70話 もしもシミュレーション使用中(未来琴ちゃん編)

「……認めん、認めんぞ……あんな……琴ちゃんのヒモな未来なんて……」

「紬希の尻に敷かれる私って……あり得ないわ……私のキャラじゃないわ……」

「えー?小絃もあや子ちゃんも、二人とも妥当な未来だと思うけどー?」

「「どこが!?」」

「うぅ……私に成長する未来は無いなんて……酷いです、あんまりです……」

「いやいや、凄いわよ紬希ちゃん。まさかあたしの作ったシミュレーターをもってしても観測出来ない『もしも』があるなんてね。とっても貴重なサンプルデータだったわ、誇っていいわよ」

「誇らしくないですよぅ……!?」


 母さんのトンデモ装置の実験に付き合わされた私とあや子と紬希さん。案の定と言うべきか……全員散々な結果を突きつけられる。くそぅ……こうなるだろうって事は予測出来たはずなのに……


「さて、お次はお待ちかね。大本命の琴ちゃんの番ね!お待たせ琴ちゃん!」

「あ、次は私ですか?」

「させるかぁ!」


 愛しい大切な従姉妹の琴ちゃんにまで伸ばそうとする母さんの魔の手を全力で払う私。このBBA……!琴ちゃんを巻き込もうとするんじゃないよ……!


「ちょっと小絃?なんで邪魔するのよ」

「邪魔するに決まってんでしょうが……私、あや子、そして紬希さんの3人の惨状を見て何も思わないの?」

「思わない」

「このマッドサイエンティスト母め……人の心がないのか」

「ねー琴ちゃん。琴ちゃんも実験に参加したいわよねー?皆楽しい思いをしてるのに自分だけ仲間はずれだなんて寂しいわよねー?」


 ほほぅ?楽しい思いね……どうやら母さんの目にはそこでしくしく泣いている紬希さんとあや子が楽しい思いをしているように見えているらしい。やはり人の心が無いようだ。


「琴ちゃんも自分の色んな『もしも』の姿を見てみたいよねー?小絃に、色んな自分を見て欲しいって思うわよねー?」

「……お姉ちゃんに、色んな自分を……見てもらう……」

「えぇい!妙な甘言で琴ちゃんを惑わそうとするんじゃない!もう十分実験には付き合ってやったでしょうが!とっとと帰れ!二度と来んな!琴ちゃんも、こんなBBAの話なんか耳貸さなくていいんだからね!」


 悪魔の囁きで琴ちゃんを誑かそうとする母さんを引き離す。これ以上の犠牲者はもうたくさんだっての。


「……あの、小絃お姉ちゃん」

「ん?なぁに琴ちゃん。どうかしたのかな?」

「お姉ちゃんは……私の『もしも』……見たくない?未来の私とか……興味ない?」


 と、琴ちゃんを守るべく母さんに威嚇しているところで。琴ちゃんは愛らしくも私の袖をそっと引いてそんな事を聞いてきた。琴ちゃんの『もしも』が見たくはないのかって?

 ハッハッハ、何を言うか琴ちゃんは。そんなの——


「めっちゃ見たい」

「お義母さん、今すぐ実験を開始してください。設定は皆さんと同じく10年後の私で」

「おっけー!そう言ってくれるって信じてたわ琴ちゃん、そして小絃!」

「あっ……!?」


 思わず自分の欲望の赴くがまま、素直な気持ちで答えてしまうと。琴ちゃんは迷いなく母さんの実験に参加する意思を表明する。し、しまった……余計な事言っちゃったかも私……


「琴ちゃん、本気!?考え直した方がいいよ!どうせ碌な目に遭わないんだから!」

「だってお姉ちゃんが見たいって言ったから」

「そりゃ見たい!見たいけど……でもわざわざ母さんの実験に付き合うなんて!琴ちゃんも知ってるでしょ!この人の実験に付き合う事が、どんなに危険な行為かって!」

「良いの。覚悟は出来てる。……それに……私もちょっと気になる事あったからね」


 気になる事……?それって一体……?


「よーし、琴ちゃん。今から出てくるわよー、未来の琴ちゃん」

「……はい、お願いします」


 琴ちゃんの考えが読めずに首を傾げる私をよそに、母さんは設定ささっと終えて即起動しやがった。起動と同時に立体映像に映された未来の姿の琴ちゃんが現れる。


「…………はわ……」


 ……その瞬間、私は言葉を忘れ。ただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。


 目の前にいるのは間違いなく琴ちゃん。けれども、それは『琴ちゃん』と呼ぶにはあまりにも……大人なお姉さまだった。

 ただでさえ超絶タイプな理想的な大人の女性に成長している琴ちゃんだったのに、その10年後は今以上に綺麗なお姉さまへと成長を遂げていて……何と言ったら良いのだろうか。艶があるっていうか……色気ムンムンで……見ているだけでドキドキしちゃって……い、いや勿論言うまでもないんだけど、今の琴ちゃんが劣っているとかそういう話じゃないんだよ?でも……10年後の彼女は今とはまた違う魅力が溢れ出ていて……それがあまりにまぶしくて……


『……ん?ここは…………ああ、そっか。10年前に呼び出されたのね私』


 と、そんな風にぽーっと未来琴さんを眺めていると。彼女はゆっくりと目を開けて周囲を伺い始める。


「へぇ……琴ちゃんって10年後だとそんな感じになるのね。今でも十分だってのに、こりゃまた更に別嬪さんになっちゃって」

「琴ちゃん……すっごい綺麗です……いいなぁ、私もこんな風に成長したかったなぁ……」

『あら。貴女たち、10年前のあや子さんと紬希ちゃんね?懐かしいわ。ふふ……二人とも若いわね』


 実際に10年後から呼び出しているわけじゃなくて、あくまでもシミュレーションとして無駄に設定を凝った母さんにそういう設定を組み込まれているだけなのに。本当に10年後から来たような風でもの凄くリアルな反応をする未来琴ちゃん。


「(……なんか不思議な気分。10年も昏睡状態だった私的には今の琴ちゃんがすでに未来の姿みたいなものなのに、更にその10年後の姿を見る事が出来るだなんて……)」

『そして——ふふふ……ほら、そこ。そんなところに立ってなんかいないで……こっちにいらっしゃい』

「は、はぅ……!?」


 そんな事を考えながら部屋の隅っこでこっそりあや子たちと話をしている未来琴ちゃんを見つめていた私は、その未来の彼女と目と目が合う。そのまま彼女はクスクスと妖艶な笑みを浮かべながら。私に向かって手招きして、『おいでおいで』と静かに伝えてきた。

 ドキマギしながらも誘われるがままに恐る恐る未来の琴ちゃんの側へと駆け寄る私。そして……


『きゃー♪懐かしい、10年前のじゃないの』

「ふぇえええ……!?」


 近づいた途端、未来の琴ちゃんは私にガバッと覆い被さるように思い切り抱きすくめてきたではないか。突然の、超絶美人なお姉さまからのご褒美ハグに私の身は竦み動けなくなってしまう。

 ……あ、いや勿論相手はホログラムなんだし……ハグと言っても形ばかりで触れられるわけでもないから実際ハグしているワケじゃ無いんだけど……それでも、こんな急接近されたら……そんなめちゃくちゃ綺麗なそのお顔で迫られたら……その、困る……!凄く困る……!


「あ、あの……!琴ちゃ……琴さん……!?な、なに……を」

『あらあら。『琴さん』だなんて他人行儀ね。昔みたいに『琴ちゃん』って呼んでよ』

「い、いやでも……そそそ……そんなの、恐れおおくて……」

『私と小絃の仲でしょう?気にしなくていいのに。寧ろ……いつもみたいに『琴』って呼び捨てにしてもいいのよ』

「いつもみたいに!?呼び捨て!?」


 ちょ、待って……待ってくれ。未来の私は琴ちゃんを『琴』って呼び捨てにしてやがんの!?お、おまけに……琴ちゃんまで私の事をナチュラルに『小絃』って呼び捨てにしてくれてるし……


『そうよ。10年後の貴女は……二人っきりの時、私の事を『琴』って呼んでくれるの。甘い声でこんな風に……小絃は愛の言葉を添えて私の名前を囁いてくれるの』

「あ、あの……琴ちゃ……」

『ね。小絃、ちょっと試しに私を琴って呼んで』

「え、えっと……その……」

『琴、だよ。ほら呼んで』

「こ、こ……琴…………ちゃん」

『……ふふ。まあ、今の小絃にしては頑張った方かな。じゃあ頑張ったご褒美あげなきゃね』

「ひゃぅん!?」


 何やら親密さを窺える未来の自分と琴ちゃんの関係に戸惑う私。そんな私にお構いなしに、未来の琴ちゃんは耳元で艶っぽい声で囁きつつ……ふーっと息を吹きかけてきて……


『……可愛い声。可愛い反応。やっぱり10年前からお耳弱いのね小絃は』

「あ、の……くすぐったいん……です、けど……」

『ごめんね。いつもならいっぱいキスしてあげたり……色んな事もしてあげられるんだけど。今日は小絃に触れられないし、これが精一杯。……でも大丈夫、直接触れることが出来なくても……小絃を愛でる方法はいくらでもあるわ。大人の私が、それをじっくり……教えてあげるから』

「う、くぅう……」


 耳元でキスするようにちゅっ、ちゅっ……と唇を鳴らし。緩急を付けて息を吹きかける。耳穴を犯すように唾液を絡めた舌を動かして水音を響かせつつ、『小絃、小絃』と囁き続ける低音ボイスが私を昂ぶらせる。

 やばい……これは……マジでやばい。実際にはそこにいないはずなのに……立体映像のはずなのに……声だけで腰砕けになる。蕩けちゃいそうになっちゃう……


「や、やめ……これ、以上は……!」

『ふふ……まだよ。ここからが良いところじゃない。さあ小絃……そのまま私に全て委ねて——』


 このままじゃあや子のアホや紬希さん、母さん。……そして他でもない琴ちゃんに醜態を晒す羽目になる。本当はもっと堪能したいというそんな気持ちを死ぬ気で抑え込んで、どうにか未来琴ちゃんの天国のようなハグから逃れようとしたところで……


「——はい、そこまで。もう用は無いからさっさと消えて。未来の私」

「「「『え?』」」」


 唐突に、未来琴ちゃんの姿がかき消される。あ、あれ……?


「た、助かった……?」


 あれ以上の事をされずに良かったような。も、もうちょっとだけ堪能したかったような……そんな複雑な気持ちだけど……とりあえず当面の危機は去ったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろす私の前に、現代の……本物の琴ちゃんがトテトテとやってくる。


「お疲れ様小絃お姉ちゃん。ごめんね、未来の私がお姉ちゃんに迷惑かけちゃったね」

「こ、琴ちゃん……」

「安心して。もう呼び出した用事は済んだし、お姉ちゃんを誑かす——もとい、困らせる10年後の私はこの私が責任をもって抹消——じゃない、お帰り頂いたから」


 そう私を安心させるように優しい天使みたいな笑顔で、なんか微妙に怖い事を言う琴ちゃん。どうやら琴ちゃんがシミュレーターのスイッチを切ってくれたらしい。


「あのぅ……琴ちゃん、もう良かったの?」

「ん?もう良かったって……紬希ちゃん、何の事?」

「何か未来の琴ちゃんに聞きたい事があったんじゃない?確か『ちょっと気になる事あったから』って琴ちゃん言ってたよね」

「ああ。そう言えばそうね。琴ちゃん良かったの?折角の機会だったわけだし、もっと色々聞いておけば良かったでしょうに」


 紬希さんとあや子が琴ちゃんに私が聞きたかった事を代わりに琴ちゃんに聞いてくれる。結局琴ちゃんったら自分で呼び出しておきながら未来の自分と一言も話していないような……?これじゃあ何のために呼んだのかわからないよね。


「大丈夫、ちゃんと目的は完遂したから」

「目的って?と言うか、そもそも琴ちゃんは何を知りたかったの?」

「何をって……決まってるよお姉ちゃん。だけど?」

「ああ、なるほど性癖ね。…………ん?せいへ……ん、んん?」


 一瞬スルーしかけたけど……何?何だって?


「未来の私なら私が知らないお姉ちゃんの性癖も熟知してるだろうなと思って泳がせてみたけど……泳がせておいて正解だった。あの反応から察するに……どうやらお姉ちゃんは『耳舐め』と『呼び捨て』にかなり弱いみたいだね。お姉ちゃんが耳弱いのは前々からそうなんじゃないかって疑ってたけど確信に変わったよ。これで心置きなくお姉ちゃんに試せるね。それに加えて……まさかお姉ちゃんが『呼び捨て』に弱いとはね。これは凄く大きな収穫だった。流石の私もお姉ちゃんを呼び捨てにするのは……ちょっと抵抗があるから今から練習する必要があるけれど。呼び捨てでお姉ちゃん喜んでくれるなら、私……お姉ちゃんの為にも頑張るね!」

「……えっと」


 琴ちゃんはさっきの私と未来の琴ちゃんとのやりとりを分析し、冷静に考察を述べてくる。琴ちゃんや。その聡明な頭脳を、私の性癖分析なんかに使わないで欲しいと思うんだがね……


「てかさ、それにしたってわざわざ分析なんてしなくても。それこそ小絃の性癖なんて直接未来の琴ちゃんに聞けば早かったんじゃないの?なんで聞かなかったのよ琴ちゃん?何なら今からもう一度呼び出して、もっと根掘り葉掘り聞き出せば面白いのに」

「…………」

「ん?琴ちゃん?」

「…………あれで良いんですよあや子さん。下手に自分自身と話をすると同族嫌悪で殺し合い——じゃなかった、喧嘩になっちゃいそうなので。知りたい事も知れた事ですし、あの私は用済みです」

「……そ、そう……」

「…………(ブツブツブツ)まったく……所詮触れる事が出来ない立体映像だから良かったけど……純粋無垢なお姉ちゃんにあんな……あんな事を……お姉ちゃんを染めて良いのは私だけなのに……」

「…………(ボソッ)ね、ねえ紬希?なんか琴ちゃん……表面上は穏やかだけど、なんだかめちゃくちゃ不機嫌に見えるのは私の気のせいかしら?」

「…………(ボソッ)気のせいじゃないよ。そりゃ不機嫌にもなるよあや子ちゃん。自分以外の誰かが大事な人とイチャイチャしてるのを見るのは誰だって嫌だもの。例えそれが自分の未来の姿だったとしてもね」

「…………(ボソッ)あ、ああなるほど……琴ちゃん、自分自身に嫉妬とかレベル高いわね……」


 ……?なんかあや子と紬希さんが琴ちゃんを見て何やら囁いているように見えるけど……何なんだろうか?

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