんの姿が映し出された。


『…………?あ、れ……?ここ……どこ……?』


 現れた琴ちゃんは、ゆっくりと目を開き。キョロキョロと迷子のように辺りを見回している。そして私と目と目が合った……次の瞬間。


『お……ねえ、ちゃ……コイト、おねえちゃん……?』

「や、やあ琴ちゃん。お久しぶり……かな?」

『ぁ……』


 私の存在を認識した途端、琴ちゃんは大きなくりくりとしたおめめを更に見開いて。信じられないと言った顔で呆然と私を見つめる。

 私が琴ちゃんの前に居ることに理解が追いつかないのか口をパクパク開け閉めして、ぷるぷると身体を震わして。そして……


『こ……』

「こ?」

『コイトおねえちゃぁああああああああん!!!』

「ふぉおおおおおおお!!?」


 飛びかかる勢いで私に駆け寄り、思い切り私に抱きついてきた。物理干渉は出来ない立体映像のハズなのにそのあまりの勢いに気圧されて、私は押し倒されるように床に寝そべってしまう。

 ……あー、なんかこれ凄いデジャヴ……目覚めたばかりのあの日、ちょうど同じように琴ちゃんに突撃されたことを思い出すなぁ……


『おね、おねえちゃ……コイトお姉ちゃん……!お姉ちゃんが、生きてくれてる……ゆめじゃ、ないよね……?おねえちゃん、コイトおねえちゃん……お姉ちゃん……ッ!!!』


 ポロポロと涙を玉のように落として、可愛いお顔をくしゃくしゃにして。何度も何度も私の名前を呼びながら、あの日の琴ちゃんは一生懸命泣きじゃくりながら私に抱きついてくる。


「こ、琴ちゃん……落ち着いて。ちゃんと私生きてるから……ね?」

『おねえちゃん、琴をまもって……たいへんなケガしちゃって……も、もう起きないかもって……いわれて……こ、琴……おねえちゃんに言いたい事、いわなきゃいけない事も言えないまま……さ、さよならしなきゃいけないかもって……ぅ、うぁ……うわぁあああああんんん!!!』


 事故に遭って死にかけていたハズの私が目の前に突然と現れたんだ。この琴ちゃんからしてみればパニックになって当然だろう。いくら会いたいからって……いくら彼女に言わなきゃいけない事があるからって。気軽な気持ちで呼び出しちゃダメだろ私……ごめんよ琴ちゃん……


「あー……あのさ……琴ちゃん、紬希さん。ついでにあや子に母さん。ちょっとこの琴ちゃんが落ち着くまで……二人っきりにしてくれないかな?どうにか落ち着かせてみるからさ」


 このままじゃ埒が明かないし。シミュレーターとはいえ、この状態の琴ちゃんを放っておくなんて事……私には出来ない。呼び出してしまった責任が私にはある。

 ただでさえ混乱している琴ちゃんが、更に未来の自分やあや子たちの姿を見て余計なパニックを起こさないためにも。他の皆はちょっとの間退室して貰うようにお願いする私。


「そうですね。ここに居ても私たちは邪魔になるだけでしょうし……あや子ちゃん、ちょっと席を外そっか」

「えー……私も久しぶりに昔の琴ちゃんを堪能したか——(バシィ!)ごめんなさい紬希様、一緒に私も出ますハイ」

「小絃ー、とりあえず三十分くらいしたら戻ってくるからねー」


 紬希さんたち三人は了承してくれたようですぐに部屋を出て行く。琴ちゃんはちょっと……いやかなり複雑そうな顔ではあったけど。私、そして過去の自分を交互に見つめてため息を吐き。


「……うん。正直お姉ちゃんと昔の私を一緒にするとか……何が起こるかわかんないから嫌なんだけど……でも、こればっかりは仕方ないよね……お姉ちゃん、申し訳ないんだけど。昔の私を、どうかよろしくお願いします」

「ん、了解。なんとかしてみるね」


 そう言って頭を下げて、紬希さんたちに続いて部屋を出て行った。


『コイトお姉ちゃん……おねえちゃん……』

「はーい、琴ちゃんのお姉ちゃんはちゃんとここにいるよー」

『ごめんなさい、琴がわるい子だから……琴のせいで……お姉ちゃんがいたい思いを……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……ッ』

「大丈夫、大丈夫だからだから。琴ちゃんはなーんにも悪くないからねー」


 四人が部屋を出て行ったのを確認すると、泣きじゃくる琴ちゃんを昔のようになだめる私。……この琴ちゃんはシミュレーターから生まれた立体映像で直接私はこの琴ちゃんに触れられない。触れられない事がとてももどかしい。

 それでもなんとか形だけでもと。琴ちゃんが泣き止んでくれるまで、私は何度も何度も心を込めて琴ちゃんを撫で続けるのであった……



 ◇ ◇ ◇



「……落ち着いたかな?」

『ん……』


 しばらく泣き叫んでいた琴ちゃんも、私の胸の中でようやく嗚咽するくらいには落ち着きを見せる。そろそろ良い頃合いかもしれない。琴ちゃんに言ってあげなきゃいけないこと、言いたかった事が言えるかも……


「琴ちゃん、琴ちゃんは私に謝っていたよね。自分のせいだって。未来のキミからも何度も謝られたけど……同じ事言わせて頂戴。あれはキミのせいじゃない。琴ちゃんは何一つ悪くない」

『で、でも……お姉ちゃん、琴のせいでいたい思いを……』

「お姉ちゃんはね。琴ちゃんが無事だったならそれで良いんだよ。もしも……そう、もしも琴ちゃんを守れなかった方が、そっちの方が痛くて辛い思いをしていただろうから。……知ってる?琴ちゃん。お姉ちゃんって生き物はね、妹を守るために存在するんだよ。私は、ちゃんとその役目を果たせた。それが何より嬉しい。キミを守れたことが本当に嬉しいんだ」


 そう言いながら、ポンポンと頭を撫でるふりをする。実際に撫でられているわけじゃないんだけれど、琴ちゃんは私のその仕草にあわせて子猫のように目を細めてされるがままにナデナデを受け入れてくれる。……ハハハ、ホントにあの頃の琴ちゃんの反応そのものだなぁ。


『お姉ちゃん……おこってない?琴のこと、きらいになってない……?』

「ハハハ。何言ってんのさ。こんな事でお姉ちゃんは怒らないし、琴ちゃんの事を嫌いになんて絶対ならないよ」


 どっちかというと、私の方が琴ちゃんに怒られたり嫌われてないか不安だったわけだしね。勝手にピンチになって、血だらけになって小さな琴ちゃんにトラウマを植え付けちゃった酷いお姉ちゃんだしさ……


「だから、ね?琴ちゃん。お姉ちゃんはもう大丈夫だから……お願い。もう泣くのはやめにして。私……琴ちゃんが悲しいと私も悲しくなる。琴ちゃんが泣いちゃうと……私まで泣きたくなっちゃうでしょう?」

『……ん』

「私、泣いてる琴ちゃんよりも……笑ってる琴ちゃんの方が好きなんだよ。だから……お願い琴ちゃん。笑っている琴ちゃんのお顔、小絃お姉ちゃんに見せて」

『……うん、うん……!』


 そこまで言ってあげて、ようやく琴ちゃんは私の大好きな……あの頃のままの天使のような満面の笑みを私にプレゼントしてくれる。

 ああ、よかった。私はこの琴ちゃんの笑顔を守れたんだな……


「ねえ琴ちゃん。私も……琴ちゃんに言いたい事があったの。聞いて貰えるかな?」

『……?なぁに、コイトお姉ちゃん?』


 さて。それじゃあ琴ちゃんも泣き止んでくれたところでだ。過去の琴ちゃんを呼び出した本来の目的も一緒に果たすとしましょうかね。


「あのね、琴ちゃん。この私は……キミにとっては未来の……10年後の私なんだよ」

『……?10年後の……コイトお姉ちゃん……?』

「私が何を言っているのか、よくわからないかもしれない。でも、どうかキミに聞いて欲しいんだ。琴ちゃんも知っての通り……私は、キミを守って情けない事に事故に遭ったよね」

『う、うん……』

「その事故が原因で……その。私は目を覚ませなくなっちゃうの』

『え……』


 私のそんな一言に、笑顔だった琴ちゃんの顔はまた曇る。


『どう、して……でも、でも今のお姉ちゃんは……ちゃんと起きて……』

「私が目を覚ましたのは……本当についこの間。琴ちゃんからしてみたら……今から数えて10年後になるの。うちの母さんの……不思議機械を使って生き延びることにはなるんだけど。その機械を使っても……昏睡状態に…………眠り続けたままになっちゃうの」

『そん、な……』


 折角笑顔になってくれたというのに、また琴ちゃんを悲しませてしまう最低な私。本当にごめん……ごめんよ琴ちゃん。でも……どうしてもちゃんと言っておきたいことがあるんだ。……これは、10年後の琴ちゃんに言っても仕方のない事だから……今のキミにしか、言えないことだから。


「10年私は、眠り続けたままになるの。キミとお話する事が出来ない。キミを守ることが出来ない。キミと笑い合うことが……出来なくなっちゃうの」

『……』


 幼いなりに当時から賢かった琴ちゃんは、私の話を一生懸命聞いて飲み込んでくれている。そんな琴ちゃんに感謝しつつ。私はこの自分の想いを口に出す。


「だから先に謝らせて。本当にごめんなさい。ごめんなさい琴ちゃん……私のせいで、これから先……琴ちゃんは寂しい思いを抱え続ける事になる。悔しくて、虚しくて、悲しい思いで夜も眠れない日々を送る事になる。いつ目覚めるのかわからない、目覚めるかすらわからない……不安を抱き、罪と後悔に苛まれる毎日を送る事になる」

『…………うん、わかってる。それが、琴のせいだってわかってるから……』

「でもね、琴ちゃん。どれだけ時間がかかろうとも。ここにいる私は……貴女の前に必ずまた現れるわ」

『……!』


 ここにいるのは、あくまで過去の琴ちゃん本人ではなく。それを再現したシミュレーターで……この琴ちゃんに言ったところで、本当の過去の琴ちゃんに伝わるわけでもなんでもない。過去が、未来が変わるわけでもなんでもない。

 だからこれは、ただの自己満足。ただただ、あの日言いたかった……意識を途切れさせてしまって言えなかった事を自分勝手に言うだけだ。


「この通り、私は生きてるよ。琴ちゃんとまた出会うために、ちゃんと目を覚ますよ。だから……希望を捨てないで。どうか未来で待っていて。琴ちゃんの事……すっごく待たせちゃうダメなお姉ちゃんだけど……必ず、そう……必ず私はキミの元に帰るから」

『……うん、うん……!待つ、いくらでも待つよ……!おねえちゃんに会えるなら、どれだけ時間がかかっても……おばあちゃんになっても、いくらでもまつよ……!』

「……そっか。うん、それは……泣いちゃうくらい嬉しいな」


 今度はこっちが泣いちゃいそうになるのを堪える番に。……ああ、よかった……あの日どうしても言いたかった事、あの日の琴ちゃんにようやく言えた。これで、やっと私は……

 ……ありがとうね、琴ちゃん。



 ◇ ◇ ◇



 昔の琴ちゃんも泣き止んでくれたし、私も当初の目的はちゃんと果たせた。そんなわけで席を外して貰っていた琴ちゃんたちを呼び戻してみた私だったんだけど……


「——昔の私?ちょっと小絃お姉ちゃんにくっつき過ぎだと思う。離れるべきだよ」

『ふふーん、だ。そっちこそ大人なのにコイトお姉ちゃんにべたべたしすぎだよ。お姉ちゃん困ってるしそっちのほうがはなれるべきだよ』

「は?困ってるわけないじゃない。私と小絃お姉ちゃんは将来を誓い合った仲だしこれくら普通なんだけど?」

『琴だっておんなじだよ。お姉ちゃんに未来のやくそく、してもらったもん。これはもう、ふーふと言ってもかごんではないし』

「あ、あの……二人とも……喧嘩しないで欲しいなぁ……って。あ、あとちょっと離れてくれると助かるなーって。……そ、そんなにくっつかれたら……私の中の欲望がはじけ出ちゃいそうだし……主に鼻血となってはじけ出ちゃうそうだし……」


 シミュレーターを終了して昔の琴ちゃんとさよならしようとしたら『……もうちょっと、コイトお姉ちゃんといっしょにいたいの……ダメ?』と寂しそうに言う昔の琴ちゃんの上目遣いに負けた私。折角だからしばらく一緒にいようかと言ってみると、嬉しそうに私の腕を組んできて……

 そしたら今度は今の大人になった琴ちゃんまで、負けじと私に抱きついてきて……大人の琴ちゃんと子どもの琴ちゃんが私の両隣に陣取って離れようとしてくれない。両手に花と言うべきか……嬉しいけどどうすれば良いんだ私は……!?


「(お、おおお……大人な琴ちゃんに抱きつかれるのは言わずもがなドキドキが止まんないし……い、今見ると昔の小悪魔的な琴ちゃんに慕われて積極的に抱きつかれるのもなんか……なんか妙な背徳感が……)」


「……小絃」

「ッ!?な、なにさあや子……」

「わかる、わかるわよ小絃。その気持ち」

「何の話!?」

「ウェルカム、ようこそこちら側へ」

「だから何の話だコラァ!?」


 そしてそんな私に同類を見るような目で見るあや子の視線が、なんかムカつくし……


「さーてと。あたしとしてはまだまだ実験は続けたいところだけど。一度実験データをまとめたいところでもあるし。今回はあと一回だけでこの『もしもシミュレーション』は一旦お終いにしましょうか」


 と、ここでようやく母さんがそんな事を言い出した。長かったこのシミュレーションもいよいよ最後の時を迎えるらしい。今日は、とか言ってるけど母さんや……疲れたし散々だったし……正直もう二度とやりたくないんだが……?


「ふむ……つまり最後の一回って事ね。…………ふーむ」


 母さんのその一言に。どうしたことか、あや子が何やら思案顔になる。そして何故か私に視線を送り、こんな事を言い出した。


「ねえ小絃。最後の実験の前に一つ聞きたいことがあるんだけど」

「は?聞きたいこと?唐突に何さあや子」

「っと……その前に。ねえ琴ちゃん、ちょっとあや子さん喉渇いちゃってさー。よかったらお茶でも持ってきて貰えないかな」

「え?……あ、はいですあや子さん。すみません、そう言えば用意していませんでしたね。すぐにご用意しますよ」

「悪いわね。紬希、あんたも琴ちゃんを手伝ってあげなさいな」

「ん、そだね。じゃあちょっと行ってくる」

「小絃お姉ちゃん待っててね。お姉ちゃんの未来のお嫁さんが、お姉ちゃんの為に美味しいお茶とお菓子を用意してくるからね」

『ッ!……こ、琴も!琴もお姉ちゃんのためにおてつだいする!だって、お姉ちゃんのおよめさんは琴だもん……!』

「……いや、貴女所詮シミュレーターで、立体映像だから手伝うも何もないと思うんだけど?邪魔だからどこかで遊んできたら?」

『てつだうのー!コイトお姉ちゃんの役に立つのー!』


 あや子の厚かましいお願いに、琴ちゃんと紬希さん……そして昔の琴ちゃんはキッチンへと向かっていった。……?なんだ?なんであや子の奴、このタイミングでそんな注文をしやがるんだ……?

 疑問に思いつつも、三人がキッチンへと行ったのを確認し。改めてあや子に聞いてみる。


「……んで?結局聞きたい事って何さあや子」

「ああ、そうだったわね。えーっとさ、さっきからずぅっと気になってて聞きそびれてたんだけどさー小絃」

「うん」


 そしてあや子は、私にこう問いかける。


「なーんであんた、『』って『もしも』を観測しようとしなかったのよ?」

「~~~~~ッ!!!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る