59話 小絃お姉ちゃんは私の嫁

「マコ先生、ありがとうございました。お陰でちょっとは吹っ切れました」

「いやいや……ぶっちゃけあんまり参考にはならなかったかもしんないけどねー。あくまでも私の意見なワケだし」


 料理の、そして人生と妹ラブの大先輩に道を諭されてモヤモヤしていた気持ちが一気に晴れた私。


「さっきも言ったけど、悩む事自体は悪い事じゃないからね。大事な人を想うが故に悩むって素敵なことだから。小絃ちゃんが従姉妹ちゃんのことを大切に思って、従姉妹ちゃんの為に何かしたいって一生懸命考えることは決して無駄なんかじゃないよ」

「……はい」

「でもまあ、それで悩みすぎて何も出来なくなっちゃ元も子もないわけで。話をまとめると出来ないから自分はダメ人間なんだーって無駄にへこんで何もしないよりも、出来ることを頑張る方が遙かにマシって話ね。……もしもこれから先、悩んで悩んで悩み抜いて。んでもってどうしようもなくなった今日みたいに私のとこまでおいで。人生の先輩シスコンとして、力になってあげるから」

「はいっ!」


 ……ここに来た時はどうなることかと思ったけど。本当に、良い先生に巡り会えた。ありがとうマコ先生。


「先生、私……先生みたいな立派な人になれるように……もっともっと頑張ります!日々精進して、昔みたいに……ううん、昔以上に頼れるお姉ちゃんになって。ゆくゆくは先生をも超える立派なお姉ちゃんシスコンになってみせますっ!」


 先生への感謝と共に。私は自分の決意を言葉にして口に出す。そんな私の決意宣言に、マコ先生はニヤリと笑い。


「うんうん、良い返事。そかそか、これは大きく出たなぁ。私を超えたいのかー」

「はい!」

「…………よく言った。その粋や良し。ならば遠慮は無用だね」

「……へ?」

「退院して日もそこまで経ってないって聞いてたし、まだまだ本調子じゃないから無理はさせられないって思ってたけど。それだけの覚悟があるんなら大丈夫だね。私以上のお姉ちゃんになりたいって言うなら……私も先輩として、全力で小絃ちゃんを鍛えてやらなきゃ」

「あ、あの……マコ先生……?」


 さっきの料理の鬼軍曹モードに瞬時に変わり、そんな恐ろしいことを言いだした。あ、あれ……?なんか私……余計な事言っちゃったのか……?


「さあ、休憩時間は終わりだよ小絃ちゃん!こっからは妥協ゼロで行くから……覚悟しておくように!」

「…………お、お手柔らかにお願いしまーす……」


 この後、何やらスイッチの入ったマコ先生は……料理だけでなく頼んでもいないのに掃除洗濯家事全般、果ては姉としての心構えに関する諸々の事まで。ホントに妥協ゼロでみっちりきっちり私に叩き込んでくれました。

 めちゃくちゃ疲れた……今日一日だけで相当姉としてスキルアップ出来た気がするから良いんだけどね。







 ……ところでだ。


『——マコ姉さま。うら若き乙女を……出会ったばかりの乙女を、みっちり個別指導されたというのは本当ですか?足腰が立たないくらいに、ヘトヘトにしたというのは本当ですか?……私というものがありながら……』

『こ、コマ……待って、コマは凄い誤解をしてる……事実だけを述べたらそれで合ってるかもしれないけど……コマが邪推するようなやましい事はコマに誓ってなにも…………あ、ちょ……ま、待ってコマ……!?ま、まだ私仕事が残ってて、それにここは仕事場で…………あ、やだダメおちついてコマ……こ、こういうことはせめて帰ってから……二人っきりの時に…………ひゃぁああああっんっ!!???』


 料理教室が終わって帰る間際。私や紬希さんが改めて今日のお礼を言う前に、光の速さで何者かに連れ攫われたマコ先生。直後、そのマコ先生によく似た嬌声?が料理教室中に響き渡ったんだけど……あれは一体何だったんだろう……?



 ◇ ◇ ◇



 ~Side:琴~



「…………こんなに遅くなっちゃった……!」


 みっともなくゼエゼエと息を切らしながらも、蹴破るように玄関を開けて帰宅する私。……現在時刻は19時……ああ、なんてことだろう。最悪だ。夕ご飯の時間を1時間もオーバーしてしまっているではないか。

 本来ならば、もっと早く会議を終わらせられるハズだった。何事もなければとっくに家に帰って……定刻通りにお姉ちゃんに手料理を振る舞えていたハズだったのに……


「会社に小絃お姉ちゃんがいたんだもん……集中なんてできっこないよ……」


 今日に限って言えば、全然会議に集中出来ず。進行に手間取ってしまい……結果こんなにも帰宅が遅れる羽目になっちゃった。

 だって、仕方ないでしょう?どういう理由があったのか全然知らないけれど……愛しのお姉ちゃんが私の働いているところ見に来てたって聞かされたら……集中なんてできっこない。


「…………いや、お姉ちゃんのせいにするとか何を最低な事言ってるのよ私……悪いのは、集中出来なかった私自身じゃないの」


 と、そんな言い訳をしようとした自分を慌てて戒める。……ホント、今日の私はダメダメだ。焦っているとはいえ、よりにもよって仕事が出来なかったのをお姉ちゃんのせいにしちゃうだなんて……


「……今から急いでお姉ちゃんのご飯作って……ああ、いや……まずはシャワーを軽くでもいいから浴びないと、こんなに汗だくでお姉ちゃんの前に立つなんてお姉ちゃんに失礼だし……でも、シャワーなんて浴びてたらお姉ちゃんをもっと待たせちゃうし……」


 ブツブツと独りごちながら廊下を駆ける。とにかく急いでお姉ちゃんに謝って……ご飯を作ってあげないと。お姉ちゃんもお腹を空かせて待っているハズだから。


「た、ただいま小絃お姉ちゃん……!」


 焦燥感にかられながらも、リビングのドアを勢いよく開ける私。そんな私の目に映ったものは……


「あ……お、お帰り琴ちゃん……」

「…………ほわ……?」


 一瞬、天使さまが私の前に舞い降りたのかと錯覚した。頭を振り、目を擦ってよく見てみる。そこに居たのは私の大好きな人。愛しの小絃お姉ちゃん。……あろうことかこの私がお姉ちゃんを一瞬でも認識出来なかったのには理由がある。


「(…………えぷ、ろん……ッ!!!小絃お姉ちゃんの、エプロン姿……ッ!!!!?)」


 小絃お姉ちゃんは……エプロンを着ていた。10年前のあの頃から変わらぬ、愛らしく美しい顔立ちによく似合う……ふりっふりでピンクのエプロンを着ていた。そのあまりのまぶしさ、神々しさは……まさに天界から舞い降りた私だけの天使さま。

 そのお姿を目に映しただけで、今日一日貯まっていた疲れとかモヤモヤが……一気に融けてなくなって……


「え、えと……琴ちゃんお仕事お疲れ様。も、もーちょっとで出来ると思う。お着替えして、シャワーでも浴びててきてね」

「は、はひ……」


 そんないつも以上の可愛さを振りまくお姉ちゃんは、ちょっとだけモジモジしながら私にそう指示を出す。お姉ちゃんに見惚れながら、今のこの状況がさっぱり読めない私はコクコクと頷くだけしか出来ず。

 言われるがままに着替えて、シャワーを浴びて。再びリビングに戻ってくる頃には。キッチンからとても食欲をそそる良い匂いがふんわりと漂っていた。


「グッドタイミングだね琴ちゃん。ささ、座って座って」

「う、うん……」


 お姉ちゃんに促され、私は自分のお席に座る。テーブルの上にはできたてホカホカの美味しそうなお料理が並んでいて……当然、私が作ったものではなくて……

 状況がさっぱり読めない私に。お姉ちゃんもエプロンを脱ぎ(ああ……勿体ない。写真に収めておくべきだった……)私の隣に座ってから……気恥ずかしそうに頬をかいて。


「あー、えっと。その……琴ちゃん。まずは謝らせて頂戴な。今日はホント、ごめんね」

「え……?な、なんでお姉ちゃんが謝るの……?」

「琴ちゃんに相談も無しに琴ちゃんの会社に来ちゃってさ。ビックリしたでしょう?嫌だったでしょう?」

「う、ううん!嫌じゃ無い!確かにビックリはしたけれど……嫌なわけ無いよ!で、でもお姉ちゃん?どうして私の仕事場なんかに来てたの……?」

「んーと……話せば長くなるんだけどね」


 そうしてお姉ちゃんは話してくれた。進路について悩んでいた事や、私に頼りっぱなしな現状を打破したくて紬希ちゃんやあや子さんに相談していた事。その二人から何かの参考になればと私の会社にアポを取ってお姉ちゃんを案内してくれた事……その全部を話してくれた。

 なるほど……そういう経緯があったんだね。これでようやくお姉ちゃんが会社に居た謎がわかったよ。


「それで……その。お姉ちゃんが会社に居た理由はわかったんだけど。それと……このお料理は一体なんの関係があるの……?」

「……うん。えっとね、結論から言うと……今の私じゃ就職も進学も当分先の話って事がわかってね。でも……一生懸命働いている琴ちゃんを見たら……私の為に頑張ってくれてる琴ちゃんを見たら……琴ちゃんの為に何か自分に出来ないかなって思って……」


 そんなの気にしなくて良いのに……お姉ちゃんの為に働いて、お姉ちゃんを支えることが何よりの私の幸せだから。


「そう思ってた矢先にね。私と同じ志を保つ人に会って……ちょっとしたアドバイスを受けたの。出来ることから頑張れば良いって。んでもってアドバイスついでに……色々な事教えて貰ってさ。その集大成が……これってわけ」

「…………と言うことは、もしかしてこの料理って……!?」


 まさかとは思ってた。ちょっとだけ期待もしていた。でも…………まさか……本当に!?これ……小絃お姉ちゃんの手料理って事!?


「あ、あはは……い、一応そういう事になるかな。お仕事している琴ちゃんの為に。ちょっとでも負担を減らせたらいいなーって思って……今日一日、お料理教室で修行してきたんだ」

「……」

「でも、ダメだね。所詮は付け焼き刃。超一流の先生から教えて貰ったけど……基本も基本のお料理しか作れなくてね」

「…………」

「一応味見もしたし……食べられると言えば食べられるものにはなんとかなったけど。でも普段からお料理している琴ちゃんには到底及ばないと思うんだよね。そ、それでも良ければ…………って、琴ちゃん?聞いてる?もしもーし?」

「…………(ぽろぽろぽろ)」

「ッ!?琴ちゃん!?泣いてるの!?


 気づけば私は、瞳から大粒の涙をこぼしていた。お姉ちゃんを心配させたくなんてないのに……それでも耐えきれず、大泣きしていた。

 ごめん、ごめんねお姉ちゃん……でも、これはちょっと……無理だよ。耐えられないよ……こんなのってさ……


「どうしたの!?どっか痛いの!?病院行く!?きゅ、救急車呼ぶ!?」

「ちが、違う……違うのお姉ちゃん……」

「違う?違うって何が……」

「…………うれしいの」

「へ?嬉しい……?」


 お姉ちゃんが……私を想って。私の為にお料理してくれるなんて……嬉しすぎて涙止まんない……これ以上のご褒美なんて存在しないでしょ……

 私がお姉ちゃんの為に稼いで働いて……お姉ちゃんがお家を守って私の為に家事をしてくれる……これはもう、一言で言うとまさにアレだよね。


「正真正銘……小絃お姉ちゃんは私の嫁と言っても過言ではないよね……!」

「過言です」


 この後嬉し泣きしながら食べたお姉ちゃんの手料理は、それはもう……今まで食べたどのお料理よりも美味しくて。とっても幸せな味がしました……♡

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