45話 大人の魅力、鍛えます
「——ねぇあや子。あんたってさ……私が10年寝ている間、琴ちゃんの面倒を見たりもしてたらしいじゃない」
「んー?急に何よ小絃」
今日も今日とて暇を持て余し。お嫁さんである紬希さんを引き連れて性懲りも無く私と琴ちゃんのお家にやって来た悪友あや子。
琴ちゃん&紬希さんがキッチンでキャッキャウフフと仲良くお料理をしている中。何をするでも無く我が家のようにリビングのソファに寝転がり、だらだらテレビを見ているそんなあや子に……私は良い機会だからとちょっと気になっていたことを聞いてみることに。
「まあ確かにあんたがぐーぐー寝てた時、あんたの代わりに琴ちゃんのお姉さん役をしてた時期もあったちゃあったけど、それが何…………って。ああ、わかった。もしかしなくても小絃さぁ……私に一丁前に嫉妬しちゃってるんでしょ。『琴ちゃんのお姉ちゃんは私だけなのに……』って、独占欲湧いちゃってるんでしょ。ほーんと、あんたって奴はわかりやすいくらい琴ちゃん大好きよねー」
「ち、ちげーよバカ!?」
妙な言いがかりを付けてくるアホあや子に蹴りを入れて反論する私。
…………いや、まあほんのちょっとだけ。あや子如きに『琴ちゃんのお姉ちゃん』という名誉ある肩書きを奪われたことに関しては……思うところが無いわけでもないけれど……それは置いておくとして。
「そ、そうじゃなくて。あや子にちょっと聞きたいことあるんだけど」
「あ?聞きたいことぉ?」
「うん。10年の間琴ちゃんの成長を見守ってきたあや子なら、色々知ってるんじゃ無いかと思ってさ」
「ああ、はいはい。つまり自分が知らない10年間の琴ちゃんの事を教えて欲しいって話でしょ。琴ちゃん大好き娘として、琴ちゃんの事は余すこと無く知りたいと」
いちいち含みのある言い方しやがって……これだからこのアホに教えを請うのは嫌なんだよなぁ……まあいい。背に腹は代えられないからね。
「そんで?具体的に聞きたい事って何よ小絃。泣いて縋られるのも困るし、仕方ないから教えてやっても良いわよ」
「あや子にだけは泣いて縋る事は無いから安心して欲しい。……それはともかくだ。あ、あのさあや子。こ……琴ちゃんってさ……」
「うん」
「その……」
正直こんな事聞きたくないって言うか。知りたくないんだけれど……でも聞かずにはいられない。意を決した私は、あや子に勇気を振り絞ってこう尋ねた。
「や、やっぱり琴ちゃんって……過去にどっかの馬の骨と付き合ったり、そういう経験があったりするのかな……!?」
「…………???」
その私の一言に、あや子はどうしてか言葉を失う。日本語で問いかけたはずなのに、言葉が理解出来ないといった風に。あや子は首を傾げていつも以上に間抜け面を私に見せていた。
「…………小絃、今なんて?」
「だ、だからぁ!琴ちゃんって恋愛経験とか、その先の大人な経験とか!そーいうの私が知らない10年であったりするのかって聞いてんのっ!」
「…………あー。ええっと。色々つっこみたいところはあるけど。まずは聞かせなさい小絃。どーしてあんたはそんなアホみたいな事を言い出したのかしら?」
数分後、ようやく思考が再起動した様子のあや子は呆れた顔でそう聞き返す。ど、どうしてって……
「だ、だってさ!琴ちゃんすっごい色っぽいんだもん!?すっごい手慣れて経験豊富に見えるんだもん!?」
「はぁ?」
聞いて欲しい。私が知ってる琴ちゃんは、天真爛漫で人懐っこい汚れを知らぬピュアっピュアな愛くるしい天使みたいな妹キャラだったはず。
それなのに……ちょーっと(※10年)私が目を離した隙に……!琴ちゃんったら、あんなにも……!
「おかしいでしょ!?私が知らん間に、あんなに色気ムンムンな大人の魅力溢れる女性に成長しちゃってさぁ!」
まず琴ちゃん……顔がめちゃくちゃ良い。昔からの可愛さも残しつつ、一日中見てても見飽きないくらいの美貌だし。その上スタイルが抜群に良い。バランス良く、そしてうっとりしちゃうほどに引き締まったボンキュッボンなお身体だし。その他にも手入れの行き届いた超好みな黒髪ロングとか、ほのかな香水の良い香りとか……最高すぎだし……
勿論外見だけじゃない。元来の性格の良さに加え、落ち着いた雰囲気も上品な話し方も、笑う時のお淑やかな仕草も、家事をしている時の何気ない所作も、お仕事モードの凜々しさも。何もかもが魅力満載で。
そしてなにより……私を怪しく誘う時の琴ちゃんのあの……あの……っ! さり気ないボディタッチとか、しなだれて私の耳元であまく囁く声とか、真っ直ぐ私だけど見つめる熱い視線とか……!
「なによ小絃。あんた今の大人な琴ちゃんが不満なわけ?……まあ確かに。ロリっ娘が成長しちゃった時特有の、あの寂しくも虚しい気持ちはわからんでもないけど……」
「違うっ!琴ちゃんが成長した事自体に不満は無い!」
誤解されちゃ困るけど、琴ちゃんがあんなに色んな意味で立派に成長してくれたのは私的には大満足だし。
……つーかあんたの特殊性癖と一緒にすんなやアホあや子!?
「そうじゃなくて……不満は無いけど、不安なのっ!知らないうちにあんなに琴ちゃんが色っぽくセクシーになっちゃって!私をいとも容易く手玉にとって、私を誘っちゃって……!どう考えても経験豊富過ぎでしょう!?」
「……ああ、なるほど。ようやく話が見えてきた。要するに急激に大人になっちゃった琴ちゃんに不安になったって事ね。琴ちゃんが急激に垢抜けて色気づいたのは、自分の知らない誰かと——大人の体験をしたんじゃないのかって」
「…………その通りだよ」
あんなにナチュラルに大人の色気を醸し出す事が出来るようになっちゃうなんて……一体どれだけの人とお付き合いしたらあんな風になれるんだろう?ねえ琴ちゃん……君はどこであんなお姉ちゃんの誘い方を覚えてきたと言うんだい……?
悪いお兄さんやお姉さんに誑かされたりしたわけじゃないよね?ね?
「やれやれ……相変わらずのバカよねぇ小絃。そんな無駄な心配なんてしなくても。琴ちゃんは……」
不安な気持ちで胸一杯な私の隣で、あや子が何かを言いかける。けれど言いかけたその矢先。何か思いついたような……とても意地の悪いいやらしい顔をしたかと思うと、
「……そうねぇ、プライベートな事に関しては過度に干渉しちゃ悪いから、詳しくは知らないけど……確かにあんたの言うとおりかも。あんなに落ち着いた大人に成長したって事は……琴ちゃんも誰かしらと付き合って、そしてそこで色を知ったのかもしれないわねぇ」
「や、やっぱり!?」
そんな事を言い放った。う、うぅ……そ、そうなのか……琴ちゃんが、私の知らない誰かと……
「あんなに綺麗だし。昔から男女問わず人気者で、引く手あまただったからね。私が知る限りでも、琴ちゃんって告白されたのは一度や二度の話じゃないわけだし」
「そ、そうだったのか……」
「それにあの容姿でしょ。どこぞのモデルも裸足で逃げ出す美貌だから言い寄ってくる連中だって数知れずよ。以前も一緒に琴ちゃんと町中を歩いてたら、ナンパとかにちょくちょく捕まってたりしてたわねぇ」
「ぐ、ぬぬぬ……」
あや子の話に打ちひしがれる私。い、いや……私がショック受ける必要も、ショック受ける権利も無いんだけどね……琴ちゃんが誰と付き合おうとも……自由なわけだし……
う、うん……まあ、そうだよね……時が止まってた私と違って、琴ちゃんはもう……すっかり大人になったわけだし。お付き合いくらい……経験済みだったりするよね……あんなにエッチで、ドキドキしちゃう琴ちゃんの魅力は……私の知らぬ誰かの手で開発を——
「——まあただ。少なくとも私は琴ちゃんが特定の誰かと付き合ったって話はこの10年で一度だって聞いたことはないんだけどね」
「無駄に脅かすんじゃ無いよこのバカは!!!!??!」
散々人を不安にさせたところで、満を持してそう言い放ったあや子の胸ぐらを掴む私。
こっ、こいつ……!さては私が動揺するのをわかってて……わざと煽りやがったな……!?
「勝手な思い込みでそんな妙な事考えるあんたが悪いのよ小絃。ほんっとバカよねぇ。昔っから思い込み激しいのなんのって。冷静に考えてみなさいよ。あの琴ちゃんがあんた以外の誰かと付き合うわけないじゃない」
「……い、いやまあそう言われるとそうなんだけどさ」
あや子の冷ややかな一言に目を逸らす私。それはそうなんだけど……けど、私不安なんだよ。まだ肉体的にも、精神的にも私は……あの頃の。高校生の時のままで。逆に琴ちゃんはと言うと……あんなに立派な大人の女性へと変貌を遂げたわけだし……正直彼女と私とじゃ全然釣り合わない。琴ちゃんにはもっと相応しい人がいるんじゃないかっていつだって思ってる。
……私も、琴ちゃんみたいに大人になれたら。あんな風に色気たっぷりな魅力的なお姉ちゃんになれたら……こんな惨めな不安を抱かなくて済むのかな……?
「やれやれね。そんな心配する暇があるなら。自分を磨いてその大人の魅力って奴を鍛えれば良いだけの話でしょうに」
「……んなこと言われても。そもそも大人の魅力って何なのさ。何をどう鍛えれば、琴ちゃんみたいな色気と魅力が溢れる素敵な大人の女性になれるのさ」
そう問いかける私に対し。悪友は仕方ないなぁと言いたげな顔をしてこんな事を言い出した。
「……ったく世話が焼けるわねぇ。しゃーない。からかって不安にさせたのは少しだけ悪いとは思ってるし。このあや子様が迷える子羊の為に一肌脱いでやりましょうかね」
「は?」
「感謝しなさい小絃。この私が直々に、あんたに大人の魅力って奴を教えてあげるわ」
「…………」
……あや子が、私に……一肌脱いで大人の魅力を直々に教える……?それって……
「…………あや子、すまない。なんと言ったら良いのか…………ええっとね、私には琴ちゃんみたいな子しか魅力を感じられないというか、紬希さんに申し訳が立たないというか。そもそもあんたとはあくまで悪友未満で知り合い以下な清い関係をこれまでもこれからも築いていきたいというか……」
「……ちょっと待ちなさい小絃。あんたなんかまた妙な勘違いしてないかしら?」
「……率直に言うと、その気持ちだけでも迷惑というか。あや子とそういう大人の関係を築くのは死んでもごめんというかだね。あや子に抱かれるとか何?何の罰ゲームなわけ?」
「やっぱ盛大に勘違いしてるわねあんた!?私だってあんたを抱きたくはないし、死んでも嫌よ!?私抱いて良いのは紬希だけだっての!!!」
お互いに距離を取り、お互いに嫌悪感を抱きつつ鳥肌を立てる。うぇ……なんか、あや子に抱かれる想像したら気分が悪くなってきた……
「誰があんたを抱いて、大人の魅力を直接教えるって言った。あくまでも大人の魅力を鍛える方法を教えてやるって言ってんのよ……」
「ああ、なんだそういう事……なんだよあや子。それならそうと早く言えっての。一肌脱ぐとか紛らわしい事言うから……変な想像したじゃないのさ……」
「変な想像させたのはあんたの方でしょうが……あー、気持ち悪……」
とりあえず誤解も無事に解けたところで。改めて私は問いかけてみることに。
「そんで?具体的にはどうやって大人の魅力を鍛えるのさ」
「教材のビデオを一緒に見ながら、どうすれば大人の魅力を引き出せるのか私が直々にレクチャーしてあげるわ。それを見れば未だに子どもな小絃だって、たちまち色を知り大人の階段を上ることが出来るのよ」
「へぇ……ビデオ見るだけで大人になれるとか、お手軽で意外と簡単そうだね」
伊達に順当に年を取っただけのことはあるらしい。大人の魅力の鍛え方とやらを熟知しているあや子にちょっぴり感心する。
何だかんだで役に立つ時は役に立つんだねあや子も。
「それで?その教材のビデオって何なのあや子」
「よくぞ聞いてくれました。これよ、小絃」
そう言って自信満々に、あや子が取り出したのは——
「…………A●?」
「ええ。●Vよ」
…………早速で悪いが前言撤回しよう。やっぱこのバカ役に立ちそうに無いわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます