23話 お姉ちゃんは○○が出来ない(運動編)

『——ごめんなさい、コイトお姉ちゃん……わたし、重くないかな……?』

『ハハハ、全然だよ琴ちゃん。羽のように軽いから安心してね』


 10年前を思い出す。……あの頃の私は、自分で言うのもなんだけど。琴ちゃんにとってのヒーローみたいな存在だったと思っている。

 琴ちゃんが悪ガキ共に苛められそうになってたら、すっ飛んで駆けつけて悪ガキ全員拳骨&説教した後……そいつらにとことん琴ちゃんの素晴らしさを説いて二度と苛めないように洗脳——じゃなかった調教したし。琴ちゃんが野良犬野良猫に狙われそうになっていたら、割って入って(こちらが一方的にズタボロにされながらも)琴ちゃんを守ってあげた。

 そして琴ちゃんが転んで怪我をした時は、下手くそながらも怪我の治療をして。そして琴ちゃんをおんぶして琴ちゃんの脚になってあげたりもしたっけ。


「——ご、ごめん琴ちゃん……私重くない?ていうか、絶対重いよね……!?重いから、降ろして欲しいんだけど……!?」

「んーん。とっても軽いよお姉ちゃん。安心して私に身を委ねてね。ううん、身だけじゃない。私に全てを委ねてね」


 ……それが今ではこれですよ。琴ちゃんの熱烈なお世話のお陰で……大分一人でも立って歩けるようになったはずなんだけど。その琴ちゃんからは『転ぶと危ないから』と相も変わらず……リハビリ以外の時間は、文字通り琴ちゃんにおんぶに抱っこされてしまっている私。

 まさか10年で立場がここまで逆転してしまうとは……


「(このままじゃ……姉貴分としての威厳が……)」


 琴ちゃんは優しいからイヤな顔一つしないで私のお世話をしてくれているんだけど……私としては少々——いや、正直かなり不満なのである。……めっちゃタイプの年上(ホントは年下だけど)美人さんにリードされる事自体は全然不満じゃないんだけど……それは相手が琴ちゃんじゃなければって話。

 昔の琴ちゃんのことを一番知ってる私としては……琴ちゃんにはもっともっと私に頼って欲しいって言うか……昔みたいに『コイトお姉ちゃん、かっこいい!』って慕われたいって言うか……そんな願望があるわけで。


「(もっと頼れる……昔みたいに、琴ちゃんが尊敬する立派なお姉ちゃんにならねば……!)」


 今のままじゃ……ダメだ。8歳年下の従姉妹に心身共に甘えてばかりの今の情けない小絃お姉ちゃんじゃダメなんだ……!琴ちゃんにお姫様抱っこされ『洗いっこしよーねお姉ちゃん♡』とお風呂に強制連行させられながらも、私は一人静かに決意する。

 思い出せ、忘れかけていた琴ちゃんに尊敬されたあの日の自分を。取り戻せ、勉強も運動も出来た理想の姉キャラとしての自分を……!



 ◇ ◇ ◇



『——え?何?『もっと早く昔みたいに動けるように……いいや、昔以上に動けるようになりたい』って?』

「うん、そう。何かいい手はないかな母さん」


 そう決意した私は早速行動に移すべく。琴ちゃんがお料理を作ってくれている隙に……マッドなサイエンティストであり、実母でもある母さんに相談してみる事に。


『あんた琴ちゃんの羨ましいくらい献身的なお世話のお陰で順調に回復してるんでしょ?何をそんなに焦ってるのよ——って、聞くまでもないか。どうせアレでしょう?琴ちゃんにお世話されてる自分が不甲斐なくて嫌だとか。琴ちゃんにもっと尊敬されたいとか。そんな事考えてるんでしょ?』

「頼んでもないのに私の心中全部察した挙げ句わざわざ解説とかしないで欲しいんだけど?つーか何故わかった……」

『昔からわかりやすすぎなのよねー小絃は。琴ちゃん相手だとものすごくめんどくさい見栄っ張りだもの』


 悪友あや子と言い母さんと言い。なんなの?私はまだ一言しか喋ってないのに、何で私の考えてる事全部まるっとお見通しなの?エスパーか何かなの?


「ああそうだよ!悪い!?私にだって年上としての威厳やプライドって物があるんだよ!」

『安心しなさい小絃。あんたにそんなものは最初から無いわ』

「私はもっともーっと琴ちゃんに慕われたいの!『おねえちゃん、すっごーい!』って目を輝かせた琴ちゃんに尊敬されたいの!称えられたいの!」

『うわっ……似てな!今頑張って琴ちゃんの声真似したんでしょうけど……全然似てないわ小絃!かわいらしさが足りないわ!』

「そう、だから私は……琴ちゃんが憧れてくれた10年前の私に……『勉強も運動も出来たかっこいい理想のお姉ちゃん』に戻りたいんだよ!」

『いや小絃。あんた如何にも10年前は勉強も運動も出来た的な言い草してるけどさー。ぶっちゃけ勉強も運動も、あたしに似ずからっきしで全然ダメだったわよね?』

「ええい、余計なツッコミはしなくてよろしい!早く本題に入らせろや母さん……!」


 いちいち話の腰を折ってからに。これじゃあ話進まないじゃないのさ……


『んで?最終的にあんたどうしたいの?どうなりたいの?』

「……琴ちゃんに、おんぶに抱っこな今の私を変えたいの。もっと体力つけて、筋力もつけて。そして……」

『そして?』

「……私も、琴ちゃんをお姫様抱っこしてあげたいの……!」

『……おんぶに抱っこって、文字通りの意味だったかー』


 いつもは私が抱っこされて、タジタジになっちゃってるけども!私だって琴ちゃんお姫様だっこして……琴ちゃんをタジタジにさせたいの!ヒーローみたいに琴ちゃんを抱きかかえて、あのクールな琴ちゃんを赤面させてやりたいの……!


『小絃の言いたい事とやりたい事は大体わかったけど。それで?母さんにどうしろと?』

「だからね。母さんって一応、科学者なわけじゃん?なんか上手い事、手っ取り早く身体機能を高める装置とかないの?」


 我が親ながらになかなかの変人だけど、どういうわけか妙な方向に才能があるらしく。それなりに名の知れた科学者をやっている母さんだ。もしかしたら私の望みを叶えてくれる装置とか道具とか開発してたりするかも……

 そんな淡い期待を込めて尋ねてみると。母さんは呆れたようにため息を吐きこう答える。


『あんたねぇ……そんな都合の良い装置、いくらあたしが天才だからって……』

「あ、ごめん。流石にそんな都合が良いものなんてないよね」

『あるにはあるわよ』


 あ、あるんかい……言ってみるもんだな。


『身体機能を高める機械でしょ?あるわよ。使用者の細胞を活性化させて……ボディービルダーみたいな体型になって前人未踏の超パワーが身につく装置なら以前作ったから』

「マジで!?めちゃくちゃおあつらえ向きじゃないの!それ欲しい!それ使わせてよ母さん!」

『別に良いわよ。…………まあ、ただ超パワーを得るのは良いんだけど』

「ん?けどなにさ?」

『加減が効かなくなって……触れたもの全てを破壊してしまう悲しきモンスターになっちゃうっていう……微々たる欠陥というか想定外の作用というか。寧ろ上手くいきすぎた弊害というものがあるけど……それで問題が無いなら存分に使いなさい小絃』

「謹んでご遠慮させていただきます」


 丁重に、そして全力でお断りしながら思う。ちょっとでも母さんに期待をした私がバカだった。ああうん。そうだよね、この人はこういう人だったよね。……なんでこう、色んな意味で加減ってものを知らないんだろうね……?

 この親にしてこの子ありって?やかましい。


「じゃ、じゃあ……そういうトンデモ装置は良いからさ。なんかアドバイスとか無い?効率的なリハビリの仕方とか。弱った身体を鍛える方法とか」

『よく食べてよく動いてよく寝る。以上よ』

「ふ、普通すぎる……」


 なんかこう……さっきとは逆に普通すぎてリアクションに困る。もっとさぁ、無いの母さん?科学者なら科学者らしい為になる助言とかさぁ。


「てか、それじゃあ普段琴ちゃんにやって貰ってる事と何も変わらないんだけど?」

『どれだけ科学が進歩しても。時間をかけて地道に鍛えて体力つける事にはかなわないわよ。早く自立したいのであれば、今まで通り琴ちゃんにお世話して貰いながらリハビリに励む事ね』

「むぅ……」


 琴ちゃんに迷惑かけたくないから、琴ちゃんの手を煩わせたくないからこそ今母さんに相談してるって言うのに。これじゃ本末転倒じゃんか……正直あんまり琴ちゃんに『私今頑張ってまーす』的な姿は見られたくないんだけどなぁ。


「……琴ちゃんに隠れてこっそり身体鍛えたりする方法って無いの?」

『なんでよ——って。これも言うまでもないわね。あんた琴ちゃんに努力してる姿を見せたくないのよね。必死こいて頑張ってる姿を見られたくないのよね。琴ちゃん限定の良い格好しいな見栄っ張りだから』


 だからいちいち人の考えてる事を言い当てるのやめろや母さん……!


『まあ、気持ちはわからんでもないし……トレーニングすること自体は悪い事でもないわね。一人でも出来るリハビリトレーニングのメニューなら考えてやっても良いわよ』

「はじめから余計な事言わずにそうして欲しかったんだけど……ま、まあ良いか。とりあえず頼むよ母さん」

『はいはい。んじゃ、今度遊びに来た時にメニューは持ってきてあげるから』


 そんなこんなで。紆余曲折はあったけど、母さんの協力を得て琴ちゃんに隠れてトレーニングを始めて見る事に。

 待っててね琴ちゃん……!お姉ちゃんは必ず……昔君が憧れてくれた琴ちゃんだけのかっこいいヒーローに戻ってみせるから……!

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