20話 ご両親とのご挨拶
——それは、何の前触れもなく訪れた。
10年寝過ごして目覚めて以来……一番と言っても過言ではない……そんなピンチが。予兆も身構える時間も無しにこの私、音瀬小絃の身に訪れたのである。
「ごめん、小絃お姉ちゃん……今日緊急で用事が出来ちゃって……今日はお姉ちゃんのお世話がちょっと出来ないの……」
「良いって良いって。謝る必要なんてないよ。琴ちゃんは私に気にしないで自分の事をもっと大事にするべきだよ」
ある日の朝。そう言って心底申し訳ないといった顔で私に謝ってきた従姉妹の琴ちゃん。謝る事なんかないのにね。
「寧ろ琴ちゃんはさ、もっと普段から自分の生活を大事にするべきだと私思うんだ」
「……?自分の生活なら、ちゃんと大事にしてるつもりだけど?」
「いやいや。遠慮しないでホントの事言って良いよ琴ちゃん。四六時中私にべったりで、私の為に身を粉にする勢いで……そんなんじゃ身体も気も休まらないでしょう?たまには羽を休めて、私に構わず自分のしたい事をして良いんだよ?」
そう琴ちゃんに言ってみると……どういうわけか、琴ちゃんは私の言っている事が全く理解出来ないといった顔を見せる。……え?何でそんな顔してんの琴ちゃん?私別に変な事言ってないはずだよね……?
「……?何言ってるのお姉ちゃん。自分のしたい事ならいつでもどんな時でもしてるよ私」
「いやいやいや……本音を言って良いんだよ琴ちゃん。私ってお金を稼ぐ事も、家事も、リハビリも。琴ちゃんに全ておんぶに抱っこ状態じゃない。これじゃ琴ちゃんも日々の疲れが癒やされないでしょう?だから琴ちゃんはもっと私中心の生活じゃなくて、自分中心の生活を送るべきだと思うって話で……」
「……???ごめん、お姉ちゃんが何言ってるのか全然わかんない……お姉ちゃんの為にお金稼ぐのは養ってるって実感が持てて幸せだし。お姉ちゃんの為にご飯作ってお掃除も洗濯もするの尽くしてる感があって優越感に浸れるし。お姉ちゃんのお世話をする事で、私の日々の疲れが癒やされるのに……その幸せを取られたら、私衰弱しちゃうよ?お姉ちゃん中心の生活こそ、私の生活そのものなんだよ?」
「…………えっと」
純粋無垢な表情で、さらりとそんな事を言い切る琴ちゃん。彼女からは本気で言ってるのがひしひし伝わってきて……気恥ずかしいというか、琴ちゃんの愛情に押しつぶされそうと言うか……
「と、とにかくだ。話を戻すけど……たかが一日二日程度、私なら一人で大丈夫だよ。琴ちゃんのお陰で私も大分動けるようになったわけだし、自分の事は自分で頑張るよ」
「それはダメ。いくら立って歩けるようになり始めたからって、まだ退院してから1ヶ月かそこらなんだし。小絃お姉ちゃんに無理はさせられないよ。心配しないで。ちゃんと私の代わりの助っ人を用意しておいたから、その人たちに今日はお姉ちゃんのお世話をさせるから」
目の前で姉貴分である私を失いかけた……そんなトラウマのせいで、私に対して若干……いや、かなり心配性になった琴ちゃん。相も変わらず過保護気味にそんなことを言ってきた。
ふむ……助っ人ねぇ?
「助っ人って事は、またあや子か母さんが来るのかな?」
今日みたいに、どうしても琴ちゃんが家を離れる時。琴ちゃんは私の身を案じて、必ずと言って良いほど私の母さんか……もしくは悪友あや子を呼んで私のお世話を頼んでくる。いつものパターンならこの後来るのはあの二人のどっちかか。もしくはその両方か。
……琴ちゃんには悪いけどコレに関しては正直人選ミスだと毎回思ってるんだけどね。だってさぁ、あの二人の場合、私のお世話係って柄じゃないんだもの。大騒ぎになるし勝手気ままに過ごすし我が物顔で琴ちゃんと私の家を我が家同然にするし……むしろ私があの問題児二人のお世話係にならざるを得ないから、ぶっちゃけ一人の方がまだ楽できるような気がするんだよね……まあ、寂しい思いをしなくて済むと言えば聞こえはいいけどさ。
「んーん。ごめん、残念だけどお義母さんもあや子さんも今日はどうしても外せない予定があるらしくて……断られちゃってね」
「あらら、そうなんだ。それは珍しい」
それを聞いてちょっと意外と思う。あの二人っていつでも暇を持て余してるようなイメージしかないし。呼ばれなくてもいっつも邪魔しに来てたからなぁ。
……ん?でもあの連中じゃないなら、琴ちゃんの言う『助っ人』って一体誰の事だろう?私の知ってる人かな?こう見えて意外と人見知りしちゃうタイプな私としては、見知らぬ人たちだったらちょっと困っちゃう。抵抗あるよなぁ……
「でも安心してね。お義母さんたちの代わりと言ったらなんだけど……」
「うん」
「——私のお父さんとお母さんが、代わりに今日のお姉ちゃんのお世話を買って出たから大丈夫だよ」
「ぅええ!?こ、琴ちゃんのご両親が!?」
めちゃくちゃ知ってるんだけど、全く想定していなかった方々だったせいで思わずひっくり返りかけた私。こ、琴ちゃんパパ&ママが来るの!?私のお世話をしに!?
「そ、そんなの琴ちゃんのお父さんとお母さんに悪いよ。なんて言うかその……わざわざ私の世話の為だけに来て貰うだなんて……恐れ多いって言うか申し訳ないって言うか……い、今からでも断れない……?」
「気にしなくて良いよ。あの二人、今日明日はちょうどお休みだし。それに……お姉ちゃんのお世話をしたいって言うのも半分は建前。半分くらいは単純にお姉ちゃんに会いに来たかっただけなんだよ」
「わ、私に……?」
な、何故……?何故私なんかと会いたいの琴ちゃんファザー&マザーさま……?私と会う理由ってなんだ……?
も、もしや……『うちの琴を誑かしてんじゃねーぞ』とか『娘はやらん』的なアレか……!?
「……ふふ♪そんなに緊張しないで。多分お姉ちゃんの想像しているやつとは全然違うよ。大丈夫、取って食ったりするような二人じゃないから。あの二人ね、お姉ちゃんが退院してから用事が重なって全然お姉ちゃんと会えなくて。お姉ちゃんとじっくりお話する時間が取れないのが寂しいって言っててさ。お姉ちゃんとゆっくりお話ししたかったんだって」
「あ……そ、そう言えば確かに。私が目を覚まして……病院のベッドで、ちょっとお話させて頂いた以来会えてなかったっけ……」
「そういうこと。ちょうど良い機会だし、是非ともお姉ちゃんに会いたいんだって」
「……ふむ」
……言われてみれば。退院してからバタバタしてたせいで琴ちゃんのお父さんとお母さんにちゃんと挨拶をしていなかった気がする。
こんな立派なお家を、私のリハビリのためだけに建てて頂いた事とか。娘である琴ちゃんに良くして貰ってる事とか。その辺のお礼を言いそびれちゃってたし……これはちゃんとお二人にお礼を言う、絶好のタイミングなのかもしれない。
「そういう話なら……うん。お言葉に甘えて、今日はお二人にお世話して貰おうかな」
「うん。ありがとねお姉ちゃん」
「ははは。お礼を言わなきゃいけないのはこっちの方だけどね」
……それにしても。あー、緊張するなぁ。琴ちゃんのパパもママも、琴ちゃんに似て超絶イケメン&美女さんだから目の保養になって良いんだけど……ちょっとお話しするのさえ昔からドキマギしちゃうのに、お世話までされるとなると私どうなっちゃうのやら。
——なんて。この時までは琴ちゃんのご両親の来客を、このように呑気に構えていた私。しかしこの直後。琴ちゃんのある一言で……一転。脳天気じゃいられなくなる。
「良かったよ。これでお父さんもお母さんもきっと喜ぶね。二人とも、お姉ちゃんが目覚めてからずっと。お姉ちゃんとゆっくりお話するのを心待ちにしてたから。何せ——
何せ小絃お姉ちゃんは。未来の私のお嫁さんで、そしてお父さんたちにとって未来の義理の娘になる人なんだし。今のうちからゆっくりお話をしときたいって……二人ともいつも言ってたわけだし」
「…………え」
琴ちゃんのその一言で。私は一つ、すっかりさっぱり忘れていたある事にようやく気づく。
…………や、ヤバい……!そういえば琴ちゃんパパママへの……『琴ちゃんを私の嫁にくださいな』発言、冗談だったんです誤解なんですってちゃんと説明しなきゃいけなかったの……完全に忘れてた……!?
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