56話 新たな変人現る
『——小絃さんの悩み、ここでなら解消するきっかけが掴めると思う。騙されたと思って行ってみると良い。私の親友で、そして料理の師匠がそこにいるから』
琴ちゃんの上司さん、麻生さんからそんな助言を与えられ。言われるがまま紬希さんと共にやって来たのは……とある料理教室だった。
……いや、なんで?進むべき将来について悩んでて……それを解消するきっかけが、料理教室にあるってどういうこと?わからない……麻生さん、私に料理でも覚えろとでも言いたいのか?
「うーむ……ホントに一体どう言う意図があって、麻生さんは私をここを紹介してくれたんでしょうね。ね、紬希さん?」
「…………」
「……あれ?あ、あのぅ……紬希さん?」
「…………(ブツブツブツブツ)ま、まさか……そんな、本当に……立花先生の教室に参加出来るなんて……ど、どうしよう……こんなことになるなんて……私……心の準備がまだ……」
「つ、紬希さーん?」
そしてわからないと言えば。私の付き添いをしてくれていた紬希さんの様子もわからない。
この料理教室に入ってからなんだか急に様子がおかしくなってしまった紬希さん。私が声をかけても耳に入ってこないくらいめちゃくちゃ緊張しているのか、しきりに深呼吸をして落ち着こうと必死になっている。これはまるで、ずっと憧れてたアイドルに初めて会いに来た少女みたいな反応じゃないの。
……麻生さんといい紬希さんといい……いったいここに何があるって言うんだ……?
なんて、私が首を傾げていると。一人の女性がこの教室に入ってきた。
「(…………な、なにこの子……?)」
現れたその人は、一言で言うと……もの凄く特徴的な見た目をしていた。体つきは私の隣に居るあや子曰く合法ロリな紬希さんと同じくらい……いいや、身長だけなら寧ろ紬希さんよりもちっちゃい小学生くらいの子で。けれども紬希さんと違うのは…………その。身体の一部が……すごく、でかい。具体的に言うと……胸が。ここにいるどの女性よりも大きいのである。巨乳を超えた爆乳でミニマムサイズな女の子……こういうのを確かトランジスタグラマーって言うんだっけ?
そしてそんな特徴的な見た目が霞んで見えるほどに、彼女は奇抜な格好をしている。ここは料理教室で、今から料理をするわけだし。エプロン姿なのは何もおかしくはないのだが……問題は、そのエプロンにデカデカと『妹愛』と書かれていたり。料理するのに全く必要ないと思われる『妹しか勝たん』と書かれた襷を掛けていたり。そしてエプロンの下に着ているTシャツは、所謂推しTシャツと言えばいいのか……彼女にそっくりな大人の女性の写真がプリントされていたりと。
私が言うのも何だけど……ハッキリ言ってとてつもなく変な子だった。
『『『きゃぁあああああああああ♡』』』
『マコちゃん、マコちゃーん!!!』
『マコせんせー!!!こっち向いてー!!!』
そんな個性的すぎる彼女の登場に。周りは引くどころか何故か教室中が湧き上がる。私以外の全員が歓声を上げて、ハートが飛び交う始末ときた。
あろうことか紬希さんまでもだ。
「な、なんなのあの子……それになんなのこの盛り上がりは……?」
「えっ……!?もしかして知らないんですか小絃さん!?あの先生のことを……!?」
すみません、全然知りません……
「超売れっ子な料理研究家で、料理のレシピ本を何十冊も出してはそのほとんどがベストセラーになってる凄い人なんですよ!あの通り、愛らしい容姿をなさっているのでテレビにもよくお呼ばれされていますし!雑誌にも…………あ……ちょっと待ってて下さいね……ああ、良かったちょうど持ってきてた……!ほら、見てください小絃さん!この通り、立花先生ってこういう雑誌にもインタビュー記事が掲載されちゃうくらいの有名人さんなんですよ……!」
「は、はぁ……そうなんですね。ええっと……ず、随分紬希さんは尊敬しているんですね。あの人の事を……」
「そりゃあ勿論!だって……だって!あの先生のとってもわかりやすいお料理本があったから、あや子ちゃんの胃袋を掴むことが出来ましたし!先生のお書きになったエッセイにも勇気を頂きました!それに何よりも、あの先生方の頑張りのお陰で……女の子同士でも…………ふ、ふふふ……ある意味先生のお陰で、私も……あや子ちゃんと結婚が出来たわけですし……♡嗚呼……夢みたい……憧れの立花先生の教室に……こんな形で踏み入れられるなんて……いつか直接会って、是非ともお礼を言いたいと思っていましたから……!」
普段はとても落ち着いている紬希さんにしては珍しく興奮気味に、雑誌を見せたり身振り手振りを使ってまで私に詳しく教えてくれる。こんな紬希さん始めて見たわ……
って言うか……え?えっ?ちょっと待って欲しい。あの子が……先生!?この雑誌に載っけられてる情報が正しいなら……あの子の歳、私の実年齢とほぼ変わらなくね……!?嘘でしょあの見た目で成人してんの!?小学生とかじゃなくて!?
「——数ある私の料理教室の中でも。花嫁修業コースを選択した皆さんです。ある程度の覚悟はあるものと判断した上で……講義を始める前に一つ言わせてください」
唖然とする私、そして熱狂する教室中の女の子たちの視線を一身に受けながらも。話題の彼女は堂々とその豊満な胸を張り。教壇に立って、開口一番こう切り出した。
「『料理は愛情』……良い言葉ですよね、私も好きな言葉です。ですがここにいる皆さんは……まさかとは思いますが。言葉の意味をはき違えて使っている人はいませんか?その言葉を免罪符にして、愛情さえ注げばどんなことをしてもいい……そんな風に考えてはいませんか?」
あれだけ騒いでいた教室も。この先生の語りに一瞬で静まりかえる。
「『愛をたぁっぷり込めたから、きっと好きな人も私の手料理を食べてくれるはず♡』そんな甘い考えで……禄に腕も磨かかぬまま手料理をお出ししてはいませんか?適量を適当と勝手に解釈したり、普通の料理じゃ満足してくれないだろうと味見も無しにおかしなアレンジをしたり、あまつさえトンデモ手料理作って無理矢理食べさせて。そして好きな人を生命の危機に陥れたりはしていませんか?」
そこまで語ると先生はふぅ……とため息を吐き。そしてクワッと目を見開いて、更に言葉を紡ぐ。
「それは唾棄すべき考え、頭お花畑です!料理の基本概念を学ばぬ者に、手料理を好きな人に出す資格なし!わかっているんですか!?好きな人に食べて貰う料理なんですよ!?適当に作って美味しいって思って貰えるわけ無いでしょうがッ!アレンジぃ?そんなもの、基礎中の基礎が完璧に出来てからの話ッ!味見もせずに好きな人に料理を出すな!味覚に自信が無いのなら、分量計ってちゃんとレシピ通りに作りなさいッ!『愛情込めたから大丈夫、イケル!』と何一つ根拠の無い理論で、好きな人を命の危険に晒すようなもの作るんじゃない!あんたそれ、ホントに好きな人の為に作ったのかって言いたくなるわ!!?」
ぜぇぜぇ……と息を切らしながらもそんな料理に対する自身の考えを熱弁する先生。
「良いですか?真の愛情とは、相手を思いやってこそ生まれるもの。そして料理とは、食べてくれる人あってのもの。食べてくれる人のことを思い、その人のために精進する……それこそが『料理は愛情』というものだと、少なくとも私はそう考えています」
「……なるほど」
そんな先生の引き込まれる語りに思わずなるほどと唸ってしまう私。うーむ……これは……ちょっと認識を改めなくてはいけないかもしれない。この人、格好とかはアレだけど……まともだ……凄いまともな事を言ってる。
まあ、あの麻生さんが太鼓判をおして紹介する人なんだし、まともじゃないわけ——
「そう、愛です。料理とは愛する事なのです。……例えるなら最愛の、宇宙一ラブリーぷりちーな最愛の双子の妹を愛でる時のように!その全てを愛するのです!食材は勿論の事、調理器具に至るまで愛でるのです!妹の珠のお肌に触れるように繊細に食材を扱うんです!それでいて妹とベッドで愛を確かめ合う時のように大胆に食材と調理器具をぶつけあうんです!行為が終わってイチャイチャとベッドの中でお互いに身体を拭きあいながらピロートークする時のように丁寧に調理器具をケアするんです!そして妹と——」
「…………」
前言撤回。やっぱこの人、格好も考えもまともじゃないかもしれない。……なんで良い話の途中で急に脱線した?料理の話、どこ行った?どうして今私は顔も知らぬこの人の妹への愛を、妹の素晴らしさを語られている?なんで私以外の他の誰もが先生の話にツッコミを入れようとしない?
「——と、まあ軽く私の持論を語らせて貰ったところで。そろそろ時間も惜しいので料理教室を始めさせていただこうと思います。それでは皆さん、本日もよろしくお願いしますね」
そんな私の疑問は晴れぬまま。30分近く料理とは全く無関係な妹論を熱弁した先生は、達成感あるとてもキラキラした素敵な(?)笑顔を振りまいてようやく料理教室を始めてくれる。
や、やっと終わった……長いよ……どこが軽くだよ……
「……さーてと。とりあえずいつもの皆さんは、前回の復習をやって貰うとして……今回初めての二人には、ちゃんと挨拶しとかなきゃだよね。えーっと……確か。伊瀬紬希さんに……音瀬小絃さん、だったよね?」
「は、はいっ!い、伊瀬紬希です……!お、お会いできて光栄です……っ!」
「あー……えと。音瀬小絃って言います。麻生さんから紹介されて来たんですけど……」
他の受講生たちに簡単な指示を送った後で。長話&無関係話に憔悴しかけている私とキラキラした目で先生を見ていた紬希さんの元へと駆け寄ってきた先生。
「うんうん。話はヒメっちから聞いてるよ。初めましてだね。ここのお料理教室の先生をやらせて貰っている……立花マコです。今日はよろしくね二人とも!」
そうして、人懐っこい笑みを浮かべて。先生は私たちに握手を求めてきた。
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