35話 そうだ、学校見学に行こう

 10年間という長い人生の空白期間を持つ特殊な事情、そして体力・筋力的な問題で未だ長距離の移動に関しては車椅子(もしくは琴ちゃんの強制お姫様抱っこ♡)を余儀なくされている事や万が一私の身に何か問題が起きた場合の対応などの問題から。中々私の復学を受け入れてくれる学校はなかったんだけど。

 私が目覚めてからずっと復学の手続きに力を尽くしてくれていた琴ちゃんのお父さんから、ようやく受け入れ先の学校が見つかったという報告を受けた私。


『——と言っても、受け入れ先が見つかったからすぐに編入しなさいという話ではないよ。急にこんな事を言われても困るだろうし、当然だがその学校が合う合わないは実際に小絃くんに判断して貰わないとわからないわけだからね。そこでだ小絃くん……君さえよければ一度学校見学に行ってみるのはどうだろうか?実際に通っている生徒たち、行われている授業や部活動……そういうものを自分の目で見て肌で触れ雰囲気を感じてくれれば、その学校の良し悪しが自然とわかるだろう。勿論、すでに校長には話はつけてある。好きな時に行ってみると良い』


 そんな娘さんに似てめっちゃ気遣いの神とも思える琴ちゃんパパのありがたい勧めもあり、善も急げという事で。本日は保護者同伴で学校見学に来ている私。


「お、おぉ……こりゃすごい」


 ドンッ!とそびえ立つ校舎を前にして若干圧倒される。これはまた、なんとも立派な学校だ。メインの校舎は馬鹿デカいし。敷地はどんだけあるんだってくらいとんでもなく広いし。その敷地に所狭しといくつもの寮やら研修棟やらが建ち並んでいるし。登校している女学生たちは皆、どことなく品のあるいかにもどこかのお嬢様って感があるし……

 ……ここか?私の復学予定の学校って……ホントにここで合ってるのか?


「凄い有名な私立のお嬢様学校って話だし……学費とか高そうだなぁ……編入試験とかも難しそうだし」


 ホントに私がこんな凄い学校に通っても良いんだろうか……?わざわざ交渉してくれた琴ちゃんのお父さんには悪いけど……自分の身の丈に合っているとはとても思えないんだが……


「……それに関しては、うん。大丈夫……金銭的な面ならお父さんが全面的に協力するって話だし。それに……編入って言っても1年弱だからね。そこまで学費もかからないんだって。あと編入試験に関しても……、お姉ちゃんに勉強教えてたわけだし。今のお姉ちゃんの学力なら余裕で突破できるよ」

「そ、そう?琴ちゃんがそう言うなら……うん。問題ないのかもしれないね……」


 見学前にすでに気圧されているそんな私に、琴ちゃんはクールにそう言ってくれる。そういう事なら堂々としてても良いかもしれない。

 ……それはそれとして、ところで琴ちゃんや?


「……うん。そうだね、問題ないね……お姉ちゃんは、問題ないんだよね……」

「…………ええっと」


 ……わ、私の気のせいだと良いんですが……なんだかとてもご機嫌が斜めと言いますか、一言一言に何やら棘がある感じなのは一体どうしてでしょうか……?


「(ちょっと小絃ー?あんたいつもは菩薩みたいに温厚な琴ちゃんをこんなに怒らせるだなんて、一体何をやらかしたのよー?琴ちゃんがここまで怒るだなんて相当の事じゃないの。正直に白状しなさい。そしてちゃんと琴ちゃんに謝りなさい)」

「(し、知らないよ!?今回ばかりはぜんっぜん身に覚えないんだもん……!?)」


 琴ちゃんのそんな様子を見て、こそこそと隣にいた母さんは肘で私を小突いて聞いてくるんだけど……わかんないんだよなぁ。昨日……ちょうど私の学校見学が決まったくらいからずっと、なんだか琴ちゃん珍しく不機嫌なんだけど……


「(ほんとにぃ?あんたって変なところで地雷を踏むのが得意な自爆系女子だし、知らないところで盛大にやらかしたんじゃないの?)」

「(自爆系女子ってなんじゃい……いやまあ、地雷を踏む事に関しては否定できんけどさ。……でも、ホントに今回ばかりは琴ちゃんに何もしてないんだってば。昨日も朝まではいつも通り綺麗で優しくて素直で可愛い琴ちゃんのままだったし……)」

「(……ふーん?昨日までは琴ちゃんも普通だったのね)」


 勇気を出して昨日も『どうしたの?私もしかして琴ちゃんに悪い事をしちゃったかな?』って琴ちゃんに聞いてみたんだけど『……なんでもない』としか言ってくれないし。本当に何が何やら……

 でも母さんの言うとおり。琴ちゃんがこんなに怒るのって相当な事だ。いつもなら私がどんなうっかりをやらかしても『良いの良いのこれくらい。気にしないでね』って優しく受け止めてくれる琴ちゃんなのに……何がどうしてこんなに怒ってるんだろうか……


「(……まあ、ちゃんと考えて自分に落ち度があるようならちゃんと謝っときなさい)」

「(へいへい、わかってるよそれくらい)」

「(真面目に考えなさいよね。まったく……些細な事が原因で、結婚前に別れるとか洒落にならないじゃない。あんたみたいな娘には勿体ない超優良物件をやすやすと手放すなんて真似したら、母として許さないんだからね。あたしの素敵な老後がかかってるんだし!)」


 それは知らんがな……


「(って言うか、今更言うのも何だけどさ)」

「(何よー小絃?)」

「(……なんで母さんまで学校見学に来てるのさ?来る必要なくない?暇なのあんた)」

「(誰が暇か。って言うか、なんでも何もないでしょうが。わざわざ時間を作って、あんたに同伴してやってるってのにその言い草は何よ小絃)」

「(…………?)」

「(……ちょっと?何よその鳩が豆鉄砲食らったような顔は。今のあたしの台詞のどこに理解出来ない部分があると?)」


 母さんの一言に私は脳の理解が及ばずに、しばしフリーズする。……保護者として?私に同伴?

 …………保護者?


「(…………あ、ああそっか!保護者か!そりゃそうか!母さんって私の保護者だったのか!)」

「(…………は?)」

「(……いや、うん。すまん母さん。盛大に勘違いしてた。そうだよね、母さんも一応、私の保護者だよね)」

「(あ、あんたさぁ……自分の母親をなんだと思っているのよ……てか一応って何よ一応って)」


 だって目覚めてからずっと琴ちゃんにお世話されてたせいで……私の保護者=琴ちゃんって無意識にインプットされちゃってたし……母さんは放任主義すぎて保護者って感じがあんまししないし……


「……お姉ちゃん、それにお義母さん。そろそろ行こう。時間だよ」

「あ……う、うん!そうだね行こうか!」


 そんな親子の微笑ましい(?)コミュニケーションを程良いところで区切り、琴ちゃんは私たちを促して私が乗った車椅子をゆっくりと押して連れて行ってくれる。

 さてさて。琴ちゃんのこの様子はかなり気になるところだけど……とりあえず、今日は折角場を整えて貰った学校見学に集中しなくちゃね。



 ◇ ◇ ◇



「——このように、我が校では生徒一人一人に寄り添った学習指導を行っています」


 最初に校長室に通された私たちは、校長先生と三年生を受け持つ担任の先生に学校説明をして貰う事に。物腰柔らかそうなお二人は、私に対してとても真摯な態度で丁寧に話をしてくれた。


「小絃さん、何か質問はあるかしら?聞きたい事、いっぱいあるんじゃない?」

「なにせこれから通うかも事になるかもしれない学校の事ですからね。どんな些細な事でも良いんです、自由に聞いてください」


 そうお二人に尋ねられて考える。んー、聞きたい事か。


「そうですね……仮にこの学校に入学するとして、残り1年弱しか在籍しない事になりますけど……他の生徒の皆さんに迷惑とかかからないかがちょっと心配かもです。受験する生徒さんたちの邪魔になったりしませんかね?」


 今この学校に通っている生徒さんたちが動揺しないかどうか。編入するにあたって、私が一番不安な事と言えばこれだ。私の都合で楽しく学校生活を満喫している生徒の皆さんに迷惑がかかったりでもしたら……何というかとても申し訳ない。

 三年生のクラスへ編入する事になるならばなおさらだ。彼女たちは今受験や就職などの人生の非常に大事な時期。そんな時に突然10年も眠りこけてたわけのわからない不思議生物な私が編入する事になって、彼女たちが動揺して取り返しの付かない事にでもなったらと思うと……


「ふふふ、優しいのね小絃さんは。自分の心配よりも先に、私たちの生徒の心配をしてくれるなんて」

「あ、いえ……そういうわけでは……」

「その点に関しては大丈夫ですよ小絃さん。うちは小学校・中学校・高校・大学と、基本的にエスカレーター方式の学校です。大半の生徒はそのままうちの大学へ進学する形になりますし、別の大学を目指す生徒も……すでに推薦を取っていますからね」


 エスカレーター方式に推薦……おお、流石はお嬢様学校って感じだ。なんか色々とスケールが違うわ。


「貴女が編入する事に対する不安も、私たちは全く感じていませんよ。こんな風に真っ先に他人の事を心配してくれる……そんな心優しい小絃さんなら、すぐにでもうちの生徒たちと溶け込めます。校長である私が保証します」

「そ、そうでしょうか?」

「それに、言ったとおりうちは基本的にエスカレーター方式の学校です。……こんな事をこの学校の教師である私がいうのも何ですが。いつまでも仲の良い友達と一緒に学校生活を楽しめる——というのは聞こえが良い事ではありますが。代わり映えのしない生徒、先生と何年も付き合う事はメリットでもありデメリットでもあると思っています。そういう意味では……小絃さん。貴女がこの学校に編入してくれる事は、うちの生徒たちにとってとても良い刺激になるんじゃないかって期待しているんです」

「は、はぁ……」


 ……すみません先生方。良い刺激どころか、悪い刺激しか与えられない気がします。何せ年上の女性に欲情しちゃうただの変態ですし私。


「さて、他に質問はないかしら?もっと気軽に聞いていいんですよ小絃さん。それに……お母様たちもお聞きしたい事があれば是非ともどうぞ」

「あ、そんじゃあたしもしつもーん!ここの食堂のランチって美味しいの?」


 真面目な話をしている中、空気を一切読まないうちのダメ母がそんなどうでも良い事を聞いてくる。何聞いてんのこの人は……?つーか、それ聞いてどうするんだ。あんたが通うわけじゃないだろうに。


「ランチですか?ええ、とても美味しいですよ。うちの自慢の一つですね。専属のシェフたちが毎日飽きないように色んなメニューを作っています。教師である私たちも、毎日とても楽しみにしているんですよ」

「へぇ……!それってさ……保護者とかも頼んだりしてもいい感じ?」

「今日のような学校見学でしたり、何かしらの行事の時はご利用されている保護者さんもいらっしゃいますね」

「よっし!言質取った!後で食堂へ突撃しましょう小絃!」

「うん、恥ずかしいから今すぐ帰ってくれないかな?」


 ……ホントに何しに来たんだこの母は。ほんっと、すみません先生方……


「…………すみません。私からもいくつか聞きたい事があります」


 と、そんな母さんの心底どうでも良い質問をしていると。今まで静かに先生方の話を聞いていた琴ちゃんがその重い口を開き鋭い視線を先生方に飛ばしながらそう尋ねてくる。


「……資料でご存じだとは思いますが。彼女は10年前に事故で生死の境をさまよい、その治療のため身体の成長を止めさせて……その結果10年も寝たきりでした。お医者様たちからは検査の結果、問題ないとは言われていますが。それでも……今後何かしらの発作や思いも寄らない反応が身体に出てくる可能性もゼロではありません」

「ええ、そう聞いております」

「加えて……大分歩けるようにはなりましたが、この通り長距離の移動などは体力・筋力面の問題から車椅子を余儀なくされている現状です。もしもこの学校に通う事になったとして……通学の問題、学校内の移動の問題など——課題は多くあると思っておりますが……その点に関して、先生方の考えをお聞きしたいのですが」


 流石だ……一体どっちが保護者なのか、どこかの母とは大違いに琴ちゃんは私の為に真剣に私の現状と課題をぶつけてきた。

 先生方はそんな琴ちゃんの質問に、姿勢を正して同じく真剣に答えてくれる。


「そうですね……まず小絃さんにもしもの事があればという話ですが。うちの学校は常勤の保健医に加え、定期的にドクターが検診に来てくれる事になっています。小絃さんの事情は保健医やドクターに予め相談するつもりですし……それに、生徒に何かあれば、すぐ近くの大学病院へ搬送出来るようなシステムとなっております」

「……むむ」

「車椅子に関しては、車椅子用のスロープ、車椅子用のエレベーター等を校舎は完備しています。学校内の移動は問題ないはずです。通学もノンステップバスのスクールバスを使用していますので、そちらに関しても問題ないかと」

「……むむむむむ」


 スラスラと琴ちゃんが聞きたかった事を答えてくれる先生たち。一方の琴ちゃんは私に都合の良いシステムが完備されている事に喜ぶのかと思いきや、どうした事か却って難しい顔になっていっている。

 どしたの琴ちゃん?まるで『そういう設備が完備されていない方が良かったのに』……って顔だぞ?


「それと……もし小絃さんが通学するのが大変という話であれば。敷地内にある寮から通学されるのも一つの手ではないかと考えているところです」

「「「寮?」」」

「ええ、寮です。寮生活ならば通学等の負担も軽減されるでしょうし、そうなれば同じクラスの生徒と同室になるはず。その生徒に学校内外で小絃さんのお世話係をさせれば……親睦を深められる上に、学校生活もより安全で快適になるのではないでしょうか」

「へぇ……凄いですね。この学校って寮まであるんですか」


 先生方の話を聞いて、ちょっと考えてみる私。寮か……これ、かなりアリなんじゃないのかな?

 私が復学したいと考えている一番の理由は、琴ちゃんの私のお世話の負担を減らしたいって思っているからだ。少なくとも勉強面だけでも負担を減らせたらとは考えていたけど……寮生活となれば、勉強面だけでなくその他の琴ちゃんへの負担が激減する事になるだろう。そうすれば、琴ちゃんも気兼ねなくお仕事に行ったり自分の趣味を楽しめたり出来て……うん、凄く良いんじゃないかなこれ。


「ちょ、ちょっと待ってください……!りょ、寮は……ダメ、ダメです!」

「えっ?な、なして琴ちゃん……?」


 だと思ったのに当の琴ちゃんは大反対。どうしてか大慌てで寮生活はダメだと言いだしたではないか。


「だ、だって……その!えっと…………そ、そうです!専門知識がない生徒に、彼女を任せるだなんて……そんなの出来ません!危険です!」

「いえ、そちらに関しても問題ないように同室の生徒はこちらでしっかり選びたいと思っていますよ」

「看護や介護などの道へ進みたいと希望する生徒もいますからね。実際に選択授業を通してそういう知識を学んでいる生徒たちに協力を仰ぎ小絃さんを任せるつもりです。彼女たちにとっても良い実践経験になるでしょうからね」

「だってさ琴ちゃん。それなら問題ないよね?」

「だ、ダメなの!そんなの、だめぇ!?」

「なんでぇ!?」


 一体何が不服なのか。琴ちゃんは珍しく声を荒げ、首をブンブン振ってイヤイヤする。今日の琴ちゃん……ホントになんなんだろう。これじゃまるで10年前私に甘えてた、あの小さい頃の琴ちゃんみたいで……なんか……なんか。


「(…………なんか、可愛い)」


 って、いかんいかん……違うだろ私。


「まあ、あくまでもそういう方法もありますよという話です。寮を検討されるのであれば、こちらもしっかり対応させていただきますので」

「…………うぅ。わ、わかってます……参考に、させていただきます……申し訳ございません、取り乱してしまって」

「いいえ、お気になさらずに。……大丈夫ですよ。あなた様の気持ちはよくわかりますから」


 そんな琴ちゃんの暴走にも、先生たちはにこやかに取りなしながらこう言ってくれる。


「大事な存在を他人に預けるんです。真剣に悩むのも不安に思うのも当然の事ですよね」

「ですが。これだけは言わせてください。仮に小絃さんを預からせていただくなら……私たちは、命にかえても小絃さんを守り、育てていくつもりです。だから……どうか私たちを信じてください」

「…………はい」


 本当に良い先生たちだ。彼女たちの嘘偽り無い教育理念を聞くだけでも、この学校の良さがよくわかる。

 何やらまだ不服そうではあるけれど。琴ちゃんは先生たちのそんな説得に渋々納得して引いてくれた。


 そんな琴ちゃんを一瞥して、先生たちは私に最後にこう言ってくれた。


「……小絃さん、小絃さんはとても大事にされていますね。良かったですね」

「い、いやぁ……照れちゃいますね……」

「恥ずかしがらなくても良いじゃないですか。ふふ、本当に素敵ですよ——







「…………ん?」


 ……小絃さんの、お母様?


「……あの。先生方」

「ん?なぁに小絃さん」

「なんか盛大に勘違いされていると思うんですけど……」

「勘違い?あらごめんなさい。何か勘違いしちゃってたかしら」

「ええっと……ですね。この子は、その。私の母じゃなくて……、従姉妹なんですけど……」

「「…………え?」」

「そして母はこっちのちっこい方です……一応」

「「…………えっ!?」」

「……だーか-らー、なんで一応なのよ小絃ー?」


 ……そりゃねぇ?先生方が勘違いをした理由を考えたら、すぐにわかるんじゃないかな母さんや。

 普通誰だって思うもん、質問として学校のランチのおいしさを聞いてくるような奴よりも、あんなに真剣に私を心配して色々聞いてきた琴ちゃんの方が保護者だって誰だって思うもん。


「……私が、お姉ちゃんのお母さん……?」


 ちなみに。盛大に私の母だと勘違いをされた琴ちゃんはと言うと。


「……小絃お姉ちゃんの、お母さん……小絃お姉ちゃんに『ママ』って甘えられる私。母として、娘である小絃お姉ちゃんをどろっどろに甘やかす…………そんな、そんなのって…………あり、かも……」

「琴ちゃん!?」


 何かに目覚めそうになっていた。

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