41話 琴ちゃん、お姉ちゃんのママになる(その3)
~Side:琴~
お義母さんの実験装置の影響で、どういうわけか精神が赤ちゃんになってしまった小絃お姉ちゃん。この世の終わりのように全力で泣き出した時はただ呆然とするしか出来なかったし、赤ちゃん状態のお姉ちゃんをお義母さんに任された時は自分には荷が重いと困り果ててしまっていた私だったんだけど……
「まーま♪」
「はーい、小絃ちゃんのだいすきなママですよー♪」
今はお姉ちゃんのママになれて、私とっても幸せです♡
正直に告白するね。お姉ちゃんには悪いとは思っているけれど、お姉ちゃんを赤ちゃんにしてくれたお義母さんには大変感謝をしている。
どうしてかって?だって……私の事を母親だと認識してくれた小絃お姉ちゃんは——否、私の小絃ちゃんは。いつもの小絃ちゃんとはまた違った……それはもう素敵で新鮮な姿を私の前でいっぱい見せてくれるんだもの。
『ちょ、ちょちょちょ……琴ちゃん!?も、もう私も家の中だけなら問題なく自由に歩けるんだし、何より死ぬほど恥ずかしいからお姫様抱っこで移動するのはいい加減卒業したいんだけど!?』
私がお姫様抱っこで移動させようとすると、いつもならこんな風に全力で暴れて拒否する小絃お姉ちゃんも。
「まま……だっこぉ……」
「はぁい♪ママがいくらでも抱っこしてあげますよー♪」
今の小絃ちゃんならば拒否するどこから自ら進んで抱っこを促して。
『こ、こここ……琴ちゃん……!?そ、そんなまばゆい肢体を晒しちゃダメだって……!?ああ、そんなに無防備にくっつかないで……て、手を出しかねないんだけど……!?』
私が大人になってからというもの、事あるごとにそう言って私とのスキンシップをあからさまに避けちゃう小絃お姉ちゃんも。
「まま、まま!ぎゅー!ぎゅーっ!」
「はいはーい♪いっぱいぎゅーってしてあげますからねー♪」
小絃ちゃんなら私の胸に飛び込んで、あどけない笑みを浮かべて積極的にスキンシップを取ってくれる。
『琴ちゃん。服くらいは流石に自分で着たり脱いだりは出来るから——って、いやあの話聞いてる琴ちゃん?そんなナチュラルに脱がそうとしないでって言ってるお姉ちゃんの声聞こえてる?絶対聞こえてるよね?聞こえてないふりをしてるよね……!?』
恥ずかしがり屋でいつもなら絶対に私にお着替えの手伝いをさせてはくれないお姉ちゃんけれど。
「小絃ちゃん、ちょっと暑くなってきたしお洋服をぬぎぬぎしましょうねー」
「んっ!あーい!」
「あら、あらあらあら……!小絃ちゃん、ママに脱がせてほしいんですかー?もぅ……しかたないですねー♡」
私がどれだけお手伝いをしても嫌がらないばかりか。今の甘えんぼさんな小絃ちゃんは上目遣いで私に服を脱がせるようにおねだりまでしてくれちゃう。
『まて、待ってくれ琴ちゃん。他はともかくこればかりは勘弁して欲しい。姉としてのプライドが……いやそれ以前の問題で、人としてのプライドがこの私にもあるとわかって欲しい。こればかりは琴ちゃんといえども頼めないし、頼まれても出来ないんだよ。琴ちゃんだって逆の立場ならわかってくれるはず。わかってくれるね?だから…………お願いだから、トイレだけは一人で行かせてぇえええええ!?!!?』
そして……間に合わなくなったら大変だからとそっちの方のお手伝いをしようとしたら、一日ほど口をきいてくれなかった程強い拒絶をみせていたお姉ちゃんも……
「ひぐっ、ぁう……うわぁああああああん!!!」
「ど、どどど……どうしたの小絃ちゃん!?どこかいたいの!?」
「まま……ままぁ……ちー、でる……」
「……っ!…………ふ、ふふふ……!大丈夫、大丈夫ですよ小絃ちゃん……ママが、ぜーんぶお世話してあげますからね……っ!」
今日はこの通り、何から何までママであるこの私に身も心も委ねてくれる。
「(…………幸せすぎる)」
今まさに、幸せ絶頂期な私。何というご褒美。もしやここが天国か?
あの小絃お姉ちゃんが……どんな時でも私を想い私を守ってくれる綺麗でかっこいいお姉ちゃんが……こんなにも無邪気に、無防備に、甘えてくれるだなんて……どれだけ私がお世話しようとしても遠慮して素直にさせてくれないあの小絃お姉ちゃんが……こんなにも素直に私の言うことを聞いて素直に甘やかせてくれるなんて……
「(…………あれ?と言うことは……)」
ふとある事に気づいてしまう私。ママの言うことを素直に聞き、素直に甘えてくれる今の小絃ちゃんならば……普段は嫌がってる事だって、あっさり言うことを聞いてくれるんじゃ……?
「あ、あの……小絃ちゃん……」
「うー?」
「小絃ちゃんは……ばっちいの嫌だよねー?」
「あー?」
「い、嫌だもんねー?……だ、だったらママと一緒に、そのぅ…………お、お風呂とか……入ってみないかなーって……」
「…………」
ダメだけど……こんな事、判断能力が低下している今の小絃ちゃんにこんな事を言うのは割と最低だと頭では理解してるけど……小絃ちゃんのママと化してテンションが上がりに上がっていた私の本能は、自分の欲望全開にそんな事を口走ってしまっていた。
そんな私の提案に、小絃ちゃんは無垢なる愛らしい笑みを浮かべて……
「あいっ!」
大きく手を上げて、元気よくお返事してくれたのだった。
◇ ◇ ◇
『もう全然平気、自分の事くらい自分で出来るよ琴ちゃん!』
と、私の前では強がって見せているけど。本当はまだまだお姉ちゃんはリハビリが必要なことを私は知っている。歩けるようになったと言っても、実際歩くのはかなり不安定だし階段の上り下りなんてもってのほかだ。
そんな状態だと一人でお風呂になんて入ろうものなら、最悪の場合溺れてしまう可能性だってある。だから普段からも私はお姉ちゃんと一緒にお風呂を入ろうとするんだけど……お姉ちゃんは今になっても私と一緒にお風呂に入りたがらない。
『だ、ダメだって……琴ちゃんとお風呂とか、色々私が持たないからダメなんだってば……!』
いつだってお風呂前から全力で抵抗し、捕まえて強制連行してお風呂で身体を洗ってあげようとしてもお風呂嫌いな猫ちゃんみたいに大暴れ。5分も経たずにもうのぼせたと言い訳して逃げるようにお風呂を出てしまう。そのせいでお姉ちゃんが目が覚めてからは、ゆっくり落ち着いて一緒のお風呂に入る事が無かったんだけど——
「小絃ちゃん。身体洗いますよー♡」
「あーい!」
ママである私にべったりな今ならば、こんな風に背中を流すことだって出来るのである。
「…………うふ、うふふふふ……夢にまで見た、洗いっこ……♡」
小絃お姉ちゃんに面倒を見て貰っていた子どもの頃は、お姉ちゃんが遊びに来てくれた時は一緒にお風呂に入って。一緒の湯船で100まで数えたり、私の背中を洗ってくれたりとそれはもう楽しかった。
その時からずっと思ってたんだ。大きくなったら、今度は私がお姉ちゃんの背中を洗ってあげたいって。ふふふ……また一つ、夢が叶うわけだ。
「……この夢を実現させてくれたお義母さんと小絃ちゃんには感謝だね」
「おー?」
「ああ、ごめんごめん。ただの独り言だよ。さあ、洗いますよー小絃ちゃーん♪」
はやる気持ちを抑えながら。小絃ちゃんにかけ湯をしてあげる。一瞬だけお湯を嫌がるかもしれないと危惧したけれど、予想に反してお湯をかけられた小絃ちゃんはきゃっきゃ♪と浴室に響く笑い声をあげる。良かった、問題ないみたいね。
そうとわかれば遠慮はしない。ボディソープをしっかり手のひらの上で泡立てて、そして泡まみれになった手を……そっと小絃ちゃんの身体に触れさせる。
「……どうかな、小絃ちゃん。痛かったりくすぐったかったりしないかな」
「だぁー、うー♪」
「ふふ、大丈夫そうね」
最初ママを求めてあれだけ泣き叫んでいた子とは思えないくらい、小絃ちゃんは上機嫌にされるがまま。怯える様子はまるでない。
……ママがする事に絶対の信頼があるって事なのだろう。そう思うと……小絃ちゃんの信頼を裏切るような事は……極力、しないように頑張らないとね。
「小絃ちゃん、ちょーっと腕を上げてね。……うん、そうそう。偉いよ小絃ちゃん。しっかりママが隅から隅まで洗ってあげるからね」
肩甲骨から肩へ、肩から二の腕へ。それが終われば背中へ、腰へ、お腹へとツーッと撫でるようにボディソープを引き伸ばして、小絃ちゃんの全身をくまなく洗ってあげる。
「……あ、そうだ。折角だし……リハビリで凝った筋肉とかもついでにほぐしちゃおう。小絃ちゃん、いいよねー?」
「あーい!」
いつもだったらすぐ逃げちゃうし。こんなに素直に私に全て委ねてくれるチャンスなど滅多にない。折角だし今のうちに普段出来ない事もしっかりさせて頂こう。そんなわけで洗うついでに肩や太もも、腰やふくらはぎのマッサージもしてあげる事に。
お風呂で身体が温まっている上に、幼児退行しているお陰で余計な力が入っていない今の小絃ちゃんは、大変マッサージのしがいがある。ボディソープをマッサージオイルに見立てて、リンパの流れに沿って凝りや疲れを溶きほぐしてあげる。
「……どう?小絃ちゃん、気持ちいいかな?」
「きゃーぅ、ぁーっ♡」
「…………(ゴクリ)」
マッサージをされて、とろんと蕩けた顔を私に見せる小絃ちゃんは……お風呂の熱と蒸気、そしてマッサージで火照っていて……何というか、凄く扇情的。見た目は18歳の若々しく美しい憧れた女性なんだけど、今の中身は幼児という事をついうっかり忘れちゃいそうになる。
……変なたとえだけど。無垢な少女を騙してそういうお店に連れ込んで、悪いことをしているお姉さんの気分だ。つい今し方『小絃ちゃんの信頼を損ねるような事はしない』と立てた誓いを、早速破ってしまいそうな自分が怖い。
「…………(ザブザブザブ)」
そうなる前に、シャワーを温水から冷水に変え。文字通り冷や水を自身に浴びせて冷静さを取り戻す。……ダメ。ダメよ。今日の私は正真正銘(?)小絃ちゃんのママだもの。失せなさい欲望。来なさい母性。
「まーま?」
「うふふ、なんでもないのよ小絃ちゃん♪さ、続きをしようねー」
どうにか正気に戻った私はマッサージを程良いところで切り上げて、小絃ちゃんの身体を洗うのを再開する。余計な雑念が再び現れぬように、今度は洗いながらより一層小絃ちゃんとお話をしたり。小絃ちゃんと一緒にお歌を歌ってみたり。
「……ふふ。本当に懐かしい。……ね、小絃ちゃん。私もね、こんな風に
「だぁー?」
今の私みたいに。あの時のお姉ちゃんもこんな幸せな気持ちで私を洗ってくれていたのかな?そうだったら嬉しいな。
なんてことを思いながら、お姉ちゃんにやって貰っていた小さかった頃の自分の記憶を呼び起こし。十数年ぶりにそのお返しと言わんばかりに丁寧に洗う。決して痛くしないように、ガラス細工を扱う気持ちで。丹念に愛情を込めて小絃ちゃんの身を清めていく。
「まーぁま!ぎゅー!」
「きゃっ……!こーら、小絃ちゃん?ママまで泡だらけになっちゃったじゃないの。そんな悪い子はぁ…………こちょこちょの刑よー!」
「だぁっ♪きゃー♪」
洗っている途中で小絃ちゃんに抱きつかれたり、じゃれつかれたり。逆に抱きつき返したりじゃれつき返したり。
それはもう、大変良い思いをさせて貰いながら……背中から覆い被さるようにして、私は文字通り小絃ちゃんを隅々までしっかり洗い清めた。
「小絃ちゃん、お疲れ様。ちゃーんと洗えたね。えらいえらいよ」
「ふぁあ……」
小絃ちゃんの全身を洗い終え、泡を洗い流したあとは。抱き合うように湯船に浸かりながら。私は小絃ちゃんをねぎらってあげる。
ポンポンと頭と背中を優しく撫でてあげると、小絃ちゃんは気持ちよさそうに私の肩に頭を乗せて。しばらくするとこくりこくりと湯船の中で船を漕ぎはじめた。
「ふふ……おねむかな小絃ちゃん。お風呂も気持ちいいもんねー」
「んー……」
「でもこのままじゃのぼせちゃうし、ここで寝ちゃうと風邪引いちゃうね。頑張って起きて。お部屋のベッドでママと一緒に寝ましょうねー。子守歌を歌ってあげるからねー」
流石に大分浸かったわけだし、これ以上無いくらい堪能させて頂いた。本格的に小絃ちゃんが寝入ってしまう前にお風呂から上がった方が良いだろう。
名残惜しさを感じつつも、小絃ちゃんを抱っこして脱衣所へ戻ろうとした……まさにその時だった。
「ぅ……うわぁああああああああん!!!」
「ふぇっ!?」
何の前触れもなく。今まであれほど大人しかった小絃ちゃんが。不意に私の胸の中で泣き出したのは。危うく小絃ちゃんを湯船の中へと落としかけて、なんとか踏みとどまって抱き留めた自分を褒めてやりたい。
「ど、どどど……どうしたのかなー小絃ちゃん?だ、だいじょうぶ。だいじょうぶよー。ママはここにいますよー。ほら!いないいない、ばー!いないいないばー!」
「わぁああああああああん!!!」
咄嗟のことで頭が回らず、とにかく必死に小絃ちゃんをあやしてみる私。いないいないばーをしたり、抱っこしてあやしてみたり。今まで効果のあったあやし方を一通り試してみたけれど……どうしたことか、今回に限っては全然効果が無い。
「まぁま!まぁあああまぁああああああああ!!!」
今の小絃ちゃんは生まれたての赤ちゃんとは違い、簡単な単語は使える上にこちらの言葉もある程度は理解出来る精神年齢だ。だからこれだけ泣いて、ママである私を呼んでいると言うことは……何かしらの小絃ちゃんの要求があるものと思われる。
「え、ええっと……落ち着いて私。よく考えるのよ。赤ちゃんがお母さんに求めるものと言えば何がある?」
もしかして……おしめの交換?いや、多分それはない。それはつい先ほどそれは済ませてあるのだから。だから考えられるものとしては……やっぱり……
……お腹が空いた、とか……?
「…………あ」
その考えに至った時、流石の私もようやく気づく。小絃ちゃんが私を……いや、私というよりも私の胸を食い入るようにジッと見つめながら、口をちゅぱちゅぱ動かしている事に。
そう。だからこれはつまり……
「…………こ、小絃ちゃーん……?もしかしなくても……ママの……お、おっぱい……飲みたいの……かなー?」
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