62話 小絃お姉ちゃんリハビリ中
いつものように成長した琴ちゃんに見事に悩殺され。いつものように出血多量で死にかけ。そしていつものように琴ちゃんと紬希さんに蘇生されて。なんとか一命を取り留めた私、音瀬小絃。
折角プールに来たというのに水の中に入りもせず。危うく入院生活に逆戻りする羽目になりかけたけど……どうにか(鼻血が)落ち着いたところでようやく本日のメインイベント。水中リハビリが始まった。準備運動を終え、10年ぶりのプールへと恐る恐る入る私。そんな私の手を取って、私に付き添い一緒にプールに入ってくれるのは勿論——
「ほら小絃、とっとと中に入りなさい。ただでさえどこぞのバカが水の中に入る前からトラブル起こしたせいで時間が押してるんだし、グズグズしてたらいつまで経ってもリハビリ始められないじゃないの」
「…………がっかりだよ畜生」
「何をいきなり人の顔見るなりため息と悪態を吐いてんのよこのバカは……!」
——勿論愛しの麗しき我が妹分の琴ちゃん……ではなく。見飽きた長年の悪友あや子だった。
「この流れなら普通、琴ちゃんでしょ!?私のリハビリに付き添ってくれるなら断然琴ちゃんでしょ!?折角琴ちゃんが来てくれてるのに!折角琴ちゃんが水着着てくれてるのに!あや子なんてお呼びじゃないんだよ!帰れ!そして代われ!」
「まだ言うかこの変態は……!何度も言うけど私だってお断りよ!何で仕事の時まであんたの世話をせにゃならんのか……!」
「そう思うんだったら代われよぅ!今すぐ琴ちゃんと代われよぅ!」
今日も仲良くあや子とどつきあい、そして罵り合う。私&あや子とか誰得なんだ……これほどまで互いに利害が一致していないペアというのも珍しいのでは無かろうか。
「私だって嫌なんだから我慢なさい!我が儘言うんじゃないわよバカ小絃!」
「わ、我が儘だとぉ……?」
ふざけた事を抜かしおるわこいつ。そりゃ私だって子どもじゃ無いんだし、今日のこの状況じゃないならば『郷に入っては郷に従う』って言葉もあるとおり死ぬほど嫌だけどこのプールのスタッフであるあや子の言うことも素直に聞いていただろうさ。マジで死ぬほど嫌だけどね。
でもね……今日に限って言えば、これだけ抵抗するのは我が儘だけが理由じゃないんだよ!なにせ……なにせ……!
「…………(ブツブツブツ)小絃さん……私もあんな風に……小絃さんみたいに……あや子ちゃんと一緒に……」
「(紬希さん……圧がやばいっす……)」
あや子は気づいていないのか、プールサイドで私とあや子を見つめる紬希さんのあの強烈な嫉妬心を……!?紬希さんの殺意にも似た嫉妬心溢れる射刺す視線を浴びながらリハビリしろとか無理ゲー過ぎと私思うの。紬希さんの心情的にはさしずめ『あや子ちゃんがお仕事頑張ってる姿は見たいけど、他のオンナとイチャイチャしているところは見たくない』ってところか。
あや子や、これはお前のためにも言っているんだぞ。悪いこと言わないから……マジで琴ちゃんと代わった方が良い。そうじゃなきゃ私も貴様も間違いなく色んな意味で良くない事になる。
「代われるならとっくに代わっているわよ。何せさっきから……どこかの変態の嫁が『…………そのポジションは……私の、私だけのもの……あや子さん代わって……かわって…………代われ……!』っておぞましい圧を背中越しにかけてきてるんだし、今すぐにでも代らせて頂きたいわよマジで」
「だったら……!」
「でもね小絃。仮に……あんたの言うとおり、私と琴ちゃんがチェンジしたとしましょう。その場合……どうなると思う?」
どうなるかだって?そんなの決まってる。私はハッピー、あや子もハッピー。琴ちゃんも紬希さんもハッピーでWin-Winじゃないか。皆が幸せになれるルートじゃないか。それの何が不満だって言うんだ。
「その様子だと全くわかっていないようね。だったらその矮小な脳を回して想像してみなさい。実際に琴ちゃんにリハビリを付き合って貰ったらどうなるのかを」
実際に、琴ちゃんにリハビリを……?
「まず補助として今私がやってるみたいに、琴ちゃんはあんたの手を引いて一緒にプールに入るわよね」
「そうだね」
「そのままプールの中でリハビリするわけだけど……補助する以上琴ちゃんはあんたの身体を支えたりもするでしょう」
「……ふむふむ」
「身体を支えるだけじゃ済まないかもよ。リハビリ内容によっては組んずほぐれつ絡み合ったり密着したりする羽目になる可能性だってあるわ」
「……なるほどなるほど」
言われた内容をそのまま想像してみる。琴ちゃんに手を引かれて、琴ちゃんに抱きつかれて、プールの中で琴ちゃんと熱烈指導される自分……実りに実ったダイナマイトボディを余すこと無く堪能出来ちゃう大胆な水着を装備した琴ちゃんに思いっきり密着される自分……
それって……
「想像したわね?それじゃあ改めて聞くけれど…………そんな事されて、あんたは正気でいられる自信はあるのかしら?断言してあげるけどんな事になったらこのプールが一瞬で血の池地獄へと変わるわ。ついでにあんたも死ぬわよ、出血多量で」
「それは間違いない」
想像だけでタラリと一筋の鼻血が流れかけて、慌てて私は鼻をすする。遠目で水着を着た琴ちゃんを視認しただけでプールサイドを赤く染めた私だ。直接琴ちゃんにそんな格好でご指導して貰ったら……考えるまでも無く、あや子の言うとおり出血多量で今度こそ天に召されかねないだろう。
「それ見たことか。言ってる側から……それも想像しただけで早くもダメじゃないの。……わかった?小絃と琴ちゃんペアじゃ色んな意味で許されないってことが。わかったならあんたは大人しく私とリハビリを……」
「あや子……お前は何もわかっていないようね」
「……は?」
「私が死如きを恐れるとでも?」
「バカでしょあんた。……ああ、ごめん。バカなのは元からだけど、この10年で更にバカになったでしょあんた」
だが……それがどうしたと言うんだ。女にはやらねばならぬ時もある。寧ろ琴ちゃんの胸の中で果てるなら本望よ。
「あんたの命なんざどうなっても良いんだけどね、あんたの血でプールを汚されたとあっちゃ知り合いの私まで上の人たちに怒られんのよ。最悪クビになりかねないのよ。わかったら大人しく言うこと聞きなさいバカ小絃」
「それを言うなら私だってアホのあや子がクビになろうが知ったこっちゃないんですけどー?」
「「~~~~~~~ッ!!」」
互いに胸ぐらをつかみ合い、取っ組み合いの喧嘩一歩手前になる私とあや子。そしてそんな私たちの様子をプールサイドで見ている二人はと言うと……
「(小絃さん……あや子ちゃんとあんなにイチャイチャして……羨ましい……)」
「(あや子さん……小絃お姉ちゃんとあんなにイチャイチャ……恨めしい……)」
相も変わらずアホな事をやってるお姉ちゃんズを、さらに嫉妬に満ちた目で優しく(?)見守っているのであった。
◇ ◇ ◇
結局最終的には『あんたの鼻血で琴ちゃんを汚すことになっても良いのかしら』とあや子に諭されて。渋々当初の予定通り、あや子のリハビリ指導を受けることに。
「はい、次はプールの縁に掴まって、上下に身体を動かすわよ。まず中腰になって」
「こ、こう?」
「そうそう。そのままゆっくりと上下にスイング。……ただ漫然とスイングするんじゃなくて常にお腹と背中を意識するの。やってみなさい小絃」
「わ、わかった」
……こう言っちゃアレだけど。正直かなりまともなリハビリでちょっとビックリ。いざリハビリが始まると、いつもみたいなおちゃらけたあや子はどこかへ行って。めちゃくちゃ真剣に指導してくれる。
結構付き合いは長いと自負してたけど……初めて見たわこいつのこういう真面目な姿。あや子もただのロリコンじゃなかったんだな……
「……なんかさりげにめちゃくちゃ失礼な事考えてないかしら小絃?」
「ハッハッハ。気のせい気のせい。それよりホラ。続き教えてよ」
「……まあ良いわ。次はその状態のまま左右に身体を揺らしなさい」
「ん、了解」
ともかくあや子も真剣な以上。こちらとしてもありがたく集中してリハビリに取り組ませて貰うとしようか。一分、一秒でも早く……身体を元の状態に戻したいからね。
「……ふむ、結構頑張るじゃないの小絃。ちょっと意外かも」
「は?何急に……」
なんて事をリハビリをやりながら考えていた私に。あや子の奴は急にそう言いだした。何が意外だって?
「いやー。小絃の見た目があの頃のままだからってのもあるけれど。私の中の小絃のイメージって高校の時のイメージが強く残っているワケよ。だからかな……あれだけ運動音痴で、運動嫌いで。体育の授業は何かと理由を付けてサボってた小絃が……割とキツいリハビリなのに嫌がらずに、こんなにも真面目に取り組んでるなんてね。ちょっと……いやかなり意外だったなって」
私に指導を続けつつ、あや子はそうしみじみ呟いてくる。うっさいなぁ……サボってたのはお前もじゃろがい……
「よっぽど早く身体治したいのね。……まあ、そりゃそっか。誰かさんとしてはちょっとでも早く元の身体に戻って。そして大好きなあの子をまた守れるくらい強くなりたいわけだしねー。いやぁホントに愛されてるわねぇ。よかったわね琴ちゃ——」
「それ以上言うなら、こちらにも考えがある。……琴ちゃんの水着姿を余すこと無く脳裏と網膜に焼き付けて。そしてこのプール一面を赤く染めるがそれでも良いかねあや子くん?」
「自爆テロはやめてちょうだい小絃……今のは流石に私が悪かったから……」
調子に乗って下手なことを言いかけるアホを必殺の一言で黙らせる。バカめ……血のり——もとい地の利を得た今日の私はいつも以上に有利だという事に今頃気づいたか。
「余計な事言ってないで次のリハビリに進んでよあや子。まだ30分くらいしかやってないでしょ」
「いや、一度プールから上がるわよ小絃。水の抵抗や水の中の運動量はかなり大きいから適度に休憩を挟まないといけないのよ。一旦休憩入れるわよ」
「ふーん、そういうものなの?んー……なら仕方ないか」
まだまだやれそうだとは思ったけれど。指導員にそう言われたら従うべきだろう。言われたとおりプールから上がることに。
「お、お帰りなさい小絃お姉ちゃん……お疲れ様…………スポーツドリンク持ってきたよ……あとタオルも……」
「あ、あや子ちゃんもお疲れ様です……あや子ちゃんの分も……あるからね……」
「……?ああうん、ただいま琴ちゃん。飲み物とタオルありがとね」
「……?えっと、助かるわ紬希。気が利くわね」
プールサイドに戻った私たちを、琴ちゃんたちがお出迎えしてくれる。……それ自体は嬉しい事なんだけど……あれれ?どうしたことだコレは……?
ついさっきまでは琴ちゃんも紬希さんも、どちらも嫉妬の炎で私たちを焼き尽くす勢いだったのに。いつの間にかその嫉妬の視線はどこへやら。今の二人は私たちを見るなりモジモジと。なんだか乙女のように頬を染めているように見えるんだけど……この数十分で何があったんだ……?
「あの……二人とも。どうしたのかな?」
「何で二人してそんなに顔赤くしてるの?風邪とかじゃないわよね?」
「「あぅ……」」
ちょっと心配になって二人に問いかける私とあや子。そんな私たちに二人ははにかみながらこう告げる。
「え、えっと……その。大した事じゃないんですが……」
「ですが?」
「お仕事してるあや子ちゃんって……その…………いつも以上に、とってもかっこよくて……小絃さんに嫉妬する余裕も無いくらい凜々しくて……」
「……へ?」
「その……えっと……端的に言うと……そういうあや子ちゃんに、見惚れてました……」
「…………ッ!」
嫁に素直に褒められて感涙を溢しながらガッツポーズをするあや子。そして一方の琴ちゃんはと言うと。
「わ、私も……その。紬希ちゃんと一緒で……さ」
「う、うん」
「一生懸命リハビリ頑張ってるお姉ちゃんが……とても輝いて見えて…………見惚れてたの……」
「そ、そう……え、えへへ……そっかぁ……見惚れちゃってたかぁ」
「あとついでに……」
「ん?ついでに?」
「…………水の中で上下に動いたりするお姉ちゃんが……その。何というか……こう言ったらお姉ちゃんに失礼かもしれないけど……」
「う、うん」
「すっごい……えっちで。ドキドキしてました……♡」
「…………そ、そう……」
琴ちゃんや。そこは見惚れるだけにしておいてもよかったと思うんだけどなぁ……
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