28話 酔いと本音と素直な気持ち

 ~Side:琴~



「お願い……教えてお姉ちゃん。お姉ちゃんは私の事どう思っているの?私……お姉ちゃんの重荷になってない?お姉ちゃんが、もしも本気で私の事を拒絶するなら……私、私は……」


 お姉ちゃんが酔ってることを良い事に。溜め込んでいた自分の気持ちを、自分の本音をぶつける私。そんな私を前にして、小絃お姉ちゃんは……


「琴ちゃん」

「……はい」

「私は今、もーれつに怒っています」

「……え」

「どーしてお姉ちゃんが怒ってるか、理由はわかりますかー?」

「えっ、えっ……!?」


 腕組みし、私を睨み付けるお姉ちゃん。ぷくーっと頬を膨らませて(可愛い)眉間にしわを寄せて(これも可愛い)ジト目でギロリと(凄く可愛い)睨んでいて……確かに言ったとおりちょっぴり怒っている様子。だけどどうしてお姉ちゃんが怒っているのかは……私にはわからない。

 わ、私……お姉ちゃんを怒らせるような事した?や、やっぱり……お酒を利用して本音を引き出そうとしたこととかだろうか……?


「わかってないって顔してる。……もー!なんでわかんないかなぁ!」

「ご、ごめんなさい……」

「わかんないなら教えてあげる……あのね、琴ちゃん」

「う、うん……」


 察せない私に対して、お姉ちゃんはカッと目を見開いて。


「この私が、琴ちゃんのことを嫌いになるわけないでしょうがぁ!」

「ひゃ、ひゃい……!?」


 私を叱りつけるようにそう告げた。


「あのねー!事もあろうに琴ちゃんのことを、他でもないこの音瀬小絃が嫌いになるとかぁ!天地がひっくり返ってもあり得ないの!何を考えたらそんな答えが出てくるのかなぁ!?お姉ちゃんはわかりませんっ!琴ちゃんの考えてる事わかりませんっ!」

「あ、あの……」

「琴ちゃんとのあまーい同棲生活を、無理してるって?無理どころか、甘やかされまくりで堕落してますよお姉ちゃんはぁ!お料理も、お掃除も、お洗濯も!身の回りのお世話されまくりで絶賛ニート生活満喫ですよ!これに不満があるとか、どんだけ私厚かましいって思われてるのぉ!?正直天国ですよこの生活!他でもない、大好きで大切な。立派にきれーに私の好みドストライクに成長した琴ちゃんとのいちゃらぶ生活に、不満なんか1ミリもあるわけねーですぅ!」

「で、でもお姉ちゃん……ここのところずっと、私と目を合わせてくれなかったし……私を避けてたし……」

「むー?」


 私の疑問にお姉ちゃんは、私の頬に両手を添えて私をしっかり見つめる。


「…………(じー)」

「あ、あの……お姉ちゃん?」

「…………(じー)」

「ぁう……」


 透き通るような煌めくお姉ちゃんのその目で、まじまじと見つめられる私。こ、こまる……目を逸らされるのは凄く嫌だけど、こんな風に大好きな人にじっと見つめられちゃうのも……ちょっと困る。ドキドキが止まらなくなっちゃう……


「ほらね?」


 そんな私の心中をよそに。お姉ちゃんはうんうんと頷きながら言い聞かせるようにそう言う。い、いやあの……何が『ほらね?』なのかな……


「ほらねー。これじゃ仕方ないよ。これじゃ目を逸らさずにはいられないもん」

「な、何の話……?」

「だってさぁ!琴ちゃんかっこいいんだもん!」

「は、はい?」


 か、かっこいい?そう思ってくれるのは嬉しいけれど……それと私を避けていた理由に何の関係が……?


「この前ねぇ、琴ちゃん私に言ったじゃん。『私が、お姉ちゃんにとってのヒーローになる。何があっても、貴女を絶対守るから』って……凜々しい顔で、私にビシッと決め台詞を言ってくれたじゃん」

「あ、ああうん……そういえばそんな恥ずかしい事も言ったね。……そ、それが?」

「あのさぁ琴ちゃん!あれはダメ!ダメだよ!」

「ダメ……?な、何がダメだったのかな……?」

「あの発言はさぁ!ヤバすぎなんだよぉ!あんなことを言われてからずっと、お姉ちゃんは琴ちゃんにときめいちゃったんだよ!琴ちゃんのお顔を見る度に、あの時の琴ちゃんを思い出して、ドキドキしっぱなしで、どうしようもなくなっちゃって!つい意識しちゃって!それでここんところまともにこの綺麗で凜々しくてイケメンなお顔を見れなかったの!だから琴ちゃんの顔を直視できませんでしたぁ!すみませんでしたぁ!」

「お姉ちゃん……」


 まくし立てるようにお姉ちゃんは私を叱ったり、褒めたり、謝ったり。……酔いのせいで若干支離滅裂ながら。ようやく私の中の疑問が氷解していく。ああ、だから近頃は……私とお話しようとするとお姉ちゃんは私から目を背けようとしてたんだ……

 …………どうしよう。我ながら現金なんだけど……凄く嬉しい。避けられていた理由が私を嫌いになったとかそういう理由じゃないってわかって安心した途端、寧ろ好意的に見られている故に避けられていたとわかった途端。自分の頬がみるみるうちに緩んでしまうのがわかった。えへへ……そっかぁ。お姉ちゃん、私の事……そんな風に思っててくれたんだぁ……♪


「……ほんと、琴ちゃんはぁ……お姉ちゃんが見ない間に成長しすぎなんだよぉ……」


 感動しちゃう私の前で未だ私の頬をむにむにと弄りながら。お姉ちゃんはぽつりぽつりとそう呟く。


「昔はさぁ、私のほうがお姉ちゃんだったから……琴ちゃんはね、おねーちゃんおねーちゃんって慕ってくれてたのに……目に入れても痛くないないくらい可愛くてぇ。私にとっては守るべき存在だったのにぃ…………いつの間にか、お姉ちゃんを置いて。琴ちゃん立派になっちゃってさぁ……可愛さに更に磨きがかかって、その上めちゃくちゃ綺麗で、ちょっぴりえっちで……そして何よりかっこよすぎな頼りになる素敵なオトナの女の人になっちゃってさぁ……気を抜けば、甘えたくなっちゃうの……委ねたくなっちゃうの……」

「……もっと甘えて良いんだよ?委ねて良いんだよ?私は、お姉ちゃんがそうしてくれるの嬉しいし……」

「だーめーなーのー!私はねぇ!どこまでいっても琴ちゃんのお姉ちゃんなの!お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、もっと頼れる存在で居続けなきゃいけないの!そーいうプライドがあるのぉ!…………しょーじき、本音言うと恥も外聞もプライドもかなぐり捨てて、全力で大人のおねーさんになった琴ちゃんに甘えちゃいたいけどさぁ!」


 そういうの気にしなくて良いのに……お姉ちゃんに甘えられるとか、委ねられるとか。私にとっては最高のご褒美だし。


「じゃ、じゃあその……小絃お姉ちゃんはさ……私との同棲生活……不満とかは、ないのかな……?」

「……」


 期待を込めた私のその問いかけに、お姉ちゃんは……


「……不満はないよ」

「ほ、ホント!?よ、良かった——」

「……不満はない、けど……でも、ぶっちゃけると不安はあるよ」

「え……」


 酷く、不安げな……儚い表情を浮かべて。私の胸にぽすんと顔を埋めて呟いた。不安……?お姉ちゃんが、不安……?


「私は……いつだって不安なんだ。琴ちゃんは……今や社会人。立派な大人で、ちゃんと働いて。自分で稼いで。それでいて私にどこまでも尽くしてくれている。……それなのに、私と言えば……何も出来ず、ただただ琴ちゃんの好意に甘えてばっかりで……失望されてないか、とか。今の自分は琴ちゃんと釣り合ってないんじゃないかとか……不安ばっかりで……」

「そ、それは違……」

「それだけじゃない。琴ちゃんは、自分が重荷になってないか不安だって言ってたけど……それは私の台詞。ねえ、琴ちゃん。私……重荷になってない?琴ちゃんは私の事、大好きって言ってくれてるけど……それって、刷り込みだったりしない?私があの時……琴ちゃんを庇ったりしたせいで。琴ちゃんが負い目を感じることになっちゃってさ……それが呪いみたいに……負い目を好意と勘違いしちゃって、私を好きでいなきゃいけないとか、考えているんじゃないかって……いつも、不安だったんだ……」

「お姉ちゃん……そんな事、考えてたの……?」

「……もしかしたら。私のせいで、琴ちゃんの自由な恋愛を……素敵な出会いを。全部台無しにしたんじゃないだろうかって……目覚めてからずっと、不安だったんだー……」


 普段底抜けに明るいお姉ちゃんの、隠されていた本音。それを聞かされ仰天する。お姉ちゃんも、私と同じように不安だったんだ……お姉ちゃんが重荷になっているんじゃないかって?負い目から私が、お姉ちゃんを好きになったんじゃないかって?そんなの……絶対あり得ないのに。


「……お姉ちゃん、それは違う」

「……むー?違う?」

「私は。お姉ちゃんを重荷に感じたことなんて、生まれてから一度だってないよ。失望なんてするわけないよ。事故の負い目でお姉ちゃんを好きになる?ううん。確かにあの一件で、お姉ちゃんへの想いは強まったけど……忘れたの?それが始まりなんかじゃない。私はね、お姉ちゃんが私を庇ってくれる前から……ずっとずっと大好きだったんだよ」


 例え他でもない小絃お姉ちゃんでも。いや小絃お姉ちゃんだからこそ。『勘違い』だなんて言わせない。お姉ちゃんのことが好きというこの私の想いは……物心がついた時から、私の中で確固たる想いとしてずっと育ててきた大事なものなのだから。


「……ほんとー?琴ちゃん、私の事好きー?」

「うん、好きよ。大好き。今までも、これからも。私は永遠に……お姉ちゃんのこと、好きで居続けるよ」

「えへへー……そっかぁ。嬉しいなぁ。私もね、琴ちゃんのこと……大好きよ。世界一、大好き。愛してるよー」

「はぅ……」


 蕩けるような天使の笑みを浮かべ、私をギュッと抱きしめながらこちらの脳を溶かしちゃいそうなくらい甘い言葉を振りまくお姉ちゃん。

 思わず私はくらっと軽い目眩を起こしかける。な、なんて破壊力……


「(ああ、どうしよう……)」


 (お姉ちゃんが酔っているとはいえ)互いに本音でぶつかり合えた。本音でぶつかり、そして互いに(お姉ちゃんのは好意か愛情かはちょっと判断が難しいけど)プロポーズまがいの愛の告白もした。

 これは……もう、ゴールしても良いのでは?


 改めて、お酒に酔ったお姉ちゃんの姿を見てみる。熱に浮かされ自ら脱いでブラとショーツだけの下着姿。白く、そして細い手足に腰つきとほどよく実った胸とお尻の膨らみ……見慣れているはずなのにいつ見ても本当に美しい。


「んん……っ」


 初めてのお酒でかなり頭がぼーっとしているのだろう。悩ましい吐息を漏らしながら子猫のように私の胸の中で額をすりすりと擦りつけるお姉ちゃん。そんな姿で、無防備にそんな事して……なんなの?誘っているの?(※酔ってるだけです)


「…………今なら、誰にも邪魔されず……お姉ちゃんと——」


 お姉ちゃんと違い、私は飲んでいないはずなのに。頭がクラクラする。正常な判断が出来ていない。自分の欲望に、欲求に素直になりすぎている……

 ごめんなさい、お姉ちゃん。琴は……お姉ちゃんが知らない間に。こんなに悪い子になっちゃいました。いつまでもお姉ちゃんの知っている純粋無垢な琴ではありません。身体や知識、精神的な成長をしてきただけでなく……こういうえっちなことも、しっかりちゃっかり覚えちゃいました。


 ただでさえまだ本調子ではない上に、今日はお酒に酔って禄に抵抗も出来ないお姉ちゃんに手を出す——その事に罪悪感はある。私、自分でも最低だなって自覚はある。

 でも……誘惑にはあらがえない。……ごめんね、許してお姉ちゃん。大好きな人と肌を重ねたい。憧れた人と一つになりたい。そう思い続けてきたこの10年の月日は……正直、結構長く辛い時間だったの。もう、我慢も限界なの……


「……お姉ちゃん」

「んぁー?」


 意を決して、ケダモノになった私はお姉ちゃんの肩を掴む。そして優しく……そっとお姉ちゃんをソファへと——







「——ああ、琴ちゃん。それとぉ……もう一つ言い忘れてた事があってねー」

「……ぇ」


 押し倒そうとしたその刹那。お酒に酔っているとは思えない程俊敏な動きで私と体制を上手に入れ替えたお姉ちゃん。気づけば私の方がソファに横になり、そしてお姉ちゃんに馬乗りにされて上から見下ろされていた。あ、あれ?あれっ?どうして私の方が押し倒されているの?

 困惑する私をよそに。お姉ちゃんは相も変わらず素敵で愛くるしい笑みを浮かべて、


「ごめんねぇ琴ちゃん。不満はないってさっき私言ったじゃない?」

「う、うん……そ、それがどうしたの?」

「でもねー、あえて一つ言わせて貰うとさぁ」

「言わせて、貰うと……?」


 ゾクゾクするような狩人のまなざしを私に向けて、そして……こう告げる。


「不満はないけどでも、ごめんね。…………欲求は不満なの」

「欲求は、不満……?欲求不満……?」

「こーんなに、私好みの大人になっちゃってさぁ……私はこれでも琴ちゃんを思って必死に耐えてるのに、その琴ちゃんは挑発するようにいつも誘惑してきてさぁ…………いい加減、私も色々限界なの。だからさごめんね琴ちゃん。……今日という今日は、わからせてあげる」

「あ……う、嘘……ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃ——きゃ、きゃぁああああああっ♡」



 ◇ ◇ ◇



 ~Side:小絃~



「……なにがあったんだこれは」


 小鳥の囀りと共に目を覚ました私……音瀬小絃を待っていたのは。ほぼ真っ裸な自分の姿。……昨日の記憶が全然ないけど……これ、何があった?

 わずかに痛む頭をどうにか回して覚えている範囲の事を思い出してみる。……確か昨晩は、悪友あや子が酔っぱらいで。家に押しかけてきて絡み酒されて。そんでなんか口車に乗せられて……奴のビールをほんの一口ぐいっといって…………うん。そっからの記憶が全然ない。


 ……いや、うん。自分だけが真っ裸なら。それは別に問題ないんだ。酔って暑くなって服脱いだとか。酔い潰れてゲロって着替える途中で力尽きたとか。多分そんな感じの事があったんだろうなって想像できちゃうから。

 …………ただ。問題があるとすれば……


「……あ、お姉ちゃん……おはよ。昨日は……凄かったね♡」

「ああ、うんおはよう琴ちゃん。そして…………ねえ、昨日何があったの!?なんで琴ちゃんまでそんなお姿なの!?」


 …………問題は、私のベッドに琴ちゃんが寝ていて。彼女も私と同じような格好をしているという事だ。

 昨日一体なにがあったの!?|あや子説明しろどこ行きやがったあいつ!?


「ま、まさか……私……酔って、琴ちゃんにオイシクいただかれた的な……?ち、違うよね!?そういうアレな感じじゃないよね琴ちゃん!?」


 こ、これはアレだよね!?私が酔い潰れて吐いて、それを琴ちゃんが介抱しようとして服が汚れて……それで仕方なく、的な感じだよね!?お願いだからそうだと言って琴ちゃん……!?


「んーん。あんしんしてお姉ちゃん。一応未遂だけど……私からどうこうしたってことは無いから」

「そ、そっかー!良かった……本気で良かったよ……!」


 未遂という一言は非常に気になるところではあるけれど。それを聞いて安心する。な、なーんだ。てっきり酔った私とワンナイトラブ的な感じなあれこれがあったと危惧しちゃったけど……それなら全然問題無いな!ホッと胸をなで下ろす私。


「だって。私からっていうか……どちらかと言うと」

「ん?どちらかと言うと?」

「私からじゃなくて——されたわけだし。昨日のお姉ちゃん、凄かったよ……えへへ♡」

「何をしでかしたんだ昨日の私ィ!?」


 ポッと顔を赤くして夢見心地に呟く琴ちゃんと、再び絶望の淵に立たされる私。だ、大事な妹分になにやったの!?しっかりしろ、ちゃんと思い出せ——って。い、いやダメだ!?思い出したら色々とマズい気がする!?じょ、冗談だよね!?琴ちゃんの小粋な冗談だよね!?頼むからそう言って!?

 嫁入り前の琴ちゃんに手を出しちゃうとか……私、これから琴ちゃんや琴ちゃんのパパさん&ママさんたちになんて詫びれば良いんだよ!?


「ねえ、そんな事よりお姉ちゃん」

「そんな事よりって軽く流していい感じの話じゃないけど……な、何かな琴ちゃんや……?」

「昨日私は飲めなかったし……今度は是非とも私と一緒にお酒を飲もうね♡」


 頭を抱える私とは対照的に。琴ちゃんはうっとりとした顔で日本酒を片手にそう勧めてきたのであった。

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