琴ちゃんとトンデモ実験その1
39話 琴ちゃん、お姉ちゃんのママになる(その1)
「——さて小絃。約束、忘れちゃいないわよね?琴ちゃんの本心を教えてあげる代わりに……一日、あたしの実験に付き合うっていうあの約束を」
「……正直に言おう。忘れたかったよ。寧ろ忘れておいて欲しかったよこん畜生……!」
学校見学を無事に終えた一週間後。例のごとくアポ無しで私と琴ちゃんのお家に上がり込んできた私の母さんは、ニコニコ笑顔で開口一番私にそう告げる。
一週間も音沙汰無かったから、これは母さんもしや約束を忘れてくれたかと期待してたってのに……現実は非情だ……
「なによぅ小絃、その反応はー。そんなに嫌そうな顔しなくてもいーじゃない」
「嫌がって当然だと思うんだがね……母さんは自分が如何にマッドなサイエンティストなのか、もう少し自覚してから発言して欲しいんだけど?」
頬を膨らませて不満を言う母さんに、私は冷ややかに返す。警戒するのも無理はないと思うんだけど?何せ母さんの実験に(無理矢理)付き合わされて、今までただの一度も平穏に終わった試しがないわけだし。
「んで?今回は一体なんの実験に付き合えと?……まあ、大方その手に持った装置を装着しろって事なんだろうけど……その怪しげな装置は一体何さ?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!この装置は……ズバリ、追想機よ!」
「……ついそうき?」
「あの日あの時の楽しかった記憶を呼び起こしたい。もう一度あの日の思い出を体験したい。——そういう経験、小絃だってあるでしょう?この装置はね、それを任意に呼び起こして過去を追体験出来る装置なの。これさえあれば楽しかったあの日の遊園地の思い出も、あの日食べた美味しかったお店の料理の味も。ぜーんぶその当時のまま再現して体験出来るって代物よ。どーよ、凄いでしょーこれ」
「ふーん」
「……反応うっすいわねぇ。この凄さ、小絃にはわかんないの?」
わからんし、ハッキリ言ってどうでもいい。
「まあ、体験してみればその凄さもきっとわかるはず。と言うわけで……早速だけど小絃。実験開始よ」
「はいはい……んで?私にどうしろと?複雑な操作が必要とかならお断りなんだけど」
「複雑な操作が必要なものをおバカな小絃に任せるわけないじゃない。難しい事なんて一つもないわ。ただあんたはこの装置を頭にかぶるだけでOK。ね、簡単でしょ?」
そんな失礼な事を言いながら、胡散臭さがただようバイクのヘルメットみたいなものを私に差し出す母さん。むぅ……これをかぶるのか……
「……念のため聞くけど。これを装着して本当に大丈夫なんでしょうね?命の危険とかは……?」
「実の母親に対してとことん信用無いわねぇ……あたしがあんたに危害を加えた事が一度だってあったかしら?」
「星の数ほどありますが?死ぬ方がマシと思えた事も、一度や二度じゃなかったハズですが?」
「そんな些細な事は気にしない気にしない。とりあえずほら、とっととかぶりなさい小絃」
「いや、全然些細な事じゃないんだけど……」
……まあいいか。さっさと終わらせて義理を果たすとしますかね。
「ちなみにだけど。どんな追体験をするか希望はあるかしら小絃?」
「んな事いきなり言われても困るけど…………んー、ならそうだね。指定できるなら折角だし(琴ちゃんが)赤ちゃんの頃の体験がしたいな」
「ほほぅ。それはそれは中々に業が深いわね。おっけー、なら(小絃が)赤ちゃんの頃の追体験が出来るように設定してあげる」
「……?」
琴ちゃんと初めて会った時のあの感動をもう一度味わえるなら味わいたい。そう思ってリクエストをしてみた私。だと言うのに……業が深い?一体何の話だろう。
アレか?『あんたいつも琴ちゃんの事考えてるわね』って思われてるのか?だ、だって仕方ないじゃん……それくらいしか思い当たる事なかったんだし。
「設定完了。……そんじゃいくわよー小絃」
「お手柔らかに頼むよマジで……」
「はいはい、そんじゃまあ……スイッチ、オーン!」
覚悟を決め、装置を被り深呼吸。どうか平穏に終わりますようにと願いながら目を瞑り…………そして。
……ここまでが、私がハッキリと覚えている記憶だった。
◇ ◇ ◇
~Side:琴~
「……これで良し。ふふふ、我ながら今日も完璧」
小絃お姉ちゃんとお義母さんが何やら楽しそうにお話をしている間、私……音羽琴はいつものように午後のお茶会の準備を整えていた。
お姉ちゃん好みの甘さ・温度・香りに整えた紅茶と焼きたての手作りクッキーを作り終え、これでいつでもお茶会が出来る。
「今日はお義母さんも来てくれてるし、未来のお姉ちゃんの嫁としてお義母さんには良いところ見せとかないとね……」
ちなみに今日はいつも以上に気合いを入れてみた。この間の二人への謝罪と、それから感謝の気持ちを込めてね。……何せこの間は折角お義母さんにもお姉ちゃんの転入のための学校見学に付き合って貰ったというのに。結局その転入の話は、私の我が儘を通させて貰って無くなったわけだし。
あんな我が儘を言ってお姉ちゃんを困らせる事になったんだ。本当なら二人に怒られたり失望されて当然のハズ。なのにお姉ちゃんもお義母さんも——
『大丈夫。気にしないで。琴ちゃんがそう望むなら私は琴ちゃんの意思を尊重するから』
『琴ちゃんがこのおバカの面倒見てくれるんでしょー?なら何も問題ないわね!小絃の事引き続きよろしくねー』
と、笑顔で言ってくれたんだ。その優しさに応えるためにも。そして……お姉ちゃんを安心して任せて貰う為にも。自分の頼れるところ、コツコツアピールしていかなきゃね。
「さてと。準備も出来たし、もたもたしてたら折角の紅茶が冷めちゃうね。そろそろお姉ちゃんたちにお菓子を届けて——」
『ママぁあああああああ!!!』
「ッ……!?」
なんて事を呟いていたその時だった。何の前触れもなく甲高い泣き声が家中に木霊したのは。な、なにごと……?
『ちょ……おおお、落ち着きなさい小絃!?ほら!あ、あたしならここよ?正真正銘、あたしが小絃のママで——』
『いやぁあああああああああ!!!ままぁあああああああああああ!!!』
『ひ、ひぇええ……』
どうやら騒ぎの発生源はお姉ちゃんたちのいるリビング。普段動じないお義母さんの珍しく焦る声と共に聞こえてくるのは……これは……
「赤ちゃんの、泣き声……?」
いや、でもおかしい……この家に赤ちゃんなんているハズがない。それに……この声って……どう聞いても……私の大好きな人の声だし……
とにもかくにも状況がわからない事には話にならない。慌てて私はキッチンから飛び出してリビングへと走る。
「小絃お姉ちゃんっ!それにお義母さん!どうなさいましたか!?」
「お、おお!琴ちゃんグッドタイミングよ!お願い助けて!大変なのよ!小絃が……小絃がぁ……!?」
「小絃お姉ちゃんに何かあったんですか!?」
リビングに辿り着くと、お義母さんは困り果てた表情で私に救いを求める。小絃お姉ちゃんが、大変……!?一体何が……!?
最悪の事態が頭をよぎる。もしや、お姉ちゃんの身に何か悪いことが起こったのではないか。急ぎお姉ちゃんに駆け寄った私が見たもの、それは……
「ママ、まま……ママぁあああああああああああああ!!!!」
「…………こ、小絃……お姉ちゃん……?」
私の尊敬する私の大好きな……小絃お姉ちゃんが。私の前で涙の一つも見せたことのない強く凜々しく美しいあの小絃お姉ちゃんが。火の付いたように泣き叫ぶ姿がそこにはあった。
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