37話 不機嫌のその理由
「——皆さん。騒ぐのはここまでです。今は授業中ですし、何よりも今日は小絃さんのリハビリも兼ねた大事な体験授業ですからね。そろそろ真面目に授業を始めましょう」
「「「はーい」」」
音瀬小絃という珍獣の乱入。そして我らが愛しの琴ちゃんの爆弾発言。この二つが合わさって、お嬢様学校とは思えないくらいキャーキャーと黄色い声を上げて大騒ぎしていた生徒さんたち。そんな生徒さんたちを、私を案内してくれてた先生は一声で諫めてくれた。
……ぶっちゃけ生徒さんたちが騒ぎまくってたのって、8割くらいはある事ない事生徒さんたちに言いふらしてた先生のせいでは?と思わんでもないけれど……まあそれは置いておくとして。
「さて。先週に引き続き、本日も日本の伝統音楽をテーマに学習をしていきましょう」
私に少しでもクラスや授業の雰囲気を体験して貰えるようにと、今回私が参加させて貰ったのは音楽の授業。英語とか数学とかの主要な科目と違い、音楽ながら多少前後の授業内容がわからなくてもなんとかついて行けそうで安心する。
「先週は和楽器の種類やその歴史について学びましたね。本日はその和楽器に直接触れて演奏する時間です。自分の希望する楽器を選び、思い思いに演奏してみましょう。では始めてください」
「「「はーい」」」
先生のその指示に合わせ、生徒の皆さんはそれぞれ別れて指定している楽器の元へと向かっていく。
「……へぇ。もうちょっとお堅い感じの授業かと思ってたけど……結構自由な感じなんだね」
「さっきアンタと琴ちゃんがふーふ漫才してたもそうだったけど。生徒たち皆、結構ノリが良い感じよねー。小絃、やっぱりアンタに合いそうな学校じゃないの」
「いや待って。別に漫才はしてないんだけど……?」
でもまあ確かに母さんの言うとおり。バリバリの進学校でお嬢様学校って話を聞いてたし、てっきり主要科目以外でも厳格に授業を行われているんじゃないかと身構えていた私だったんだけど。思ってた以上にフリーダムな感じで進められる授業の光景にちょっとビックリ。みんなのびのびと授業を楽しんでるって感じだ。
『ええっと……これってどうやって演奏するのかしら?』
『ふふ、先週習ったでしょう?ここはこうして…………あ、あら?音、出ませんね?』
『違いますよ。ここをこうして——ほら、こうするとちゃんと鳴りますよ』
楽しげに楽器に触れたり演奏してみたりしている生徒さんたち。これだけで普段の授業がどんな雰囲気なのかなんとなくわかる。校舎の雰囲気もさることながら、本当に良い学校だわ。
「どうですか小絃さん。あの子たちの授業を見てみた感想は」
「あ、はい。えーっと……和気あいあいと自由に授業してあって。正直拍子抜けって言うか。もうちょいビシバシ教育!してると思っていただけに、すっごい良い感じで安心してます」
「ふふ。もしかして厳格なイメージでした?生徒たちに学ぶことの楽しさを身につけて貰うことこそが、この学校の校風ですからね。授業内容にもよりますが、大体こんな感じでいつもあの子たちは授業を行っているんですよ」
「なるほど……」
先生に問いかけられ、あるがまま答えてみる。言い方はアレだけど、程よく緩くて。彼女たちの授業の様子は本当に楽しそうで。これなら私でも上手くやっていけそうって思えちゃう。
「ちなみに小絃さん。小絃さんはどんな楽器に興味がありますか?」
「え?私ですか?」
「折角の体験授業ですからね。小絃さんが良ければ是非とも参加してくださいな」
と、そんな風に生徒さんたちの授業風景を遠巻きに見ていた私に。先生は優しく私に授業に参加する事を勧めてきた。
「遠慮なさらずに。好きな楽器、興味のある楽器。どれでも好きに選んで演奏して良いんですよ。あの子たちみたいに楽しんで良いんですよ小絃さん」
「あ、でも……その。ここに来る前にも言いましたけど、私はあくまで今日は見学だけのつもりで来ただけですし……」
「んー?いーじゃない。参加させて貰いなさいよ小絃。あんた他の科目は壊滅的だけど「おい、壊滅的とは何だ壊滅的とは」音楽だけは唯一得意だったでしょー?やらせて貰えば良いじゃない。ねー?そう思うわよね琴ちゃん」
「…………え?あ、はい。……そう、ですね……お姉ちゃんがやってみたいなら、参加してもいいんじゃない……かな」
「むぅ……まあ、琴ちゃんがそう言うなら……」
先生は勿論、母さんにも琴ちゃんにも勧められたら断りにくい。恐る恐る生徒さんたちと混ざり楽器が並べて置かれているテーブルに近づいてみる事に。
流石はお嬢様学校と言ったところか、和太鼓・三味線・篠笛・尺八にetc.打楽器弦楽器管楽器……手入れのとても行き届いた、ありとあらゆる種類の伝統楽器が置いているようだ。
そして勿論私の唯一の取り柄と言ってもいいあの楽器も当然のようにそこにはあって。
「じゃあ、折角ですし……箏を弾かせて貰っても良いですか?」
「えっ!?音瀬さん、箏が弾けるんですか!?」
「ふぇ?」
どうせ演奏するのなら、やはり手慣れた子が一番良いだろう。そう思い箏を希望した私。すると一人の女生徒が、驚いた様子で私に話しかけてきたではないか。
「音瀬さん……もしかして、箏を習っていらっしゃったり……されますか?」
「あ、ああうん……昔ちょっとだけ教わってた事もあったりなかったりするけど。それがどうかしたのかな?」
「ほ、ホントですか!?わ、私……箏曲部の部長をしているんです……!よ、よろしければどんな曲でも良いので……一曲だけでも弾いていただけると……!」
「えっ」
「なーに?音瀬さん箏弾けるの?すごーい!私も聴きたーい!」
「あっ、ずるーい!私も聴くー!」
「え、ええっと……」
経験者とわかるや否や。何やら期待を込めたキラキラした目を向けて私にそう懇願する生徒さん。周りの生徒さんたちまでも自分たちの演奏をストップしてまで私を注目する。
「こーら。皆さん、最初に言いましたが小絃さんはリハビリも兼ねた体験授業をしているんです。あまり小絃さんに無理をさせてはいけませんよ」
「せ、先生……!」
それを見かねた先生が一言注意を入れてくれたけど。
「まあそれはそれとして。私も小絃さんの箏の演奏、聴いてみたいですね♡お願いしても良いかしら小絃さん」
「せ、先生……?」
その先生までもこの始末ときたか。生徒さんたちは勿論、この先生も結構良い性格してるよなぁ……悪い人じゃないっぽいけど。
そうこうしている間にも最初に自己紹介した時のように。生徒の皆さんに囲まれて。そしてトドメと言わんばかりに箏曲部の部長さんに手を握られて……
「ほら……皆もこう言っていますし。ね?ねっ?やってみませんか音瀬さん!」
「あー……でも私、正直かなり腕が落ちてますし……」
「箏の経験者ってだけでもとっても貴重なんです!」
「け、経験者って言っても素人に毛が生えた程度ですから……全然上手く無いですよ?」
「構いません!貴女の音を聴かせてください音瀬さん!」
「……そ、それに……現役の箏曲部の方の前じゃ聴くに堪えない雑音でしょうし……」
「それならそれで、私たちの部活に入って貰って共に箏の腕を磨ける楽しみも増えるので万事オッケーです!ですから……ッ!」
「…………あんまり期待しないでくださいね」
「「「やったぁ!!!」」」
結局、生徒さん……特に箏曲部の部長さんの熱意の籠もった懇願を断り切れずに箏を生徒の皆さんの前で披露する事に。体験授業ついでで気軽に弾いてみようって思っただけなのに、どうしてこうなった。
薄々感じてたんだけど。私、やっぱ押しに弱いよなぁ……これじゃあ体験授業と言うよりも、プチソロコンサートじゃないですかやだー……
「……まあ、これも一つの良い経験か」
そう割り切りながら軽く箏を調弦する。ブランクがあった私だけど。昔の私以上に箏をマスターしてた琴ちゃんに、最近はちょくちょく箏の個人レッスンをさせて貰っている私。そのお陰で大分昔の勘を取り戻せてきている。ガチの演奏ならともかく、ほんの一、二曲お遊び程度に弾くくらいならなんとかなるだろう。
寧ろ考えようによっては……現役の箏曲部の部長さんが見ている中で、どれだけ私がやれるのかを試せる……琴ちゃんとのレッスンの成果を披露できる絶好のチャンスだよね。
「よしっ。とりあえずこんなものかな」
パパッと準備を終えるといよいよ本番。あれだけ大騒ぎしていた生徒さんたちも。私の演奏を前に空気を読んで皆一斉に口を閉じ静寂を作り出す。なんとも言えぬ独特の空気が漂う。
静まりかえる音楽室。生徒さんたちや先生の好奇の視線、ついでに母さんの面白おかしそうな視線を一身に受けながら。その一番奥にひときわ熱く強い視線が私に向けられているのを肌で感じる。
「…………お姉ちゃん」
今日は私の保護者として私を見守ってくれている琴ちゃん。奥ゆかしく音楽室の端っこで、心配そうに私を見てくれている。
……なんだか昔やってた箏の発表会を思い出す。昔も大舞台に立った時、そこには必ずと言っていいほど、あの子が私を見守ってくれていて……
「(……琴ちゃんが見てる前で、無様な姿は見せられないね)」
程よい緊張感の中、一度大きく深呼吸。……よし。大丈夫、いける。他でもない琴ちゃんが私を見てくれている。それだけで私はいつだって無敵になれる。
姿勢を正し、箏と向き合う。自分の体重を親指に乗せ、そして……琴爪をつけた親指で力強く弦を弾いて——
◇ ◇ ◇
~Side:琴~
美しい音色が、音楽室いっぱいに広がってゆく。私の大好きなお姉ちゃん……小絃お姉ちゃんの奏でる、凜とした箏の音が響き渡る。
『……すごい。こんなに綺麗な曲、始めてです私……』
『音瀬さん……あんなにお上手なんて……』
『綺麗ですよね……演奏も、奏でている音瀬さんの姿も……』
いつ聴いてもお姉ちゃんの箏は素敵だ。勿論、身内びいきしているわけじゃない。たった一曲弾いただけで、この学園の生徒たちは皆魅了され。うっとりと嘆息しているのがその証拠だ。
……どう?私のお姉ちゃんは凄いでしょう?綺麗で可愛くてかっこいい上に、こんなに見事に演奏できるなんて素敵でしょう?そう鼻が高くなるその一方で……私は内心、昨日からずっと感じていたモヤモヤを更に募らせてしまっていた。
「ふーむ。他はてんでダメダメなのに。相変わらず箏だけは無駄に上手いわねぇあの子。あれだけはあの子に一生勝てないわ」
「……ねえ、お義母さん」
「んー?どしたの琴ちゃん?」
「小絃お姉ちゃん、今凄く楽しそうですよね……」
「うん、そうね。あんまし乗り気じゃなかったクセに。何だかんだで目一杯楽しんでるわよねあの子」
「……やっぱり……そう、ですよね」
お義母さんの仰るとおり。小絃お姉ちゃんは本当にとても楽しそうに、とても気持ちよさそうに箏を弾いている。いつも私と一緒に箏を弾いてる時のように。……いや、もしかしたらいつもよりももっと楽しそうに……
ああ、お姉ちゃんは……やっぱり……
「琴ちゃん?どうかした?なんだかションボリしていない?何かあった?」
「……」
「こーとーちゃーん?」
「…………同年代の子と、一緒に勉強して……楽しく遊んで。学校生活を満喫したいって……お姉ちゃんも……きっと思っていますよね……」
……正直くやしい。お姉ちゃんとの幸せな時間を、他の誰かにあげたくない。…………でも。
「お姉ちゃんが、それを望むなら……私は……」
「…………なーるほど。琴ちゃんの不機嫌って、つまりはそういう事なのねー」
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