53話 琴ちゃんの頼れる上司さん

 ~小絃お姉ちゃんがお姉さま方に可愛がられていた時の琴ちゃん~



『…………ハッ!?い……今、私の小絃お姉ちゃんの身に大変な事が起きてるような……!?というか、すぐ側にお姉ちゃんがいるような……!?こ、こうしちゃいられない……!い、今行くよお姉ちゃぁあああああん!!!』

『はーい、琴ちゃん。どこへ行こうと言うのかしら。まだ仕事は終わって無いわよー』

『は、離して下さい加藤課長!?お、お姉ちゃんが……お姉ちゃんが私を待っているんです!』

『はいはい、そうねー。大好きな小絃お姉ちゃんがお家で琴ちゃんを待っているわねー。それじゃあそのお姉ちゃんに会うためにも。ちゃちゃっと仕事終わらせないとねー』

『違います!お家じゃなくて、今この場に……この会社にいる気配がするんですっ!この会社で今まさにピンチになってる気配がするんですっ!』

『琴ちゃん、そんなてきとーな事言って逃げ出そうったってそうはいかないわよー。溜まった仕事を片付けるまでは逃がさないからねー』

『う、うぅぅ……わ、私のお姉ちゃんセンサーに間違いなんて無いはずなのにぃ……!』



 ◇ ◇ ◇



「そっかそっか。貴女が例の小絃お姉ちゃんね」


 麻生姫香さん。そう名乗った彼女は琴ちゃんの直属の上司さん。バリバリ仕事出来そうなクールビューティで……正直に言うと、かなり私の好みにストライクなお方だ。


「え、えっと……な、何か?」

「ああ、ごめんごめん。ジロジロ見ちゃって。音羽が言ってた通りの優しそうなお姉ちゃんだなって思って」

「は、はぁ……」


 そんな美人さんからまじまじと、まるで値踏みされているように私は見つめられてしまい思わずタジタジに。

 うぅ……この人、よりにもよって琴ちゃんにちょっと似てるから……見つめられると変に緊張しちゃうなぁ……


「音羽から聞いてるよ。まだ退院してそう日も経っていないんだって?悪いね、今一番大事な時期だろうに仕事で音羽を借りちゃってさ。今日はどうしても音羽に来て貰わないといけない仕事があってね」

「い、いえ!こちらこそうちの琴ちゃんがお世話になって…………あ、あの……麻生さん!」

「……ん?何かな小絃さん」

「琴ちゃん……私のお世話しなきゃいけないって事で、かなり長期間お仕事を休ませてしまっているじゃないですか。ほ、本当にごめんなさい……!あんなにお仕事休ませてしまって……琴ちゃん大丈夫でしょうか……?もしも琴ちゃんが休んでしまってるせいでご迷惑をおかけしているなら……私から琴ちゃんに職場復帰するように言ってみようと思いますので……」

「ああ、なんだその事か」


 琴ちゃんの直属の上司さんなら、やはり琴ちゃんが私の為に仕事を休む羽目になっている事に思うところもあるかもしれない。そう思いひとまず頭を下げて謝ってみる私。

 けれど麻生さんは静かに首を横に振り。


「いいのいいの。小絃さんが心配するような事は何もないよ。必要な時は今日みたいに日程を決めてちゃんと仕事して貰っているし。それに最近はテレワークとかでも仕事可能だから。あいつの場合、優秀で仕事早いから今のところ何も問題はないよ」

「そ、そうですか……良かった……」


 そう私に言ってくれた。この反応を見る限り、嘘じゃないっぽい。理解ある職場、理解ある優しそうな上司の元で琴ちゃんが働いているってこれだけでもわかって……正直かなり安心しちゃう。


「……寧ろあの子の上司としては。小絃さんの存在はとても助かってるよ」

「へ……?わ、私……ですか?」

「そう。小絃さん」


 なんて琴ちゃんの姉貴分としてホッとしていると。何故か麻生さんはそんな事を言い出して。……待て、何故そこで私の話が出てくるんだ……?助かってるとは……?


「小絃さんのお陰で、音羽は表情豊かになったんだよね。こう言うと貴女の大事な妹分をバカにしてるって聞こえるかもしれないけどさ。あいつも人間だったんだなって思えてさ」

「……?琴ちゃん、いつでも朗らかによく笑うイメージなんですけど……」

「それはあくまで最近の話。……入社したての頃とか特に酷かったんだよね。仕事は出来るけどとにかく無愛想。淡々と与えられた仕事をする……ちょっと前までは機械みたいな印象だった」

「そうですね、私も……最初に琴ちゃんに会った時はそういうイメージでした」

「そう……なんです……?」


 麻生さんはおろか琴ちゃんの友人である紬希さんも、口をそろえてそう告げる。んー……なんか全然そういう想像ができないんだけどなぁ……


「けどね。最近は……音羽って凄くいい顔して仕事出来るようになったんだよ。何と言うか、凄く生き生きして毎日がとても楽しそうでさ。そういう態度だと職場内の印象も変わって仕事もやりやすくなるんだ。……急に明るくなるもんだから、気になって上司として音羽に話を聞いてみたんだよ。そしたらね——」


『……ずっと好きだった。大好きだった従姉妹が……私を命がけで守ってくれたお姉ちゃんが。10年の時を経て目を覚ましてくれたんです。私を一人にさせまいと、絶望的な状態から戻ってきてくれたんです……!』


「——って。心底嬉しそうに話をするんだよ」

「そ、そうですか。琴ちゃん、お外でもその話他の人にしてるんですね……」

「上司として、ずっとあいつの事心配してたんだ。だってあいつ、いっつも死んだ魚の目をして仕事してたんだもん。どうにかしてやりたいと思いながらも、情けない事にどうすることも出来ない問題でね。正直頭抱えてたんだけど……それを、小絃さんが解決してくれた」


 そして麻生さんは、きゅっと私の手を取って


「だから……小絃さんには本当に感謝してるんだ。ありがとう、あいつを救ってくれて」

「はぅ……」


 優しい表情で私に感謝の言葉を送ってくれるのであった。そんな麻生さんの笑顔に、不覚にもドキッとしてしまい……

 あ……ち、違うからね琴ちゃん!?ちょ、ちょっとだけキュン……ってなっちゃったけど。これは別にそういう感じのアレじゃないからね……!?なんて、心の中で浮気がバレた時の言い訳みたいな事を思わず叫んでしまう私。


「……っと。ごめんごめん。話が随分脱線したね。今日は職場見学に来てくれたのに何の話をしてるんだってなるよね」

「い、いえ大丈夫ですはい……」

「それじゃ早速職場見学に移ろうね。……あ。そーいや、あいつは小絃さんと紬希さんが今日ここに来てること知ってるの?」

「いいえ。琴ちゃんにビックリさせようと思って。琴ちゃんにはナイショで来てます」


 紬希さんのそんな一言に、麻生さんはニヤリと笑う。


「……ほうほうなるほど。それは良い考えだ。ねえ小絃さん。職場見学に来てくれた理由の半分は、仕事中の真面目なあいつの姿を見てみたくて来たんでしょう?」

「えっ……あ、はい。そういう目的もあったり……しますね」


 と言うか。職場見学は二の次で。主にそっちがメインだったりする。


「それじゃあ折角だし、ビックリさせるためにも仕事が落ち着くまではナイショにしておこう。その方が面白そうだし……それに何よりも」

「……何よりも?」

「あいつ……仕事は出来るんだけど。小絃さんの事になると…………ちょっとアレな状態なるからね。小絃さんが来てるって知ったら、絶対仕事にならないだろうから」

「「あー……」」


 琴ちゃんに悪いと思いつつも。麻生さんの一言に紬希さんと一緒に納得してしまう。でしょうね……



 ~一方その頃の噂の琴ちゃん~



『は、離して下さい加藤課長!!!い、いいい……今なんか強力な恋のライバルが出現した気配が!?小絃お姉ちゃんが私以外の誰かにときめいちゃってるようなそんな不穏な気配が……!?お、お姉ちゃんは誰にも渡さない、渡さないんだから……!』

『はいはーい。だからそういうのはお仕事終わってからするようにねー』



 ◇ ◇ ◇



「さて。それじゃまずは真面目に職場見学しようか」

「は、はいっ!よろしくお願いします……!」


 ひとまずは琴ちゃんが現在仕事中の場所を避け。それ以外を案内して貰うことに。


「……?なんか小絃さん、表情硬いけどどーかした?大丈夫?」

「職場見学と聞いて緊張なさっているんですよ。小絃さん。来る前にも言いましたがリラックスです」

「ありゃ、そうなの?……別に緊張なんてしなくて良いよ。ここではどういう仕事してるのかとかを見て貰うだけだし」

「と、言われましても……」

「まあ、気持ちはわからんでも無い。私も……実言うと中学時代にさ。今の小絃さんと同じようにここの会社に職場見学をしに来たことがあってね」

「え……そ、そうなんですか!?」

「とある理由で何としてもここの会社で働きたくてさ。職場見学を志願したわけだけど……当日は確かに緊張したよ。『会社の人に気に入られなかったらどうしよう』とか『志望動機を上手く言えなかったらどうしよう』とかドキドキしてたなぁ……」


 すみません、別にここの会社に働きたくて来たわけでもないし。志望動機なんて考えてすらいないんですけど私……?

 と言うか……中学時代……!?麻生さん、そんな時期から職場見学を……!?私とは色々と気合いが違いすぎる……


「けどそういう心配なんてする必要なかったよ。マナーも覚えたり予習として会社のリサーチとかもしてたけど見学の時はそういうの全部必要なかったんだ。就職活動とはまた違ってたし。余計な事考えずに純粋な興味で見て回った方が有意義だったもの」

「そういう……ものですか」

「そういうもの。折角貴重な時間を割いてまで、うちに見学しにきてくれたならさ。最後はやっぱり『楽しかった、この会社で働いてみたくなった』——そういう気持ちを持って帰ってほしいからね」


 ……確かに。余計な事考えすぎてる感はあるかもしれない。麻生さんみたいないい人がいる職場なんだ。悪いところじゃないってさっき理解したはずだろうに。私ったら琴ちゃんの仕事場だからって何を緊張しているのやら……


「それじゃあ小絃さんに楽しいって想って貰えるように。楽しい場所を重点的に案内してあげようね。さ、行こうか小絃さん。紬希さん」

「「はーい」」


 そんなわけで。紬希さんに車椅子を押して貰いながら先導してくれる麻生さんの後をついていくことに。

 アパレル関係の職場、それも他ならぬ琴ちゃんのお仕事先なだけあって。会社内はとても明るく清潔でお洒落な場所だった。そんな中を麻生さんは丁寧に説明してくれる。


「ここがショールーム。開発中のものとか売り出す予定の服や下着を展示している場所だよ。商品をお客様たちにお披露目する場所……って言えばいいのかな」

「ふへー……素敵な服もえっちい下着もいっぱいですね」

「あっちが執務エリア。商品の企画をしたり開発したり販売をどうするのかを考えるところ。今日は別の仕事を任せているから居ないけど……音羽も基本はここで仕事してるよ」

「へぇ……!ここで琴ちゃんが……!仕事中の琴ちゃんってかっこいいんでしょうね……!実際に見るのが楽しみです!」

「そこが社内食堂。身内びいきするようでアレだけど、どれもこれも超美味しいよ。社員だけじゃなくてお客さんのためにも解放してるから、あとで一緒に食べようか」

「おぉー!それは期待大ですね!」

「そしてここが役員室。常務の居る部屋で、別名『私と母さんの愛の巣その2』。主に私が母さんと愛し合う時に使う部屋だね」

「なるほどー…………ん?」


 …………ちょっと、待って。今なんか……変な説明入らなかった?


「ごめんね小絃さん、紬希さん。そんなわけでちょうど良いからちょっとだけ……母さんに挨拶してくるよ」

「へ!?あ、あの麻生さん……?」

「5分で済ますから……待っててね。それじゃ……」



 バタン!



 そう言って麻生さんは、にっこり笑顔でそのまま役員室へと入っていく。置いて行かれた私は、ただ呆然と見送るしか出来なかった。

 …………え?いや、え……え?何?なんか、ついさっきまで凄い常識人だったのに。突如人が変わったみたいにおかしな事言ってなかったか麻生さん……?わ、私の聞き間違い?と言うか……母さんって何の話……?


「あの……紬希さん……?麻生さん、急にどうしちゃったんですか……?母さんがどうのこうのって……」

「ああ、あれですか。琴ちゃんから聞いた話なんですけど。ここの会社の常務さんは、姫香さんのお母さんなんだとか」

「あ、そうなんですね。そっかそっかお母さんが…………いや、なら尚更おかしくありません……?」


 なんか麻生さん……愛の巣だの、愛を育むだのと言ってた気がするんだけど……?


「小絃さん。大丈夫。大丈夫ですよ。琴ちゃん曰く、あれはいつもの事らしいので。気にせずツッコまず目を閉じ耳を塞いで。気長に待つとしましょうね」

「は、はぁ……」


 暗に『下手に突くとやぶ蛇になるぞ』とその目で訴えてくる紬希さんの忠告をしっかり聞いて。とりあえず言われたとおり私は扉の前で待つことに。


『母さぁぁあああん♡会いたかったよ母さぁああああああん!!!!』

『え゛、ちょ…………ヒメ!?ば、バカ……今仕事ちゅ…………んんんっ!?!???だ、ダメだって!?さ、さっきも休憩時間の隙を見てあれだけチューしてやっただろ——ぁ、ん……♡って、こらぁ!?ヒメ一体どこ触って……か、帰ったらちゃんと可愛がってあげるからだから今は…………あ、あっあっ……だ、だめって……いってるのにぃ……!??』


 うん、まあ……アレだ。流石は琴ちゃんの仕事場だ。色んな意味で琴ちゃんに理解のある職場だってわかって安心したよ。

 …………別の意味で安心は出来そうに無いけど。さっきのお姉さま方といい、ここ……琴ちゃんの教育に悪すぎると思うのは私だけだろうか……?

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