13話 今日はお洗濯日和

「ふー……よし、今日はこんなものかな」


 今日も琴ちゃんが考案してくれたリハビリ運動を終え、自分の身体の調子を確かめる。うん、絶好調。昏睡状態から目覚めてからずっと、琴ちゃんによるメチャクチャ献身的な(そしてメチャクチャ過激で刺激的な)リハビリのお陰で大分動けるようになった。

 流石にまだまだ本調子にはほど遠いけど、自力で立ったり短い距離ならば琴ちゃんの補助も無しに歩くことも可能だ。これならば外を自由に出歩くことも、そう遠くはないかもしれないね。


「お疲れ様小絃お姉ちゃん。随分と調子良くなってきたみたいだね。はい、飲み物どーぞ」

「ありがと琴ちゃん。おかげさまで、少しなら一人で歩けるようになったよ。長い間リハビリに付き合ってくれて本当にありがとうね。これも全部琴ちゃんのお陰だね」

「ううん、お姉ちゃんが頑張った証拠だよ。お姉ちゃんは頑張り屋さんだね」


 そんなことを考えていると、琴ちゃんが飲み物を私に手渡しながらそう言ってくれる。ほーんと、気の利く良い子に育ってくれて嬉しいよ琴ちゃん。


「お姉ちゃん。今日も無事にリハビリが済んだ事だし、そろそろ家の中に戻ろうか」

「だねー。いい汗かいたなぁ」

「健康的で良いよね。さて、じゃあ——(ひょい)しっかり掴まっててねお姉ちゃん」

「うん、いつもありがとね琴ちゃ——って、ちょっと待てい」

「ん?どしたのお姉ちゃん?」

「あの。琴ちゃん?…………私、一人でも動けるようになったって今言ったよね?」


 まあ、気が利きすぎるのも問題だとは思うがね。あまりにもナチュラルにお姫様抱っこされて、危うくそのまま流されかけたけど……折角動けるようになったのに、何故私は君に今もまだお姫様抱っこされているのかね?


「そうだね。動けるようにはなったよね。……でもね。トレーニングしたばっかりでお姉ちゃんもお疲れみたいだから心配で、ちょっとお手伝いしようと思ったの。ほら、疲労がたまった状態で無理に一人で歩こうとしたら転んで怪我したり体力の回復に時間がかかったりするでしょう?だからね、これは仕方のないことなんだよ。お姉ちゃんを抱っこするのは仕方のないことなの」

「なるほど、琴ちゃんの言うことも一理あるね。…………で、本音は?」

「お姉ちゃんが順調に回復してるのは嬉しいけど、それはそれとしてお姉ちゃんを抱っこする機会が減るの嫌。家の中ならずっと、永久に。お姉ちゃん抱っこしたいと目論んでるから、お姉ちゃんが疲れてるのを口実に抱っこしてる」


 正直で大変よろしい。……いや、よろしくはないけれど。恥ずかしいから移動くらいは自分でさせて……


「でもまあ実際、あんまり頑張りすぎも良くないよお姉ちゃん。まだ一ヶ月も経ってないわけだし、無理は禁物。焦らず、じっくり体力回復させようね。大丈夫、私はいつまでもお姉ちゃんのお手伝いするからね」

「いつまでも琴ちゃんに文字通りおんぶに抱っこ状態は姉貴分としては嫌だなぁ……」

「ぜんぜん気にしなくていいのに……もっと気軽に考えて良いんだよ?私の事は便利な移動手段的な扱いしても良いし、そういう扱いされても私は喜んでお姉ちゃんに付き添うつもり。それこそ、私の生涯と生命をかけて付き添うよ」

「ぜんぜん気軽に考えられないよ!?」


 愛が、重い……


「それはさておき、はいお姉ちゃん。タオルどうぞ。トレーニングで随分汗をかいたみたいだね」

「おっと……すまないねぇ琴ちゃんや。ありがたく使わせて貰うよ」

「どうぞどうぞ。なんなら私がお姉ちゃんの身体、拭いてあげようか?」

「さ、流石にそれは良いよ。今の私、結構汗臭いと思う。汗の臭い気になるでしょ?それくらい自分でするよ」

「…………それが良いのに」

「ん?なんか言った?」

「……んーん、なんでもないよー」


 琴ちゃんにソファへそっと下ろされつつ、今度はタオルを手渡される。甲斐甲斐しく私の身体を拭こうとする琴ちゃんをやんわり制して、良い香りのする貰ったタオルを使い汗でべたつく身体を拭き拭き。ふぅ、さっぱりして気持ちいいなぁ。


「お姉ちゃん、身体拭き終わった?使い終わったタオルは私にちょうだいね。責任もって洗濯するから」


 全身拭き終わったタイミングで、琴ちゃんは手を差し出して使ったタオルを戻すように言ってきた。……ふむ、洗濯ね……


「……ねえ、琴ちゃん。ちょっと良い?」

「ん?なぁに?」

「私さ、琴ちゃんのお陰でもう大分自分で動けるようになったでしょう?」

「ああうん。そうだね。それがどうかしたのお姉ちゃん」

「だからさ、自分の洗濯物くらい自分で洗濯しよっかなって思ってさ」

「…………え」


 流石に、自分の汚い汗が染みこんだものを年下の(いや、今は年上だけど)従姉妹に洗わせるとか申し訳ないと言うか……恥ずかしいと言うか。ここは自分で洗うべきだろう。

 そう考えて何気なく言ってみたんだけど……どうしたことか、琴ちゃんはそんな私の提案に明らかな動揺を見せる。ん?なんだろうこの反応?


「あ、えと……な、何言ってるのお姉ちゃん……?せ、洗濯なんて大変な事、病み上がりのお姉ちゃんにはさせられないよ」

「へ?いや、洗濯なんて洗濯機にポイして洗剤入れてスイッチオンして。あとは太陽に浴びせればそれで終わりじゃないの?少なくともタオルくらいならそれでいいんじゃ……」

「そ、そんなに甘いものじゃないよ。結構大変。色移り色落ちしないようにとか、形が崩れないようにとか。縮まないようにとか……とにかく色んな事を考えなきゃいけないの。そんな大変な作業、お姉ちゃんにいきなり任せるなんて申し訳ないよ。だから、私に任せて欲しい」


 なにやら必死に訴える琴ちゃん。むぅ……もしや私、洗濯機で洗濯する事すら出来ないって琴ちゃんに思われているのではないだろうか?ダメダメだった10年前も、一応洗濯くらいなら出来てたと思うんだけどなぁ……

 ……いや。まあ確かに。過去、洗剤の量を間違えたり大事にしてた洋服を縮ませたりしたことも、一度や二度や三度くらいはあったようななかったような気もしなくもないけど。


「でも……琴ちゃんにばかり家事を任せるのもなんかなぁって思って。適度なリハビリにもなるし私にも何か手伝える事ってない?」

「え、ええっと……手伝える事、手伝える事といえば…………あ。そ、そうだ。ならお姉ちゃん。洗濯は私がするから……お姉ちゃんは、干し終わった洗濯物を畳んで貰えないかな」

「洗濯物畳みを?」


 そう言って琴ちゃんは干し終わってついさっき取り込んだ洗濯物が入った籠を私に持ってきてくれた。ふむふむなるほど。確かにこれなら洗剤の量を間違えて大惨事になるような失敗はしなくて済むね。


「わかった、なら今回は私が洗濯物を畳むよ。じゃあ……悪いんだけど琴ちゃん、洗濯そのものは琴ちゃんに任せるね」

「うん!任されたよ!じゃ、じゃあ私は洗濯しにいくね。……あ、洗濯物畳みも無理しないで良いんだからねお姉ちゃん。疲れたら休んでてね」


 そう言って琴ちゃんは、私が使い終わった汗にまみれたタオルを大事そうに抱えてそそくさとリビングから出て行った。


「さーてと。それじゃ早速始めますかねーっと」


 腕まくりして気合いを入れる私。今までは琴ちゃんにばかりやらせてきたわけだし、ここらでちょっとデキるお姉ちゃんらしいところも見せておかないと。琴ちゃんに『お姉ちゃん、凄い上手!』って褒められちゃうくらい綺麗に畳んじゃおうね。


「ふふ、お日様の匂いがするや」


 手始めに自分のパジャマを手に取ってみる。洗剤の爽やかな香りに混じって、干したて特有のお日様の匂いがほんのりと匂い立ち心地良い。これ着て寝たら気分良くぐっすり寝られそうだね。

 なんて事を考えながら黙々と畳んでいく。畳むといっても、溜め込まずに毎日琴ちゃんが洗濯してくれてるからそこまでの量はない。あっという間に自分の衣服は畳み終えた。


「さて、次は琴ちゃんのを畳んじゃおうかな」


 自分のが終われば次は琴ちゃんの洗濯物へ。当然、琴ちゃんの服は自分の物よりも丁寧に畳む。丁寧に、一着ずつ。変にシワが寄らないように時間をかけて畳んでいく。


「……それにしても。ホント、琴ちゃんこの10年で大きくなったよなぁ」


 畳みながらふと思う。今更だけど琴ちゃんは随分と大きくなった。試しに琴ちゃんのワイシャツをちょっと拝借し、服の上から羽織ってみる。あはは、ダボダボだ。袖余りまくってる。

 ……あの頃は私の方が大きかったのに、いつの間にやら琴ちゃんに追い抜かれちゃっていたね。


「もう、すっかり琴ちゃんも大人だね」


 小さな身体で私の後ろを一生懸命追いかけてきたあの頃の琴ちゃんとは違う。知らない間に琴ちゃんは、立派な大人に成長していた。琴ちゃんの従姉妹のお姉ちゃんとして、それが嬉しくもあり……同時にちょっぴり残念にも思う。

 ……やっぱり。琴ちゃんの10年の成長を、間近で共に時間を過ごしながら直接見たかった。一日一日、綺麗に可憐に逞しく成長して大人になっていく琴ちゃんの姿をこの目に焼き付けたかったと思う。……あの頃に、と言うか。事故ったあの日に戻れたらなぁ……


「って、いかんいかん。過ぎ去ったもの悔やんでもどうしようもないじゃない」


 やだやだ、私らしくもない。悔いたところで時が戻るわけじゃないし、大事なのは今。10年琴ちゃんを愛でられなかったなら、今の大人になった琴ちゃんを10年分愛でれば良いだけの話じゃないか。


「さーてと。んじゃ残りの洗濯物もちゃちゃっと済ませちゃいますか!」


 少しだけ気持ちがブルーになりかけた頭をぶんぶん振って嫌な気持ちを振り払いつつ、明るい声で独りごちる。さっさと畳まないと琴ちゃんに『まだ終わってなかったのお姉ちゃん?もしかして……やっぱり身体辛いのに無理してるんじゃないの?』とか心配されかねない。残りを早く済ませよう。

 そう考えた私は洗濯籠に手を突っ込み。残りの洗濯物を勢いよく取り出して——


「…………ッ!?」


 取り出したある物を視認した瞬間。私は急いで手を離し、それを洗濯籠へ戻してしまう。…………え、え?な、何……今の、何……?


「お、落ち着け私……今のは多分見間違いだ……きっとそうに違いない……」


 我が目を疑い、よく目を擦る。深呼吸をし息を整え。そして改めて戻したそれを恐る恐る手に取って取り出してみると……


「…………紐パン、だと……ッ!?」


 …………セクシーでサイドが紐な……黒の紐パンだった。布面積が明らかに少なめなまさに大人の女性が履いてるってイメージの紐パンだった。

 3枚セットで千円の下着で満足しちゃうような私が、こんな大胆な下着を持っているハズがない。となればこれの所有者は……必然、琴ちゃんということで。


「こ、こっちはブラ、スケスケだし……しかもナニコレ!?下手したら色々見えるんじゃないの……!?」


 ショーツに合わせた黒のブラは、ただでさえスケスケな上にトップがギリギリ見えるか見えないかの瀬戸際という、いわゆるオープンブラってやつだった。

 ……大人になったなぁ、とは思ったけど。ちょっと見ない間に、ホント大人になりすぎでしょ琴ちゃん……!?


「……ちょ、ていうかちょっと待って……こ、これどうやって畳めば良いのさ……!?」


 流石にこんなエロ下着なんざ買った事はおろか直接見るのも初めてだ。どんな風に畳むのが正解なのか全然わからん。

 そしてそれ以前にだ。


「こ、こここ……これ!これぇ!琴ちゃんが……履いてるんだよね……!?」


 昨日もにこやかに私をお世話しながら、服の下にはこんなセクシーな下着着てたって思うと…………興奮しちゃうやら恐れ多いやら気まずいやらで……まともに畳める気がしない。

 下手に畳もうものなら興奮のあまり鼻血で汚したり、理性が音を立て崩壊し、くんかくんかしちゃいそうで私は私が怖い。


「…………だ、ダメだ……さ、さすがにこれは琴ちゃんに畳んでもらおう……」


 あえなくギブアップを宣言し、とぼとぼと洗濯籠を持って琴ちゃんがいるであろう脱衣所へと向かう私。


「あー……ごめん琴ちゃん。この下着なんだけど……これだけは琴ちゃんに畳んで貰っても——」


 そう言いながら、閉ざされていた脱衣所の扉を勢いよく開けた私の目に飛び込んできたのは。


「はぁあああ……っ♪お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんおねえちゃぁあああんん……!ああ、凄い。すごいよぉ、お姉ちゃんの香りがいっぱいするよぉ……♡」

「…………」


 さっき手渡したばかりの、私の汗を拭ったタオルに思い切り……それこそ窒息しないか心配になりそうになるくらい思い切り顔を突っ込ませて勢いよく息を吸い込んでいる、成長した美少女従姉妹の姿であった。

 …………あの。琴、ちゃん?

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