3話 外も内も埋まってた

 それから程なくして、琴ちゃんの連絡を受け……私の関係者たちが病室へ続々とやって来た。


「――起きるの遅いわよー小絃。お陰で実験データ取るのにえらく時間食っちゃったじゃないの」

「一人娘が意識戻ったって聞いて、駆けつけて来て出た最初の一言がそれかい母さん……」


 まずは母さんがやって来た。コールドスリープ装置なるものを開発して私を生かし、そして調整ミスって私をこんな時間まで眠らせやがった張本人へんじんだ。


「大体さ。最初の治療期間の5年はともかく、残りの昏睡状態だった5年は母さんのミスって聞いたよ?そこんとこどうなのよ」

「実験には失敗がつきものなのよ小絃」

「ちょっとは悪びれろよぅ。死にかけてる実の娘を実験台にするんじゃないよもう……母さんはもっとさぁ『心配したのよ!』とか。『もう目覚めないかと思ったわ!』とか……琴ちゃんみたいに涙流して言うべき事があるんじゃないの?」

「ないない。心配なんてしなくても、あたしが作った完璧なコールドスリープ装置を使ったのよ?遅かれ早かれ小絃が目を覚ますって確信してたわ」


 よく言うわ。完璧って言うけど、私に使ったコールドスリープ装置って未完成だったって話じゃないか。


「それにね、小絃」

「何さ母さん」

「目を覚まさないなんて絶対無いってわかりきってたわよ。だから心配なんてしなかったわ」

「あん?何でさ」

「だって小絃。あなたが琴ちゃんを置いてさっさと逝っちゃうとか……絶対にありえないじゃない」

「……」


 ……流石、私の事よくわかってんじゃないか。


「ま、ともあれさ……お帰り小絃。よく戻ってきた」

「ん。……ただいま母さん」


 ……やれやれだ。10年経とうが母さんは母さんだね。親子の10年越しの感動の再会、にはならなかったけど。実家に帰ってきたみたいな気分に浸れたよ母さん。


「さて小絃。起きて早々で悪いんだけど……母さんしばらく忙しくて小絃の世話とかは出来ないと思うの。当分は家に帰れそうもないわ。小絃が起きてくれた事で、コールドスリープ装置の有効性が証明されたから。その報告書とか作っていかないといけないのよ」

「ふーん。まあ、いつもの事ね。はいはい了解。自分の事は自分でしまーす」

「ま、と言っても流石に10年もブランクのある我が娘を放置するようなことは出来ないし――琴ちゃん」

「はい!」

「ごめんねぇ……大変だろうけどね、この子のことを頼んでも良いかしら?琴ちゃんが最適だと思うのよ。色々と」

「勿論です。私も最初からそのつもりでしたから。お姉ちゃんは、今度は私が助ける番ですから。任せてください――


 ……?あれ、何だろう?琴ちゃんのお母さんって呼び方……なんかおかしな変換されてたように聞こえた気がする……?気のせいか?


「助かるわぁ。ほーんと小絃は良い子を捕まえたものよねー。それに関してはGJよ!んじゃ小絃、琴ちゃんにあんまり迷惑をかけないように。そんじゃーねー」


 なんてことを言いながら、母さんは慌ただしく病室から出て行った。良い子を捕まえたって……まるで私が琴ちゃんを誑かしたみたいな言い方で失礼だなぁ……



 ◇ ◇ ◇



「――寝坊しすぎよ小絃。いくら寝坊の常習犯とは言え。10年も寝過ごすバカがいるなんて前代未聞過ぎるわ」

「…………えーっと、貴女……あや子……だよね?」

「そうよ。……あんた、まさか友人の顔も覚えてないって言うんじゃないでしょうね?」


 次に現れたのは10年以上前からの私の悪友……あや子だ。


「いやその……だって一瞬わかんなかったもん」

「ふふ、まあそりゃそうか。10年だからね。私も随分成長して――」

「あや子、随分老けたなーって。まあ、そりゃそっか。10年後って言ったらもうあや子も28でアラサーって事に――」

「言葉には気をつけなさい小絃。折角拾ったその命、無駄に散らす事になるわよ」

「…………すみませんでした」


 老けた事と年齢を指摘した瞬間、学生時代ですら見た事がなかった鬼のような恐ろしい形相に。こわい、やばい。本気だったぞこいつ……


「ったく……デリカシーの欠片もない。起きて早々これよこのバカは……ちょっとでも心配した私がバカみたいじゃないの……」

「はは、あや子が私の心配してくれるとか。全然想像できないわー」

「小絃お姉ちゃん。そんな事言わないであげて。あや子さん、本当にお姉ちゃんの事を心配してくれてたんだよ?」

「へ?」

「あ、ちょ……こ、琴ちゃん!?」


 あや子が私の……心配を?


「あや子さんね、お姉ちゃんが事故に遭った日……すぐに病院に駆けつけてくれたんだ。私と一緒にいっぱい心配してくれて。私と一緒にいっぱい泣いてくれたんだよ」

「あや子が……?」

「それに……暇さえあればお姉ちゃんお見舞い来てくれて。それで、今日何があったのかとか……楽しかった事とか。昏睡状態だったお姉ちゃんに根気よく話しかけてくれてたんだよ。いつか目覚めるって信じて」

「そう……なの?」

「……こーとーちゃーん?それは言わないって約束だったでしょうに……」

「えへへ。ごめんなさい、でもお姉ちゃんには知っておいて欲しかったから」


 顔を赤くし、恨めしく暴露した琴ちゃんに非難の目を向けるあや子。そっか……心配、してくれたんだ……


「……悪かった。そして、あんがとねあや子。ただいま」

「……遅すぎるのよバカ。ま、ちゃんと戻ってきてくれたから許す。おかえり」


 良い友人を持ったな私。……サンキュー。


「さーて。私そろそろお暇するわ。待ってる事だしね。…………あ、そだ。小絃ちょっと耳を貸しなさい」

「ん?何?」


 と、去り際にあや子は私にそう言って、こっそり耳打ちをする。なんだなんだ?


「……琴ちゃんにハズい事を暴露されちゃったわけだし。お返しにあんたには教えておいてあげる」

「教える?何を?」

「暇さえあれば私があんたの見舞いに来たって、琴ちゃん言ってたけどね。琴ちゃんには負けるわよ。あの子ね、文字通り……毎日あんたのお見舞いに来てたのよ。10年間毎日欠かさず、あんたの側であんたが目覚めるのを待ってたわ」

「琴ちゃんが……そんなに……!?」

「良い子よ。ホントに良い子。あんたにゃ勿体ないくらいにね。……だから、あの子大事にしてあげなさいよ」


 にっと笑ってそう教えてくれるあや子。そっか、そうだったんだ……


「言いたい事も言えた事だし帰るわ私……琴ちゃん。そのバカの面倒見るの頼むわね。結構大変かもだけど」

「大丈夫です。お姉ちゃんのことは私に任せてください」

「頼んだわ。……小絃!こんな出来た嫁さん、そうはいないわ。逃げられないように今から媚びうっておきなさいよー!」


 そう言ってさっさと病室を後にするあや子。琴ちゃんが嫁って……面白い表現するなぁあや子は。



 ◇ ◇ ◇



「――ありがとう、本当にありがとう小絃くん……!ずっとお礼を言いたかったよ……!よくぞ目を覚ましてくれたね……!」

「琴はこんなに大きく育ったわ……!貴女が命がけで守ってくれたお陰よ小絃ちゃん……!」

「そんな、お礼とか良いですよお父さんにお母さん。私、大した事はしてませんから」

「何を言うんだ。大事な一人娘を身を挺して守ってくれたんだよ」

「大した事をしてくれたのよ……小絃ちゃん、本当にありがとう」


 最後に来てくれたのは……琴ちゃんのお父さんとお母さん。琴ちゃんのことをとても大事にされているのは昔から変わらない。助けた私に涙を流して感謝の言葉を何度も贈ってくれる。


「小絃くんが退院した後の諸々の手続きに関しては私に任せてくれ。学校への復学も考えないといけないだろうからね」

「琴を守ってくれた分、今度は私たちが小絃ちゃんを助ける番ね。困った事があったら何でも言ってちょうだい。叔母さんたちが力になるから」

「目下のところ。最初は日常生活の復帰へのリハビリから始まる事になると聞いているよ。その辺の諸々のお世話は――琴、頼むぞ。お前が小絃くんをサポートしてあげなさい」

「ん。わかってるよお父さん。お姉ちゃんは、私の嫁。嫁のお世話は嫁がする」

「「……嫁?」」


 と、お父さんに言われて。琴ちゃんは真顔でさっきのあや子の冗談を引きずったようにそう言ってきた。突然の娘さんの面白発言に、当然真面目なご両親は首を傾げて疑問符を飛ばす。


「うふふ……聞いてお父さん、お母さん。小絃お姉ちゃんね……私のお嫁に来てくれるんだって」

「あ、こらこら琴ちゃん。お父さんたちビックリしちゃってるよ。変な事を言うのは――」

「……小絃君。それ、本当かい?嫁に来てくれるって話……」

「うちの琴を……お嫁に貰ってくれるの小絃ちゃん?良いの?」


 おや、意外だ。生真面目な琴ちゃんのお父さんもお母さんも、こういう冗談が通じちゃうんだな。


「あはは、まあそういう感じです。私も……琴ちゃんみたいな綺麗で素敵なお嫁さんとなら結婚したいって思ってましたからね。琴ちゃんと、お父さんお母さんさえ良ければ……琴ちゃんを嫁にくださいな」

「お姉ちゃん……♡」

「「おぉ!!!」」


 私も琴ちゃんに合わせて冗談を放つと、音羽家族はそれはもう湧き上がった。


「うちの琴を貰ってくれるんだね小絃くん!ふつつかな娘だが、自慢の子だ。よろしく頼むよ!」

「嬉しいわ……!琴を任せられるのは小絃ちゃんしかいないって思ってたの!ああ……感慨深いわ。あの小絃ちゃんが私たちの娘にもなるだなんて……!」

「小絃くん、まだまだ先の話だが。リハビリも順調にいって、復学して。そして卒業したら結婚出来るように。そのあたりの手続きも任せてくれたまえ」

「元々小絃ちゃんのリハビリ用にとお家を用意はしてたけど、いっそそこを二人の新居にしちゃいましょう」

「それは良い考えだ。こうしちゃいられないな。すぐに諸々の手続きを――」


 盛り上がる琴ちゃんパパ&ママ。興奮した様子で病室を後にした。


「もう、お父さんたち気が早いんだから。……ありがたいけど。ごめんねお姉ちゃん、慌ただしい親たちで。相手にするの、疲れたでしょう?」

「んーん大丈夫。ほんと、娘さん想いの良いご両親だよね。昔通りの明るくて優しい二人だったね」

「そう思って貰えると、嬉しい。これから先も……家族ぐるみでお付き合いしていくわけだからね。……ふふふ。お姉ちゃん、遠慮無くあの二人は第二の父と母だと思って良いからね」

「?ああ、うん。ありがたくそう思わせて貰うねー」


 いやはや、それにしても……あの真面目な二人があんなに面白いジョークを言ってくるとは思わなかったなぁ。琴ちゃんを嫁にって……危うく本気にしちゃうところだったじゃないか。

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