27話 聞かせて貴女のその本音を

 ~Side:琴~


 ……どうしよう。


「——えへへー♪琴ちゃんってば、ほーんと良い匂いねー♪」

「あ、の……お姉ちゃん……」

「んー?なぁに琴ちゃん?」


 普段は私がどれだけ必死に迫っても、顔を真っ赤にして私から逃げようとするお姉ちゃん。だけど、今日のお姉ちゃんはいつもと大分違ってた。自分から私に近づいてくれて。子猫みたいに自分の頭を私のお腹に擦りつけたり、そのまま深呼吸して私の匂いを嗅いでみたり、私の髪を手櫛で何度も何度も梳いてみたり。

 それに加えてほんのり上気した頬。陽気に笑うその仕草。口元から微かに漂うアルコールの匂い。これはどう考えても明らかに……


「酔ってる、よね……?まさかお酒を飲んじゃったの……?」

「んー?……んふふふふ!琴ちゃーん?なーに言ってるのぉ?私、まだお酒飲める歳じゃないんだよぉ?飲めないのに酔うわけないじゃないのー!あはははははは!」

「そ、そうね……」


 私の憧れの人。私の大切な人。世界一可愛くて綺麗で素敵なお姉ちゃん——小絃お姉ちゃん。そのお姉ちゃんが、ちょっと目を離した隙に……ベロンベロンに酔っていた。私がおつまみを用意していたほんの10分ちょっとで、一体何があったというの……?


「んじゃ、そういうわけだから。琴ちゃん後はよろしく。お邪魔したわねー」

「ちょ、ちょっと待ってくださいあや子さん……!?」


 オロオロする私をよそに。恐らくお姉ちゃんがこうなってしまった原因であろう、お姉ちゃんの大親友あや子さんはそそくさと手を上げて帰ろうとする。

 ま、待ってあや子さん……置いてかないでください……せめてお姉ちゃんがこうなった責任はとって……


「わ、私これからどうしたら良いんですか……」

「どうもこうもないわ。琴ちゃん、これは

「チャンス……?え、えっと……それは一体……」


 チャンスってまさか……酔いを利用してお姉ちゃんをオイシク食べちゃえって事だったり?しょ、将来的には私だってお姉ちゃんとそういう関係になりたいとは思ってるし……私も日々、お姉ちゃんに惚れて貰えるように(そしてあわよくばお姉ちゃんに既成事実を作って貰えるように)積極的にアピールはしてるけど……流石に酔った勢いで関係を迫るのは私でも抵抗があるというか最終手段として取っておきたいというか——

 なんてトンチンカンなことを考えていた私に。あや子さんは真剣な顔でこう告げた。


「こいつがこれだけ酔ってるなら、普段は聞けないようなことも、今なら簡単に根掘り葉掘り聞けるかもしれないわよ」

「あや子、さん……?」

「聞きたかったんでしょ?このアホの本音を。そしてぶつけたかったんでしょ?自分の本音も」

「あ……」


 そんなあや子さんの一言に、ハッとする私。こんな夜中に突然訪ねてくるなんてどうしたんだろうとは思ってたんだけど。もしかして……あや子さんはこの為に……?


「さっき試しにこの酔ったアホに色々聞いてみたらさ。面白いくらいに隠し事とか本音がボロボロこぼれてたわ。きっと、琴ちゃんの聞きたい事も聞けるでしょうね。……大丈夫、この様子だと多分起きたら何も覚えちゃいないわ。今のうちに存分に普段聞けない事とか聞いちゃいなさいよ」

「あ、あの……!あや子さん、ひょっとしてこの間私が電話で愚痴をこぼしちゃったのを気にしてくれて……それで、今日わざわざ酔った振りをしてまで……来てくれたんじゃないですか……?お姉ちゃんにお酒を飲ませたのも……全部、私の為に……」

「……さーてどうだかね。ま、何にしても。折角のチャンスは活かしなさい琴ちゃん。お節介な酔っ払いお姉さんはこれで退散。んじゃ、頑張ってねー」

「は、はい……っ」


 来る時は千鳥足だったはずなのに。今は手をひらひら振って、しっかりとした足取りで帰って行くあや子さん。やっぱり……あや子さん酔ってなかったみたい。私を心配して、わざわざ来てくれたんだ。

 ……お姉ちゃんの大親友なだけあって、本当に優しくてお姉ちゃんの次に頼りになる人だ。ありがとうございます、あや子さん。このお礼はいずれ必ず……


「……折角のチャンスは活かしなさい。はい、わかってますあや子さん……」


 あや子さんが家を出て、私とお姉ちゃんの二人きり。邪魔するものは誰もいない。お姉ちゃんは酔って判断力が低下していて、今なら容易に聞きたい事を聞き出せる。


「……よし。こ、小絃お姉ちゃんっ!」


 覚悟は決まった。勇気を出して振り向き、お姉ちゃんに声をかけ——


「お、お姉ちゃ……!?」


 ——声をかけた私の目に映ったのは。着ていたワンピースをもぞもぞとたくし上げるお姉ちゃんの姿だった。


「お、おおお……お姉ちゃん、何してるの……!?」

「あーつーいー。これ、邪魔ー」


 どうやらアルコールで身体が火照っている様子のお姉ちゃん。こちらが止める間も無く、ワンピースをはらりと床に落とした。


「(…………す、すごい)」


 下着姿になったお姉ちゃん。その姿に見入り生唾をゴクリと飲む私。曝け出されたその肌は、雪原のように白く美しい。本人は『色々ダイナマイトに成長した琴ちゃんに負けちゃう貧相な身体でごめんね』と謙遜しているけれど、全然そんな事ない。着痩せしちゃうタイプなのかバストもヒップもしっかりと存在感があって、いわゆる脱いだら凄いタイプだ。


「…………綺麗」


 思わずそう呟かずにはいられなかった。……お姉ちゃんのお世話と称して。これまで何度もお着替えを手伝ったり一緒にお風呂に入ったりもした。けれどやっぱりいつ見ても……いや、今日のお姉ちゃんのこの姿は、いつも以上にとても扇情的に見える。もしかして、酔っているせいで色気が増してる……?


「んー……こーとちゃん♪」

「はぅ……!?お、お姉ちゃん!?」


 そんな色気を纏ったお姉ちゃんは、人生初のアルコールで相当出来上がっているらしく。遠慮なしに私に急接近したかと思えば、体重を預けるように私にしなだれてきて。


「むー?琴ちゃん、どぉして琴ちゃんは服なんて着てるの?」

「ど、どうしてと言われても……」

「こんなに暑いのに……服邪魔でしょ?……ねぇ。琴ちゃんもお姉ちゃんみたいにぬぎぬぎしようよ。お姉ちゃんがぬがしてあげるからねー」

「あっ……だ、だめ……小絃お姉ちゃん、脱がさないで……」

「んふふー!良いではないかーよいではないかー!」


 何を思ったのか私の服まで脱がし始め。


「これでよーし。……えへへ。琴ちゃんの身体ひんやりして気持ちいいねー」

「ぁ、あう……」


 そして下着姿のままその色っぽい肢体を蛇のように私に絡ませる。いつもは恥ずかしがって手を繋ごうとするのも躊躇うのに。どうやら火照った身体を私の身体で冷やそうとしているらしいお姉ちゃんは、それはもう大胆に私に抱きついてくれる。


「んー……琴ちゃんの抱き心地、凄くいいよぉ。ひんやりしてるし、すべすべだし、良い匂いするし、おっぱいもふかふかだし全身マシュマロみたいに柔らかいしぃ」

「きょ、恐縮です……」


 素肌と素肌が重なる。お姉ちゃんはお酒で、私は緊張と興奮で……互いに噴き出した汗で湿り気を帯びた肌は……ぴったりと吸い付くようにくっついて離れない。隔たりがないようにしっかりと抱き合っているから、くっつけられた胸を通してお姉ちゃんの鼓動を容易に感じ取れる。……お姉ちゃんの生きている証が感じ取れる。


「ほーら。琴ちゃんもぎゅーってしてよ。そのほうが気持ちいいよ。ね?ほら、ぎゅーって」

「う、うん……えと、こう……かな?」

「ぅんっ…………ふふ。そう、もっと遠慮せずぎゅーってして。……ん、琴ちゃん上手。上手だよ……」


 おずおずと抱きしめ返すとお姉ちゃんの甘い吐息がこぼれてきた。ああ、凄い……すぐ間近でお姉ちゃんの匂いがする……甘く優しい太陽みたいな。大好きで、安心するお姉ちゃんの匂いがする。耳元では10年間ずっと待ち望んでいたお姉ちゃんの声が聞こえてくる。甘く蕩ける声が、『琴ちゃん』と優しく私の名を囁く声が聞こえてくる。好きな人と抱き合うのは、こんなにも気持ちが良いものなのか……


「(夢、みたい……)」


 なにこれ、幸せすぎる……昔から大好きで、憧れていたお姉ちゃんと……こんな風に抱き合えるなんて。このままお姉ちゃんに委ねたい。この幸せな時間を堪能し続けたい……


「(…………って、いや何やってるの私……)」


 いけない。ペースを完全に乱されてる。折角あや子さんにお膳立てして貰ったのに。このままじゃ本末転倒も良いところ。本来の目的を忘れちゃだめじゃないの。


「あ、あのっ!小絃お姉ちゃん!」

「むぅー?」


 内から溢れる欲望をどうにか押え込み。名残惜しみながらもお姉ちゃんから身を離して改めて向かい合ってみる。

 突然私から引き離された小絃お姉ちゃんは『どうして離れるの』と言いたげに不服そうに頬を膨らます。けだるそうにとろんと半分くらい瞼が落ちたその表情は、それはとても蠱惑的で、潤んだ瞳は挑発的でドキドキして–——って。だからしっかりしなさい私。まずはやるべき事をちゃんとやらないと。


「あのね。私、お姉ちゃんに聞きたい事が……あるの……」

「んぁ?聞きたい事ぉ?……んふふふふ。いいよぉ、琴ちゃんにならお姉ちゃんなんだって答えてあげる。なーにが聞きたいのぉ?私の趣味?好きなタイプ?それともスリーサイズだったりぃ?…………あはははは!スリーサイズって!琴ちゃんのえっちー!」


 いつもの1.5倍くらい陽気に笑うお姉ちゃんを前にして。私は一度深呼吸をして心の準備をする。……大丈夫だ、言える。言ってやる。

 覚悟を決め、お姉ちゃんを見据え。そして——


「小絃お姉ちゃん……私との同棲生活……無理してない?」

「…………んー?むぅーりぃー?」


 勇気を出して聞きたかった事を聞いてみる。問いかけられたお姉ちゃんは、酔って思考能力が低下してるのも相まってか。私が何を言っているのかわからないといった表情でしきりに首を傾げてる。


「お姉ちゃんさ。ここ最近……どうしてか、私と目を合わせようとしないよね。私を避けてたよね。……あれ、どうして?」

「……んー」

「もしかして、私の事……嫌いになった?私がお姉ちゃんに干渉するの鬱陶しく感じてるんじゃないの?」

「……琴ちゃんを、私がぁ、嫌いに?」

「あのね、私……ずっと気になってた。私は……お姉ちゃんに命を救われてから。ううん、命を救われる前からずっと。私は……お姉ちゃんのことが大好きで。お姉ちゃんの為に生きたい。助けられた分、今度は私がお姉ちゃんに尽くしたいっていつも思ってた。でも……それって、本当はお姉ちゃんには迷惑なんじゃないのかって……私のただの自己満足なんじゃないのかって……それがいつも不安だった」


 震える声で問いかける。今まで抱えていた不安を吐き出し、お姉ちゃんにぶつける。……ごめんね、お姉ちゃん。こんな手を使うなんて卑怯なのはわかってる。本来ならばお姉ちゃんも素面な時に……ちゃんと面と向かって聞くべき事だとわかってる。でも……今までどうしても怖くて聞く事ができなかった。

 ズルい子でごめん。けれど……今が絶好のチャンスなの……!


「お願い……教えてお姉ちゃん。お姉ちゃんは私の事どう思っているの?私……お姉ちゃんの重荷になってない?お姉ちゃんが、もしも本気で私の事を拒絶するなら……私、私は……」

「…………」


 本当は嫌だけど。本当に拒絶されたら……きっと私は生きる意味をなくしちゃうだろうけど。それでも……それがお姉ちゃんの望むことなら。甘んじて受け入れるつもりだ。

 だから……お願い。教えてお姉ちゃん。お姉ちゃんの本音を……

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