6話 ちょっと大人なマッサージ

「——そんなに元気いっぱいならさ、今から私と一緒に……気持ちいいこと、しよっか」


 私と二人っきりになった途端。怪しげな眼でそんな風に私を誘ってきた従姉妹の琴ちゃん。


「気持ちいいことって……な、なにを……?」

「気持ちいいことは気持ちいいことだよ。さ……行こうお姉ちゃん。大丈夫、私がリードしてあげるからね」


 色気ムンムンなオーラを纏った大人になった琴ちゃんに、有無を言わさぬまま抱っこされ寝室へと運ばれる私。き、気持ちいいこと……それって、つまり……


「(え、えっちな……ことか……!?)」


 思わずよからぬ妄想をしてしまう。だって仕方ないじゃない。実年齢はどうであれ、私って肉体も精神もただいま思春期真っ盛りなんだもの。魅惑のレディに耳元で『気持ちいいこと、しよっ』と囁かれて……あらぬ想像をするなとか無理ゲーじゃないの。


「うんしょ……っと。ふー……」

「こ、こここ……琴ちゃん!?な、なじぇにお洋服を脱がれておいでなのですかね!?」

「ん?だって邪魔だし」


 そんな私を知ってか知らずか。琴ちゃんはそっと私をベッドへ降ろしたかと思うと、カーテンを閉め寝室を薄暗くし。しまいには羽織っていたブレザーを脱ぎはじめ……

 お陰でますます濃厚に、淫蕩で淫らな妙な雰囲気が漂ってくる。な、なに?ホント何が始まるの今から……!?何されちゃうの私……!?


「それじゃお姉ちゃん。はじめるよ。リラックスして。気を楽にして」

「ま、待って……ホント待って……!こ、心の準備がぁ……!?」


 あたふたする私とは対照的に。ワイシャツ一枚になった琴ちゃんは大人の余裕でそっと私の肩に手を置き、そのまま私を優しくベッドに押し倒して――


「はい、じゃあまずはうつ伏せになって。背中のマッサージから始めるよー」

「…………あれ?」


 マッサージを始めた。…………え?マッサージ……?


「あ……の?琴ちゃん……?き、気持ちいいことって……もしかして……」

「うん、勿論――マッサージのこと。絶対気持ちいいよ」

「あ、ああ……気持ちいいことって……な、なんだそっちか……」


 小さかったあの頃のような(と言っても私にとってはつい昨日のように感じる)小学生だった頃の、天真爛漫で純粋無垢な笑顔を見せながら琴ちゃんはそう言う。その瞬間思わず気が抜けてしまう私。

 なんだ……気持ちいいことって……マッサージか……ホッとしたような……期待が外れてちょっぴりがっかりしたような……


「……ん?そっちかって……一体何だと思ったの小絃お姉ちゃん?」

「えっ!?あ、あはは!やだなぁ!勿論お姉ちゃんもストレッチだってわかってたさ!ははは、ははははは……」


 なんてベタな勘違い……変な想像して恥ずかしい。穴があったら入りたい。し、仕方ないでしょ!?琴ちゃんの言い方、なんか妙に含みのある感じだったしさ!?


『覚悟しておいてねお姉ちゃん。お姉ちゃんが高校を卒業するまでに……お姉ちゃんの事、とことん誘惑する。そして……身も心も、全部堕として。正真正銘、私のお嫁さんにするんだから♡』


 ……ここ最近、ずっと私の頭に思い浮かんでくるのはあの日の琴ちゃんの怪しい一言。お陰で琴ちゃんのなんでも無いはずの一挙一動に、常に振り回されてしまっている。……いかん、落ち着け私。いくら何でも琴ちゃんのことを意識しすぎだろ。

 いくら琴ちゃんが自分好みのセクシーなべっぴんさんに成長したからって……そんな琴ちゃんに熱烈にプロポーズされたからって……琴ちゃんだって節操無しに私を誘惑するとか……流石に無いだろうに……


「そ、それにしても!どうして急にマッサージなんか始めようと思ったの琴ちゃん?」

「何でって……何が?」


 勘違いした気恥ずかしさを振り払うように、私は無理矢理話を戻す。


「歩行訓練とかした後ならいざ知らず。私まだ何もしてないのにマッサージとか……やる意味あるのかなって思ってさ。リハビリが目的なら、とにもかくにも立ったり歩いたりして身体を慣らすのが先なんじゃ……」


 起き上がって素朴な疑問を投げかけると、琴ちゃんは頭を振ってこう答えてくれた。


「ダメ。まずは軽くマッサージから。いきなり歩く練習とか、ハードル高すぎる。早く自分一人で歩けるようになりたいって焦る気持ちはわかるけど、無理すると逆効果」

「そ、そういうものかな?」

「そういうものだよ。ゆっくり、時間をかけて身体を元に戻していこう。私の手で、今日から少しずつ10年で凝り固まってしまったお姉ちゃんの筋肉をほぐしてあげるよ」


 琴ちゃんの尤もらしい説明に納得させられる。なるほど……まあ、身体が全然動けない状態で必死こいて無理矢理身体動かしても、逆に身体に悪そうだもんね。


「でも……琴ちゃんにマネージャーみたいな事させるのは……なんて言うか申し訳ない気持ちがあってさ。マッサージなんて自分でも出来そうだし、なにも琴ちゃんがしなくても……」

「もう……そんな事気にしちゃダメ。他人行儀だよお姉ちゃん。私とお姉ちゃんの仲じゃない。ほらほら、ちゃんと横になって」

「わ、わわ……!」


 それでもやっぱり琴ちゃんを小間使いさせるのは抵抗がある。そう思いやんわり断ろうとする私。そんな私を琴ちゃんはもう一度、今度は強めに押し倒し。


「こ、琴ちゃん……やっぱいいよ、こんなの悪いし――」

「それじゃ、肩甲骨あたりからいくよー。せーのっ」

「はぅん……!?」


 有無を言わさずマッサージを始めた。……ちょろいといわれても仕方ないかもしれない。背中をちょちょいと一揉みされただけで、私は一瞬で蕩けさせられた……


「ぁ……ぅ、うそ……こ、これ……なに、これ……」

「どう?お姉ちゃん?気持ちいい?」

「きもち、いい……」


 あれだけ抵抗していたはずなのに、即おち。見事に陥落させられる私。それほどまでに琴ちゃんはテクニシャンだった。強すぎることなく、かといって非力というわけでもなく。絶妙すぎる力加減で私のツボを刺激していく。


「やっぱり張りがすごいね。背筋とか、肩甲骨とか。その辺の筋肉かちこちだよ。私が、全部ほぐしてあげる」

「ぅ、ん……おねが、い……はぁ……ンっ……」


 自分ではそこまで意識してなかったけど。やっぱり10年の月日で相当に身体が凝っていたらしい。岩みたいに固まったコリを、張りを。琴ちゃんはもみほぐしていく。


「あ、あー……ん、ぁ……あー……」

「ふふ……お姉ちゃん、かわいい声出てる」

「うっ……ご、ごめん……変な声がでちゃって……」

「んーん。いいの。私の手でお姉ちゃん気持ちよくなってくれてるって証拠だし嬉しい。むしろ、かわいい声もっと聞かせて」


 気を抜くと鼻にかかった声が漏れてしまう。気持ち良すぎて眠くなってきた……よだれまで出てくる始末で……やばい、ほんと気持ちいい……


「どこで、覚えたの……こんなの……」

「お姉ちゃんが目を覚ました時の為に。お姉ちゃんに喜んでもらう為に。いろいろ勉強したんだよ。これもその一つ」


 ふふん、と胸を張ってそう琴ちゃんは言う。勉強熱心でお姉ちゃん思いの良い子に育ってくれて感激よ。

 …………それにしても。


「あの……琴ちゃん?」

「ん?なぁにお姉ちゃん?どうかした?痛かった?それともくすぐったい?なにか問題があればすぐに教えてね」

「い、いやあの……マッサージそのものは全然不満はないんだけど……」

「けど?」

「……ええっと」


 ……そう、マッサージ自体に文句は一切ない。めちゃくちゃ気持ちいいし、コリもほぐれてリハビリにも効きそうだし。とにかく最高すぎる。

 ただ一つ。そう一つだけ琴ちゃんに言いたいことがあるとすればそれは—–


「(胸……めちゃくちゃ当たってるんですけど……)」


 マッサージを始めた時から今に至るまで。琴ちゃんのおっぱいが全力で当たっているってことだけだ。

 ……最初はね?私も琴ちゃんが一生懸命すぎて気づいてないんだと思ってたさ。えい、えいっと。おっぱい当たっているのにも気づかずに、私の身体をマッサージしてくれてるんだと微笑ましくも思っていたさ。けど……いくらなんでも、10分以上も密着マッサージして。気づかないのはおかしくね?ほ、ほんとに気づいてないんだよね……?


「(そもそも、なぜこんなに密着する必要がある……?むしろマッサージしにくくない……?)」


 ちょうど背中の……肩甲骨あたりに。あったかくて柔らかい。二つの水風船が押し当てられ続けている。おまけに超至近距離でマッサージされているから、すぐそばで琴ちゃんの甘い匂いがほのかに香ってきて……その甘さで脳が溶かされる。


「んっ……んっ♪よい、しょ……よいしょぉ……♡」

「……あの、琴ちゃん?どうしてマッサージを受けてる私だけじゃなくて……琴ちゃんも声が出ちゃってるの……かな?」

「んー?ああ、ごめんね。力が入るとつい声が漏れちゃうの。気にしないでいいから」

「そ、そう……」


 いや、気にするわ!?耳元でそんな……喘ぐように甘ったるい声聞かされちゃ、お姉ちゃん気になっちゃうわ!?

 気持ち良すぎるマッサージと相まって、私の身体はだんだんと熱を帯びていく。やらしい気持ちが再び膨れ上がっていく……


「ふぅ……さてと、それじゃあ大体背中側はマッサージし終えたし。次はねお姉ちゃん。仰向けになってくれると嬉しいな」

「あ、うん!よ、喜んで!」


 よかった……またイケナイ気分になっちゃう前に仰向けになれた……これで、琴ちゃんの天然おっぱい地獄……いやおっぱい天国から解放され——



 ふにゅ♡



「よし、じゃあこのまま今度はおなかのマッサージしよっか」

「(ま、またぁ!?)」


 解放されるかと思いきや。またしてもその見事に育ったたわわな胸が、私の身体に重ね合わされる。ねえ!?これで気づいてないってのは流石にあり得なくないかな!?


「こ、琴ちゃん!琴ちゃん待った!ストップだ!」

「え……?なに、どしたのお姉ちゃん?」


 いろんな意味で限界だ。私はべったり密着している琴ちゃんをどうにか引き離し。顔を真っ赤にしながらも琴ちゃんに注意する。


「言うべきか言わざるべきか……正直迷ったんだけどさ。琴ちゃん……ごめん、真剣に私のマッサージしてくれるのはありがたい。ありがたいよ?で、でもさ……」

「でも?」

「その……琴ちゃん気づいていないかもしれないけど……そういうつもりがなかったなら、申し訳ないんだけど……」

「うん」

「そ、その……ね?マッサージ中に……む、胸が……当たってくるんだけど……」


 恥ずかしいのと気まずい気持ちを我慢して。正直に言ってみる。……軽蔑されるかもしれない。琴ちゃん的にはただ一生懸命にマッサージをしているだけなのに、胸が当たってるよとか言われるなんて……


『一体何を考えていたのおねえちゃん……気持ち悪……やめてよねそういうの……』


 とか蔑まれるかもしれない。で、でもね?お姉ちゃんもほんと限界なの。取り返しのつかないことになる前に、ちゃんと言っておかないと……


「お姉ちゃん……何、言ってんの……?胸が、当たってるって……」


 案の定、理解できないと言いたげに。信じられない表情で私の顔を見る琴ちゃん。


「いや、わかる。わかってるよ。こんなに真剣に琴ちゃんは私の為にマッサージしてくれてるのに。意識しちゃう私が悪い。で、でもね……正直言うと琴ちゃんのその超進化したダイナマイトボディは、私にとっては毒すぎて——」

「当たってるんじゃなくて……?」

「…………」


 …………は?


「……当ててる……?」

「うん」

「故意に?」

「うん」

「……ええっと」

「あ、もしかして最初から当ててたの気づいてなかった?むぅ……しまった。もうちょい分かりやすくアピールするべきだったね。反省」

「…………」


 なるほどなるほど。これはつまり…………やっぱ琴ちゃん確信犯だったじゃねーか……!?


「あの、琴ちゃん?聞いていい?じゃ、じゃあ今までのマッサージは……まさか……真面目にやってなかったって……こと?」

「むー、失礼な。私、ちゃんと真剣にお姉ちゃんのリハビリのお手伝いやってるよ?……

「残りの半分は?」

「真剣に、お姉ちゃんを堕とすためにやってる」

「おおぅ……」


 思わず頭を抱える私。……合ってたじゃん!えっちなことであってたじゃん!?


「あ、あのね琴ちゃん!お姉ちゃんとして説教します!こ、こういうのはよくないと思うんだ私!」

「なんで?お姉ちゃんは嬉しくないの?お姉ちゃん、こういうの好きだと思ってたんだけど……お姉ちゃんが昔読んでたえっちな本に、こういうシチュエーションいっぱい載ってたよね?」


 待て琴ちゃん。なぜ君は私のトップシークレットを知っている?


「って、違うだからそういう話でもない!あ、あのね琴ちゃん!?こういうのは琴ちゃんにはまだ早いというかなんというか……!」

「私、もう大人だよ?お姉ちゃんより年上の、大人の女だよ?」


 そうだね!年齢的にはもう問題ないよね!でも、お姉ちゃんにとっては問題なのよ!?


「……ね、お姉ちゃん。この際だからはっきり言ってほしい。……こういうことされるの嫌?」

「はぁ!?」


 と、半ばパニックになる私に。琴ちゃんは少しだけしょぼんとした顔でそんなことを言ってくる。


「お姉ちゃん、私のアプローチ……全力で拒否するよね?ずっと不安だったんだ。ねえやっぱり私……お姉ちゃん好みの女に、成長できなかった……?私のお嫁さんになるの、嫌?」

「っ……!それ、は……!」


 少しだけ声を震わせて。琴ちゃんは目に涙を浮かべて問いかけてくる。い、嫌かどうかだって……!?そんな、そんなの……!


「嫌じゃないんだよ!嫌じゃないから困るんだよ!?」

「え……」


 ついさっき母さんやあや子に言いかけた。琴ちゃんには言いたくなかったことを、つい口に出してしまう。


「可愛がってた琴ちゃんが、私のタイプドストライクに成長して!しかもぐいぐい大人の魅力を振りかざして迫ってくるとか……ご褒美だよ!おあつらえ向きに、法律まで変わって嫁にできるって聞いて……驚きもあったけど、心の中でやったぜってなったよ!あの日のまま、私を思い続けてくれる琴ちゃんに結婚を申し立てられて……そんなん嬉しいに決まってたよ!」

「お姉ちゃん……!」

「でも、でもね!?私にとって琴ちゃんは、恋人とか嫁とか以前に……大事な大事な従妹なのよ!」


 目を閉じれば鮮明に思い出せる。『コイトお姉ちゃん!お姉ちゃん!』と私のあとを一生懸命追いかけてきた、あの頃の愛らしい琴ちゃんの姿を。

 大人になった彼女を見ても、ふとしたきっかけで私の眼には彼女の姿が幼いあの頃のままの姿で映ってしまうことがある……


「そんな実の妹みたいな大事な存在を、大人になったからって……自分のとびっきりの好みの女性になったからって……気軽に手を出せるかって話なんだよ……!」


 気を抜けば、たぶん理性のリミッターが外れて。琴ちゃんの誘惑に負けて琴ちゃんを抱いてしまいかねない私。けれど……そんなのだめに決まってるじゃないの……!だって私は、お姉ちゃんなんだよ……!?

 ぜえぜえと、そう自分の思いの丈を語った私。琴ちゃんはその私の話を聞いて……


「そういうとこが、一番好きよお姉ちゃん」


 心の底から嬉しそうに。ぎゅっと私を抱きしめてきた。ま、またこの子は……!


「そういう、私を心から大事に思ってくれるところ。昔から変わってないね。……大好き」

「だ、大好きとか……スナック感覚で言わないでよ……本気にしちゃうじゃん……」

「お姉ちゃんの気持ちはわかった。……そっか。お姉ちゃんそういうこと考えてくれてたんだね」

「わ、わかってくれた?なら——」

「——わかった上で。ますますお姉ちゃんが欲しくなった」

「…………うん?」


 ……あれ、おかしいな。この話の流れだと……普通『もうこういう事はしない』って流れになるはずじゃ……


「ちゃんと誘惑されてたってのもわかったし。方向性は間違ってないみたいね。……大丈夫よ。お姉ちゃんがそういう負い目とか。しがらみとか。考えられなくなるくらい……これからもめいっぱいお姉ちゃんを誘惑する。とことん誘惑して……私の虜にしてあげる!私のお嫁さんにしてあげるから!」

「……は、話聞いてた琴ちゃん?だ、だから私は……」

「とりあえず、まずは身体を堕とすことにする。というわけで——マッサージの再開だよお姉ちゃん♡」


 手をワキワキさせて、満面の笑みを浮かべて琴ちゃんはそう告げる。え、いや……あの……


「ちょ、ま……待って。待ってくれ琴ちゃん……も、もう一度……もう一度ちゃんとお姉ちゃんと話し合おう」

「問答無用。小絃お姉ちゃん……かくごー!」

「や、やめ……ちょ、琴ちゃんどこ触って…………あ、嘘やめてそこは………ぴ、ぴゃあああああああああああ!!!?!?」


 …………この後、とろっとろになるまでマッサージさせられて。骨の髄までわからされた私であった。

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