63話 プールサイドで休憩中(小絃お姉ちゃんの場合)

 鈍った身体に活を入れるべく現在プールでリハビリ中の私。悪友あや子の指導の下、ほどほどに身体を動かして。今は一旦休憩の為プールサイドに上がっている。


「——小絃お姉ちゃん、体調はどう?リハビリは辛くない?あんまり無理しちゃダメだからね」

「気を遣ってくれてありがと琴ちゃん。でもお姉ちゃんは大丈夫だよ」


 プールから上がると、私を待ってくれていた琴ちゃんからいたわりの言葉を送られると共に熱烈で甲斐甲斐しいお世話を受ける私。ハハハ、琴ちゃんは本当に心配性だなぁ。


「本当に大丈夫……?お姉ちゃん無茶し過ぎるところがあるから心配だよ私。さっきもあんなに鼻血を出してたじゃないの」

「……いや、あの……あれはそういう感じのじゃないからホントに大丈夫だよハハハ……ある意味健康すぎて溢れ出ているだけのものだから……」

「健康すぎて出血多量で貧血になるってどう言うことなの……?」


 困ったね……『琴ちゃんの水着姿が麗しすぎて興奮しすぎて出したものです』とは言えない空気。ごめんよ琴ちゃん、キミのお姉ちゃんは別の意味で病気だわ……

 ちなみにそんな琴ちゃんは、紬希さんから『小絃さんの命に関わるし。今は何も聞かずにコレを着ててね琴ちゃん』という実に的確なアドバイスを受けパーカーを着込んでくれている。お陰で大胆な肌の露出は減り、琴ちゃんの艶やかな水着姿も直視せずに済んでいる私。


「(……まあ、パーカー姿の琴ちゃんも……これはこれでめちゃくちゃエロいんだけどねー……)」


 ちらりと隣に寄り添う琴ちゃんを眺めながらふと思う。……いや、寧ろ冷静になって考えたらパーカーだからこそエロいのでは?だって考えてもみなよ。あのパーカーの下には扇情的で大胆なビキニをあの琴ちゃんが着ているんだよ?あのパーカーの下で成長した琴ちゃんのダイナマイトボディが私を待ち構えているんだよ?そう思うと……


「って、お姉ちゃん!?ま、また鼻血!鼻血出かかってる!」

「おっといかんいかん……またも私の中のリビドーが溢れてきちゃったわ」


 ……ちょっと油断したらすぐコレですよ。我ながらホントダメダメ過ぎる……


「そ、それより琴ちゃん。琴ちゃんは泳がないの?」

「え?私?」

「うん。プールに来たっていうのに琴ちゃん全然泳いでいないでしょ」


 これ以上変に琴ちゃんを不安にさせないように。そしてこれ以上鼻血を出さぬように。話題を変えて琴ちゃんに気になっていたことを問いかける私。今日ここに来てからずっと、私のリハビリをプールサイドで見守っていたり私の(鼻血の)お世話をしているだけの琴ちゃん。それだけじゃ退屈じゃ無いのかな?


「もしかしてリハビリに来た私に悪いと思って泳いだりしてないとかじゃない?だったら気にしないで、紬希さんと一緒に遊んでていいんだよ」

「ああ、なんだそんな事?……んーん。いいのこれで。私は見ているだけで楽しいし」

「……むぅ」


 折角のプール、折角の水着なのになんだか勿体ないなぁ……


「…………(ボソッ)それに……泳ぐならやっぱり……」

「……?琴ちゃん?」

「あ、そうだ小絃お姉ちゃん。プールと言えば、昔もお姉ちゃんと一緒に市営プールとか海とかに行ったりしたよね」

「え?……ああうん。行った行った。楽しかったよねー」


 琴ちゃんに言われて思い出す。いやはや懐かしいなぁ。10年前は琴ちゃんママたちに琴ちゃんを託されて、色々琴ちゃんを連れ回したりしたっけ。


「……ふふふ。ねえお姉ちゃん、覚えてる?私と海に行った時の事」

「海?んーと……海も結構な数琴ちゃんと行ったと思うけど、どの時だっけ?」

「私が、

「…………うぇ?」


 わ、私が……この私が琴ちゃんを怒った……?え、ちょ……待って……いつの時だそれ……!?身に覚えがなく動揺する私に、琴ちゃんはクスクス笑いながら話を続けてくれる。


「あの時はちょうど……海に溺れたヒロインが主人公に人工呼吸をしてもらうドラマをやっててさ。そのドラマに悪影響を受けた私が……『こうすればお姉ちゃんとキス出来る……!』とか勘違いしちゃってね。お姉ちゃんの前で溺れたフリをしたんだよね」

「あ、あー……なんか思い出してきたかも……」

「その時のお姉ちゃん……凄い必死の形相でさ。大慌てでライフセイバーさんとか救急車とか呼ぼうとしててね。私それにビックリして思わず溺れたフリするの忘れちゃって、お陰でお姉ちゃんに溺れたフリがバレて……その後もの凄く怒られたんだよね。お姉ちゃんに怒られるの初めてだったし、叩かれたことだって初めてだったし、あんなに怖いお姉ちゃんを見るのも初めてで。私思わず泣いちゃったんだよねー」

「…………そ、そういう事もあったね……」


 なんだか楽しそうに話す琴ちゃんを尻目に私はちょっと萎縮する。今思うと……可愛い子どものイタズラだったのに、私ったら大人げなく怒り過ぎだったかもしれない……


「……あ、あの……琴ちゃん……あの時はホント、ごめん……流石に叩いたり泣かせちゃうくらい怒るとか、お姉ちゃん失格だよね……叱るにしてももっと良い方法があったかもしれないのに……」

「え?……ああ、違う違う。怒られたことを気にしてるんじゃないの。あの時怒られてよかったって話。冗談にならない事はしちゃダメだって、ちゃんと勉強になったからね」

「で、でもさぁ……」

「それに……」


 そう言って琴ちゃんは私の肩に頭を預けて嬉しそうに笑って。


「それに……寧ろ怒られて本当に嬉しかったよ」

「嬉しかったって……怒られたのが?」

「うん。あの時私……すっごくお姉ちゃんに大事にされているんだなってちゃんとわかったんだもん。お姉ちゃんに愛されているんだなって実感できたんだもん。嬉しいに決まってるよ」

「ぁぅ……」


 ……どうしてこの子はこう……恥ずかしい事をあっさり言えちゃうのかね……聞いてるこっちが恥ずかしくなるよホント……


「ね、お姉ちゃん。もうちょっとお姉ちゃんのリハビリが進んだらさ。また一緒にプールに行ったり海に行ったりしようね。やっぱり私……折角泳ぐならお姉ちゃんと一緒がいい。その時までは泳ぐのは我慢しておくからさ」

「……はいはい了解。それじゃあ折角この前買った琴ちゃんのその水着が無駄にならないように。今年中には必ずリハビリ終えて、プールでも海でも好きなところ連れて行ってあげるって約束するよ」

「うん♪楽しみにしてるねお姉ちゃん!」


 ……琴ちゃんの期待に応える為にも。リハビリもこれまで以上に頑張らなきゃね。



 ひそひそ……



「ん?」


 と、胸の中で決意を新たにしていると。何やら妙な視線と一緒にヒソヒソと声が聞こえてきた。なんだなんだと辺りを見回すと、プールに来ていたお客さんたちが私たちに視線を送りながらコソコソと何やら話をしているではないか。


「(あれ?見られてるの……私か?)」


 てっきりプールに佇む琴ちゃんがあまりにも可憐だからナンパ目的で琴ちゃんに視線を送っているんじゃないかと一瞬警戒モードに入る私だったんだけど。どうも注意深く様子を探ってみると見られているのはどう言うわけか私の方らしい。

 不思議に思いながらもお客さんたちを目が合うと、みんな気まずそうに慌てて私から視線を逸らしているのが見えた。あの感じ、もしかして……


「あー……そかそか。この身体だもんなぁ……そりゃビックリもするわ」


 あの反応でようやく合点がいった。どうやらあの人たちはこの傷だらけの身体にビックリしているみたいだ。水着を選んでくれた琴ちゃんの絶妙なチョイスで、事故に遭った時に出来た生々しい傷は大分隠れているけれど……それでも隠しきれない傷もあって。

 特に額に出来ている大きな傷は否が応でも目に入ってしまうだろう。今日はリハビリの邪魔にならないように髪まとめるせいでデコ出ししちゃっているしね。


「…………あの人たち」

「ん?どしたの琴ちゃん?」

「……ごめんなさい、小絃お姉ちゃん」

「へ?な、何が……?」


 と、納得したところでどうしたことか琴ちゃんに突然謝られる私。え?なに?何に対して謝られたんだ私は……?って言うか琴ちゃん……なんか怒ってない?


「お姉ちゃんも気づいたでしょ。あの人たちの視線」

「あ、ああうん。まあ見られているなーってのはわかるけど……それがどうかした?」

「……その傷……私は、とても素敵だって思ってる。お姉ちゃんの美しさは、傷があろうが無かろうが……ううん、傷があるからこそ更に美しさが増しているって思っているくらい。だってそれは……小絃お姉ちゃんが私を守ってくれた証だから。とても誇らしいものだから」

「そ、そう?あはは、照れるなぁ」

「でも……」


 そこまでうっとりと私の傷について語っていた琴ちゃんは、不意に陰りを見せつつこう続ける。


「それはそれとして。やっぱり……事情を知らない人たちに、お姉ちゃんが悪く思われたり変な目で見られるのは……良い気分はしないなって。あの人たち……何も知らないくせに、お姉ちゃん指さして……変な噂立てて……そういうの、凄く嫌だなって」

「……あー、なんだそういう事?」

「うん。……だからその……ごめんなさいお姉ちゃん。お姉ちゃんは悪くないのに……私のせいなのに。……嫌だよね、変な目で見られたりするのって」


 一体何を怒ったり悲しんだりしているのかと思ったら。やれやれ……全くこの子はいつまで経っても気にしすぎなんだよなぁ……


「あのね、琴ちゃん」

「……はい」

「私は気にしてないから大丈夫。というか……そもそもさ、仕方ないところもあるからね。こんだけ大きな傷……初めて見る人たちは驚いてつい注目しちゃっても無理はないでしょ」

「でも……!」


 珍しく私の意見に反論しようとする琴ちゃんの頭を撫でつつ制する私。


「大丈夫だって。私、ずっと言っているでしょ。この傷は私にとっては名誉の勲章だって。……他の誰にどうこう言われようが知った事じゃないよ。自分自身がこれを誇らしく思っているならそれで良いの」

「お姉ちゃん……」

「そ、それに……ね。その……何と言うか……ええっと」

「……それに?」

「…………好きな人が、好きでいてくれる証みたいなものだから……他の誰でもない、好きな人からこの傷が素敵だって思われてるなら……それで十分に幸せだなって……自分の良さは、好きな人だけに知って貰えてたら……それで良いかなって……さ」

「……ッ!お、お姉ちゃん……!」


 ……あ、あはは。流石にちょっと恥ずかしい台詞だったかな?でもここまで言わないと琴ちゃんは納得してくれそうにないもんね。

 そこまで言うと、琴ちゃんはなんだか先ほど以上にうっとりした顔になって。そのまま感極まった様子で私にぎゅうっとハグをしてくる。


「……えへへ。わかったよ。お姉ちゃんがそう言ってくれるなら……私も気にしない」

「そ、そうね……それはなによりね……それよりあ、あの……琴ちゃん?そんなに引っ付かれると……は、恥ずかしいんだけど……」

「……だめ?」

「だ、だめじゃ……ないけどぉ……」


 そう、だめじゃない。だめじゃないけど……私がダメになりそうで怖い。パーカー越しでも色々当たっちゃってるし……なんかすっごい良い匂いがするし……ああ、マジでダメだ……また鼻に血が昇ってきてるわ……クールだ、クールになれ私……


「…………(ボソッ)そうよね……お姉ちゃんの良さは、私だけが知っておけば良いんだよね。傷のお陰でお姉ちゃんを独占出来るなら……それで良いよね……♡」


 鼻血の衝動を必死に抑えていたせいで。琴ちゃんがこっそり呟いた言葉は私には届かなかった。

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