47話 琴ちゃんと大人の鑑賞会

 ……どうしてこうなった。


『あ、あっ……んっ……んんンッ!』


 スタンドに立てたタブレットから発せられる、部屋中に広がる女性の嬌声。そういう知識があれば、誰がどう聞いてもえっちい事しているんだって一発でわかっちゃう艶めかしい声だ。


『いい、きもち……いいっ!もっと、もっとぉ……!』


 タブレットから映し出されるのは、二人の女性が絡み合う艶姿。一糸まとわず肌を重ね合い乱れに乱れている。仮にそういう知識がなくても、誰がどう見てもえっちい事しているのが一発でわかっちゃう……これが大人アダルトなビデオだってわかっちゃう映像だ。


 真っ昼間からリビングでプチA●上映会をしている私。まあ今の時代、女性用の●Vが発売されているわけだし。それ自体は特段おかしな事ではないだろう。私だって肉体年齢はともかく一応実年齢でいうととっくに成人しているわけだし、堂々と見ても何ら問題はないはずだ。

 ただし……


「…………おおぅ」

「ふふ、凄いえっちだね小絃お姉ちゃん。ドキドキしちゃうねー」

「……は、ははは……ホントにそうね……す、凄いとしか言えないね……」


 もし一つ……大きな問題があるとすれば、問題と言えるだろうか。

 画面の中で綺麗なお姉さんたちがアンアン♡声を上げるその画面の前で、10年寝太郎なこの私……音瀬小絃は。最愛の従妹である音羽琴ちゃんと一緒に人生初のA●鑑賞を楽しんで(?)いる。二人一緒にえっちい動画鑑賞を楽しんでいる……


 ……ホントに何なんだ、この状況。


 事の発端は悪友あや子のアホのアホな思いつき。『大人びた琴ちゃんのヒミツが知りたい。大人の魅力というものを知りたい』——私のそんな純粋な悩みに対して、『だったらA●見て大人の魅力ってやつを教えてやる』とかとんでもないことを言いだしたあや子。あれやこれやとしているうちにどう言うわけか二人で●Vを見る流れになって……それが琴ちゃん&紬希さんにバレちゃって……


『折角だしさ……私と一緒に、これ……見よっか♡』


 そして最終的には。何故かあや子とではなく琴ちゃんと一緒にこんなのを見る羽目になるだなんて……もう一度言う。なんで、どうしてこうなった……?

 誤解のないように言っておくが。一度は私も、ちゃんと琴ちゃんに断りを入れたさ。あれはあや子のアホにそそのかされただけだって。わざわざ見ようと思って琴ちゃんに隠れてこそこそしていたわけじゃないって弁明もしたさ。

 

 けれど琴ちゃんはそれをわかった上で。


『でもこれお姉ちゃんが選んだA●なんでしょ?少なからず興味はあるんでしょ?なら、いい機会だし一緒に見ようよ。ほら、ここ座ってよお姉ちゃん』


 と、有無を言わさず。琴ちゃんの膝の上という特等席に座らされ、いわゆるあすなろ抱きを琴ちゃんにされながら。半強制的に上映会を始めちゃって……


「あ、あの……琴ちゃん……?」

「ん?どうしたのお姉ちゃん?」

「ええっとね……こ、琴ちゃんと一緒にコレを見るのは……百歩譲って良いとしてもさ……」

「うん」

「……今更だけど、どうして私たちはこんな体制で……こんなものを見ることになってるのかなーって……」


 始まってしまった以上、今更A●鑑賞を取りやめるのは無理っぽい模様。ならばせめてこの恥ずかしすぎる体勢だけでもどうにかしたい。

 そう考えた私はささやかな抵抗と抗議を兼ねて、琴ちゃんにおずおずとそう問いかけてみるんだけど……


「だってこうすれば二人で一緒に見られるでしょう?」

「……」


 けれど琴ちゃんはまるでそうすることが当然だと言いたげに。私をしっかり抱きしめて、あっけらかんとそう答える。


「と言うかお姉ちゃん。身体ガチガチに緊張してない?さっきから全然リラックス出来てないみたいだけど……もっと私に身を委ねて良いんだよ」

「んなこと言われても……!?わ、私重いし……これじゃ琴ちゃんに悪いよ……だ、だからお願い琴ちゃん……二人で見るにしても並んで見るとかで良いだろうし……出来れば離してもらえると……!」

「大丈夫、お姉ちゃんは軽いから。むしろ軽すぎるから。これからももっとお肉つけてもらわないとね……ああ、ほらお姉ちゃん。そんな遠慮しないで、もっと私に体を預けて」

「遠慮とかそう言うんじゃなくて、とにかく恥ずかしいんですけど!?」


 ただでさえ琴ちゃんと●V鑑賞するってシチュだけでも相当に恥ずかしいのに。それに加えてまるで子ども向け番組を見る母娘のように、赤ちゃんみたいに琴ちゃんの膝の上に座らされてA●を見せられるという倒錯プレイを強制的にさせられるというおまけ付きとか……ホントなんなのコレ?なんの罰ゲームなの?

 もしかしなくてもやっぱ琴ちゃん怒ってないか?琴ちゃんがいない隙にA●なんて見ようとしてたから、琴ちゃんったら罰として私を辱めようとしてるんじゃないのか?そう疑いたくなってしまう。


「いいんだよ、私に体重かけちゃってよ。ほら……もっと力を抜いて、寄りかかっていいの。

「はぅ……」

「緊張しないで。リラックスして……心も体も楽にして」


 緊張と興奮が抑えられず変な汗がとめどなく溢れ出てくる。そんな状態で琴ちゃんに密着されて自分のにおいを嗅がれたくない。体重かけていいといわれても、琴ちゃんの神聖なお膝に乗っかかるなんて罰当たりな事は正直したくない。

 その思いからどうにか琴ちゃんから離れようとする私のささやかな抵抗を、琴ちゃんは決して許さない。もがいて抵抗して逃げようとする私の身体を何度も引き寄せ抱き寄せ囁いて……結局私は受け入れざるを得なかった。


「さてと。……それでさ、まだ途中だけどどうかなお姉ちゃん」

「な、なにが……?」

「初めて見たA●の感想はどう?」


 やっと私が琴ちゃんの腕の中でおとなしくなったところで。琴ちゃんは再生中のタブレットを指さして感想を聞いてくる。ど、どうかなって言われても……


「え、えっと…………その。け、結構ストーリーがしっかり練られててびっくりした……かな。普通にドラマとして見ても面白いかも……」

「なるほどねー」


 変な気持ちになるのを必死に抑えつつ。なんとか平常心を保ちながら動画の感想を言ってみる。

 ●Vって所詮、ムラムラとかを解消するためのもので。すぐに脱いでおっぱじめる感じなんだろうって思いこんでたけど……偏見だったかも。ちょっと濡れ場多めな恋愛ドラマみたいだ。つーか下手なドラマよりも話が面白い気がする。


「一口にA●って言ってもいろんな種類があるからね。今見てるものみたいに、ストーリー重視のものもあれば、シチュエーションに重きを置いたものもあるわけだし。勿論ジャンルにもよるけど。ストーリーなんてあってもない、すぐに本番が始まるやつとかもあるよ」

「……詳しいのね琴ちゃん」

「ふふふ……勉強したからね、色々と」

「……そ、そう」


 あ、ちなみにだけど。今私たちが見ているA●の内容は……幼なじみのお姉さんに家に呼ばれた女の子が、お姉さんとじゃれあいはじめ。それが段々エスカレートしていき……やがて二人は一線を——って感じの、いちゃらぶ重視のストーリーだ。

 あや子に勧められるがまま、とりあえず好みのタイプの女性が出演されているものの中から直感で選んでみたんだけど……このお話の出来を見るに、割と当たりの作品をチョイス出来たのかもしれない。ストーリーの設定はよく作られて引き込まれるし、細部の拘りようが半端ないし。何より女優さんたちはすっごい綺麗で臨場感溢れる演技が素晴らしいし。


 ……まあ、ただし。


『あ、ダメ……お姉ちゃん、やめて……恥ずかしいよぉ……』

「……」

『いいじゃない、ほら……貴女のここは、もっとシてって言ってるわよ』

「……」

『あ、ああ……!だめ、だめぇ……!お、お願いお姉ちゃん……せめて、シャワーを浴びさせて——』

「…………」


 ……ただし。琴ちゃんと一緒に見るというこの特殊な状況下では。このチョイスは失敗したといっていいのかもしれない。

 女優さんたちの熱演に、つい感情移入してしまう。作中で『お姉ちゃん』ってワードが連呼され、妙に耳に残ってしまう。偶然とはいえ今上映中のA●の設定が、どうした事か私と琴ちゃんに酷似しちゃってるせいで変に意識してしまう……

 それに何よりもこの●Vを購入するきっかけになった主演の女優さんが……それはもう、琴ちゃんに——


「……ところでお姉ちゃん。まだ肝心の感想が聞けていないんだけど?」

「へ……?」


 と、目の前で繰り広げられる女優さんたちのイチャイチャでえろえろな交わりを複雑な気持ちで見ていた私に。琴ちゃんがそんなことを言い出す。ええっと、何の話だろう……?


「もう一回同じ質問するけどさ、どうなの?初めて見たA●の感想は」

「感想って……いやあの琴ちゃん?私今言ったよね?ドラマとして見ても面白いって……」

「うん、言った。でも私が聞きたいのはそういう事じゃなくて」

「そういう事じゃなくて……?」


 頭に疑問符を乗せて首をかしげる私に対し。琴ちゃんはゆったりとした動きで私の耳元に唇を近づけて。


「——私に似たお姉さんが裸で乱れる映像を見て、どんな気持ちだったのか聞きたいなって思って」

「…………ッ」


 熱い吐息と一緒に、私の心臓を鷲掴みにする一言を吐き出した。


「な、ななな…………なん、の……話を……!?」

「知ってるんだよお姉ちゃん。お姉ちゃんってさ……おっぱい大きくて凛々しい黒髪ロングな大人のお姉さんがグイグイ女の子に迫っちゃう系のお話が好みなんだよね?大人の魅力全開のお姉さんに半ば強引に押し倒されていいようにされちゃうシチュ、大好きなんだよね?」

「…………ナンノコトヤラ」


 今まさに、おっぱい大きくて凛々しい黒髪ロングな大人のお姉さんへと成長した琴ちゃんの言葉攻めを受けながら。私は必死に目を逸らして白を切る。ええそうです、大好きですが何か?

 …………えぇい!誰だ純粋無垢な琴ちゃんに、私のトップシークレットを教えた輩は。そして誰だ汚れなんてしらない琴ちゃんを、こんなに色気ムンムンなお姉様にした輩は。何故私の好みを知っているの琴ちゃん!?


「別に隠さなくてもいいのに。お姉ちゃんのベッドの下にあった参考書アダルト雑誌を読んで10年かけて研究したからね。私、ちゃんとお姉ちゃんの趣味嗜好は完璧に知ってるよ。お姉ちゃんに好きになってもらえるように、私頑張ったんだし」

「…………」


 そうでした。琴ちゃんをこうした犯人、他でもない私でしたね。…………えぇい!恨むぞ10年前の私!どうしてもっとバレないような場所に秘蔵本を隠さなかったんだ……!?


「だからきっと、初めてのA●もそういう系のものを見るって思ってたんだ。自画自賛してるみたいでちょっと恥ずかしいけど……ほら、この主演の女優さんってさ——私にそっくりだよね?私に似てるから、お姉ちゃんはこの●Vを買ったんだよね?」

「…………も、黙秘権を……使わせていただきます……」


 それ、答えを言ってるようなものだって?気のせい。


「それで……ね、ね!どうだったお姉ちゃん?私似の女優さんのえっちなところ見て、どう思った?ぜひとも感想を聞かせて!」


 小さかったあの頃を思い出す、無邪気な琴ちゃんの問いかけ。……ねえ、琴ちゃん。それ、言わなきゃ……だめ……?


「…………あのぅ」

「(わくわく)」

「…………ええっと」

「(わくわく)」

「…………その……」

「(わくわくわく)」


 キラキラした目で私を上から見つめてくる琴ちゃん。だめだ……答えるまで逃げられないパターンだこれ……!?

 琴ちゃんのそんな視線を受け、口ごもる私。……聡い琴ちゃんの事だし、おそらく私がこれを見てどう思ったのかなんて……私が言わなくてもちゃんとわかっているはず。だけどどうしても私の口から言わせたいらしい。


「(ど、どうする?これなんて答えるのが正解なんだ!?馬鹿正直に答えたら、私通報されるんじゃないのか!?つーか、なんなんだよこのレベルの高い羞恥プレイは!?やっぱこれ、無断でA●鑑賞なんてバカなことを始めた私への罰ゲームなんじゃないの!?)」


 そんな雑念が頭の中を駆け巡ること数分。答えなければ解放されないことを悟り、そして私は……


「…………しま、した」

「んー?なぁにお姉ちゃん。ごめんね、よく聞こえなかった。もう一回だけ、言ってもらえるかな」

「…………琴ちゃん似の女優さんの乱れる姿に。私は……とても…………興奮しました……ッ!」

「~~~~~ッ!!!」


 か細い蚊の鳴くような声で……●Vの感想を、口にしたのであった。


「……そ、そっかそっかぁ……♪お姉ちゃん、興奮したんだぁ……♡私に似た人で、興奮……しちゃったんだぁ……♡」

「…………」


 私の一言に、琴ちゃんは本日最高のグッドスマイルを見せてくれる。それはもう上機嫌に、今にも小躍りしそうなくらいテンション高めに。琴ちゃんは満面の笑みを浮かべて、歓喜に震えながら私をぎゅっと抱きしめる。

 ……わからない、私にはわからないよ琴ちゃん……普通自分の姉貴分がこんなカミングアウトしたら。ドン引きしたり嫌悪感抱くものじゃないのかね……?自分のことを性的な目で見てるって言ってるようなもんでしょ……?喜ぶところかねこれ……?


「ふ、ふふふ……うふふふふ……♪よかったぁ、方向性としてはやっぱりこういうので良いんだね。安心したよ。この調子で成長していけば……いずれお姉ちゃんは……」


 何やらブツブツ呟きながらトリップしかけている琴ちゃん。一方私は死ぬほど恥ずかしいカミングアウトをさせられて恥ずか死にかけていた。

 真昼間から女二人でA●鑑賞して、自分の従妹を性的な目で見てます発言までかまして……私、ホント何やってんだろうね……?へこむわ……こんなんじゃ、琴ちゃんの理想のお姉ちゃん像にまた一歩大きく後退しちゃってるわ……


「も、もういいでしょ!満足したでしょ琴ちゃん!?ほ、ほら!もういい加減離して!●V鑑賞会はお開きだよ!」


 気恥ずかしさやら気まずさやらを払拭すべく。半分涙目で琴ちゃんにそう告げる私。

 あー……くそぅ。これも全部あや子のせいだ……次に会った時こそ、あのアホの息の根を止めてやらねば……!


「…………ふふ、ねえお姉ちゃん……」

「……もう、今度はなにさ琴ちゃ–—」


 なんて事を呑気に考えていた私に。琴ちゃんはまたもや後ろからぎゅっと抱きしめる。

 そして琴ちゃんは、私とA●鑑賞をしようと提案してきた最初の時同様——いいや、それ以上に妖しくも美しい気配を纏って……


「……いい機会ついでに。折角だからさ……このままちょっとだけ……大人の予行演習、しない?」

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