73話 もしもシミュレーション使用中(パラレルなもしも編その3)

「さあ、気を取り直して次の実験を——」

「……ねえ母さん、その前に一つ言わせて貰いたいんだけどさ」


 懲りずに私たちの色んな『もしも』の観測実験を続けようとする母さん。そんな母さんにストップをかけ、気になっていた事を言わせて貰うことに。


「ん?なによ小絃?もしかして今度こそ見てみたい『もしも』でもあるのかしら?」

「そうじゃなくてだね。この際だからハッキリ言わせて貰うけどさ。このシミュレーターって…………もしかしなくてもポンコツじゃない?」

「は、はぁあああああああ!!!?」


 その瞬間、母さんは激昂し出す。


「な、なんて事を言いやがるのかしらこのバカ娘は!?ぽ、ぽぽぽ……ポンコツぅ!?このあたしの世紀の発明を……よりにもよってポンコツ呼ばわりだなんて……!?」

「だって紬希さんの未来予測といい、さっきのあや子と私の『もしも』といい……これエラーばっかで全然観測できてないじゃん。これをポンコツと言わずしてなんと言うの?」

「それは小絃たちがあまりにも特殊なだけだし!寧ろさっきみたいな小絃たちの『もしも』は絶対にあり得ないって観測出来てるって凄い事だし!!!」


 私が事実を述べると母さんは子どものように反論する。凄い事って言われてもなぁ……どんな『もしも』も観測出来るってウリだったハズなのにこの体たらくじゃ、正直ただの欠陥品としか思えんのだが?


「そこまで言うならこっちにだって考えがあるわ……!より精度を上げて観測出来る『もしも』のレベルを上げてやるんだから……!」


 何やらいらぬスイッチが入ったらしく、躍起になって装置を操作しはじめる母さん。あ、いかん……余計な事言ったかも……


「よ、よし……!これで観測できる『もしも』も増えたハズ……!琴ちゃん!」

「えっ?あ、はいですお義母さん」

「ちょっと試しに……そうね、もう一度さっきみたいに『10年後の琴ちゃん』を呼び出させて貰っても良いかしら!」

「は、はい……どうぞです」


 数分後、息を切らしながらも調整を終えた母さんは琴ちゃんにそんな事を懇願する。人の良い琴ちゃんは、母さんに言われるがまま了承してしまうけど……


「ちょっと母さん?なんでまたわざわざさっきと同じ『もしも』を見せようとしてんのさ。意味ないでしょそれ」

「良いから黙って見てなさい。目にもの見せてやるんだから……!」


 などと私に宣言する母さんだけど、二度も三度も同じ事やるとか意味がわからない。何がしたいんだこの人は……?

 そう首を傾げる私を前に、立体映像で再び出てきた10年後の琴ちゃんは——


「あ、あれ……?なんか……さっきの大人琴ちゃんと……また違うような……?」

『……ああ、ここは10年前か。やあ。お久しぶり、と言った方が良いかな』


 なんだか先ほど出てきた琴ちゃんとは……容姿や雰囲気がかなり違っていて……?


「母さん、これは……?」

「ふふん……!どうよ小絃、お望み通りシミュレーターの精度を上げてやったわよ!さっきまでは『対象者のデータを元に総合的に評価して、数ある可能性の中から最も可能性のあるもしも』を出力していたんだけど……今回のコレは『対象者のリアルタイムの思考や行動を評価したもしも』を出力出来るようにしてやったのよ!」

「……???」


 ……つまり、どゆこと?


『ハハハ。お義母さんの説明じゃわかりにくいかい小絃姉さん。要するにシミュレーターの精度が上がって、観測できる『もしも』が増えたと思って貰えば良いよ。こういう『もしも』——とりわけ未来というものは少しのきっかけでも大きく変動するものだからね。同じ設定でも呼び出す度に色んな『もしも』を観測出来るようになったという事さ。……ああ、ちなみに今の私は『お義母さんの研究に興味を持って、研究者になったというもしも』で生まれた音羽琴だよ。よろしく姉さん』

「な、なるほど」


 未来の琴ちゃんがわかりやすく丁寧に説明してくれる。とにかく精度が上がったって事か。ふむふむ……呼び出す度に色んな『もしも』を観測出来るかぁ……


「……ハッ!?と言う事は、今もう一度未来の私を呼び出せば……さっきの琴ちゃんのヒモな情けない自分とはまた違う自分が呼び出せるって事……!?」

「なんですって……!?そういう事なら私だって……紬希の尻に敷かれてないかっこいい未来の自分になれる可能性だってあるって事じゃ……!?」

「せ、成長した私の可能性も……!?」


 新たな未来琴ちゃんの出現で、私・あや子・紬希さんの三人にも希望が出てきた。琴ちゃんに続き三人でもう一度『10年後の自分』を呼び出してみる。その結果は——


『えへへ……琴ちゃん、お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも……私にしちゃう?』←裸エプロンで琴ちゃんを出迎える私

『紬希……お願い、もっと叱って……悪さをしないように、紬希の手でいっぱい私を調教して♡』←いかがわしいオモチャで拘束されたあや子

『あれー?また私を呼び出したの?もー、今良いところだったのに』←まるで変わっていない紬希さん

「「「なんで……!?」」」


 最初に呼び出した時と、何も変わっていなかった。どう言うことだ……!?


「ちょ、ちょっと未来の私!?色んな『もしも』が観測出来るハズだったんじゃないの!?なんでさっきのヒモな私と何も変わってないのさ!?」

『……?何でも何も……私が琴ちゃんに養われて琴ちゃんにいっぱい愛されちゃうのはもはや確定事項?みたいな?』

「あんたもなんでさっきと同じで紬希にがっつり調教されてんのよ未来の私!?つか、さっきより過激になってない!?」

『ふっ……認めなさい、楽になりなさい昔の私。紬希に管理される事がどれだけ幸せかという事をね』

「あ、あのあの!?本当にあなたは未来の私なんですか!?伊瀬紬希にはもう、成長の余地は無いと言いたいんですか!?」

『むっ……失礼だね昔の私。私だってちゃんと立派に成長しているんだよ?見ての通り、身長だって0.1ミリ高くなったし、お胸だってあや子ちゃんにいっぱい揉まれてなんと0.05ミリもおっきくなったんだから!』

「それもう誤差の範囲だよね未来の私!?」


 母さんと未来琴ちゃん曰く『呼び出す度に色んなもしも』が見られるハズだったのに。私たち三人は何一つ変わっていない模様。おい母さん……精度上げたって言ってたじゃないか……やっぱこれポンコツだろ……


「……と、とにかく何故か琴ちゃんだけなら別の『もしも』を見られるって事ね……まあ、優秀な琴ちゃんなら無限の可能性が、無限の輝かしい未来があって当然だろうけど」

『ははは、照れるじゃないか姉さん』


 母さんの開発した装置が欠陥品なのは今更だし、気を取り直してさっきとはまた違ったもしもの未来の歩んでいる琴ちゃんを見つめてみる事に。

 先ほどの未来琴ちゃんは『今のまま歳を重ねて、よりセクシーな大人のお姉さまになった』感じだったけど。今の琴ちゃんの見た目は……一言で言えば『天才博士』となっていた。邪魔にならぬように長い髪を結い上げた、キラリと光る眼鏡と真っ白な白衣が似合う未来琴ちゃん。髪まとめてうなじがチラリしてるとこも……白衣の上からもハッキリわかる更に磨きがかけられた大人ぼでーも最高すぎるけど…………特に、眼鏡!?眼鏡だとぉ……!?ただでさえ聡明な琴ちゃんに眼鏡が装着されているなんて……いかん、さっきとはまた違う意味で見惚れちゃうじゃないの……!おまけに呼び方も『お姉ちゃん』じゃなくて『姉さん』に変わってるし口調もとっても落ち着いているし……少女から大人への成長を十分に感じられて…………やだ、お姉ちゃんドキドキが止まんないよぉ……


『姉さん、見つめすぎ。そんなに私に興味があるのかい?』

「ふぇ!?あ、いやあの……ご、ごめんなさい……」

『いや、良いんだよ。寧ろ嬉しい限りさ。私でよければ存分に見てくれたまえ』


 と、あまりにまじまじと見つめていたせいで。未来琴ちゃんから笑われてしまう。慌てて謝り目を逸らそうとする私だったけど。未来琴ちゃんは怒るわけでもなく、それどころか私に見せつけるようにソファに座り腕組みをしながら……なんと優雅に足まで組んで……


「(美脚……!ふと……もも……!)


 私、思わず身を乗り出してその御御足をありがたく拝見させていただく。長く美しい、まさに美脚を組む仕草……ムチムチの太ももの際どいライン……見えそうで見えないチラリズム……超美人眼鏡女博士の知的で恥的な大人の誘惑に……ついついクラッとなりかけてしまう。


「…………お姉ちゃん。そんなに足が良いの……?そんなに太ももが良いの……?だったら私が、あとでいくらでも見せてあげるのに……お姉ちゃんが望むなら……スカートの中だって……」

「小絃、私の事犯罪者犯罪者って貶してるけど。今のあんたの方がよっぽど犯罪者で変質者よ」

「……いいなぁ、ただでさえセクシーなのに。未来の琴ちゃんって更にセクシーになるんだ……私も、こういう色気欲しいなぁ……」


 と、危うく煩悩が暴走しかけたところで琴ちゃんの冷ややかな視線を感じて正気に戻る私。あ、危ない……これ以上は色んな意味で危ない……直視しちゃダメだ……


「あー、コホン。……ち、ちなみに未来の琴ちゃん?」

『ん?なんだい姉さん』

「今の琴ちゃんは研究者さん……なんだよね?一体どんな研究をしているのか……参考までに教えて貰っても良いかな?」


 気まずくなる前に話を逸らして未来琴ちゃんが一体どんな事をしているのか尋ねてみる私。未来の琴ちゃんは頷いてこう答えてくれる。


『私が今何をしているのか気になるんだね?良いよ、教えてあげよう。未来のお義母さんの手伝いをしながら、自分のかねてからの夢の実現のために頑張っているところだよ』

「へぇ……琴ちゃんって夢があったんだね。ちなみにどんな夢なのかな?」


 夢って言うとやっぱり……世の中の皆を幸せにするような研究、とかかな?頭の良い琴ちゃんならきっと叶えられるだろう。どんな事でも応援してあげよう。

 などと考えていた私に、未来琴ちゃんは昔の琴ちゃんを彷彿させるそれはもう屈託の無い笑顔でこう答えた。


『私の夢、それはね』

「うんうん」

『小絃姉さんとの、愛の結晶を——』

「ちょっと待って」


 予想だにしないもの凄い爆弾発言をプレゼントしてくる未来琴ちゃん。いや、確かにある意味世の中の皆を幸せにしそうな研究かもしれないけど……!


「詳しくお聞かせください未来の私。それはつまり、女性同士で子どもが……という事でしょうか?」

「技術的にどこまで進んでるのかしら?あと何年で実現可能なのかしら?投資ならいくらでもしてあげるわよ琴ちゃん」

「あ、あや子ちゃんに私の子を……という事も可能なの琴ちゃん……!?」


 未来の琴ちゃんの研究を聞いた途端、勢いよく食いつく琴ちゃんたち。いや、気持ちはわかるよ?わかるんだけどさ……!これ以上話を聞くのは色々とマズいと思うんだよね……!?なんか、生々しい感じになっちゃいそうでさ……!


『んー……あと何年で実現可能、か……それはちょっとなんとも言えないかもしれないね』


 そんな琴ちゃんたちの問いかけに、難しい顔をする未来琴ちゃん。


「だ、だよねー!そ、そんな革命的な研究……ちょっとやそっとじゃ実現なんて出来ないよねー!」

『うん、だって……実現自体はすでにしてるからね』

「…………う、ん?」


 実現自体は、すでにしてる……?それは、つまり……


『その証拠に……私のおなかには小絃姉さんの……♡』

「ストォオオオオプッッッツ!!!!」


 愛おしげにお腹をさすりながら未来琴ちゃんは何故か頬を染める。ちょ、ちょっと待ってよ……つまり何?未来の私……とうとうそこまでヤっちゃったわけ……!?

 最悪だ……最低だ、私って……ヒモの未来が確定している上に……その上琴ちゃんに子どもを産ませるだなんて……いよいよもってクズ女じゃねーか……!?


「そ、そうなんだ……私の中にお姉ちゃんの…………え、えへへ……♪で、でもちょっと意外かも。私てっきり、仮にそういう事になったなら……私の方からお姉ちゃんに愛の結晶を送り込んでいるとばかり思ってたから……」

『ん?何を言っているんだい昔の私』

「と言うと?」

『当然と言えば当然だが——小絃姉さんにも私の愛を送り込んでいるに決まっているじゃないか。技術が確立した時点で、真っ先に姉さんを押し倒したよ。ちなみに小絃姉さんはもうすでに二人、可愛い女の子を——』

「あ、やっぱり?え、えへへへへ……♪」

「お盛んねぇ琴ちゃんも……小絃も」

「お二人とも羨ましいです」

「あー!あー!!あーっ!!!聞こえない!!!聞きたくない!!!」



 ◇ ◇ ◇



「…………働きもせず、年下の琴ちゃんに養われて……その上琴ちゃん孕ませるとか……こ、琴ちゃんのお父さんお母さんに合わせる顔がないんだけど……」

「大丈夫、大丈夫だよお姉ちゃん。今は私の方が年上だし、先に手を出したのは私っぽいし、何より未来の私もお姉ちゃんも幸せそうだったから何の問題も無い。……それに多分、お父さんもお母さんも小絃お姉ちゃんとの子どもならすっごく喜ぶかと」

「優秀な琴ちゃんの子どもならあたしも万事OKね。これであたしの老後も保障されたってワケね!」


 最低女記録をまたも更新してしまった……せ、せめて……せめてちゃんと働いて……琴ちゃんのご両親に胸張って琴ちゃんを任されてから……そういう事してくれてたら私も文句はなかったのに……!


「さて、それじゃ微笑ましい雰囲気になったところで」

「どこが微笑ましいんじゃい……」

「誰かまた別の『もしも』を観測する気はないかしら?折角シミュレーターの精度を上げたわけだし、使わないと勿体ないわよー?」

「「「……」」」


 そんな母さんの一言に、思わず苦い顔の私たち。精度あげたと言われてもだね……色んな可能性が示唆された琴ちゃんはともかく……どーせ、私やあや子や紬希さんの『もしも』はさっきと同じものしか出てこないだろうってわかってるしなぁ……


「誰も居ないの?琴ちゃんはどう?気になる『もしも』はないのかしら?」

「私ですか?んー……」


 私たちが乗り気じゃないと察した母さんは、唯一協力的である琴ちゃんに話を振る。琴ちゃんは少し考える素振りを見せた後……


「小絃お姉ちゃんはさ。どんな私が見てみたい?」

「へ?」


 なんて事を言い出した。


「お姉ちゃんはどういう『もしも』の私が見てみたい?もしも見てみたい『もしも』の私がいれば……その私を参考に、自分を磨けるんじゃないかなって思ってさ」

「そ、そんな事急に言われても……」

「どんな私でも良いんだよ。さっきみたいな未来の私でも良いし、荒唐無稽な『もしも』の私でも良い。何なら昔の私に会ってみたいとかでも良いしさ。気軽に言ってみて欲しいな」


 どんな時でも私を優先しちゃう琴ちゃんは、キラキラ期待を込めた目でそんな事を言ってくる。ぶっちゃけ……私的にはどんな琴ちゃんも会ってみたい気はするけど……


 うぅん……会ってみたい琴ちゃんかぁ……そういう意味でいうなら私は——


「…………昔の、琴ちゃん」

「ん?」

「…………10年前の……琴ちゃんに、会えるものなら会ってみたい……かも……」

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