10話 家に帰ると机の上に○○本

 琴ちゃんに手取り足取りリハビリを付き合って貰っているとは言え。10年寝たきりだった代償は決して小さくない。まだまだ本調子にはほど遠い私……音瀬小絃。家の中の移動でさえも、自分の力ではほとんど出来ない有様で、毎日のように琴ちゃんにお姫様抱っこで移動させられてる。(ついでに……お風呂も寝る時も『一人じゃ危ないから』と当たり前のように一緒♡……琴ちゃんは私を悶死させる気か……?)

 当然、そんな状態だと日常生活を営むのも自力では厳しい。その為、琴ちゃんには本当に申し訳ないとは思いながらも家事全般を琴ちゃんに任せてしまっている。お洗濯だったり、お料理だったり。そして……お掃除も琴ちゃんがやってくれている。


 ……そう、お掃除もだ。


「——母さん。私……こんな時どうすればいいんだろうね……」

「正座でもしたらー?」


 久々に私の様子を見に来た母に、泣き言を呟く私。そんな私の視線の先には大量に積み上げられた本の山が、私の机の上にタイトル順に並べられ積まれていた。何の本かって?それはだね……


『魅惑の大人のお姉さん 大胆過激写真集♡』


 …………こっそり隠してた……ちょっとえっちな、保健体育の参考書(※婉曲表現)だ。


「……一応、聞く。これ……母さんがやったの?」

「んなわけないでしょ。私、ついさっきここに来たばっかりだし。そもそもなーんで私がこんなアホ見たいなものをわざわざ整理整頓しなきゃいけないのよ」

「って事は…………やっぱり琴ちゃんか……ッ!」


 一縷の望みを賭けて尋ねてみたけど、やっぱダメでした……思わずその場で蹲り涙をこぼす。母さんに見つかるならまだ良かった…………よりにもよって、大好きで大事な妹分の琴ちゃんに見つかっちまった……!

 恐らく……今日お部屋の掃除をした時に発見されたんだろう。ねえ琴ちゃん……どっから掘り出してきたのこれ……?そして何の意図があって……机の上に置いたんだい……!?私を辱めたいのかい……!?


「くそ、くそぅ……!せめてもっと私の身体が自由に動けたなら……!昔みたいに動けたら……バレるような場所に隠すような真似、絶対にしなかっただろうに……!具体的には天井裏とか……!」

「隠す以前にまず高校生がこんなの買うのが間違っていると母さん思うんだけど?成人指定の本でしょが。これ、当時どこから買ってきたのあんた?」


 蔑むように、蹲る私をゴミを見る目で見下ろして母さんは尋ねる。や、やめろよぅ……そんな目で見るなよぅ……


「あ、あの頃は若かったんだよ……!知的好奇心を抑えきれなくて……つまり、若さ故の過ちなんだよ……!」

「あの頃は若かったって……若いも何も、今と歳変わらないわよね小絃の場合」


 ……そうだね。


「しっかしまぁ……小絃。あんたさ」

「な、何よ母さん」

「日に日にますますになってるわよね」


 アレってなんじゃい……


「産んだ私が言うのもなんだけど。生まれる性別間違って生まれてきてない?こんなもの隠し持っているとか、思考がまるで思春期の男の子じゃないの。中身ホントは男の子なんじゃないの?」

「う、うっさいなぁ……いいでしょ別に……」


 置かれていた参考書をパラパラとめくって母さんはそう言ってくる。し、思春期なのは認めるけどさ……正真正銘、ピチピチ清純派な花の女子高生だよ!……清純派はこんなの読まない?その通りです……はい。


「しっかし……あんたも変わんないわね。昔から大人の……より詳しく言うとあたしの姉さんみたいな——ボインで知的でスタイル抜群で優しくてやらしい黒髪ロングストレート——な女の人がタイプだったみたいだけど。ここにある本、全部それ系の女の人ばっかりじゃないの」

「冷静に分析しないで。あと、何故娘の性癖を知ってる母よ」


 おかしいな……一応昔は自分の趣味嗜好は隠してたハズ。私の性癖知ってたのも、同じ趣味してたあや子だけだって思ってたのに……

 もしかして昔からバレバレだった……?ま、まさかね……?


「っていうか。ずっと気になってたんだけどさ。あんた、昔以上に酷くなってない?むっつりスケベが悪化してない?昔はもうちょい露骨じゃなかったと思うんだけど」

「そ、そう?」

「それに。あんなに可愛らしくてあんたの理想に忠実で献身的な美人のお嫁さん候補がいるのに、どうしてこういう物を隠してまで読もうとしてるのよ」

「……」


 本気でわからないと言った表情で私にそう問いかけてきた母さん。どうして、だって?やれやれ、母さんこれでも頭良いはずなのにわかんないのかね?そんなの……


「ぶっちゃけ琴ちゃんはその気みたいだし。こんなもの隠してこそこそ読むくらいならさ、琴ちゃんに言えばイロイロと手伝って貰えるんじゃないの?それこそ直接手を出せば、喜んで琴ちゃんも——」

「逆だよ」

「ふぇ?」

「逆だよ母さん。……あんなに綺麗に成長してくれた琴ちゃんに、うっかり理性のタガが外れない為に……琴ちゃんに手を出さない為に、こういうのに走ってるの」

「……へぇ」


 ……前に琴ちゃんにも話したけど。私にとって琴ちゃんは、自分の理想の大人の女性——なんて枠だけにはとどまらない。それこそ、自分の命を賭けて。10年の時を削ってでも守ってあげたい……そんな、妹みたいな大事な女の子だ。

 そんな子を……目に入れても痛くないそんな可愛い子を、自分の欲望のまま抱けるわけない。…………しんどいけど。いつでもどこでも抱きたくてたまんないけど。


「正直マジできついんだよ……琴ちゃん、事あるごとに自分の成長した大人の魅力を惜しげ無く使って、ぐいぐい私に迫ってくるんだから……」


 ……琴ちゃんは寧ろそれが狙いで……理性を崩壊させるべく、わかってやっているんだろうから余計にたちが悪い。お陰でいつ私の理性がプツンと切れて、琴ちゃん押し倒すかわかったもんじゃない。

 そうならないためにも、だからこそこういうえっちい本を用意して隠れて読んで発散させているってわけだ。


「ふーん、そっか。あんたにはあんたの考えってやつがあるわけね」

「そういうこと。母さんもわかってくれた?」

「……ぶっちゃけ、無駄なあがきと思うけど」

「おうコラ今なんつった」


 無駄とはなんだ無駄とは。…………いや、でもまあ確かに……


 琴ちゃんに誘惑される→理性に負けないようにえっちな参考書使って発散する→私が手を出さないから琴ちゃん更に過激な誘惑をする→それに負けないように更にえっちな物に手を出す→琴ちゃんも躍起になってもっとヤバい誘惑を——


 と、最近は悪循環になっている気がするけどさ……


「で、どうすんのこれ?この見つかった大量のエロ本、琴ちゃんになんて説明する気よ小絃」

「…………ホントにどうしよう。……あ、そうだ!母さんが隠してたってことにすれば……!」

「お断りよ。つーか、言い訳するにしても無理があるわよ」

「……だよねー。うぅ……琴ちゃんに引かれるのやだなぁ……」


 いやホント困った……ど、どうなるんだ私……琴ちゃんに説教?家族会議突入?蔑まれる……?琴ちゃんの前だけは、清楚なお姉ちゃんのままでいたかったってのに……


「さーてと。そんじゃあたしはめんどい事になる前に退散するわねー。小絃、あとは頑張りなさいなー」

「あ、ちょ……!?ま、待て母さん!逃げるな!?娘のピンチを共に乗り越える気はないのかあんたは!?」

「ない!さらば小絃!」


 あーだこーだと私が考えている隙に、母さんはスタコラ逃げ出してしまう。お、おのれ薄情者めぇ……!



 コンコンコン



『…………小絃お姉ちゃん、琴です。今……入ってもいいかな』

「ッ……!こ、こここ……琴ちゃん!?あ、えとあの…………ど、どうぞ……」


 そんな母さんと入れ違いで、琴ちゃんが部屋の扉をノックしてくる。逃げられない私は『どうぞ』と言うしかなく……

 部屋へと入ってきた琴ちゃんは、普段の優しいほんわかオーラを彼方へと追いやり。かなりお冠なご様子だ。静かに私の隣に座り、ついでに目も据わった状態で……ピッと机の上の件の参考書を指さして私に問いかける。


「…………単刀直入に聞く。お姉ちゃん。掃除してたら見つけたんだけど……アレは何?」

「…………ほ、保体の……参考書……かな……?」

「…………ほほぅ、参考書。……成人指定だけど、ホントに参考書?」

「…………ごめんなさい」


 怒ってる……明らかに琴ちゃん怒ってる……や、やばい……どうしよう……


「お姉ちゃん。どうして私が怒っているか……わかる?」

「……え、ええっと……あ、あんな物を……持ってたから……?」

「違う。持つこと自体は問題ない。お姉ちゃんが興味を持つものを否定する気はない。……もっとよく考えて」

「……わ、私がいやらしい……お姉ちゃんだから……?」

「それも違う。…………お姉ちゃんがいやらしいのは……私的に大歓迎だし」

「……えーっと……ええっとぉ…………ごめんなさい、お姉ちゃんはわかりません……」

「わからない、そう。……だったら教えてあげる……」


 マジでわからない私は白旗をあげて降参する。そんな私に琴ちゃんは、大きく息を吸い込んで……


「こういうの読む時は、私もお姉ちゃんと一緒に読みたかったの……っ!どうして私を呼んでくれなかったの……!?」

「いや、そっちぃ!?」


 魂の叫びを木霊させた。


「隠れてこそこそ読むの禁止。読みたい時はちゃんと私も呼んで欲しい。お姉ちゃんの趣味嗜好……ぶっちゃけると性癖を知ることは私の為にもなることだから」

「い、いやあの琴ちゃん……?」

「昔はさ、一緒に絵本読んでたよね。お姉ちゃんが私を後ろから抱いて……読み聞かせしてくれたよね。あんな風にやろ。ね?ね?また一緒に読み聞かせしよ?」

「あの頃の素敵な琴ちゃんとの思い出を、エロ本で塗り替えたくないんだけど……!?」


 …………とりあえず必死に拒否してみたけれど。琴ちゃんは許してはくれなくて。結局この日は琴ちゃんに後ろから抱きしめられながら……眠くなるまでエロ本の読み聞かせをする事になったのであった。なんなんだこの状況は……

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