26話 お酒はオトナになってから

『——それでさー。最近どうよ琴ちゃん。あいつのお守りを始めて結構経つけど……やっぱし結構大変じゃない?不満があるなら遠慮せずガツンと言ってやって良いからね』

『心配してくれてありがとうございます。ですが……全く大変じゃありませんし、不満なんてありません。お姉ちゃんに尽くす事が、今の私の最高の生きがいですから』

『あはは、ごめんごめん。愚問だったか。そうよね。琴ちゃんなら絶対そう言うわよね。ほーんと、あいつは幸せ者よねぇ』

『…………そう、でしょうか』

『へ?』

『あの……本当にそう思いますか?お姉ちゃんは幸せだって、本当に思いますか?』

『えっ……?なんでそう思うの?』

『もしかしたら……お姉ちゃん、私との同棲生活……無理してるんじゃないかなって……思って』

『はぁ?……あいつがぁ?琴ちゃんとの同棲生活を無理してるぅ?ないないない。断言するわ。それだけは絶対にあり得ないわよ』

『……ですが』

『ちょっと何?どうしたの?もしかしてなんかあったの琴ちゃん』

『……その。小絃お姉ちゃん……なんだか最近特に……よそよそしいっていうか……私の事、避けているような感じがして』

『……あいつが?琴ちゃんを?』

『気のせい、だと良いんですけどね。今日も目を合わせてくれないっていうか……私の顔を見るなり、ささっと目を逸らしてしまうんです。……さっき、お姉ちゃんとの同棲生活に不満はないとは言いましたけど……不安はあるんです。いつも、不安なんです。私……お姉ちゃんに尽くしたいとは思っています。私の可能な限り全力で尽くしているつもりです。でもそれが、お姉ちゃんにとって本当に良い事なのかわからない。本当は迷惑だって思われてないかって。もしかしたら……私の事嫌いになったんじゃないかって……それがとても、不安で。怖くて。……お姉ちゃんの本音を聞けたらどんなに良いか……』

『……琴ちゃん』

『あっ……す、すみません。なんだか愚痴になっちゃって。今の話、忘れてください。それじゃあ、これで失礼しますね』

『あ、ちょい待ち琴ちゃ——ありゃ。もう切れちゃったか。……うーん。ぶっちゃけいらぬ心配だと思うけど…………まあ、あいつはともかく琴ちゃんは思い詰めちゃうタイプだし色々心配よね。ったく。仕方ない……ちょいとお節介してやるとしますかね』



 ◇ ◇ ◇



 私……音瀬小絃の感覚から言わせて貰うと。例えるならちょっと昼寝してふと目を覚ましたら……なんか知らんうちに10年の時が経っていた——まさにそんな感じなので。『今は10年後の世界だよ』って言われても、ぶっちゃけ未だにあんまり実感出来ずにいたりする。

 それでも否応なしに『ああ、やっぱり10年経ってたんだな』と実感する事もあって……


「——小絃ー!琴ちゃーん!ビールとおつまみおかわりー♪」

「…………いきなり夜中に押しかけてきたと思ったらこいつは……」


 例えば。私の時間感覚で言うとついこの間まで同じ高校生をしていたハズの悪友が、ビール片手に飲んだくれになってた時とか……10年経ったんだなって嫌でも実感しちゃうね。


「少し待っててくださいねあや子さん。今用意してきますから」

「はいはーい、待ってまーす♪」

「……琴ちゃん、こいつ甘やかさなくて良いよ。その辺の草とか喰わせて、あと消毒液でも飲ませてとっとと帰らせよう」

「あ、あはは。流石にそういうわけにもいかないよ……とりあえず簡単なものを作ってくるから。お姉ちゃんはあや子さんのお話に付き合ってあげてね」


 夜も更けて、そろそろ寝ようかねと琴ちゃんと話していた矢先。夜中だって言うのにけたたましくチャイム連打をされ一体何だと恐る恐る開けてみると、すでにベロンベロンに酔った状態で我が家に押しかけてきた我が悪友あや子。

 何一つアポなど無く嵐のようにやって来て、許可してないのに上がり込み。そして自分の家のようにくつろぎながら琴ちゃんの手料理を食い尽くし持参してきたビールを飲み干し出したのである。


「……改めて聞くけど。何しに来たのさあや子」

「んー?えーなに?聞いてなかったの小絃ぉ?言ったでしょ、ちょっとあんたらに晩酌に付き合って貰おうと思って♡」

「帰れ」

「なによぅ。ちょっとは構いなさいよぉ小絃。今日は嫁がちょうど夜勤入っててさぁ。相手してくれる人いなくてつまんないのよぉ。寂しいのよぉ」

「もう一度言う。迷惑だから帰れ」


 なんで私や琴ちゃんが夜中に押し寄せてきたこんな酔っ払いの面倒を見なきゃいけないのやら。

 つーかずっと前から思ってたんだけど……この面倒な変人と付き合える嫁さんとか……実在するのがマジで不思議だ。絶対苦労してるよ。是非とも一度お会いしたいものだな。きっと琴ちゃん並みに優しくて気遣い上手な菩薩みたいな人だろうなぁ。


「てかさ。飲むなら一人で飲めば良いじゃん……なーんでわざわざタクシー使ってまでラブラブイチャイチャしてる私たちの邪魔をしに来るのかね」

「そこはホレ。やっぱし一人で飲むより誰かと一緒に飲んだ方が楽しいからねぇ。特に、気心の知れた相手と一緒に飲んだらサイコーだしぃ」

「……そんなものなの?」

「そんなものなの。まー。まだお子ちゃまな小絃にはわっかんないわよねこの気持ちは。きっと琴ちゃんならわかってくれるはずだけどねー。あの子、アレでかなりイケる口だしぃ」

「え……琴ちゃんが?」


 ああ、そう言われてみれば……あや子はともかく、琴ちゃんも10年が経ってもう大人になっていて。お酒が飲める歳になってるんだよね。……しみじみと過ぎ去った10年の年月を感じちゃうな……

 でも私……琴ちゃんがお酒飲んでるところ見たことないような……?


「……きっと琴ちゃんのことだし。どっかのおっさん臭くへべれけで飲む目の前の誰かさんとは違って……すっごい優雅に飲むんだろうなぁ。お洒落な夜景が見えるバーで飲む姿とかめっちゃ映えそう」

「おう、誰がおっさん臭いって?」


 あら、ご自覚ないのでして?


「ま、それはともかく。大体あんたの想像通りね。確かに琴ちゃん、飲むって言うよりも上品に嗜むって感じかも。それでいてあの子めちゃくちゃお酒に強いから、飲み会の最後はいつも介抱して貰ってるわ」

「……随分詳しいんだね」

「まあ、私と嫁と琴ちゃんの3人で集まって飲む事もあるからねぇ」

「…………へぇ」


 ……それを聞いてちょっとだけジェラシーを覚えちゃう私。なんか……むかつく……


「……ふ、ふふふ……小絃。今あんた『自分の知らない琴ちゃんの顔を知ってるとかむかつく。私、琴ちゃんが飲んでるところ見た事無いのに。私だって琴ちゃんに介抱されたいのに』って思ったでしょー?」

「っ!?な、何を言って……!?」

「わかるわよぉ、顔に書いてあるもの。あいっかわらず小絃は隠し事が下手ね。……あははははは!嫉妬乙!あんたってやつはホントに今も昔も琴ちゃんに対して独占欲強すぎよねー!あー、もう最高に笑わせてくれるわぁ!」

「や、やかましいっ!」


 こいつ声大きすぎるわ……!き、キッチンでお料理してる琴ちゃんに聞かれたらどうしてくれるんだ……!?

 やっぱこいつさっさと追い出そう!閉め出して塩撒いておこう!


「ねえ小絃」

「何さ!?」

「そんなに羨ましいって思うならさぁ……いっそ、あんたも飲んでみる?——

「……えっ」


 そう心に決めて早速追い出そうとした私に。一体何を考えているのかこの酔っ払いは持っていた缶ビールのタブを開け。そしてそれは私に差し出してきたではないか。


「いやあや子あんた……仮にも高校生に酒勧めるってどうよ……」

「なんでよぉ。あんた肉体年齢はともかく、実年齢は私と同い年でしょうが。だったら問題ないじゃないの。法的に問題ないじゃないの」


 いや、この場合大事なのは肉体年齢の方では……なんてツッコむのは野暮だろうか?


「それにねぇ。今は法が色々変わったの。あんたもよーく知っての通り、同性同士の結婚もありになったけど。それだけじゃなくて結婚も男女ともに18歳で結婚出来るし、お酒も18で飲んでよくなったのよぉ」

「え、嘘マジで……?」


 知らんかった……こういうところでも10年のギャップを感じるよなぁ。


「……まあ、18で飲むのは高校卒業しているのが条件ちゃ条件だけど」

「ならやっぱ私ダメじゃねーか!?」


 い、いやまあ今の私は成人してるんだかしてないのか。高校卒業してるのかしてないのか曖昧な状態ではあるんだけどさ……


「そーいうわけだから。どーよ小絃。興味あるんでしょー?琴ちゃんと飲んでみたいんでしょー?なら、練習と思ってちょっと試しに飲んでみたらー?」

「……むぅ」


 そ、そりゃあ興味がないわけでもないし……琴ちゃんと飲んでみたい気持ちは当然あるけど……


「さっきも言ったけど。お酒って一人で飲むよりも誰かと一緒に飲んだ方が楽しいのよねー。きっと琴ちゃんも……あんたと飲みたいって思ってるわよ」

「……むむ」

「楽しいわよぉ、琴ちゃんと晩酌するの。好きな人と飲むお酒、美味しいわよぉ」

「…………むむむ」


 悪友の悪魔の囁きに心動かされる私。琴ちゃんと一緒にお酒……


「…………じゃあ一口だけ、練習で」

「おー、飲め飲め!私のおごりだ!たーんと飲め!」


 ……結局、誘惑に負け差し出された缶ビールを手にする私。開けられた缶を覗き込むと、中でしゅわしゅわーっと炭酸がはじけているのが微かに見えた。

 震える手でそれを口に近づけて、意を決してその液体を口の中へと流し込み——



 ◇ ◇ ◇



「——お待たせお姉ちゃん、それにあや子さん。おつまみ……完成……した、けど……?」

「おぉ、グッドタイミングね琴ちゃん。ちょうど良いところに来てくれた」

「……あ、あの……あや子さん?小絃お姉ちゃん、どうかしたんですか……?な、なんだかお顔がほんのり赤くて。ぽけーって可愛い表情してて。ちょっぴりふらふらしてて。これじゃあまるで……」

「ふふふ。お察しの通りよ。いやはやゴメーン☆琴ちゃん」

「…………あー♡琴ちゃんやっと来たぁ♪もぉ、遅いよぉまちくたびれたよぉ」

「この通り。興味本位で飲ませてみたら、見事に小絃酔っちゃったわぁ」

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