25話 私も貴女のヒーローになりたい
さてさて。早速だけど皆もきっと相当心配している事と思うので、まず始めに一つ良かった事を報告させて頂きたい。玄関でふらつき倒れかけ、熱中症の疑いがあった琴ちゃんの事だ。
あれからしばらく私が一日付きっきりで琴ちゃんの様子を見ていたんだけど……結局熱も特に出ず、その後ふらつく事も一切なしの健康そのものだった。琴ちゃん本人も言ってたけど、あまりの暑さでほんの少しクラッときただけだったようだ。いやはや、何事もなくて本当に良かった良かった。
「——そもそもね小絃、あんたはちょっとした事で大げさに心配しすぎなのよ。琴ちゃんだっていい大人になったわけだし、あんたが無駄に過保護にならなくても自己管理くらい自分で出来るわよ」
「……ぅ。そ、そりゃそうだけど……で、でもさ……」
「まあ、そうは言ってもあんたには無理か。小絃の場合琴ちゃん至上主義すぎて、今も昔も琴ちゃんの事になると身体が勝手に動いちゃうんでしょ?」
「わ、わかっていただけて何よりだよ……」
「だからそれに関しては深くツッコむ事はしないわ。……けどさぁ小絃。ちょいと言わせてちょうだいな」
「……何かな母さん?」
心底呆れた顔で私を見下ろしながら、母さんはこう言ってきた。
「その結果がそのザマじゃ……締まるものも締まんないわよねー。目標にしていた琴ちゃんをお姫様だっこする事自体は出来たけど、それだけで寝込んじゃうくらい筋肉痛で苦しむ事になっちゃうとか。我が娘ながら情けないにも程があるんじゃなくて?」
「うっさいな!?自分でも情けないってわかってるわそれくらい!?」
ベッドに横たわりながら母さんにそう返す私。知らず知らずのうちに夢にまで見た琴ちゃんをお姫様抱っこするって今回の目標を達成できていた私なんだけど。その代償はあまりに大きかった。
想像してみて欲しい。まだリハビリも、トレーニングも禄に出来ていない腕立て伏せ3回でギブアップしちゃう運動不足で筋力不足なこの私が、いきなり大人の琴ちゃんを抱きかかえたらどうなると思う?
……答え、こうなる。琴ちゃんが問題ないと安堵した途端。入れ替わるように倒れてしまった私。起き上がる事も、指一本動かすのもやっとなくらい全身バキバキの筋肉痛になってしまったのである……
「自分の筋力の無さを痛感した直後に琴ちゃんを抱きかかえちゃうとかさぁ。あんたはもうちょっと考えて行動しなさいよね小絃。あの時はあたしもいたんだし、あたしに助けを求めるとか。他に色んな方法があったハズでしょうに」
「ぐ、ぬぬ……」
母さんの的確な指摘に対し、言葉に詰まってしまう私。ご、ごもっともだけど仕方ないでしょ……だって私。琴ちゃんに何かあったらと思うと、居てもたっても居られなくなっちゃうんだし……
「と、あたしがグチグチ言ったところであんたには馬の耳に念仏よね。あとの説教は琴ちゃんに任せるわ。んじゃ小絃、琴ちゃんによろしくー」
自分の言いたい事を一方的に言うだけ言って、とっとと帰ってしまう母さん。……毎度の事だけど、あの人結局何しに来たんだ……
「お姉ちゃん……大丈夫……?」
そしてそんな母さんと入れ替わるように、琴ちゃんが心配そうにそっと部屋に入ってきた。
「だ、大丈夫大丈夫!心配しないで琴ちゃん!ちょっとだけ身体が痛むだけで、こんなのすぐに良くな…………い、いたたたた……」
「ああ、ダメだよお姉ちゃん。無理に動かないで。悪化しちゃうよ」
「め、めんぼくない……」
琴ちゃんを安心させようと、起き上がって元気さアピールしようと力こぶを作ったら……想像以上の痛みに襲われてベッドの上で痛みに悶える私。琴ちゃんはそんな私を見て却って心配そうに私を見つめてくる。
「ごめん、ごめんねお姉ちゃん。筋肉痛になったのって……私のせいだよね」
「ち、違う!違うよ琴ちゃん!これは琴ちゃんをお姫様だっこしたからじゃないの!琴ちゃんは軽いよ!こ、これには別の理由があって……決して琴ちゃんのせいなんかじゃ……」
「ううん。私のせいだよ。お姉ちゃんが筋肉痛になった理由って……私を抱っこしたのと、もう一つ——私の為にトレーニングを始めたから。そうなんでしょ?」
「えっ……!?」
……ちょ、ちょっと待って?琴ちゃん今なんて言った?私の為にトレーニング……?ま、まさか……
「こ、琴ちゃん……?もしかして……私がトレーニング始めたの……し、知ってたり……?」
「うん。知ってた。昨日からでしょう?私がお買い物に行ってた間にトレーニングしてたんだよね」
「ど、どどど……どうして琴ちゃんは……その。私がトレーニングを始めたって……知ってたりするのかな……?」
「お義母さんから聞いてた。『琴ちゃん聞いて。小絃の奴が、琴ちゃんに隠れてトレーニング始めたいって言いだしたのよ。あいつ、琴ちゃんのヒーローになりたいだのどうのこうの言ってたわー』って」
「あ、あんのババァ……ッ!」
よ、余計な事をよりにもよって一番知られたくない人に暴露しやがって……!?多分しれっと『なによぅ小絃。別に口止めはしてなかったでしょー?』とか言いそうだなあの人は……!こ、今度あったら絶対ぶん殴ってやるわ……!
「私を守りたいから。私のヒーローでいたいから。そう思って過酷なトレーニングをやってたんだよね」
「え、あ……う、うん……」
なんか過酷なトレーニングの内容は、とてもじゃないけど言えない雰囲気……
「そのうえ、私をお姫様だっこして……一日私を看病してくれて。だから無理して倒れちゃったんだよね」
「…………あ、あはは……笑ってくれて良いよ琴ちゃん。ホント……意気込みだけは達者な、かっこ悪い情けないお姉ちゃんでごめんね。……こんな調子で琴ちゃんのヒーローになりたいだなんて……はずかしいにも程があるよねー」
全部バレちゃっていたなら仕方ない。開き直って笑い飛ばしてみる私。ホント、我がことながら情けないにも程がある。勝手に琴ちゃんに良いところ見せたいと思って、隠れてこそこそトレーニング開始して。それが腕立て伏せ3回弱でダウンしちゃって。挙げ句翌日には筋肉痛で動けなくなって、結局琴ちゃんに看病される羽目になる全身湿布臭いお姉ちゃん……
とてもじゃないがヒーローにはほど遠い。こんなんじゃ琴ちゃんもガッカリだろうなぁ……
「そんな事ないよお姉ちゃん」
「ふぇ……?」
なんて事を言ってみた私に。どうした事か琴ちゃんは私の寝床に入り込み。そして私を優しく抱きしめて……熱っぽい顔を私に近づけこう言い始める。
「あ、あの……琴ちゃん……私、今多分全身湿布臭いから……そんなに近づくとその、困る……」
「かっこ悪くなんてない。情けなくない。……私の為に。私を守るために一生懸命身体を鍛えてるってお義母さんから聞いた時は嬉しかったよ。私がちょっとふらついただけで、心の底から心配してくれるお姉ちゃんの昔から変わんない優しいところ大好きだったよ」
「こ、琴ちゃん……だからその、ちかい……」
「……まだ治りきってないのに。私の為に無理をしてお姫様抱っこしてくれたあの時……止めなきゃと思いながらも、私……結局お姉ちゃんを止められなかった。お姉ちゃんにお姫様抱っこして貰えるシチュエーションも。間近で見えたお姉ちゃんは……凜々しくて、美しくて。そしてかっこよかった。今でもすっごくドキドキしてるんだ私。素敵だったよ♡」
「そ、そう……」
言葉通り心底嬉しそうに。私を抱きしめながら琴ちゃんは情けない私を褒め称えてくれる。うぅ……な、なんか笑い飛ばされるよりも琴ちゃんに褒めちぎられる方が恥ずかしいんですが……
「だから、心配しないで。私にとっての小絃お姉ちゃんは、あの時からずっと……誰よりも、何よりもかっこいい……私の永遠のヒーローだよ」
「琴ちゃん……」
琴ちゃんにそこまで言われると……ほんのちょっぴり自信が付く。そ、そっか。私……琴ちゃんのヒーローでいても良いのか。よし、よし!ならばこそ。これからもしっかりと琴ちゃんを守れるように鍛えなきゃ——
「……でもねお姉ちゃん。その上で、一つだけ言わせて」
「へ?あ、ああうん……何かな琴ちゃん」
「私、お姉ちゃんに守られるのすっごく安心するし。お姉ちゃんに守られると気持ちが良いの。でも……でもね」
今までのトロンとした蕩けるような表情から一転。とても真剣な、鋭くも綺麗な表情で私に琴ちゃんは宣言する。
「守られるばかりじゃ嫌。お姉ちゃんに一方的に守られて、そして10年取り残された……あんな思いはもうたくさん。……お姉ちゃんはわかってないかもしれないけど。もう、私も大人なんだよ。あの時何も出来なかった自分とはさよならしたんだよ。だから……」
「だから……?」
「今度は私が、小絃お姉ちゃんを守らせて。私にとってお姉ちゃんが永遠のヒーローであるように。私が、お姉ちゃんにとってのヒーローになる。何があっても、貴女を絶対守るから」
「……っ!!!」
布団の中で、私の手をきゅっと握り。凜々しい顔で私に誓う琴ちゃん。しばらく――というか10年見ないうちに、琴ちゃんは本当に立派に成長していて……誰より綺麗で美しく成長していて……
「……って、アレ?お姉ちゃん……?なんか、顔赤くない……?どうしたの……?」
「ふぇ……!?ぁ……い、いやあのこれは……そのぅ……」
「熱あるの?ああ……ひょっとしてアレかな?筋肉痛が悪化すると、発熱する事もあるみたいだしそのせいかな」
「そ、そうかも……ね」
「よし。とりあえず、今日はお姉ちゃんの健康を守らせて貰うね。昨日はお姉ちゃんに一日看病して貰ったんだし。今日は私の番。付きっきりで看病してあげるからね!」
「う、うん……お手柔らかに……」
……どうしよう。なんとか上手くごまかせたけど……ヤバい。今までも超絶美人でタイプな女性に成長した琴ちゃんにドキマギすることは度々あった。
けど……今のは……ちょっと今までのと比較にならないくらい……反則でしょ……
『私が、お姉ちゃんにとってのヒーローになる。何があっても、貴女を絶対守るから』
「…………あぅぅ」
顔が熱い。バカみたいに胸がドキドキしてる。今、筋肉痛っていう言い訳が出来て良かった。……ああもうだめだ。ホントにどうしよう……
「(私、今わりと本気で……琴ちゃんにときめいちゃってるかも……)」
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