60話 職場見学第二弾、悪友に会いに行こう

 あのドタバタ職場見学から一週間が経過したある日の休日。私と琴ちゃんのお家愛の巣には、あのあや子のお嫁さんであり琴ちゃんのお友達である紬希さんが遊びに来てくれていた。


「——うん。良い感じ。大分動けるようになりましたね小絃さん。この調子なら、車椅子生活もあと一年で卒業できそうですよ。日々真面目に訓練されている成果が出ていますね」


 看護師をされている紬希さんから遊びに来たついでに私の身体を診て貰い、そんなありがたいお墨付きを頂く。10年寝たきりだった弊害で、長距離の移動には車椅子がほぼ必須だった鈍りきった私の身体だったんだけど。どうやらかなりマシになってきているようだ。


「何せうちの琴ちゃんに毎日献身的にお世話して貰ってますからね。一人だったらこうも順調にいかなかったと思います」

「私、大した事はしてないよ。小絃お姉ちゃんが一生懸命リハビリを頑張っている証拠だよ」

「いやいや謙遜しないで。琴ちゃんがいなかったら、多分今でも歩くことはおろか一人で立つこともままならなかったよ。いつもありがとね琴ちゃん」

「お、お姉ちゃん……そんな、感謝するのは私の方だよ……!お姉ちゃんが元気になってくれて私、本当に嬉しくて……!」


 それもこれも琴ちゃんが毎日のように私に(ちょっとスキンシップ多めな)リハビリをしてくれているお陰だろう。お礼を言うと感極まって私に抱きついてきた琴ちゃんの頭を撫でながら真に思う。退院した直後はお医者さまは『元通りの生活が送れるようになるまで最低でも一年以上はかかるだろう』と言われていただけに、まさかここまで回復出来るなんて自分でもビックリだ。ほんと、琴ちゃんには頭が下がる一方だわ。


「と、ところで小絃さん……ここで一つリハビリについてご提案があるのですが……」

「へ?提案?」

「は、はい……その、ですね……新たなリハビリを始めて見るのはいかがでしょう?」


 なんて考えていた私に対し、紬希さんがおずおずとそんな事を申し出てくる。新たなリハビリとな?


「ほ、ほら。小絃さんかなりリハビリも順調にいってるじゃないですか。短い距離なら立ったり歩いたりも一人で随分と出来るようになったじゃないですか。今のリハビリをじっくりと続けるのも悪くは無いと思いますが……ここまで動けるようになったわけですし、もう一段階上のリハビリに移っても問題無いと思うんです。新しいリハビリを始めれば、きっとすぐ元通り動けるようになりますし……も、勿論今よりも少しだけキツいトレーニングメニューになるとは思いますが、今の小絃さんなら十分に可能だと思うんです」

「は、はぁ……」


 穏やかな紬希さんにしては何故か珍しく熱く語ってくる。そんな彼女に若干圧倒されつつも、そこまで言われて考えてみる私。もう一段階上のリハビリか……確かに今のままのんびりだらだらリハビリしても目に見えてのリハビリの効果は薄いだろう。それよりも多少辛くとも効果的なリハビリに切り替えた方が、より早く元の身体に戻れるだろうし……

 私としても一日でも早く身体を元に戻して……琴ちゃんの手を煩わせる今の生活とはおさらばせねばと思っていたところだ。家の中でも外でも文字通り琴ちゃんにおんぶに抱っこな現状は、琴ちゃんのお姉ちゃんとしてはあまりにも情けないからね。


「(ボソッ)むぅ。私としては小絃お姉ちゃんを合法的にお姫様抱っこできる、私に頼らざるを得ない今の生活が幸せすぎるし……無理にリハビリなんてしなくても良いんだけどなぁ……」

「……?琴ちゃん、今なんか言った?」

「んーん、何でも無いよお姉ちゃん♡……それより紬希ちゃん。具体的に小絃お姉ちゃんにどんなリハビリをさせようとしているの?紬希ちゃんの事は信用しているし、無理なリハビリメニューにはならないとは思ってるけど……あんまりお姉ちゃんに無理はさせたくないんだけど……」


 まるで私の保護者のように。私以上に私の事を心配している過保護な琴ちゃんは、紬希さんにそんな疑問を投げかける。

 その琴ちゃんの疑問に対し、待ってましたとばかりに紬希さんは返答してくれる。


「よくぞ聞いてくれました琴ちゃん。小絃さんにお勧めのリハビリ療法…………ズバリ、プールです!」

「「プールで……リハビリ?」」


 なんでプール?


「実はね、プールでのリハビリってとっても効果があるんだよ。まず水の中だと浮力が働いて陸上の約10分の1の負荷で動くことが出来るから陸上でリハビリするよりも負担が少ないんだ。水が衝撃を吸収してくれるから、余計な怪我とかしなくて済むし、水圧が程よくかかって血流やリンパの流れが促進される。その上空気抵抗よりも水の抵抗って大きいからその分動けば筋力も持久力も付いて一石二鳥……まさにリハビリに最適なんだよ」

「へぇ……プールって凄いんですね」


 そこまで説明されて思い出す。そういや私も昔、故障したスポーツ選手や歩行訓練を必要な高齢者に対して水泳とか水中ウォーキングとかが利用されるってテレビとかでやってたのを聞いたことあったかも。


「も、勿論無理にとは言いませんが……そ、それで……いかがでしょう小絃さん?プールでのリハビリ……検討していただけませんか?」

「「……」」


 改めて紬希さんに問われて琴ちゃんと顔を見合わせる。一体どんな辛いリハビリかと身構えていた私だけれど、思ってた以上に簡単そうだ。これなら運動音痴な私でも楽しくリハビリ出来そうだし……


「私的にはアリだと思います。お試しでやってみても良いかもです」

「そだね。お姉ちゃんが無理なくリハビリ出来るなら……私も反対はしないよ。…………(ボソッ)それにプールって事は……あわよくば、合法的にお姉ちゃんの水着姿を拝めそうだし……」

「そ、そうですか!それは良かったです……で、でしたら早速明日にでも予約させていただきますね!」

「あ、明日!?え、ちょ……流石に気が早くないですか!?」

「ぜ、善は急げと言いますし…………今日明日しかお休みが無いですし……」

「ですが……流石に明日はちょっと……私、水着なんて持ってないですし……」

「それに関しては大丈夫だよ小絃お姉ちゃん。こんな事もあろうかと、ビキニもワンピースも競泳水着もスクール水着も。ちゃんと用意してあるから。当然、全部お姉ちゃんの体型にぴったりだから安心してね」

「ああ、なんだそういう事なら安心――って、いやちょっと待ってくれ琴ちゃん。何故キミはそんなものをナチュラルに用意しているのかね?」

「うふふ……楽しみだねお姉ちゃん!」

「いや、お姉ちゃんの話を聞いてちょうだいな琴ちゃん……」


 と、まあそんなこんなで紬希さんの提案の元、急遽プールでリハビリすることが決まったのであった。







「——ところで紬希ちゃん。さっきから気になってたこと……一つ聞いてもいいかな?」

「ふぇ?な、何かな琴ちゃん……?」

「お姉ちゃんのリハビリにプールを使うこと自体は別に良いんだけど……どうして紬希ちゃんはそこまでプールにこだわったの?」

「うぐ……!」

「あ。それは私もちょっと気になった。紬希さんにしてはなんか……やけに今回話を強引に勧めてたような気がしたんだよね。何かプールじゃないといけない理由でもあったりしたんです?」

「え、えと……そのぅ……」

「お姉ちゃんの言うとおり、もしかして何か別の意図があったりしない?紬希ちゃんが答えたくないなら別に無理に言わなくても良いんだけど……プールって事は、もしかしなくても……あや子さんと何か関係あったりするんじゃない?」

「っ!!!??ち、違……違うよ!?別にあや子ちゃんなんて関係無いんだからね!?……別に……その……せ、先週小絃さんが琴ちゃんが働いているところ見て楽しそうにしてたのが羨ましかったとか、私もあや子ちゃんが働いているところを見たくなったとか、でも何か尤もらしい理由が無いとあや子ちゃんの仕事場に顔出すなんて恥ずかしくて出来なくて……仕方なく小絃さんには悪いけど口実に使わせて貰ったとか…………そ、そういう感じのアレじゃ無いんですからね!?」

「「……あー、なるほど」」


 ああ、そういう事ね……そういやあや子ってスイミングスクールで働いているんだっけか。なるほど、だから私にプールを推して……

 語るに落ちちゃってるそんな紬希さんのいじらしい姿に、全てを察した私と琴ちゃんは思わず温かい目に。嘘を吐ききれない人って好きだわー、私。


「ほ、ホントに違うんですからね!?」

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