51話 進路を選ぶのは悩ましい
「……ごめんなさい小絃さん。ちょっと話が逸れちゃいましたね。ええっと……そうでした。進学するか就職するかで悩んでいらっしゃるというお話でしたね」
「あ、はいそうです。そういう話でした」
悪友あや子のせいで話が脱線しかけたけど、紬希さんがなんとか軌道修正してくれた。そんじゃ気を取り直して相談の続きといこうじゃないか。
「ちなみにですが……小絃さん。進学するにしても就職するにしても。どちらにしても何かご希望とかあったりしますか?」
「ええっと……希望って言うと?」
「漠然とで良いんです。こういうことを学びたいとか、こういう仕事に就きたいとか。そういう興味があること、将来やってみたいものとか小絃さんはありませんか?そういうものがあれば進路もおのずと見えてくると思いますよ」
「ふむふむ……なるほど」
確かに目標が明確になれば進むべき道も自然と絞られるものだよね。紬希さんに言われて少し考えてみる。私が興味あるもの……それは…………
「琴ちゃん!」
「……えっ?」
「私が興味があるものと言えば、断然琴ちゃんです!」
「え、ええっと……そうですか……こ、琴ちゃん……琴ちゃんに興味が…………う、うーん」
「そこのバカ。それをどう将来に活かせと?うちの嫁を困らせるんじゃないわよ」
言われたとおり興味あるものを挙げた途端。紬希さんは凄く困った顔をして、ついでにあや子のアホは凄く呆れた顔する。
「いや、割と真面目な話なんだって。将来やりたい事って言われたら、こう答えるしか無いんだよね私。『琴ちゃんが尊敬してくれるような立派なお姉ちゃんになりたい』って気持ちだけでこれまでもこれからも生きてきてるわけだし」
「その気持ち自体は立派かもだけど。残念ながらその気持ちだけじゃご飯は食べらんないし、琴ちゃん養うなんて夢もまた夢よ」
「だよねぇ……」
むぅ……ダメ元で言ってみたけどダメなものはダメかぁ。なんかないかなぁ、琴ちゃんについて研究したり、琴ちゃんを愛でるだけでお金貰えるような夢のようなお仕事とかさぁ。
……それ結局、お前が嫌がってた琴ちゃんのヒモそのものなんじゃないかって?気のせい。
「では小絃さん。小絃さんの得意な事を職業に活かすとかはどうですか?」
「え?私の……得意な事?」
紬希さんに言われて考える。得意な事ねぇ……私にそんなものあったかしらん?
「あや子ちゃんからも琴ちゃんから聞いていますよ。小絃さんって……なんでも箏の演奏が天才的だって。聴く者全てを魅了する、素敵な演奏者だって。その箏の腕を職業に活かしてみたらどうでしょうか」
「ああ、そういやそうだった。基本ダメ人間の小絃にも、唯一って言って良い誇れるものあるじゃない。箏の演奏ならあんたでもなんとかなりそうなんじゃない?」
「んー……」
箏か……確かに箏は私の唯一の自慢できるものではあるし、私も昔は死んだばっちゃんにビシバシ鍛えさせられてた。それにプロになりたいと思った事も実際あるけれど。
「無理無理。今の鈍りきった私の腕じゃ、箏でご飯食べていくの無理だよ。ブランクがありすぎるもん」
今や私以上に箏が上手になった琴ちゃんに個別指導して貰ったり。この前の学校見学に行った時に知り合った箏曲部の皆さんと週一ペースで箏を弾いたりしているお陰で退院仕立ての頃よりかは私も大分マシにはなってきたけど……それでも全盛期にはほど遠い。
「それに仮に全盛期の腕まで戻ったとしても。職業として箏を活かすのは正直言ってかなり厳しいと思う。あくまでアマチュアとしてはそこそこ上手いってだけで、プロの世界で活躍できるかって言われたら……かなり厳しいっぽいし」
「では直接演奏するのではなく、箏の先生になるのはどうでしょう。小絃さんお優しいですしコミュニケーション能力も高くて面倒見も良いので、性格的に先生に向いていると思うのですが」
「あー、それも無理よ紬希。先生って職業は、このバカにはプロになる以上に無理ゲーだわ。昔からこのバカって誰かにものを教えるのは絶望的に向いてないもの。教わりに来た生徒さんの才能をダメにしちゃうタイプよこいつ」
「……私も向いてないって自覚はあるけど、何故貴様にそこまで言われなきゃならんのかね?」
それを言うならあや子のアホがスイミングスクールの先生やってるのも私信じられないんだけど?脳筋で感覚派で、生徒さんのスク水姿に悶えてそうなロリコン女のくせによぉ……
「と言うかさ。いきなり就職しようとしているのがそもそもの間違いなんじゃないかしら」
「「えっ?」」
と、そんな事を内心思っていたところで。そのロリコンのあや子は唐突にそう言いだした。就職するのが間違いって……どういうことだ?
「なんだよぅ……私に就労は無理だとでも言いたいの?そりゃあ私も自分に合った仕事があるとも思えないし、自分で言うのもなんだけど即戦力にはなれないとは思うけど……」
「そうじゃなくて。まず小絃の場合まず10年のブランクが大きすぎるのよね。ただでさえ昔から超が付くほどおバカな常識知らずだったのに。10年も世間から離れていたせいで常識知らずが更に加速して超絶おバカに進化しちゃってるわけでしょう?そんな状態で社会に出たら、早々に仕事辞めるオチになりかねないわよ」
「む……それは……」
いちいち私をバカにしてくる言い方はむかつくけれど。あや子の言うことも一理ある。確かに私……10年後の社会常識とかかなり疎い。世間の皆の常識が、私にとっては非常識だったりする事だって少なくない。
そんなギャップを持った状態で社会に出たら、就職先に迷惑がかかっちゃいそうだよね……
「だから今すぐ就職しようとするんじゃなくて。多少の回り道にはなるけれど進学してみるのも一つの手だと思うわ」
「なるほど。確かにあや子ちゃんの言う通りかも。今すぐ働く必要はないわけだもんね。……それで、どうですか小絃さん?進学という道もありますけど」
「むぅ……」
そう言われて考えてみる。あや子の考えに乗ったみたいで癪だけど、箏の腕を磨くにしろそれ以外の別のことを学ぶにしろ。やっぱ大学に進学するのはかなりアリなのではないだろうか。
なにせ進学すれば専門知識を深められるのは勿論。10年空白のままになってた社会情勢やら一般常識やらも学べるわけだし
「あや子のくせに珍しくまともな意見じゃないの。……あ、でもさ。進学先に何かアテとかあるわけ?悪いけど私にアテなんてないよ?」
「勿論よ。じゃなきゃ進学を勧めたりしないわ。うちのスイミングスクールの生徒さんのご両親とかに、どの学校に通っててどの学校が評判良いのかとかよく聞いてるからね。ちょっと待ってなさい…………えーっと、確かこの辺に……ああ、あったあった」
そう言ってあや子はゴソゴソと持っていた鞄の中から、今私たちが住んでいる町の地図を取り出して――
「さあ小絃、遠慮無く選びなさい。あんたはどこの小学校に行きたいのかしら」
「小学生からやり直せって言いたいのか貴様ァ!!!」
――近くの小学校にペンで丸を付けて私に見せてきた。このクソアホロリコン……お前の知能と社会常識は小学生以下とでも言いたいのか……!?
「え?なに小絃。あんたまさか自分が大学に行けるだけの学力があるとでも思ってるの?流石におこがましいわよ」
「思っちゃないけどそれはそれとして、あと一年弱で高卒の資格が取れるって言うのに小学生に逆戻りとか嫌すぎるわ!?」
ちょっとでもあや子の事を感心した私がバカだったわ。あーもう、あや子がいると全然話進まないじゃないか。
「ま、まあまあ小絃さん。とにかくです。就職するにしても進学するにしても。あんまり焦らなくても良いのでは、と思いますよ。少なくとも一年くらいは時間の猶予はありますので、さっきの私とあや子ちゃんの話を参考にしてゆっくり考えてみてはいかがでしょうか」
「そ、そうですか?そんな悠長な感じで大丈夫なんでしょうか?」
私はもう少し切羽詰まって考えた方が良いと思うんだけど……紬希さんはどうしてそう言うんだろう?
「看護師をやっている私の立場から言わせていただくとですね。小絃さんが何よりも考えないといけないのは……自分の健康作りです。琴ちゃんの熱心なお手伝いと、それから小絃さん自身の頑張りで今もかなり順調に回復しているみたいですが……何せ10年も寝たきりだったわけですからね」
「それは……まあ……」
「琴ちゃんも言っていたのでしょう?『今のお姉ちゃんが一番に考えなきゃいけないのは、リハビリして体力を付ける事だけ』と。小絃さんはまず、しっかり体力を付けましょう。進路を決めるのは小絃さんの体力が元に戻ってからでも決して遅くはありませんよ」
「……そう、ですね」
看護師さんらしいとてもしっかりとした言い分に、思わず聞き入る私。まあ……そうだよね。働くにしても勉強するにしても。本調子には程通り今の私じゃどっちを選んでも中途半端な結果しか出せないだろう。
私を養うべく働きながら私のお世話までしてくれる琴ちゃんには苦労をかけるけど……結局のところ、今の私に出来ることと言ったらそれしかないわけだもんなぁ……
「……あれ?そういや今更だけど……琴ちゃんって今何のお仕事してるんだっけ?」
「…………呆れた。あんたね、流石に自分の嫁の仕事先くらい知っておきなさいよね」
「誰が誰の嫁だ」
仕方ないでしょうが。琴ちゃんお仕事の事とか全然話さないし……
「琴ちゃんはアパレル関係のお仕事されてますよ。
「「あ?」」
と、親切に私に琴ちゃんのお仕事の説明をしようとしていた紬希さんは、いかにも『良いこと思いついた』と言わんばかりの顔をして。にこにこ笑顔でこう尋ねてくる。
「……ねえ小絃さん。突然でもうしわけありませんが。小絃さんさえ良ければ……折角ですしちょっとした職場見学に今から私と一緒に行きませんか?行けばさっきの進路についての悩みも……解決できるかもしれませんし」
「え、職場見学?今から?え、ええっと……私は構いませんが……どこに?」
困惑しながら尋ね返す私に、紬希さんはこんな提案をしてくれた。
「決まっていますよ——琴ちゃんが働いている職場に、です♪」
「…………ッ!?」
こ、琴ちゃんの……お仕事先に職場見学……!?
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