52話 琴ちゃんのお仕事先はとんでもない魔窟でした
『琴ちゃんの職場へ、職場見学に行きませんか?』
将来について相談していた私……音瀬小絃は。悪友のお嫁さんである紬希さんに……突然そんな提案をされて。
「どうですか小絃さん。ここが琴ちゃんの働いている会社ですよ」
「…………え、ええっと……凄く、大きな会社ですね」
「ええ。あの優秀な琴ちゃんが働いているだけあって、かなり有名企業ですからねー」
その日のうちに私は紬希さんに車椅子に乗せられて。気づけばLilly☆Lingerieと記された見上げるほどの大きな会社の前で圧倒されていた。
こ、こんな立派な会社に……琴ちゃんが……
「あ、あのぅ……紬希さん?」
「あ、はい。どうしましたか小絃さん」
「ここまで来て何言ってんだって思われるかもですけど……ほ、本当に……見学するんですか……?い、いきなり見学とか……会社の方に凄く迷惑なんじゃ……」
「ご安心を。そう心配なさらずとも、私から会社の方へ見学させて欲しいとアポは取っています。『大歓迎です、いつでも見学してください』と快くOKを頂きましたよ」
「……そう、ですか……ははは……」
尻込みしてそれとなく『帰りましょう』と暗に伝えてみる私に、にこにこ素敵な笑顔で紬希さんがそんな頼もしいことを言い放つ。思い立ったらすぐ実行。いやぁ、行動力半端ないなぁ紬希さんは!……いやぁ、参ったね!ここまで念入りに退路を潰されたら…………逃げるに逃げられねぇ……!たすけて琴ちゃん……!?
あ、ちなみに紬希さんを御してくれそうなあや子はというと、『仕事行ってくるわー。紬希、このバカの事よろしくねー』と無責任に私を置いていってしまった。昔から肝心な時に頼りにならないなあいつは……!
「(ど、どうしよう……どうしよう……!?急に連れてこられたから何の準備もしてないんだけど!?私、当然のように職場見学とか初めてで何すれば良いのか全然わかんないんだけど!?)」
心の中でそんな泣き言を吐く私。洒落にならないくらいマジでやばい……心の準備もその他諸々の準備も何一つ出来てない……!琴ちゃんがどんな会社で働いているのかとか全然知らんし、もしも『どうしてこの会社を見学しようと思ったの?』とか志望動機聞かれても答えられないよ!?『知らないのに職場見学したいとかバカにしているのか』とか怒られるんじゃないのコレ!?
か、格好も……おかしくないかな!?い、一応私が持ってる服の中でもまともな物を着てきたけど、アパレル関係の職場なら当然着る物も見られるだろう。……いや、そもそも職場見学なんだしリクルートスーツ的なものを着て来るべきだったんじゃないのだろうか!?も、もしも常識知らずな私のせいで働いている琴ちゃんに恥をかかせる事にでもなったら……私は——
「大丈夫ですよ小絃さん」
「え……」
そんな私の動揺が伝わってきたのだろう。慌てふためき百面相する私に、紬希さんは優しく声をかけてくれる。
「職場見学と聞いて緊張されていると思いますが、そんなに身構えなくて大丈夫です。これはあくまで見学ですので。大変な面接があるわけでも、難しい試験があるわけでもなく。ましてすぐさま働くわけでもありません。もっと気軽に。寧ろこっちが『琴ちゃんが働くに相応しい場所か見極めてやる』くらいの気持ちで見学すれば良いんですよ」
「そ、そんな軽い気持ちで良いんですかね……?」
「良いんです。そもそも会社側の方が『自分の企業に興味を持って貰えると嬉しいな』ってドキドキしながら職場見学を認めているわけですから。そう緊張せずに、リラックスです小絃さん」
それは……そうかもしれないけど。それでもやっぱり会社の人に……何よりも琴ちゃんに。迷惑かけないか心配で抵抗があるんだよなぁ……
「それに……小絃さんも、琴ちゃんがお外ではどんな顔をしているのか、見てみたいんでしょう?」
「それは見たい」
紬希さんの問いかけに即答する私。琴ちゃんが働いている姿自体は、それはもうすっごく見たいです。興味津々ですはい。
「良かった、なら問題ありませんね。さあ、そろそろ約束の時間ですし行きましょ小絃さん」
そんな私の一言に満足したようで。私を乗せた車椅子を押して、紬希さんはさっさと会社の中に入っていく。あ、ちょ……待って紬希さん……!?ま、まだ覚悟できてないんですって私!?
「小絃さん。大丈夫ですよ。あの琴ちゃんが働いている職場なんです。小絃さんの事も歓迎してくれるはずですよ」
「そ、そうでしょうか……?」
「と、言うかですね。私も以前、私用で琴ちゃんに会いにこの会社に来ることがあったんですが。この会社って、可愛い女の子向けの服とかの販売を手がけているだけあって——」
◇ ◇ ◇
「「「かわいー♡」」」
「ぴぇ!?」
「——この通り。可愛い女の子に目が無いお姉さん方がいっぱいいますから、間違いなく大歓迎されますよ」
会社に入ってものの1分も経たずに、見知らぬお姉さま方に捕捉され。そして紬希さん共々もみくちゃにされる。…………ちょっ、まって……何事!?
「あ、あの……!?な、何なんですか一体……!?」
「ねっ!ねっ!ヒメちゃんから聞いたんだけどさ、貴女が琴ちゃんの一番大事な従姉妹の『小絃お姉ちゃん』なのよね?やだもー、ホントかわいいわぁ!」
「あの小絃お姉ちゃんなんでしょう?琴ちゃんが事あるごとに『私のお姉ちゃんは凄い、お姉ちゃんマジ女神』って褒めちぎってたあの!」
「琴ちゃんを守って10年の眠りについた『現代の眠り姫ちゃん』なのよね。……ふふふ、眠り姫なだけあってホント綺麗な子。うちの部署の永遠のアイドルであるヒメちゃんと良い勝負してるわぁ」
必死に振りほどこうとするけれど、お姉さま方は全力で私と紬希さんを抱きしめたり頬をむにむに弄ったり肌をなぞったりとやりたい放題好き放題。わ、私……職場見学に来たはずだよね……?何なのこの職場は……!?
「実年齢は28歳って聞いたけど……どう見ても、どう触っても10代のお肌よねぇ。張りがあってピカピカ輝いてていいわぁ。永久に見ていられるし触っていられちゃうわね」
「ね、ね!その額の傷って琴ちゃんを守った時に作ったものなのよね!琴ちゃんを守った誇りとして、消さずに残しているって聞いたわ。そういうのお姉さん大好き!チャームポイントになってて素敵よ!折角だし、その傷を活かしたファッションしてみない?お姉さんが力になってあげるから!」
「今は琴ちゃんのお家で同棲してて。そんでもって琴ちゃんの将来のお嫁さんなんだよね?となるとぉ…………近い未来、夜の婦~婦生活も二人で満喫しちゃうわけでしょう?そういう事なら任せなさい!私が小絃ちゃんにバッチリ合う、琴ちゃんをメロメロにしちゃう下着を用意してあげるから!さあ、試着のお時間よぉ!!!」
「ちょ、ちょちょちょ……ちょっとぉ!?触らないで、脱がさないで、変な下着着させようとしないでくださいっ!?」
なんてパワフルなお姉さま方なのだろう。決死の抵抗虚しくギラギラした危ない目で私を見つめ、そして散々弄り倒してくる。あまつさえ、半ば強引に試着と称して服や下着まで脱がせようとする始末である。
「や、やだやだ……いやだぁ!?た、助けてください紬希さ——」
「「「きゃー♡似合うわよ紬希ちゃーん!!!」」」
「……大丈夫です、ダイジョウブデスヨ……小絃さん。心を無にして虚無になって委ねれば、この通り……すぐに終わりますから……」
「——って、紬希さん……もうすでにお姉さま方の餌食に……!?」
頼れる紬希さんにヘルプを求めるも、すでに彼女はお姉さま方の餌食と化し、死んだ目でふりっふりの服を着せられてしまっていて……
「「「さあ、覚悟しなさい小絃ちゃーん♡」」」
「い、いやぁあああああああああ!!!?」
ああ、私も紬希さんと同じ目に遭わされるのか……せ、せめてやられるなら琴ちゃんにやられたかった……なんて事を思いながら、きゅっと目を瞑り身を縮める私。
「——はいはい、そこまでです皆さん。折角職場見学に来てくれた可愛いお客さんたちを、なんて目に遭わせているんですか」
…………と、お姉さま方の魔の手があと一歩のところまで届きかけたその時だった。私(とすでに犠牲になった紬希さん)をすんでのところで救い出してくれる、一人の女性が現れる。
「「「あー!ヒメちゃん!小絃ちゃんと紬希ちゃんを独り占めするなんてずるーい!まだぜんぜん遊び足りないのにー!!!」」」
「ヒメちゃん、ではなく麻生係長と呼んでください。……一応、私皆さんの上司ですし、お客さんがいる手前示しも付きませんから。それと……普通に勤務時間中ですし、早くお仕事に戻ってください。あんまり言うこと聞かないと、母さんに——常務に皆さんの今の勤務状況チクりますよ」
「やーん!ヒメちゃん係長横暴!」
「
「小絃ちゃん、紬希ちゃん!係長が脅してくるからお姉さんたちこの辺で退散するわね!また後で遊びましょ!」
迫力あるお姉さま方に物怖じせず。凜とした美人さんの鶴の一声で蜘蛛の子を散らすようにお姉さま方は仕事に戻っていった。……た、助かった……
「……悪かったね。間に合わなくてごめん紬希さん。大丈夫だった?」
「あはは……大丈夫です。もう大分慣れましたし」
「こんなのに慣れちゃいけない気もするけどね……何にせよ、また散々な目に遭わせちゃったね。あの人たちにはあとでキツく言っておくから」
紬希さんに頭を下げて謝る美人さん。さっきのお姉さま方の反応からして……多分あのお姉さま方の上司さんなのだろう。
ちょっぴり琴ちゃんに似た雰囲気のある、落ち着いた感じのその人は。今度は私の方に身体を向けて。
「……見苦しいとこ見せて。その上怖い目に遭わせちゃって悪かったね。貴女が音瀬小絃さん、だよね?」
「あ、はいです……小絃です」
「いらっしゃい。この部署の係長で、君の従姉妹の音羽琴の上司をやらせて貰ってる……
私に穏やかな笑みを浮かべて、そう自己紹介してくれるのであった。
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