36話 不機嫌琴ちゃんと黄色い歓声
琴ちゃんのお父さんの薦めで、とある学校に学校見学へとやって来た私。
「——さて、それでは説明はこの辺にして。ずっとお話ばかりもつまらないでしょうし、そろそろ校内案内に移りましょう。先生、あとはよろしくお願いしますね」
「承りました校長先生。では小絃さん、それに保護者の皆さん。案内しますのでついて来てくださいね」
校長先生や三年生の担任の先生の、大変丁寧でわかりやすい学校の説明も終え。今度は校内を案内して貰う事に。
「本当は全校舎を案内したいところではありますが、とりあえず今日は小絃さんに関係のありそうなところだけを案内したいと思います。それで良いかしら小絃さん」
「あ、はい。それはもうお任せします」
「ありがとう。ふふふ、助かるわ。なにせこの学校ってとっても広いから。全部案内していたら一日じゃとても終わらないのよね」
それは確かに。なにせ高等部だけでどこぞの大学なんか目じゃないってくらい、とにかく何から何までデカいこの学校。校舎全てを周ると言うのなら、案内だけで一日どころか一週間はかかるだろう。
「それじゃあ行きましょうか。まずここがエントランスホールで——」
説明をしながら案内してくれる先生の後を付いていきながら、きょろきょろと忙しく校舎を見てみる私。
「……しっかしまあ……改めてホントに凄いなこの学校」
琴ちゃんが始めに先生たちに質問した通り。今の私は外出する時は大抵車椅子を使用しているんだけど、この生活を始めるようになったからこそわかる事がある。壮大でゴミ一つない綺麗な校舎や校庭は勿論だけど、何よりもこの学校が凄いと思うのは。誰もが使いやすく、且つ安心に設計されている設備が整っているところだ。
先生たちが最初に説明してくれたとおり。段差を極力減らしてあったり、上り下りには広くて車椅子に乗ったままでも押せるボタンの付いたエレベーターが設置してもらっているお陰で、移動が全く苦にならない。ところどころに設置されている生徒用の自販機も、通常のボタンの他にも車椅子のままで選べる場所にボタンが設置されているから易々とジュースが買える。
トイレにしても扉はスライド式で、しかも軽くて簡単に開けられるし。絶妙な位置に手すりがあるから一人でもトイレに移乗出来るし。手洗いも車椅子に乗ったままでちゃんと洗えるからとても助かる。
かといって、ガチガチの如何にもな『バリアフリー!』って感じでもないってところも好感が持てる。あくまでも誰でも使いやすいをコンセプトにしてあるようで(琴ちゃん曰く、こういうのをユニバーサルデザインっていうんだってさ)お陰で私も気兼ねする事なく利用することが出来て……
「いやはや……ホントに感心するわ。本当に琴ちゃんのお父さんがおすすめしてくれるだけあって、凄く良い学校だよね琴ちゃん」
これだけきめ細やかな配慮がされている学校ならば、琴ちゃんも安心して私を送り出す事が出来るだろう。そう思い私の車椅子を押してくれている琴ちゃんに話を振る私。
「そう、だね……本当に良い学校だ……」
「……琴ちゃん?」
けれど話を振ったその琴ちゃんは。喜んでいるかと思いきや、あんまり嬉しそうじゃなさそうだった。……まただ。口では『良い学校』と言ってはいるけれど、表情と言葉が合ってない。
なんだか落ち込んでいるようにも見えて……今日の琴ちゃんは一体どうしちゃったんだ……?
「ねえ、琴ちゃん」
「……あ、えと……何……かな、お姉ちゃん?」
「ひょっとして体調悪かったりする?」
「え?ど、どうして?」
「だって昨日から全然元気ないんだもん。……もしかしてさ。体調悪いのに、私が学校見学するって言うから……無理をして付いてきてくれたんじゃないの?もしそうなら、今日は中止して今すぐにでも病院に……」
私がそう言うと、琴ちゃんは静かに首を振り。
「……心配してくれてありがとう。でも……大丈夫。そんなんじゃないよ」
「本当に?でも大丈夫って言う割には琴ちゃん……」
「……だいじょうぶ……そんなんじゃなくて……うん……」
「……むぅ」
言葉を濁し、なんだか煮え切らない様子の琴ちゃん。
「小絃ー!琴ちゃーん!なーにぼさっとしてんのよー!置いてくわよー!次は待ちに待った食堂を案内してくれるってさー!」
「……行こうお姉ちゃん。お義母さんが呼んでる」
「あ、ああうん……そだね……」
琴ちゃんにまた車椅子を押して貰いながら思う。……ねえ琴ちゃん。大丈夫と言うのなら、どうして貴女はそんなに元気がないの?
私の大好きな、琴ちゃんのいつもの素敵な笑顔は、一体どこに行っちゃったの?
◇ ◇ ◇
そんな風に若干琴ちゃんとギクシャクしながらも、校内案内は午前中に無事に一通り終えた。休憩ついでにアホの母さんの強い要望があった食堂で、美味しいご飯を食べてから——
「さて。お腹も満たしたところですし……それではそろそろ体験授業に行きましょうか小絃さん」
「あ、はい…………はい?」
——唐突に、先生はそんな事を言い出した。体験授業……?
「あの、先生……?体験授業って言うと……まさか私に、今から授業を受けろってこと……ですか?」
「その通りですよ。やっぱり一度は実際に授業を受けて、生徒たちと接してみないとそのクラスの雰囲気もわからないでしょうからね」
にこにこ笑ってさらっと言う先生。ま、待って……そんないきなり言われても……
「す、すみません……私今日は教科書とかは勿論、筆記用具も何も持ってきてないんですけど……それに、急に授業を受けろだなんて……」
専属家庭教師の琴ちゃんから熱烈熱愛個別授業を受けているとはいえ、正直私が現役の進学校の生徒が受ける授業とかに付いていける自信なんてないし……
「それに、急に私みたいなのが一緒に授業だなんて……生徒さんたちだって困るんじゃ……」
「大丈夫ですよ。体験授業は私のクラスの生徒たちの授業に入って貰うつもりです。彼女たちには事前に小絃さんの事をちゃんと説明していますから心配しなくても良いんです。それに今から始まる授業は音楽。今回は様々な日本伝統の楽器に触れる、というテーマの授業ですので気軽に授業に参加できるかと」
「う、うぅむ……」
音楽か……比較的得意科目とも言えなくもないし、何より私の好きな科目だ。確かにそれならなんとかなる……かな?
「まあ、そういう話なら……」
「決まりですね。では早速。音楽室まで行きましょう、皆小絃さんを待っているはずですよ」
渋々体験授業を受ける事を了承すると、先生は嬉々として私たちを音楽室へと案内する。現役女子高生たちと授業かぁ……なんか緊張するなぁ。
けどまあ、この学校に編入する事になれば遅かれ早かれそれが日常になるわけだし。今のうちに慣れておくのもアリと言えばアリだろう。
「ここですよ小絃さん。さあ、どうぞ中へ」
「は、はい。…………よし。し、失礼しますっ!」
先生に促され、腹をくくる私。深呼吸を数回済ませ、意を決して扉を開け——
『『『きゃぁああああああっ♡』』』
「ぴぃ!?」
直後、一斉に女学生たちの悲鳴にも似た黄色い歓声(?)に出迎えられる。その圧にわけもわからず反射的にUターンして、車椅子を必死にこいで思わず逃げ出す私。なにごと!?
「こーら。どこ行くのよ小絃」
「だ、だってぇ!?びびるじゃんいきなりこんな出迎えされてさぁ!?」
「歓迎されてるだけでしょ。情けないわねぇ。石とか投げられたわけでも罵声をあげられたわけでもあるまいに、普段図太いくせに変なところでチキンよねぇ小絃はー」
逃げようとした私は母さんに捕まえられ、ついでに非常に不名誉なことを言われてしまう。だ、誰がチキンだ……ちょ、ちょっと意表を突かれただけだし!?
「全く貴女たちは……小絃さんに会うのが楽しみだったのはわかりますが。驚かせてどうするんですか。それに一応今は授業中です。はしたない声を上げるのはやめなさい」
『『『はーい、すみませーん』』』
「ごめんなさいね小絃さん。この子たちったらはしゃいじゃって。大丈夫です、取って食ったりはしませんから」
「は、はい……」
再度先生に促され、恐る恐る音楽室へ舞い戻る。先生の注意もあり、今度は歓声をあげられる事はなかったけれど。それでも何故か全員キラキラした視線が私に集中して実に居心地が悪い。
「さて皆さん。朝話した通り、彼女がこのクラスに編入予定の音瀬小絃さんです。小絃さん、自己紹介をお願いして良いかしら」
「は、はい……えー、その。音瀬小絃と言います。今日は突然お邪魔してすみません。諸事情から10年寝たきりで……つい最近目が覚めた文字通りの世間知らずで時代遅れな女です。ありがたいことにこちらの先生方に声をかけていただき、また改めて高校に通えるかもしれないとの話を聞き。ご迷惑になるかと思いましたが……このたび学校見学をさせていただく事になりました。実際に通うかどうかはわかりませんが……とにかく皆さん、今日はよろしくお願いします」
『『『よろしくお願いします!!!』』』
「……ッ!」
簡単な自己紹介を済ませぺこりと頭を下げると。割れんばかりの拍手と共に挨拶を返してくれる生徒の皆さん。
その拍手と輝く彼女たちの笑顔を受けて私は。
「…………(サササッ!)」
「……?お姉ちゃん、どこ行くの?」
「あ、あら?どうしたの小絃さん?小絃さーん?」
「こらこら小絃。だからどこに行こうというの」
再度無言でUターンをして音楽室から逃走を図り。そしてまたしても母さんに捕まっていた。
「今度は何よ。なんで逃げようとしてんのよあんたは」
「む、無理!限界!耐えられない!老いた母さんはもう感じないの!?」
「誰が老いてるか。つーか、感じるって何がよ」
「ま、まばゆすぎるんだよ、ここの生徒の皆さんは……!?」
「はぁ?」
ダメだ……ちょっと耐えれない……これが現役高校生たちの若さか……!音楽室に入った瞬間から感じる、若さに満ちあふれた生徒の皆さんのオーラに圧倒され、思わず逃げ出してしまった私。こ、こんな若々しい子たちと一緒に授業とか……精神が持ちそうにないんですけど!?
え?なに?お前、一応肉体年齢的には彼女たちと同年代だろうって?いやいや、何というか……キラキラ度が私と全然違うんだよ!?あの子たちすっごい輝いてるんだよ!?
「意味不明なバカな事言ってないでさっさと戻りなさいよ小絃。折角あんたの為にわざわざ時間を割いてくれているのに、挨拶しただけで逃げ出すとか失礼にもほどがあるでしょー」
「う、うぅ……わかってるよ……」
母さんに車椅子ごとズルズル引きずられて、仕方なく三度音楽室へと戻る私。そんな私に生徒さんたちは心配そうに駆け寄って、声をかけてくれる。
「どうしました?大丈夫ですか音瀬さん」
「体調が悪いのかしら?10年昏睡状態だったと聞きますし、無理はなさらないで」
「あ、いえ……お気になさらず……ちょ、ちょっと居てもたってもいられなくなってですね……」
「あら、もしかして……音瀬さんは恥ずかしがり屋さんなのかしら」
「ふふっ、シャイなのね音瀬さんは。可愛らしいお方ですわ」
「ハハハ……」
私の奇行にも動じずに。優しく話しかけてくれる生徒さんたち。いやホント……変な奴ですんません……
そうこうしているうちに、いつの間にかぐるりとクラス中の女の子たちに囲まれて。そのまま私は彼女たちに代わる代わる話しかけられることに。
「先生から音瀬さんのお話を聞いて、私たちずっと音瀬さんに会いたいって思ってたんです。お会いできて光栄ですわ」
「へ……?あ、会いたい?私に……?なじぇ……?」
「はい!何せ音瀬さんは……現代を生きる眠り姫なんですから!」
え?眠り姫……?
「音瀬さん、あの話は本当なのですか?暴走する車から自分の大切な人を文字通り身を挺して守ったというのは」
「え、ええっと?」
「その事故のせいで、音瀬さんが10年もの時を止め……10年が経った今、目覚めたというのは本当なのですか?」
「う、うん……まあ事実だけど……それが?」
『『『きゃぁあああああああああっ♡』』』
「ぴゃい!?」
質問に正直に答えると。またも湧き上がる生徒の皆さんの黄色い歓声。だ、だからなに!?
「本当に素敵ですわ……まさかそんな、小説みたいな事が起こるだなんて。何でも聞くところによると……助けた子はご両親が認めた許嫁で。すでに当時から恋仲にあった婚約者で。もしも音瀬さんが庇わなければ間違いなく命を落としていたんだとか?」
「い、許嫁……?恋仲にあった婚約者……!?」
「愛する人を守るために自分を犠牲にするなんて……!なんて尊いのかしら……!しかも、しかもですよ……!その人を悲しませない為に、10年の時を経て生死の境から戻ってきたんでしょう?」
「い、いやあの……」
「音瀬さんの意識が戻るのを待つ婚約者に……き、キスされて。……それがきっかけで10年越しに目が覚めたんですよね!?ああ、なんてロマンチックなのかしら……!」
「はぁ!?」
なんか凄い美談風に語られてるけど……ちょくちょくとんでもない脚色されてないか……?
「あ、あの……皆さん?その話、一体どこで聞いたんですかね?」
『『『先生から聞きました!』』』
「……先生?これはどういう事ですかね?」
「ふふふ♪だって、本当に素敵じゃないですか。小絃さんはまさに現代版眠り姫。将来を誓い合った女の子を守り、そして10年後に再会……成長した女の子と再び出会い恋に落ち……そして改めて結ばれる……!ロマンチックですよね!」
生徒たちに負けないくらいキラキラした視線を私に向けて、うっとりした表情で私に語る先生。……さっき生徒たちが歓声を上げてたことを窘めてたけど。生徒たちがこうなった原因って……もしかしなくても、この先生が原因なのでは……?
「ちなみに皆さん。その時小絃さんが助けた少女というのが……何を隠そうこちらにいる音羽琴さんなんですよ。小絃さんが目覚めると信じて待ち続け、10年経った今。彼女のキスで小絃さんが目覚めたんです。お互いに強い絆で結ばれた二人は、改めて将来を誓い合い。そして……今では同棲する仲になったんだとか」
『『『きゃぁああああああああああああああっ♡』』』
防音設備がしっかりしているはずの音楽室だけど。そんな先生の一言に湧いた生徒たちの歓声が、学校中に響き渡るんじゃないかと思うくらいの大盛り上がりを見せる。
まて、待て待てちょっと待て……!?
「ち、ちが……!?一部事実に相違がありますよねその話!?脚色されまくってますよね!?こ、琴ちゃん!琴ちゃんも言ってやって!事実と相違があるって教えてあげて!?」
「…………?え、ごめんお姉ちゃん……今の話、どこか相違があるっけ……?」
これ以上盛り上がられると色々困る。慌てた私は撤回するため琴ちゃんに話を振ったんだけど。その琴ちゃんはきょとんとした可愛い顔で首を傾げる。いや、琴ちゃんも何言っているんだね……!?
「ほ、ほら!許嫁だの恋仲だのなんだの……事実と大分話異なるじゃない!訂正してあげてよ!」
「……と言われても。両方の両親が認めた仲なのは間違いないと思う。それに、お姉ちゃんと私は……昔かららぶらぶ。ですよねお義母さん?」
「そうねぇ、どっこも間違いじゃないわよねー」
まあ、確かにそうだけど!あの時は許嫁ってわけじゃなかったでしょう!?しかも当時から恋仲って……それじゃあまるで私が小学生の琴ちゃんを手込めにしてたロリコンみたいじゃないか!?失礼だぞ!?あのあや子じゃあるまいに!(どーいう意味かしらね小絃?by悪友)
「そ、それに……キスして目覚めたとか脚色も良いところじゃないの!いくら現代版眠り姫っぽい美談にしたいからって、キスしたなんて根も葉もない事を言われるなんて……いくらなんでも琴ちゃんも嫌でしょう!?」
「…………」
私のその問いかけに、琴ちゃんは一瞬固まり。
「…………(ササッ!)」
何故か思い切り目を逸らす。……どうした琴ちゃんその反応は?どうしてそんなに顔が赤い?どうしてそんなに嬉し恥ずかしなお顔になっている?
「…………もうしわけないとは思っている。後悔はない」
「あの……琴ちゃん?まさか……」
「…………えと。お姉ちゃんって眠り姫みたいだなーって思って」
「お、思って?」
「…………一度だけ、ものは試しにと……眠っているお姉ちゃんに——」
『『『きゃぁあああああああああああああっ♡♡♡』』』
琴ちゃんのこの一言で。この日一番の歓声が、音楽室の立派な防音設備を突破して。この広い校舎いっぱいに広がった。
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