24話 小絃お姉ちゃんは永遠のヒーロー
琴ちゃんに再び憧れられるヒーローみたいなお姉ちゃんになりたい。とりま……琴ちゃんをお姫様だっこ出来るようになる程度の体力やら筋力をつけたい。
そう一大決心した私は、早速母さんに電話して協力を仰ぐ。目指せ、女コマ●ドー。筋肉モリモリマッチョウーメンな変態となるべく、琴ちゃんに隠れ琴ちゃんがお買い物へ行っている隙に密かにトレーニングを開始した。
「ぜぇ……はぁ……っ!」
「ほらほら小絃ー、まだ始めたばっかりよー?もっとホレ、気合い入れなさい気合い」
そんな野望を持った私だったんだけど……やはり大きな野望は一朝一夕で達成できるものではないということを、トレーニング開始早々に痛感する事になる。母さんの作ったトレーニングメニューは、それはもう過酷なものだったのである。
「くっ……ぬ……!」
「あんたさぁ、そんなんで琴ちゃんをお姫様だっこ出来ると思ってんのー?」
身体がギシギシ軋みだし。腕がガクガク上がらない。筋繊維がブチブチと切れていく。湯気が立たんばかりに発熱し、玉のような汗が止めどなく噴き出てきて水浴びでもしてきたかのように汗でびっしょりぐっしょりと濡れ鼠と化す。
「ぬ、おぉぉ……っ!」
「どうしたのー?あんたはその程度で終わりなわけー?」
母さんに煽られて、悔しくて歯を食いしばり必死に食らいつこうとしてみたけれど。腕が言う事をきかない。力が全く入らずにあっという間に息があがり、ただただ全身に倦怠感が襲ってくる。
「も、う……無理……限界……っ!」
「…………えっ……?まじでその程度で終わり……?」
大好きな琴ちゃんの為にと頑張ってはみたけれど。とうとう限界を超えてしまったらしい。力尽き、息も絶え絶えに床にべちゃっと這いつくばる私。
身体が石みたいに重く感じる……腕がバカみたいに痙攣している。額に滲んだ汗にへばりつく鬱陶しい前髪を整える余裕もなく、荒い呼吸をどうにか整える。
「ぜぇ、ぜぇ……ぜぇ…………ふぅ……よ、よし。今日はこのくらいにしておくかな……しょ、初日から飛ばしすぎるのも良くないよね!」
「……」
「いやぁ、私よく頑張った!明日からもこの調子で頑張っていけば、きっとすぐにでも琴ちゃんをお姫様だっこ出来るようになるよねっ!」
(私にしては)かなり頑張った方だ。まだまだリハビリも半ばなわけだし、あんまり無理をしちゃうと琴ちゃんに心配されかねない。心地よい疲労感と共に得られた達成感を噛みしめつつ、確かな手応えを掴んだ私。
そんな私を見下ろしながら母さんは一言こう告げた。
「小絃……なんかあんた、いかにも過酷なトレーニング頑張りました!私、やり遂げました!的な雰囲気醸し出してるけどさぁ」
「……な、なにかな母さんや?」
「過酷どころか、やり遂げるどころか——」
「……うん」
「ぶっちゃけまだ腕立て伏せ3回も出来てないんだけど、あんた、そこんとこどう思うわけ?」
「…………」
母さんの問いかけにささっと目を逸らす私。
「呆れるのを通り超して、ある意味惚れ惚れしちゃうわね小絃。まさか腕立て3回も出来ずにグロッキーになるとか……見てて笑えるわぁ」
「ち、ちげーし!バカにしないでくれないかね母さんや!?母さんの節穴な老眼だと3回だけしかやってないように見えたかもしれないけど、私があまりに高速で腕立て伏せしたせいで錯覚してそう見えただけだし!実際にはもう300回くらいは腕立てやったし!」
「ほほう、それは悪かったわね小絃。……じゃあ今度はちゃんとわかるようにカウントしたいから、あたしの手のひらにあんたの顎乗せてそのまま腕立てしてくれないかしら」
「…………ごめんなさい、ちょっと……いや大分見栄張りました」
……現実逃避して、いかにもめちゃくちゃトレーニング頑張った!的な空気を出してはみたけど……実際にはこのザマですよ。
最初は母さん考案のトレーニングメニュー通り、定番の腕立て伏せから始めてみようとやってみた私だったんだけど。これがどうした事だろう。まず腕立て一回やっただけですでに息切れを起こして、二回目で両腕がもう『無理やめて』と悲鳴を上げていた。そして三回目の途中で死にかけて早々にリタイアする羽目となっていた。ここまでダメダメだとそりゃ母さんも笑うわな……
「体力も筋力も。事故の後から落ちてるのは十分わかってた。わかってたつもりだったんだけど……流石の私もまさかここまで出来ないとはびっくりだわ……」
「安心しなさい小絃。それに関しては事故のせいじゃないわ。だって……あんたの基礎体力の無さは元からだもの。高校生の時点で、当時の琴ちゃんに腕相撲で負け越してたもの」
「……」
トレーニングを始める前に敢えて目を背けていた事実だけどさ、そうハッキリ事実を言わないで欲しいなぁ!?
「こんなザマじゃトレーニングどころの話じゃないわねぇ。仕方ない、ちょっとメニューを見直してあげるわ」
「た、たのんだ母さん……」
手渡されたスポーツドリンクを寝転がったままごくごく飲みつつ思う。なるほど、これが私の現状か……
「…………これじゃ琴ちゃんのヒーローになるのも夢のまた夢だよなぁ……」
この調子だと琴ちゃんをお姫様だっこ出来るようになるのは当分先の話——どころか。一生かかっても無理そうな気がする。琴ちゃんもガッカリしちゃうだろうなぁ。なんて頼りにならないお姉ちゃんなんだって……
「ふーむ。琴ちゃんのヒーローねぇ……」
と、地味にへこむそんな私を見て。トレーニングメニューを修正していた母さんが不意にそう呟いた。
「な、なにさ母さん……もしかして、そのザマじゃお前がヒーローになるのは無茶で無謀とでも言いたいの?」
「いや、そうじゃないわよ」
「じゃどういう意味さ?」
「……んー。自覚がないって恐ろしいわねぇ。あたしに似ず、そういうところホント鈍感よねぇこの子は。……琴ちゃんにとって、あんたは間違いなく——」
「……?」
なにやらブツブツ言ってるけど……何の話をしてるのかねこの人は?
「てかさー。今更言うのもなんだけど小絃。別にトレーニングとかしなくてもよくない?」
「ほ、ホントに今更よね……なんでさ」
「だって心配もしなくても多分琴ちゃんは……今のままの小絃も好きだって思ってるわよきっと」
む……?今のままの私を好きって言うと……それはつまり琴ちゃんは——
「勉強もダメ、家事もダメ、運動もダメな……ダメンズ——いや、ダメ女好きって事?」
「あんた琴ちゃんを何だと思ってるの?」
だって……私みたいなダメ女を好きになる時点でそう思わざるを得ないって言うか……
「大体さ小絃。根本的な疑問なんだけど、あんたなんでトレーニングとかしたいって思ってんの?」
「え?い、いや……なんでも何も。ちゃんと私、母さんにこないだ説明したよね?」
「ええそうね、聞いたわ。琴ちゃんにチヤホヤされたい。琴ちゃんにかっこいいって思われたいって。確かにそういう気持ちがないわけじゃないだろうけど……ただそれだけの理由で、10年前から常に運動不足だった小絃が急に身体鍛えたいとか言い出すとは思えないのよね」
「ぅ……」
「あんたさ、実は……もう一つくらい身体を鍛えたい理由があるんじゃないの?」
言い当てられて唖然とする。だから、どうして母さんといいあや子といい……人が隠しておきたい恥ずかしい事を察しちゃうのかなぁ……
「別に無理して言わなくても良いけどね。でもね小絃。身体鍛えたい理由がハッキリすれば。もっと効率の良いトレーニングメニューが立てられると思うんだけど?」
「むぅ……」
母さんの問いかけに少し逡巡する私。そう言われてしまったらどうしようもない。……多分母さんの事だし、おおよその理由は感づいている事だろう。隠しておいたところでバレバレだろうし……隠すメリットよりも正直に話すメリットの方が大きい気がする。
だったら仕方ない。私も腹をくくろうじゃないか。
「……琴ちゃんに慕われたいし、かっこいいって思われたいって考えてる事は嘘じゃないよ」
「ええ、そうでしょうね」
「……でも、母さんのお察しの通り。それだけが身体を鍛えたかった理由じゃなくて……」
「うん」
「……私が、身体を鍛えたい一番の理由はね……」
「うん」
「…………琴ちゃんを、いざという時に守れるようになりたいから」
……これ言うと、なにかっこつけてんだとか。大人になった琴ちゃんを守るとかおこがましいわとか言われちゃいそうだったから隠してたんだけど。一番の理由はやっぱりこれだろう。
「やっぱりさ、いざという時に……琴ちゃんを守れないのは怖いんだ。10年前のあの日は……なんとか琴ちゃんを守れたけど。まだリハビリも中途半端な今の私じゃ……同じような事があっても、琴ちゃんを守れないと思うの」
ただでさえ運動神経皆無な私だ。あの日は本当に運良く琴ちゃんを庇えたけど……もし仮に今後同じシチュエーションに出くわした時、私は琴ちゃんを守る事が出来るのか?
……多分無理だ。昔以上に体力も筋力も何もかもが落ちてしまっている今の私では、琴ちゃんを守る事なんてできっこない。
「それも……ただ守るだけじゃダメなの。求めるのは、あの日以上の私。琴ちゃんを傷一つ無く守るのは当然として。今度はちゃんと私も怪我一つ無く……琴ちゃんを安心させた上で琴ちゃんを守りたいの。……琴ちゃんにトラウマを植え付けた張本人の私が言うのもなんだけどさ」
事故ったあの時、琴ちゃんを守れた自分は誇らしく思うけど。でも……そのせいで琴ちゃんに辛く苦しい思いをさせてしまった件については自分で自分が許せなく思う。琴ちゃんを庇えたという自己満足に浸りながら10年もの長い時間悠々と眠りこけていた私とは対照的に、琴ちゃんはその10年をずっとずっと苦しい思いを背負って生きて私を待ってくれていたんだ。楽しい思い出なんて一つも作らずに、あの病室で来る日も来る日も私を一人待ち続けてくれたんだ……
だから、今度こそ私は間違えない。私は正しい意味で、琴ちゃんを守る。身体だけじゃなく、ちゃんと心も守れる……そんな、琴ちゃんだけのヒーローになりたいって思ってる。
「そういうわけだけど。……琴ちゃんを心身共に守るには、とにもかくにもまずは身体を鍛えなきゃと思った次第なわけなの。何かあっても咄嗟に琴ちゃんの為に動ける身体が欲しくて……それで鍛えようと……」
「なーるほど。そういう事ねー」
そこまで説明すると、母さんは納得した顔でうんうんと頷く。
「大体予想通りね。小絃が頑張る原動力ってどこまでいっても琴ちゃんなわけだし」
「わかって貰って何よりだよ。それで母さん。正直に話したところで効率の良いトレーニングメニューの件なんだけど……どうかな?何か良いメニュー思いついたりした?」
「ああ、それなんだけどね小絃。あんたの話を聞いた上で、敢えてまた言わせて貰いたいんだけど」
「何さ?」
「やっぱり別にトレーニングとかする必要、無くない?」
「はぁ?」
折角人が恥を忍んで話してやったって言うのに。またもやそんな事を言い出した母さん。
「あんたの場合は多分、必死こいて鍛えても鍛えなくても。どっちにしても一緒だとあたし思うのよね」
「むっ……なにさ母さん。それはつまり、やるだけ無駄だと?私じゃ琴ちゃんを守れないから鍛える意味が無いと?私は琴ちゃんのヒーローはなれないと?」
「だからそうじゃないってば。自分の事なのにホントわかってないわねぇ。あんたの場合は今も昔も……わざわざ鍛えたりしなくても——」
と、母さんが何かを言おうとしたその時。
「——小絃お姉ちゃん、ただいまー♡」
「あ、琴ちゃんおかえりー!」
ちょうどお買い物を終えたであろう琴ちゃんが帰ってきた。私はまだちょっとふらふらな身体に鞭を打ち。母さんを置いて急ぎ琴ちゃんのいる玄関へと向かう。母さんの話なんて後だ後。まずは琴ちゃんを出迎えてあげないと……!
「ふぅ……今日も暑いねお姉ちゃん。うだるような暑さってこういうのを言うんだろうね」
「お疲れ様―!大変だったよね?お買い物ありがとうね。なんだか随分買ったみたいだね!」
「えへへ、奮発して色々買っちゃった。待っててねお姉ちゃん。これで美味しいご飯を作ってあげるから」
ハンカチで額に浮かんだ汗を拭きながら、琴ちゃんは手に提げていた大きな買い物袋をよいしょと掲げる。微力ながら荷物運びを手伝おうと手を伸ばそうとした私。
……すると。
「あっ……っととと……」
「琴ちゃん!?」
一体どうした事だろう。琴ちゃんは突然玄関でふらっとよろめいた。両手に大きな重い荷物を掲げていたせいで満足に受け身を取る事もかなわぬまま、頭から前のめりに琴ちゃんは倒れ——
「——琴ちゃんっ!!」
「きゃっ……!?」
——ようとした琴ちゃんを、ギリギリで抱き留める私。とりあえず床への激突が避けられてホッとしたのもつかの間に、私は大慌てで琴ちゃんの容態をみてみる。
「ど、どうしたの琴ちゃん!?大丈夫!?怪我はない!?」
「あっ……え、えっと……うん、怪我はお姉ちゃんのお陰でだいじょうぶ……ちょ、ちょっとだけふらって目眩がして……」
「目眩!?気分が悪いの!?苦しかったりする!?」
「だ、大丈夫だよ……きょ、今日は外が暑くて……だからちょっとふらってなっただけだと……」
「それは……熱中症を起こしたかもしれないね……すぐに冷房の効いた部屋まで行こう。あまりに酷いようなら救急車を呼ばないと……!」
「え、あ……あの、おねえちゃ……!?」
とりあえず、早く部屋に……そう思い私は抱き留めていた琴ちゃんを抱え直し、抱え上げて急いでリビングまで向かう。
「お、お姉ちゃん降ろして……!ひ、一人で歩けるよ私……?」
「ダメ、琴ちゃんはじっと安静にしてて」
「わ、私……昔よりもずっと重いし……お姉ちゃん、まだリハビリの途中なのに……」
「重くないから大丈夫。琴ちゃん一人抱えられなくて、何がお姉ちゃんか。……それよりもしっかり私に掴まっていなさい琴ちゃん。すぐにお姉ちゃんが涼しい部屋まで連れて行ってあげるから」
「は、はぅぅ……」
琴ちゃんを抱えたまま考える。……ええっと、熱中症の時ってどうするんだったっけ。冷たい飲み物用意して……後は首元とか脇の下を冷やしたタオルで冷やしてあげるんだっけ。
まずは琴ちゃんをソファに寝かせて、クーラーでリビング冷やして、あとスポーツドリンクの用意を——
「——やれやれ。鍛えなくても念願のお姫様だっこ出来てるじゃないの。ほらね、だから言ったのよ。小絃の場合は今も昔も……わざわざ鍛えたりしなくても——琴ちゃんがピンチの時は、いつだって信じられないくらいの力を発揮出来るんだもの。だって小絃は……琴ちゃんの永遠のヒーローだもんね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます