7話 お姉ちゃんは○○が出来ない(勉強編)
『ごめんねコイトお姉ちゃん……いまちょっといい?宿題でわからないところがあるの』
『んー?どれどれー?……ふむふむなるほど。大丈夫!お姉ちゃんに任せなさい!』
ふと思い返す時がある。10年前は学校が終わるとよく私の部屋に宿題を持ってきて、愛らしく涙目になりながら私に勉強を教わりにきていた琴ちゃん。
『——って感じかな。どうかな琴ちゃん?わかった?』
『うん、わかった!ありがとお姉ちゃん!コイトお姉ちゃんはおべんきょうできてすごいね!』
『いやぁ、それほどでもあるかなぁ!はっはっは!』
そのたびに私は琴ちゃんを自分の勉強机に座らせて、隣で琴ちゃん専属の家庭教師役に徹していた。懇切丁寧に教えてあげると花が咲いたような笑顔を浮かべ、目を輝かさせて琴ちゃんは私を尊敬してくれたものだ。
そう……10年前はそんな風に、琴ちゃんの頼れるお姉ちゃんをしてた私なんだけど……
「——あ、あの。ごめん琴ちゃん……ちょっとわかんないところがあるんだけど……」
「ん?どれどれ?……ふむふむなるほどね。大丈夫だよ。私に任せてよ小絃お姉ちゃん」
…………それが今ではこのザマよ。
10年の長い眠りから目を覚ました私は、今現在自宅学習で高校の勉強中。ん?お前学校には行かないのかって?いや実はだね……高校へ復学するか、それとも通信教育使って高卒の資格を取得するかとか……まだ具体的にどうすべきか方針が決まっていないんだよね。
ありがたい事に色々と琴ちゃんのお父さんが手続きしてくれているそうだけど、10年前に通っていた学校に問い合わせてみたところ。流石に10年も停学していた学生を学校としてどのように対応すれば良いのか決めかねているとかなんとか。そりゃそうだわ。いくら母校とは言えほぼ知らない生徒を受け入れろとか困るよね。試しに一度琴ちゃんに連れられて学校見に行ってみたけど、担任の先生はとっくに退職してて、他の先生たちもかなり様変わりしてたし。
……話が逸れたね。まあ、復学するかしないかは置いておいて。いずれにしても最低限の学力は今後絶対必要になるはず。と言うわけでとりあえず時代に取り残されてしまった私は遅れを取り戻すべく。自宅学習中なわけだけど……
「——って感じだね。どう?わかった?」
「う、うん……ありがと琴ちゃん……」
……勉強を教えてくれた琴ちゃんにお礼を言いつつ思う。それにしたって、これはないんじゃないかなぁ!?と、私は声を大にして叫びたい。妹分に勉強教わる情けない姉とか……辛いわ……
勉強を始めたのはいいけれど、指導する先生とか無しに自分一人で勉強するのは限界があった。久々に見た教科書は、何書いてあるのかちんぷんかんぷん過ぎて……一向に勉強は進まずに、ただただ教科書と睨めっこしながらうーんうーんと頭を悩ませていた私。
『どう?お姉ちゃん、勉強ははかどってる?』
『あ、ああ琴ちゃんありがと。……いやぁ、これが中々だね。やっぱ一人でするのは難しいかもね』
『そうなんだ。うん、そうだよね。やっぱり難しいよね。……だったらちょうど良かった』
『へ?ちょうど良いって……何が?』
そんな私を見かねてか。琴ちゃんは勉強していた私に差し入れのお菓子とジュースを渡しつつ。にこやかに笑ってこう言ってきたのだ。
『お姉ちゃん、勉強なら私が教えてあげるよ』
『え……琴ちゃんが……?』
大人になった琴ちゃんは、容姿だけでなく学力も素晴らしく成長していた。お試しで教わってみたら……それはもう、今までのどの学校の先生よりもわかりやすい教え方だった。
最初は抵抗もあり遠慮してみたけど、琴ちゃんの強いアピールと熱意に私は折れ。こうやって教科書と参考書を片手に現在年下のハズの年上な従姉妹の琴ちゃんに勉強を教わっている。
それに関しては本当にありがたい。ありがたいんだけど……
「他にわからないところとかない?遠慮しないで言ってねお姉ちゃん。なんでも教えてあげるよ」
「う、うん……たすかるよ……ははは……」
10年の月日は残酷だ。乾いた笑みを浮かべながら私は思う。まさか教える側が教わる側になるだなんて……年下の子に勉強を教わるお姉ちゃんとか惨めすぎる……恥ずかしい……
昔は琴ちゃんの自慢の才色兼備なお姉ちゃんだったのに、一体どうしてこうなった?今や見る影もないなんて……
◇ ◇ ◇
『——いや、才色兼備って自分で言ってるけど小絃……あんた昔からそこまで頭良くなかったわよね?良くないって言うかぶっちゃけいうと頭悪いわよね?』
「黙らっしゃい」
その事を勉強の休憩の合間に、電話で悪友のあや子に相談してみると。あや子は非常に失礼な事を言い出した。
『事実でしょうが。下から成績数えた方が早い、赤点補修が常連な学校を代表するバカ、それがあんただったでしょ小絃』
「うっさいなぁ……誰がバカよ誰が」
大体そういうあや子も私とどっこいどっこいな成績だったじゃないか。
『で?結局あんたはどうしたいわけ?』
「どうもこうもない。昔みたいに勉強が出来る琴ちゃんのお姉ちゃんに戻りたいの」
『……だからさ。あんたが一体いつ勉強なんて出来たのよ?昔は琴ちゃんに勉強教えてたって話だけど、それもかなり怪しいものね。あれだけ成績ダメダメだったのに、あんた本当に琴ちゃんに勉強をちゃんと教えられてたの?』
「失礼だね!小学生の問題なら、辛うじていけたよ!?」
『高校生が小学生の問題を辛うじていけたとかダメすぎるわ……』
おおっと?心なしか電話の向こうのあや子の声が冷めて聞こえる気がするのは何故だろうか?
『つーかさぁ、昔は勉強出来なくても赤点取って怒られてもヘラヘラ笑ってたってのに。なーんであんた急に勉強出来るようになりたいなんて言いだしたのよ」
「な、なんでって……別に深い理由は……」
「まあ、あんたの事だし大方アレでしょ?ホントは勉強出来なかったくせに自分を慕う琴ちゃんに良い格好みせたくて、琴ちゃんの前では見栄張ってたのに。実は勉強出来なかったって琴ちゃんにバレて急に気恥ずかしくなったんでしょ?だから勉強出来るようになりたいって思い始めた。違う?』
「うっ……い、いやその……」
何故バレた……エスパーかこいつ……?
『図星のようね。浅はかでわかりやす過ぎなのよあんた。ついでにもう一つあんたの考えてる事当ててあげましょうか?……『琴ちゃんに慕われたい。あの頃みたいに勉強できるお姉ちゃんって思われたい』――とか考えてるでしょ?ホントくっだらないわね』
「くだらないとはなんだよぉ……私にとってはメチャクチャ大事な話なんだよぉ……」
心底呆れた声であや子はそう言うけれど。こんな私にだってちゃんとあるんだよ……頼れるお姉ちゃんとしてのプライドって奴がさ。
ああそうさ、その通りさ。琴ちゃんに慕われたいわ。『コイトお姉ちゃん、すごーい!』って。目をキラキラさせて尊敬されたいわ……
『一体何だと電話に出てやってみれば……あのねぇ、つまらない事で電話かけないでよね。もう切って良い?あんたの長電話のせいで可愛い嫁が横で『構ってくれない』って寂しがってんだけど』
「あ、ちょっと待ってよ!?こ、困ってる親友に何かアドバイスとかないわけ!?」
『ないわね。だって……必要ないでしょそんなの。安心なさいな。たとえ勉強出来なくても、琴ちゃんはあんたの事を——(ブチッ!)』
「お、おい!あや子?あや子ー!?もしもし!もしもーし!!?」
と、最後に何か言いかけながら。忙しない様子でとっとと電話を切るあや子。あ、こら待てまだ話は終わってないだろうに!?
「く、くそぅ……絶妙に役に立たない奴め……」
ああもう……『琴ちゃんはあんたの事を——』の続きは結局なんだったんだよ……気になるじゃんか……
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