22話 琴ちゃんとアルバム鑑賞

「——ふふふ。いやぁホント……懐かしいなぁ」

「小絃お姉ちゃん?どうしたの?何を見てるの?」


 お仕事に行かなきゃいけない琴ちゃんの為、ひいては私のお世話の為。琴ちゃんのお父さんとお母さんが私たちのお家に来てくれたその日の夜。

 ベッドに寝そべりあるものを鑑賞しながら。ニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべているのは私、音瀬小絃。そんな不気味な姉貴分の挙動を心配した様子の琴ちゃんは、私に優しく声をかけてきてくれる。


「ああ琴ちゃん。ふふ、実はね。琴ちゃんパパとママが帰る前に……ちょっと良いものを私にくれたんだよね」

「良いもの?へぇ……何だろう。私にも見せて貰って良いかなお姉ちゃん」

「勿論いいとも。ほら見てみなよ琴ちゃん。……この写真の中の美少女。琴ちゃんはこの子が誰だかわかるかな?」

「…………は?美少女?」


 分厚いアルバムを開いて。中の写真を指さし琴ちゃんにそう質問する私。問われた琴ちゃんは眉をピクリと動かして、目を細めてその写真をジトッと見つめる。


「どーよ琴ちゃん。この子、この世のものとは思えないくらい可愛いって思わない?」

「……」

「ちっちゃくて、愛くるしくて、ぷにぷにで。その上顔立ちも整ってて、将来絶対美人さんになれるって確信しちゃうよね」

「…………」

「快活で、おまけに天真爛漫な笑顔は、見る物全てを同じように笑顔にしちゃう。そんな素敵な美少女なんだけど……さて、琴ちゃん。これ、だーれだ?」

「本当に誰よ、私を差し置いてお姉ちゃんを誑かすその女は……!?」

「いや……誰よも何も……ちゃんとよく見て琴ちゃん……」


 君ですが?私の可愛い従姉妹の音羽琴ちゃんの、小さい頃の写真ですが?


「懐かしいよね。これは確か琴ちゃんが幼稚園に行ってた時の写真だね。あの頃から琴ちゃんってば、何をやるにも私の後を『コイトおねーちゃん!コイトおねーちゃん!』って一生懸命ついてきてさー。それがもう可愛いのなんのって」

「…………むー」


 今日琴ちゃんのお父さんとお母さんが帰る間際に『小絃ちゃんに良いものをあげるわ』と頂いたのは、小さい頃の琴ちゃんの懐かしき日々が収められたアルバム集。分厚いそのアルバムには、何枚、何十枚、何百枚もの琴ちゃんの成長過程が鮮明に残されていた。

 そしてその琴ちゃんの写真には、9割くらいが私も琴ちゃんと一緒に映っていて……写真を見れば思い出す。あの日あの時の幸せで楽しかった琴ちゃんとの幾日。


「ホントに、あの頃の琴ちゃんは可愛かったなぁ……お姉ちゃん、メロメロだったよ」

「…………むー!」

「……って、琴ちゃん……?ど、どうしたのそんなにほっぺた膨らまして……?」


 懐かしさの余り感極まってペラペラと語る私を前に。琴ちゃんはどうした事かちょっぴり不機嫌な様子で写真を睨み付けている。


「…………お姉ちゃんは」

「へっ?」

「…………小絃お姉ちゃんは、小さい頃の私が好きなの?」

「え?……あ、ああうん。勿論好きだったけど……」

「…………小さい頃の私に、また会ってみたい?」

「う、うーん。まあ可能ならそれもありかなとは思うけど……なんで?」

「…………わかった」


 そう答えると、どうした事か琴ちゃんは。突然スマホをスッと取り出して。どこかへ電話をかけ始めた。え?急になに?誰にかけてるの琴ちゃん?


『——はーいもしもしー?』

「もしもしお義母さん。突然ごめんなさい私です。琴です」

『あら、やっほー琴ちゃん。どうかしたのー?』


 え?お義母さんって……それにこの声、この口調……もしかしなくても琴ちゃんの電話の相手、私の母さんか?でもなんで琴ちゃんは母さんに電話なんかを……


「単刀直入に聞きますお義母さん。…………大人を子どもに戻す装置とか、お薬とかありませんか?」

『え?大人を子どもに戻す装置?…………んーと。そうねぇ』

「……流石にありませんか?」

『実装はまだだけど、実験段階の装置ならあるわねー。でもなんで?』

「それは良かった。……その装置、是非とも私に使わせて貰っても良いですか?」

『良いよー。ちょうど被検体が欲しかったところだったしさー。あ。でもまだ実験段階だし、不可逆だけど良い?子どもに戻った後大人には戻れない仕様なんだけど……』

「構いません。お姉ちゃんがそれを望んでいるようなので」

「琴ちゃん、琴ちゃん!?何考えてんの!?あと母さんも止めろやおバカ!?」


 何やら不穏な会話をしている二人にツッコむ私。大慌てで琴ちゃんのスマホをひったくり通話を強制終了させる。何やってんの二人とも……


「ホントにどうしたっていうの琴ちゃん……もしかして、なんか怒ってる?」

「…………だって。お姉ちゃんは小さい頃の私は可愛かったって……また会えるなら会いたいって言うから……だからお義母さんに頼んで私を子どもに戻して貰おうと……」

「あれ冗談!会いたいって言ったのは流石に冗談だから!?真に受けないで琴ちゃん!?」


 冗談が通じない相手琴ちゃんと、それから冗談みたいな荒唐無稽な話を実現できる相手母さんに冗談を言うものじゃないなと私反省。いや、だって本気だとは思わないじゃん……


「……小絃お姉ちゃん。小さい頃の私は可愛かったって……今は私、可愛くない?お姉ちゃん好みの女に成長したつもりだったけど……小さいままの方が良かった……?」

「あー……なるほどそういうこと……」


 不安そうにそう尋ねる琴ちゃんに、ようやく鈍い私も察する事が出来た。要するに、あまりにも私が幼い琴ちゃんを可愛い可愛いと言うもんだから、それに怒って嫉妬して不安になってしまったらしい。

 怒る必要も嫉妬する必要も不安になる必要も無いだろうになぁ……


「もう、バカね琴ちゃんは。誰も、今の琴ちゃんが可愛くないだなんて言ってないでしょう?」

「……だって」

「言葉にしないと、不安になる?良いよ、ならちゃんと言ってあげる。今の琴ちゃんも、世界一可愛いって思ってるよ私」

「……っ!」


 全く……琴ちゃんったら自分で自分のかわいさを理解していないのかね?鏡見てきなよって言いたくなるよ。今も昔も美少女過ぎるんだよなぁ……

 外面だけじゃなく、こういうところで私に可愛いって思って貰えないって不安になっちゃうその内面もめちゃ可愛いし。琴ちゃんは大人になってもずっと可愛いよ。


「それに……今の琴ちゃんはさ。可愛さ以上に……」

「以上に?」

「…………その、ね。綺麗だから……だからその……安心して良いよっていうか……」

「小絃お姉ちゃん……!」


 琴ちゃんを安心させようと言ってみたわけだけど。なんか途中から琴ちゃんを口説いているみたいになってしまった事に、言ってる途中で気づいてしまいなんだかちょっと気恥ずかしい。なーにが綺麗だから、だよ私……かっこつけかよ……


「ふ、ふふ……そっかぁ。可愛い以上に綺麗か私……えへへ、えへへー♪」


 それでも琴ちゃんは、そんな私のクサイ台詞にさっきまでの不機嫌さはどこへやら。輝くばかりの愛らしい笑顔で喜んでくれる。


「お姉ちゃん」

「ん?どうしたの琴ちゃん」

「私、これからもお姉ちゃんに綺麗だって思って貰えるように。お姉ちゃんに好いて貰えるように頑張るね!」

「う、うん……頑張れ琴ちゃん」


 もうすでに、お姉ちゃんの好感度はカンストしてる事はナイショだ。


「負けないから……!若さだけが取り柄のこの小娘には、負けないからね私……!」

「えーっと……」


 握っていた過去の自分の写真に向かって、そう強く宣言する琴ちゃん。自分自身に嫉妬しちゃうとか。琴ちゃんは器用だな……



 ◇ ◇ ◇



「——そういや琴ちゃん。気になる事が一つあるんだけど」

「ん?なぁにお姉ちゃん」


 琴ちゃんの機嫌もなおったところで。琴ちゃんとアルバム鑑賞の続きをする私。その途中でふとある事に気になって、琴ちゃんに聞いてみる事に。


「このアルバムね、琴ちゃんが小学生まで……より正確に言うと私が事故って昏睡状態になった時までの写真しか入ってないんだけど……これ以降の写真って無いの?」


 琴ちゃんのお父さんとお母さんに頂いたアルバムは分厚くて何冊もあったのに。その中に収められていたのは私と一緒に居た時期の写真しか入っていなかった。

 折角アルバムがあるのなら、直接見る事が出来なかった琴ちゃんの10年分の成長の記録をこの目に焼き付けたいと思ってたんだけど……


「あー……うん。あるにはあるよ。別に取っておいただけだし」

「あ、そうなんだ。良かったら見せて欲しいなぁ」

「別に良いけど……でもあんまり面白いものでもないよ」

「良いから良いから。お願い琴ちゃん」

「ふむ。まあお姉ちゃんがそう言うなら……ちょっと待ってて。持ってくるから」


 私のそのお願いを聞き、琴ちゃんは自分の部屋にアルバムを取りに行ってくれる。……ふふふ。楽しみだなぁ琴ちゃんの成長記録。中学、高校。そして大人になるまでの琴ちゃんが知りたくてたまらなかったんだよね私。


「お待たせ。はいどうぞお姉ちゃん。小学校の卒業式からお姉ちゃんが目を覚ますまでの期間のアルバムだよ」

「おー!ありがと琴ちゃ——ん?」


 戻ってきた琴ちゃんに、アルバムを手渡される私。意気揚々とそのアルバムを手にした私は、とある違和感を覚えてしまう。


「あの……琴ちゃん?」

「どしたのお姉ちゃん」

「いや、これ……なんか薄くない……?この一冊だけ……なの?」


 手渡されたアルバムは、百均で売られているノートよりも薄い一冊だった。私と一緒に映っている写真を入れたアルバムは、百科事典よりも厚くて何十冊もあったのに。私が眠りこけてから10年分の写真が入っているにしては薄い。薄すぎる……


「この一冊だけだよ。写真撮る機会があんまりなかったからね」

「そ、そうなんだ……まあ良いか。とりあえず拝見させて貰おうかなっと」


 取る機会が無かったなら仕方ない。気持ち改めとりあえずある分だけ見させて貰う事に。その中に入っていた写真は、思った通りの……いや思った以上の美少女が映っている。小学校、中学高校と……順を追い美しくなっている過程が残されていた。

 …………そう、残されてはいたんだけど……


「…………あの、琴ちゃん?」

「んー?」

「…………なんか、これ全部……琴ちゃん表情暗くない?しかも……なんで小学校・中学校・高校の修学旅行の集合写真が……全部右上の欠席者枠で撮られてるの……?」


 数枚だけのそのアルバムは、漏れなく今の琴ちゃんには考えられないくらい表情が暗く笑顔が全く見られていない。

 しかも……修学旅行で撮られる全員集合の写真に琴ちゃんは入っておらず。右上に欠席として別枠で貼られていた。それも小学校・中学校・高校全てだ。


「だから言ったでしょう?面白いものじゃないよって。修学旅行の件は、私旅行に行った事ないからこうなったの」

「な、なんでさ!?風邪!?病気!?だ、大丈夫だったの琴ちゃん!?」

「ああ、違う違う。仮病を使って全部休んだだけ。……だって、旅行に行くってことは二、三日お姉ちゃんから離れちゃう事になるでしょう?……お姉ちゃんのお見舞いにいけなくなるって事でしょう?それが嫌だったから、全部休んだの」

「はぁ!?」


 な、なんて勿体ない事を……いつ目覚めるともしれない私の為に休んだ……?人生で一度きりしかない修学旅行を……!?


『あの子ね、文字通り……毎日あんたのお見舞いに来てたのよ。10年間毎日欠かさず、あんたの側であんたが目覚めるのを待ってたわ』


 目覚めた時に悪友であるあや子に教えて貰った事を思い出す私。……マジで琴ちゃん、10年毎日欠かさずに……私に会いに来てくれてたのか……

 何をやってるのって怒ってやりたくなるけれど。でも私の為に休んだって言われると、怒るに怒れない。くそ……何やってたんだよ私……何でもっと早く目覚められなかったんだよ……!


「表情が暗いのは……お姉ちゃんがいなかったから、だろうね。お姉ちゃんが目覚めるまでは……私の生活は灰色だったから」

「琴ちゃん……」

「でも今は大丈夫!だって、お姉ちゃんが起きてくれたからね!」


 アルバムに載せられていた陰りのある表情は払拭され。素敵な笑顔で私にそう言ってくれる琴ちゃん。

 そんな琴ちゃんに私は……


「……琴ちゃん」

「はぅ!?お、おおお……お姉ちゃん……!?ど、どうしたの急に……積極的で嬉しいけど……」


 思わず、琴ちゃんを抱きしめていた。抱きしめるしか出来なかった。


「……ねえ、琴ちゃん」

「う、うん……何かなお姉ちゃん……」

「もうちょっと、リハビリ頑張って……私が自由に歩けるようになったらね」

「うん……」

「そしたら二人で、色んなところに行こうね」


 琴ちゃんの薄いアルバムを見て。その中の写真を見て。私は決意した。……もう二度と、こんな顔を琴ちゃんにはさせないと。

 待っててね琴ちゃん。私のせいで旅行に行けなかった分は……楽しい思い出を作れなかった分は……私が今から、それを埋めてあげるから。寂しい思いをした分は、幸せな思い出で塗りつぶしてあげる。琴ちゃんとの思い出で、アルバムをいっぱいにしてあげるから。


「日本でも、外国でも良い。色んなところに行って、写真もいっぱい撮ろう。お土産もいっぱい買って……楽しい思い出、素敵な経験。二人で一緒に、作ろうね」

「お姉ちゃん……」


 そんな私の突然の話に対し。私の胸の中の琴ちゃんは、真剣な顔でこう聞いてきた。


「それってつまり…………一緒に新婚旅行に行こうって事だねお姉ちゃん!」

「……えっと」


 ……いや、ちょっとニュアンスが違うけど……


 まあ、いいか。琴ちゃんの好きに解釈してくだされ……

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