71話 もしもシミュレーション使用中(パラレルなもしも編その1)
「さーて。とりあえず皆一通りシミュレーターを使ってくれてありがたいんだけど……なーんかつまんないわねー」
「人を散々実験に付き合わせておいて、おまけにこれだけの犠牲者を出しておいてよくもまあそんな事が言えるなこのダメ母は……」
毎度おなじみ、母さんのトンデモ実験シリーズに付き合わされた私たち。ほぼ全員が悲惨な結果に終わったと言うのに、その元凶はと言うとこんな碌でもない事を言い出したからたまったものではない。
「だってさぁー。小絃たちみーんな、この世紀の発明を単なる『未来予測シミュレーター』としか使ってないんだもん。そりゃ勿論未来予測も出来るけど、本来ならもっと高度な色んな『もしも』が観測出来るすんごい装置なのよ?普通じゃ考えられないようなありとあらゆる『もしも』が観測出来ちゃうのよ?もったいないじゃないの。もうちょっと面白い『もしも』を観測させてよねー」
口を尖らせて自分勝手にそんな事を言ってくる母さん。ほほう?高度なすんごい装置……ねぇ?
「あの……小絃さんのお母さん?そうは仰いますが…………私の『成長して、ぼんきゅっぼんになった』って『もしも』は観測出来なかったんですけど……この装置ってありとあらゆる『もしも』が観測されるはずだったのでは……?』
「それに関しては紬希ちゃんのポテンシャルが凄かった!貴重なサンプルが採れてホント大助かりよ!ありがとね紬希ちゃん!」
「…………どういたしましてです」
「……紬希さん、うちのアホ母がすみません」
「……いえ」
紬希さんの成長した未来をシミュレート出来ない時点でポンコツだと思うのは私だけだろうか。
「ねーねー。折角だから皆いろんな『もしも』のシミュレーションしてみてよ。これじゃあ実験にならないしさー」
「色んなって言われてもね……例えばどんな?」
「そうねぇ……AIに学習させたらより精度が上がるし……出来るだけ荒唐無稽な『もしも』が良いわね。例えば——『もしも小絃とあや子ちゃんが付き合っていたら』ってifとかどう?」
「「なんておぞましい事を!?」」
想像ことすらおぞましい『もしも』のたとえを出されて、私とあや子は絶叫する。こっ、このBBA……なんて事を言い出すんだ……!?
「冗談でも言って良い事と悪い事があるでしょうが!?取り消せマッドサイエンティスト!私と、このアホあや子が付き合う!?気色悪いわ!」
「あぁん!?それはこっちの台詞よバカ小絃!……小絃ママ!今の発言取り消してください!こんなバカと付き合ってる『もしも』とか死んでもあり得ませんから!」
「えー?何だかんだで付き合い長いし、意外とお似合いな『もしも』が観測出来るかもしれないわよー?」
「「あり得ないから!!!」」
「…………小絃お姉ちゃんと、あや子さんが付き合う……?あや子さんが……敵……?」
「…………あや子ちゃん、浮気ですかあや子ちゃん……私がいながら……浮気なんですか……?」
冗談じゃ無い!何が悲しくてそんな『もしも』を観測しなきゃならないんだ!?母さんの何気ないその一言で、危うく家庭崩壊&刃傷沙汰にまで発展しかかっているし……
「やめよう母さん、そんな誰一人として幸せにはならない『もしも』なんて試すのは」
と言うか、試す事すら怖いわ。……絶対にあり得ない『もしも』だって思っているし、さっきの紬希さんの時みたいにエラーが出るって信じてるけど。これで万に一つでも『自分とあや子が付き合っている』という可能性が観測されてしまったらと思うと…………うぇ、ダメだ……また気持ちが悪くなってきた……
「んもー、皆我が儘ねぇ……わかったわよ。そんなに言うならその『もしも』は却下してあげるわ」
「どっちが我が儘だ貴様……」
「仕方ないなぁ、んじゃこういうのはどう?『小絃と琴ちゃんの年齢が逆転してたら』ってもしもは」
「「えっ……」」
私と……琴ちゃんの年齢が……逆転……?
「えと……お義母さん?それってつまり……今みたいにコールドスリープ装置のせいで肉体年齢がお姉ちゃんと逆転したんじゃなくて……」
「はじめから、琴ちゃんが年上で……私が琴ちゃんの妹分だったらって事……?」
「そゆこと。どう二人とも。そーいう『もしも』……見たくない?」
「「…………」」
母さんにそう唆されて、私と琴ちゃんは顔を見合わせる。つまり……最初から立場逆転してたらって設定で……琴ちゃんが私のお姉ちゃん……?それは……
「「見て、みたいかも……」」
「よーし!二人ならきっとそう言うと思ってた!早速実験開始よー!」
「小絃さん……琴ちゃん……」
「あんたらホントチョロいわね……」
あれだけ母さんの実験にはもう付き合わないと言った側から、母さんの悪魔の囁きについ心が動いてしまった私。哀れむ紬希さん、蔑むあや子の視線が痛い。……し、仕方ないでしょ!?見たいモンは見たいんだもの……!
そうこうしている内に、母さんは手早く装置を操作させ起動する。先ほどまでと違い二人分の立体映像が映し出されて……
『琴おねーちゃん!』
『んー?どうしたのかな小絃ちゃん』
現れたのは……小学生くらいの幼いおバカそうな私。そしてもう一人一緒に現れたのは……恐らく背格好から察するに高校生くらいの琴ちゃんだった。
……うーむ、これが高校生の頃の琴ちゃんか。……子どもと大人の境目の、初々しさの中に見える育ちはじめた色気……事故って見る機会が一生損なわれたはずの……高校生の頃の琴ちゃんか。……何と言うか……凄く、いいよね……しかもこの琴ちゃんはガチで私のお姉ちゃんって設定だから私に取っては尚更……
「な、なるほどこれは確かに……立場逆転してるね。お姉ちゃんな琴ちゃんか……なんだろう、凄いドキドキするわ……」
「これが……子供のころの小絃お姉ちゃん……お、お姉ちゃんに『琴お姉ちゃん』って呼ばれるの、なんか……倒錯的で素敵、かも……」
「……あや子ちゃん。小さなころの小絃さんを変な目で見ちゃダメだからね?」
「待ちなさい紬希、私ってそんなに節操なしに見えるの……!?どんだけ小さくてかわいくても、元がこのバカな時点でそんな目で見るわけないでしょうが……!?」
通常ならあり得ない『もしも』な私と琴ちゃんを観察する私たち。
『琴おねえちゃん、わたし……琴おねえちゃんのことだーい好きなの!』
『ふふふ……私もよ小絃ちゃん。小絃ちゃんのこと、大好き』
そんな私たちの視線など意に介さず。『もしも』の私と琴ちゃんの二人は突然呼び出されたにもかかわらず一切動揺することなく。見られているというのに私たちにまったく眼中にもない様子で。ただただ二人だけの世界に入り込んでいるご様子。
『ほんとうに好きなの!だいすきなの!』
『嬉しいわ小絃ちゃん。私も同じ気持ちよ』
『いっぱいすき、いちばんすき、琴ちゃんだーいすき!』
『私も、小絃ちゃんの事……世界で一番好きよ』
琴ちゃんに抱きつくだけに飽き足らず、聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうようなことをペラペラ言い放つ『もしも』の私。
小学生のくせに随分ませたこと言っちゃって……まあ、でもこれくらいなら微笑ましい——
『そう、だいすきなの…………一人の女として、性的に』
「ちょっと待てや『もしも』の私」
小学生とは思えない発言に、ストップを入れる私。ませてるってレベルじゃねーぞこいつ……!?
「ちょっと母さん!?なんか変な事言い出してんだけどこいつ何なの!?」
「何って……見ての通り『琴ちゃんと年齢が逆転した世界』のあんたそのものだけど?」
「嘘でしょ!?」
い、いやまあそりゃ自分が性欲に忠実なのは認めるよ?どんな世界にいたって、私が琴ちゃんに欲情しちゃうだろうなって事はわかるよ?
でもさ……いくらなんでも小学校の頃の私はまだ純粋だったと思うんだけど!?こんなませたエロガキじゃなかったと思うんだけど!?
『ふふっ……ダメよ小絃ちゃん。そういうのはもっと小絃ちゃんが大きくなってからね』
『だいじょうぶ、だいじょうぶだよ琴おねえちゃん!愛さえあればねんれいなんてかんけいないよ!』
「いや関係あるだろバカ!?」
危うい事を言いながら高校生の琴ちゃんに迫り、琴ちゃんが強く拒絶しない事を良い事に服まで脱がせようとする『もしも』の私。ちょ、ちょちょちょ……これはマズいだろ流石に……!?
「母さん!今すぐシミュレーター止めろ!これ絶対壊れてるでしょ!?」
「失礼ね。壊れてなんかないわよ。琴ちゃんと年齢逆転してたら、あんたは間違いなくこうなってたわ。何せ昔のあんたと琴ちゃんのデータを元にしてシミュレートしているんだしシミュレーターの精度は相当高いハズだもの」
昔の私と琴ちゃんのデータを元にした……!?そんなバカな……!?
「じゃあ何さ!過去の私たちを参考にしたって事は……つまり琴ちゃんがちっちゃかった時は、琴ちゃんってすでに高校生の私に欲情してたと!?こんな感じだったと!?それはいくらなんでも違うでしょ!?ね、琴ちゃん!琴ちゃんも言ってやってよ!こんなのは間違いだって!」
「…………(フイッ)」
「……って、あれ……?な、なんで琴ちゃん視線を逸らすの?なんで頬を染めてるの……?」
琴ちゃんに一緒に反論して貰おうとしたけれど、何故か琴ちゃんは目を逸らし……気まずそうに赤く染まった頬をかいている。……ち、違うよね……?あの頃から琴ちゃん……私を性的に狙ってたとか……そういう感じじゃないよね……?
とりあえずこれ以上は倫理的に色々マズいものが見えそうだ。シミュレーターを強制終了する事に。
「さてさて、面白いものも見れたところで。次は誰がどんなシミュレートをしてみる?」
「もう誰もしねーよバーカ!もう帰れ!!二度と来んな!!!」
「……あ、あの……小絃さんのお母さん……もし良かったら……一つ見てみたい『もしも』があるんですけど……」
「「え?」」
と、母さんに帰れコールをしていると。おずおずと紬希さんが遠慮がちに母さんにそんな事を言い出したではないか。つ、紬希さん……あれだけ酷い目に遭わされてまだ母さんの実験に付き合ってくれると言うんですか……!?か、考え直したほうが……
「勿論OKよー!どんな『もしも』が見たいのかしら?」
「えと……その……」
「……?どしたの紬希?」
どういう『もしも』を見たいのか問われ、一瞬あや子の方を見て逡巡する素振りを見せる紬希さん。けれど……数瞬の内に覚悟を決めた表情を見せ。意を決して母さんにこんな事を頼み込んだ。
「……あ、あや子ちゃんが……」
「え?私?私がどうしたのよ紬希……?」
「『もしもあや子ちゃんが、私と出会わなかったら』って『もしも』を見せてください……ッ!」
「…………は?」
そんな紬希さんの一言に、あや子は顔面蒼白になって固まる。
「…………ちょ、ちょちょ……ちょっと……待って。待ちなさい紬希…………?ど、どどど……どうしてそんな……誰もしあわせにならにゃいような……『もしも』を…………?」
面白いくらいにガタガタ震えて動揺しながら紬希さんの意図を聞くあや子。間抜けに取り乱すこのアホの姿は見てて面白いけれど……確かに不思議だ。どうして紬希さんはそんな『もしも』が見たいんだろうか?
「……だって……いつだって、私は不安なんです。いつも考えていたんです。もしかしたら……あや子ちゃんは、私と出会わなければ。私以外の他の人がいたら…………今よりももっと幸せだったんじゃないのかって」
「紬希……あんた……」
「「…………」」
なるほど、そういう意図があってあんな『もしも』が見たいのかと思いつつ。琴ちゃんと思わず顔を見合わせる私。うーむ……このアホが紬希さん以外の誰かと……ねぇ?
「試すような事をしてあや子ちゃんには申し訳ないと思います。でも……でも私、知りたいんです……!で、ですから……どうかお願いします!」
「はいはーい。そんじゃその設定で試してみましょうか」
紬希さんの必死の願いに、母さんは即座に了承してシミュレーターを起動する。けど……私と琴ちゃんは確信していた。シミュレーターなど使わなくてもあや子のアホが紬希さんと出会わなかった場合の末路を。
固唾を呑んで見守る紬希さん、そんな紬希さんを複雑そうな顔で見つめるあや子の前に。再び立体映像で『もしも』のあや子が現れる。そんな彼女は私と琴ちゃんの予想通り——
「って、なんでさっきと変わってないのよ!?」
手錠に繋がれ、虚ろな目をしていた。うん、やっぱり。そうなんじゃないかと思ってたよ。
「ちょ、ちょっと!?待ちなさい!?紬希と出会わなかったって設定じゃなかったの!?なんでこの『もしも』の私までさっきの10年後の私と同様に手錠に繋がれているのよ!?」
「え、あの…………えっ?あ、あのぅ……『もしも』なあや子ちゃん……?ど、どうして手錠で繋がれているんです……?」
自分の『もしも』の姿が認められずに、先ほど同様に取り乱すあや子。この『もしも』をお願いした紬希さんもまさかの姿に動揺し、何故手錠をしているのか問いかける。
『……あら、可愛いお嬢さん初めまして』
「え、えっ?は……初めまして……?」
「そりゃ初めましてになるわよー。だってこのあや子ちゃんは『紬希ちゃんと出会わなかったあや子ちゃん』なんだし」
「あ、ああそうでしたね…………え、ええっと。その、初めまして。紬希と申します。そ、それでそのぅ……改めてお聞きしますけど……あや子ちゃ……いえ、あや子さんは……どうして手錠をしているんですか?それも……やっぱりオモチャの手錠なんですか?」
そんな紬希さんの問いかけに、『もしも』のあや子は遠い目をしながらこう答えた。
『ふふ……貴女みたいな可愛い子の質問ならどんなに恥ずかしい事でも答えてあげなきゃね。これはね紬希ちゃん』
「は、はい……」
『…………正真正銘、本物の手錠よ。ちょっとドジって可愛い女の子に可愛らしいイタズラしただけで……おまわりさんに目を付けられちゃって……』
「ホントに、何やってんのよ『もしも』の私ぃいいいいいい!!!??」
あや子の絶叫が木霊する。うん、知ってた。紬希さんと出会っていればこそ『紬希さんと結ばれて紬希さんの尻に敷かれる』or『警察に厄介になる』の二択の運命だったあや子だ。その紬希さんと出会わなければ、必然『警察に厄介になる』運命しかこのアホには残っていないわけで。
「何道を違えてんの!?なに間違いをやらかしてるの!?バカじゃないの『もしも』の私は!?」
『違うわ、別の私。間違っているのはこの世界そのものよ。ちょーっと女児たちと触れ合っただけで通報される世の中なんて……これは何かの間違いよ……』
「間違ってるのはあんたの存在そのものよバカ!?」
自分自身と醜い言い合いを繰り広げる
「でも良かったですね紬希さん」
「え?あ、あの……小絃さん?良かったって何がです……?」
「不安になる必要なんてありませんよ。見たでしょう?紬希さんに会えなかったこのアホの末路を」
「あ……」
紬希さんもちゃんとわかってくれたはず。このアホの性癖と性欲を受け止めて、そして犯罪に走らないようにきちんと管理するなど……世界中どこを探しても紬希さんだけしかいないと言う事を。つまりこの根っからのロリコン性犯罪者予備軍を幸せに出来る人は紬希さんしかいないわけで。
「紬希さんしかこのロリコン犯罪者を幸せには出来ないって証明されたんです。どうか自分に自信を持ってください」
「小絃お姉ちゃんの言うとおりだよ。大丈夫、心配しなくて良いんだよ。だって本当に紬希ちゃんとあや子さんはお似合いだもん」
「は、はい……!」
私と琴ちゃんのそんな励ましに、紬希さんはちょっぴり目に涙を浮かべながらも心の底から嬉しそうに返事をしてくれた。うんうん、紬希さんの不安が解消できて良かった良かった。
「あんたらなにちょっと良い話風に終わらせてんのよ!?私に取っちゃ、ちっとも良い話じゃないんだけど!?」
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