8話 可愛い妹分は私専属家庭教師
『勉強出来るようになりたい(建前)。そして琴ちゃんに昔みたいに尊敬されたい(本音)』
——その強い想いから、助言を求め藁にもすがる気持ちで悪友に電話してやったってのに。大したアドバイスなんてなく半ば強制的に通話終了させられた私。
「小絃お姉ちゃん、電話終わった?」
「あー……うん。終わったと言うか一方的に切られたって言うか……」
「随分と楽しそうだったね。誰とお話ししてたの?もしかしてあや子さんだったり?」
「楽しくはなかったけど、うん。あや子で合ってるよ。あいつに聞きたい事あったんだけど容赦なく切りやがってさ……」
あや子の奴め……こちとら真剣な悩み相談だったのに。嫁とイチャイチャするから忙しい的な事抜かしてきやがって……ちっとも役に立たなかったわ……
「そうなんだ。まあ、あや子さんも忙しいから仕方ないよね」
「そうかなぁ……あいつホントに忙しいのかねぇ……?」
「大丈夫、聞きたい事があるなら私が全部答えてあげるよお姉ちゃん。何せ今の私は……お姉ちゃん専属の先生なんだから!」
「あ、ああうん。ありがとね琴ちゃん……」
……聞きたい事。『琴ちゃんに勉強教わらなくて良い方法を教えろ』っていう内容だったって、本人にはとても言えないけどね……
「さて、それじゃあお姉ちゃん。十分休憩は出来たかな?お姉ちゃんさえ良ければ、そろそろお勉強再開しようか」
「う、うん。ええっとその……よ、よろしく琴先生……」
「ふふ♪はーい、一緒に頑張ろうねお姉ちゃん」
クスクスと琴ちゃんは楽しそうに笑う。何だろう、この琴ちゃんの雰囲気……まるで小さい子を面倒見てくれるお姉ちゃんみたいなやんわり優しい感じで……本来ならば私が纏わねばならないオーラを纏っているように見える……
……うー。まさかついこの間までこーんなに小さかった可愛い妹分に色々追い抜かれて勉強を教わる羽目になるとは……私、琴ちゃんにバカだって思われてないかな……?い、いや実際バカだけど……
「そ、それにしても琴ちゃん。琴ちゃんって勉強すっごい出来るんだね。お姉ちゃんビックリしちゃったよ。教え方もわかりやすくて丁寧だしさ」
嫌な思考を追いやるように私はそう聞いてみる。なんか琴ちゃん、人に勉強を教えるのかなり手慣れているような気がするんだよね。
「そう?ありがとう。一時期塾の講師もやったりしてたから、その時の成果が出てるのかもね」
「え。塾の講師……?琴ちゃんが?」
やだ初耳……あの琴ちゃんが塾の先生ですと……?
「うん。と言っても臨時のアルバイトだったから、半年くらいしかやらなかったけど」
「……そっかぁ。琴ちゃんが塾の講師、ね……」
思わず琴ちゃんの塾講師姿を想像してみる私。……塾講師って事は……あれでしょ?最初に病室で目覚めて琴ちゃんと再会したときに着ていたあのスーツ。そんな感じの黒スーツをビシッっと着こなして、ビシバシ教鞭振るう感じでしょ?
大人のセクシー琴ちゃんせんせー……そんなの、そんなの……!
「(ドンドンドンッ!)~~~~~ッ!」
「……?どしたのお姉ちゃん?なんで床を叩いて悔しがってるの?」
「ははは……なんでもないよ……なんでも……」
床ドンし歯を食いしばり、歯茎から血を垂れ流しながら思う。クソッ……!私は何を呑気に10年も眠りこけてたんだ……!
もったいない、勿体ないなぁ!ああ、拝みたかったよ琴ちゃんの生教師姿……!大きくなって、逞しくなって。そして美しく色っぽく成長した琴ちゃん……そんな琴ちゃんの女教師姿とか、絶対似合うでしょ……
「あ、あの……琴ちゃん?ちなみに……その時の写真とか……あったりする?」
「その時の写真って……私が塾講師してた時の?ちょっと待って。んーと……あ、あったあった。はいこれ。これでいい?」
「はぅっ!?」
スマホとやらに入っていた写真を琴ちゃんに見せてもらう。映し出された写真には……想像通りの——否。想像以上のものだった。
「(ゴンゴンゴンッ!)~~~~~ッ!!!」
「……だからどしたのお姉ちゃん?なんで床に頭を打ち付けながら泣いてるの?怪我しちゃうよ、やめようよ」
「なんでも、ない……ッ!」
床にヘッドバンギングをかまし、目から血涙を垂れ流しながら思う。…………これ、生で、見たかったぁ……ッ!
お、おおお……思った通りの黒スーツ!成長した琴ちゃんにはやっぱりめちゃくちゃ似合う!いかにもデキる大人の女性って感じがたまらん……!しかも、しかも……眼鏡をかけてる!髪まとめてる! 知的さ、大人っぽさが更に上がって……私の琴線に触れまくってるぅ!そそるぅ!ふおお……ふぉおおおおお……!
「あ、あの琴ちゃん?こ、こここ……これ、この琴ちゃん眼鏡をしてるけど……」
「ん?あー、驚いちゃうよね。普段はコンタクトしてるから。でも、眼鏡の方が楽なときは眼鏡はめてるよ」
「か、髪を……まとめてるのは……」
「ん。講義中は邪魔になっちゃうからね」
「ふ、ふーん……そうか……そうなんだ……」
「……ふむ?」
ちらちらと。スマホの画面のスーツ琴ちゃんと目の前の琴ちゃんを見比べる。……やばい、見てぇ……この琴ちゃんを生で見てみてぇ……な、何かの拍子で生で見せてくれないかなー……でも上手い事誘導出来そうにないしなぁ……
おねだりしてみる?で、でも……眼鏡かけてとか髪まとめてとか。スーツ着てとか急に言っても……『なんで?』って聞かれたらそれまでだし……引かれちゃいそうだし……
「……ああ。そういうこと?もしかしてだけどお姉ちゃん」
「ふぇ!?な、ななな……何かな琴ちゃん!?」
「この姿の私、見たいの?」
「(……ば、バレたぁ!?)」
私のあまりの挙動不審さに。勘の良い琴ちゃんはすぐに察する。その綺麗になったお顔をまじまじ見せつけながら……『見たいの?』と聞いてくる。
そ、そんなの……そんなの……!見たいに決まっとるわ……!
「ふーん。そっかぁ……見たいんだ。ふふ……こういうのもお姉ちゃんの趣味なんだね。一つ勉強になったよ」
「い、いや……べ、別に見たいとかそういうわけでは決して……」
「なら……折角だし。お姉ちゃんのリクエストに応じてさ」
そして琴ちゃんは私に目線を合わせるようにしゃがみ、上目遣いになって。
「勉強、スーツ姿で教えてあげよっか」
私の顔をのぞき込み。挑発的に、蠱惑的に。そう提案してきた。
……『お願いします』と何も考えず、ただ本能のままに即答した私を。笑わば笑え。
◇ ◇ ◇
「——小絃お姉ちゃん。どうしたの?なんだかさっきよりもケアレスミスが多いねー」
「ぅ……ご、ごめん……」
「集中できていないみたいだね。不思議……どうしてかなぁ?」
とても優秀な琴ちゃん先生の授業を受けておきながら。簡単な小テストでミスを連発する私。ミスするのはいつもの事とは言え、さっきから同じところを間違え続けてる。正直琴ちゃんに勉強教わる前よりも酷くなっているって自覚がある。
どうしてかって?そんなの決まってる……
「(こんな、美人な家庭教師が側にいて。勉強に集中できるかい!?)」
答え。スーツ姿の、琴ちゃんの魅力が凄いから。
私の要望通りにスーツを着てくれた琴ちゃん。生で見るそんな琴ちゃんは……圧巻だった。黒スーツを身に纏い。きっちり着こなしてるから露出は少なめなんだけど……そこが逆に良いって言うか……清楚な感じがぐっとくる。清楚なんだけどフィットするスーツのお陰で身体のラインがよく出てて、色気もヤバい。腰の芸術的なくびれとか、美胸とか美尻のラインとか……
更に眼鏡にポニテにという追加装備をこしらえて……過剰戦力で私を堕としに来ている。眼鏡だよ!生眼鏡だよ!?キラリと光る眼鏡をくいっとあげる姿たまんないわ!ポニテだよ!うなじ見えちゃってるんだよ!?ストレートの長いのも大好物だけど、そういう人が髪まとめるのもメチャクチャそそるわ!?
「困ったね。これじゃあ先に進めない。……仕方ないから、今から補習の時間。お姉ちゃんがわかるまで。何度も何度も教えてあげなきゃね」
「こ、琴ちゃんせんせー……あの、近いっす……」
「んー?どうしたのかなー?私、ただお姉ちゃんにお勉強を教えているだけなのに……どうしてお姉ちゃんはお顔を逸らすのかなー?ほらほら、集中しないと」
おまけにこのえっちな先生は、そのスーツ姿で……事あるごとにさりげなく手を握ったり肩と肩を触れさせたり耳元で囁くように勉強を教えてきたり……
「(……甘い香水の香り……琴ちゃん自身の香りと合わさってすっごく良い匂い……すぐ側には美しすぎる顔が……ああ、ぷるぷるの唇に口紅が塗られてて……キラキラしてきれー……)」
いかん、なんだかくらくらしてきた……私はすでに知っている。これが天然のではなく……わかってやっているという事を。私を堕とす気満々で、自分の身体を存分に使って。誘惑しているという事を。ほんと、自分の武器を良くおわかりだよ琴ちゃんは……!
これで集中して勉強しろとか無理すぎるわそんなの……!
「こ、琴ちゃんは凄いね!私と違って……この10年で塾の講師まで任されるくらい頭良くなってたなんて感心しちゃうよ!相当勉強したんだろうね」
邪念を払うように。そして琴ちゃんの誘惑から逃れるように。私はそう琴ちゃんに問いかける。実際感心してるんだよね。昔から一を聞いて十を知る賢い子だったイメージだけど、まさかちょっと目を離した隙にここまで琴ちゃん頭が良くなっているなんて。
「ふふ……これでも私、小学校と中学校、あと高校では全部学年主席で卒業したからね。勉強自体は嫌いじゃないし。目覚めたときお姉ちゃんに誇れるような女になりたかったから」
「えっ、小中高を主席で!?マジで凄いな!?……じゃ、じゃあもしかして大学とかも……」
「あ、ごめん。大学には行かなかったんだよ私。やりたい事特になかったし何よりお姉ちゃんのお見舞いに行けなくなりそうだからね」
「そ、そっか……行かなかったんだね」
……大学は行ってない。その琴ちゃんの発言に、我ながら最低だとは思うけど内心ちょっと安心してしまう。良かった……学歴的には私と琴ちゃん、ギリギリ同じくらいって事ね……
「まあ、あって困るものでもないから通信で大卒の資格も取ったけど」
「…………」
「あれ?お姉ちゃん?どうかした?なんだか暗い顔だよ?」
同じじゃなかった……私はまた地味にへこむ。琴ちゃんに学歴も追い抜かれた事もだけど、琴ちゃんの学歴で安心したり落ち込んだりと一喜一憂している自分の浅ましさにへこむわ……
「お姉ちゃん、大丈夫……?もしかして疲れちゃった?だったら無理しないで今日はこの辺に……」
「ち、違う!違うの!そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「……なんか、ちょっと。……へこんでる……だけだから」
「へこむ?なぜ?」
私の弱音に驚いた様子の琴ちゃん。……こんなこと、言うつもりはなかったのに。私は思わずたまっていたここ最近の思いごと吐き出してしまう。
「琴ちゃんはこんなに立派な大人に成長したのに、私取り残されたみたいで嫌だなって思ったんだ私」
「……」
「……昔はさ、私が琴ちゃんに勉強を教えてたでしょ?それなのに……気づけば立場も逆転して。……妹みたいな琴ちゃんに、勉強を教わるようなおバカなお姉ちゃんに成り下がって」
「……」
これも成長した琴ちゃんの包容力のある雰囲気のせいだろうか?つらつらと情けない事を年下だった琴ちゃんに告げる。
「成り下がったって言うか……それが本来の姿なだけか。……情けないよね?勉強出来なかったのに昔は見栄張って……勉強出来るふりして琴ちゃんに勉強教えてたのバレちゃったのが……辛いんだ。失望されたんじゃないかって、焦っちゃって…………せめて、琴ちゃんの前だけでも、尊敬されるお姉ちゃんで居続けたかったのに……」
「…………そっか」
琴ちゃんはそんな私の弱音を、ただじっと……真剣に聞いてくれて。そして、最後まで私の話を聞いたところで。琴ちゃんはゆっくり私に近づいて。
「……もう。バカだねお姉ちゃんは」
ぎゅっと私を抱きしめて、そう言った。
「……はい、その通りです。バカですんません……」
「違うよお姉ちゃん。不正解。これはやっぱり補習の必要があるね」
「へ……?な、何が違うの」
「取り残された、って思うのは仕方ない。でもね?それって私を守ってくれたからでしょう?……勉強出来ない?それが何。その分、お姉ちゃんにはいっぱい……いーっぱい。素敵なものを持ってるよ」
「こ、琴ちゃん……?」
「年下に勉強教わるお姉ちゃんで情けない?……そんな事ない。私は嬉しいよ。あのお姉ちゃんの役に立ててるんだって実感出来るのが嬉しい。命をかけて私を救ってくれたお姉ちゃんに恩返しが出来て、私本当に嬉しいんだよ」
「ほ、ホントに?失望……してないの?」
「この私が?お姉ちゃんを失望?するわけない、あり得ない」
一つ一つ丁寧に言葉を紡ぎながら。琴ちゃんは私にそう言い聞かせてくる。
「というか、この程度じゃ返しきれてない。お姉ちゃんはもうちょっと私に頼るべき。勉強も、勿論日常生活も。それからその他にも色々と。……お姉ちゃんが望むなら、私何でもするよ?本当に何でも…………それこそ、今日みたいにお望みのコスプレでも、もっと過激なやつでもなんでも……」
「あ、あの琴ちゃん?琴ちゃん?」
「っと……いけないトリップしてた。まあ、要するにね」
そして最後に琴ちゃんは。私の目を見て真剣な顔でこう告げた。
「たとえ勉強が出来なくたって。たとえ年下になったって。私にとっての小絃お姉ちゃんは、世界で一番尊敬できるお姉ちゃんだよ」
「……そっか」
「ちゃんとわかった?わからないなら、わかるまで教えてあげる。何度だって言ってあげるから」
「も、もう十分わかったから大丈夫……それ以上は色々恥ずかしいからおやめくだされ……」
「ん、よろしい」
琴ちゃんにそう諭されて私は思う。……そっか。私、こんなにも琴ちゃんに慕われているんだね。
「(なら……私も頑張らなきゃ)」
心の中で決意する。待ってて琴ちゃん。いつか、真の意味で琴ちゃんに尊敬して貰える。そんなお姉ちゃんになるから。琴ちゃんに胸を張って『これが自慢のお姉ちゃん』と言って貰える……そんなお姉ちゃんになってみせるからね。
「さて。ならそんな理想のお姉ちゃんになるためにも。まずはしっかり勉強しなきゃね。琴ちゃん先生。続き、お願いしても良いかな?」
「喜んで。きっちりみっちりお勉強しようねお姉ちゃん」
そう考えて私は再び琴ちゃんとの勉強会に戻る事になったのであった。
「——と言うかさ。お姉ちゃんは自分を卑下してるけど……お姉ちゃんだってある分野に関しては勉強家だし。私より勉強も出来るでしょ。私はそっちの勉強からきしだから。お姉ちゃんに昔みたいに教えて貰いたいって思ってるよ」
「へっ!?わ、私が?勉強出来るって……え、ええっと……なんか得意教科ってあったっけ私?」
勉強を再開した直後。ふと思い出したように琴ちゃんはそんな事を言い出す。え?ごめん、全然身に覚えがない。ある分野ってなんじゃろか?
「忘れたの?お姉ちゃんのお部屋を物色——じゃない、お掃除してたら『参考書』がいっぱい見つかったよ。ええっと……はいこれ」
「んーと。どれど……れ……」
そう言って琴ちゃんがどこからともなく取り出して、机の上に置いたのは一冊の雑誌。なんだか妙に見覚えがあるそれは……
『家庭教師○○ ちょっとエッチな個人授業♡』
「お姉ちゃん得意でしょ?——保健体育」
「こんなもん、どっから出した琴ちゃん!?」
…………綺麗な女の人の、ちょっぴりアレな写真集(※私の秘蔵コレクション)だった。
「どこからって……お姉ちゃんのタンスの裏から発掘してきたよ。ちょうど今みたいなシチュエーションにぴったりと思って。参考書として持ってきた」
無邪気な笑みを浮かべ、セクシーな小悪魔は私に迫りつつそう言ってくる。こ、このパターンは……!
「小絃お姉ちゃん。実は私ね、この分野の勉強……あんまり得意じゃないんだよね。だからさ……お姉ちゃん」
「な、なに……?」
「私に勉強、教えて欲しいなぁ。手取り足取りね♡」
「…………」
とりあえず色々言いたい事はあるけれど。一つ言わせてくれ琴ちゃん。その色気で『保健体育』が得意じゃないとか、絶対嘘でしょ……!?
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