2話 年齢立場逆転従姉妹
あの日から10年の時が過ぎたと言う琴ちゃん――を名乗る美人さん。にわかには信じられない私を前に、彼女は詳しい話をしてくれた。
「お姉ちゃんは覚えてる?あの時の……あの忌まわしい事故のことを」
「事故…………ええっと」
「……私を庇って、お姉ちゃんが車に……」
「…………あ、あー」
説明された瞬間、脳裏に浮かぶあの時の出来事。曖昧だった記憶が思い出される。琴ちゃんが轢かれる寸前に、私が琴ちゃんを投げ飛ばして……その身代わりに車に撥ねられて……
「……あ、ちなみにお姉ちゃんを轢いた犯人ね。飲酒運転の常習犯だったんだって。あの時も飲んで酔って……警察にも追われてて。それで酔った状態で判断力失って突っ込んできたらしいよ」
「飲酒運転……ああ、道理でふらふらしてると思ったよ」
「あれから即逮捕されて、今も監獄の中。……当然だよね、お姉ちゃんを傷つけて……許されることじゃない。寧ろ、なんで死刑じゃないのかわかんない。叶う事なら、私の手で……お姉ちゃんをこんな目に遭わせた罰をあの屑に――」
「こ、琴……さん?だ、大丈夫……?」
「……あっ。ご、ごめんねお姉ちゃん?怖い顔になってた?」
怖いって言うか、ちょっと人殺しそうな目をしてたよ……
「話を戻すね。あの後すぐに救急車が来てくれて……お姉ちゃんは病院に運ばれたんだけど……相当危険な状態だったんだって。……思い出す度に、ゾッとする。私の腕の中でどんどん冷たくなっていくお姉ちゃん……あとちょっと遅かったら……私、わたし……!」
「だ、大丈夫。大丈夫だよ?私ちゃんとここにいるよ?ね?」
涙を流し震える腕でまた私を抱きしめる琴ちゃん。こんなグラマラスな女性に抱かれるとか正直ドキマギしちゃうけど、震える彼女に当時の琴ちゃんの姿の面影が見えて……どうにか欲望を抑え込んで抱きしめ返し、ポンポンと昔みたいに頭を撫でてあげる。
「……えへへ、ありがと。お姉ちゃんはやっぱり昔のまま、優しいね。……話、続けるね。小絃お姉ちゃんはね……ホントは助からないはずだったの。当時の医療技術だと、間違いなくお姉ちゃんは命を落としていたんだって」
「そ、そんなレベルの重傷だったのか……え、でもじゃあどうして私生きて……?」
「……コールドスリープって、わかる?映画とか小説なんかによく出てくる、人工的に人を冬眠させるってやつ。SFみたいな話だけど、死にかけてたお姉ちゃんを仮死状態にして……仮死状態のまま治療したらどうかってある研究者さんから話が出たらしいの。当時はまだ実装されてなかった……未完成のコールドスリープ装置を使おうって」
「ちょ、待って……?み、未完成のやつを試されたの私……?」
「ん……いくら人命救助の為とは言え、人道的にどうなんだとか。実験段階だっていうのにいきなり実装していいのかって。当時はいろんなところから賛否両論あったみたい」
そりゃそうなるわ。つーか何それ怖い。誰だそんな提案したマッドなサイエンティストは?
「でも、それがお姉ちゃんを助けられる唯一の可能性だって……最終的にコールドスリープ開発してた、小絃お姉ちゃんのお母さんが反対意見を押し切って……」
「…………あー」
身内だった。納得した。あの人ならやりかねん……
「でもね、そのお陰でお姉ちゃんは一命を取り留めたの。仮死状態のまま、時間をかけて……少しずつ身体を治していって……5年前、身体自体はなんとか完治出来たんだけど……」
「……?だけど?」
「コールドスリープ装置が、効き過ぎたみたいで。お姉ちゃんの身体は完治しても……今度は仮死状態から戻れなくなってたんだって。小絃お姉ちゃんのお母さん曰く『ごめーん、調整間違えちゃった☆』……って」
「おおぅ……」
軽いなオイ……間違えたで済ますなや母さん。
「それからは、いつ目覚めるのかわからない……長い長い入院生活。寝たきりになって……1年が経ち、3年が経ち。そして5年が経ってもお姉ちゃんは目覚めなくて。……正直ね、一生このままかもしれないって覚悟してたよ。一生お姉ちゃんは寝たきりで……二度と目を覚まさなくて、二度と私に……笑いかけてくれる事も、できないかもしれないって……」
「……そっか」
「でも、でもね!お姉ちゃんはちゃんと戻ってきてくれたんだ……!」
心底嬉しそうに泣き笑いをしながらしてくれた彼女の丁寧な説明で、ようやく状況が飲み込めた。冗談みたいな話で信じられないけど……要は事故に遭ってコールドスリープ装置なるもので仮死状態にされて。そんでもって10年が経ったから……今目の前にいる琴ちゃんは成長して大人の女性になってるって話なのね。
……ううむ。理解はしたけど正直あんまり実感沸かないわ。体感的にはついさっき寝て、そんで起きたら知らん間に10年経ってたって感じだし。現代版浦島太郎な気分よ。
「ん……?あれ?リアルタイムで10年経ってるって事は……もしかして私、28歳になってるって事かな?」
「実年齢はそうだね。でも……肉体年齢はあの日のまま。事故に遭ってから今日まで変わらぬ18歳の高校生だよ」
「ほうほうなるほど。…………ん、あれ?って事はつまり……」
8歳年下の琴ちゃんは……当時10歳で。10年経ったなら当然二十歳になって…………肉体的にも、精神的にも。私よりも年上の女性って……事に……
「……」
「……?どうしたのお姉ちゃん?どうして頭、撫でてくれないの?あ、もしかして疲れちゃった?」
「い、いやあの……ご、ごめんなさい……こんな、気安く年上の女性を……子どもみたいに扱っちゃって……琴さんも、もう立派な大人だって言うのに……」
「…………は?」
その事実に気づいて、失礼の無いように撫でる手を止めて琴さんに謝る私。するとどうした事だろう。さっきまでの蕩けた顔から一転、明らかに不満そうな顔で――琴さんは超至近距離で私の顔をのぞき込む。ひょぇえ……ッ!?
「……なに、それ」
「あ、あのあのあの……!?こ、琴さん……!?お、お顔が……近いんですけど……!?」
「琴さん、なんて他人行儀な言い方やめて。敬語もやめて。昔みたいに、普通に話して」
どうやら私の口調やら呼び方が相当気に入らなかったようで、琴さんは私の頬に両手を当てて訂正を求めて来るけれど……出来るかそんなの!?
……だ、だって……その。いくら目の前にいる人があの従姉妹の可愛い琴ちゃんって言われても……私の目には年上の大人でメチャクチャ好みな美人さんにしか見えないし……
「そ、それにほら!琴さんも嫌でしょう?と、年下になったやつにため口きかれたりするのは……」
「関係ない。嫌なわけ無い。年齢差が逆転しようがお姉ちゃんはお姉ちゃん。寧ろ……そんな風に壁作られる方が嫌。……ちゃんと昔みたいに言わないと――こうする」
「にゅぉおおおお!??」
とうとう怒った彼女は実力行使に打って出る。ベッドの上まで上がってきて、腰に跨がり私にしなだれかかってそう宣言する。胸を私のひんそーな胸に押し当て、蠱惑的な表情で見つめてきたのだ。
か、顔近い……綺麗すぎて直視できん……胸きもちいい……良い匂い……!あかん、どきどきし過ぎて折角命を取り留めたってのに、心臓が止まるわこんなの……!?言う事聞かなきゃ実質的な死刑宣言されてるようなもんじゃないか……!
「わ、わかった!わかったから!ごめん私が悪かった!だ、だからお願い琴ちゃん……ゆ、許して……!?」
「うん、わかれば良いのお姉ちゃん」
呼び方としゃべり方をなんとか戻すと琴ちゃんも満足したようで、にっこり笑ってベッドから降りてくれた。し、死ぬかと思った……
「と、とにかくだ。10年が経過してるって話だったね。ええっと……私の事はわかったよ。それで……琴ちゃん?」
「うん。なぁにお姉ちゃん?」
「琴ちゃんはさ。あの時大丈夫だった?思い切り引っ張ってびっくりさせちゃったけど……怪我とかはなかったのかな?」
「……やっぱりお姉ちゃんは優しいね。これだけ大変な目に遭って、それでも私の心配をしてくれるなんて。……ぜんぜん。傷一つなかったよ。お姉ちゃんが……身を挺して守ってくれたお陰だよ。本当にありがとう。そして……本当に、ごめんなさいお姉ちゃん」
「はい?」
と、今度は琴ちゃん何を思ったのか。私の前できっちり90度の最敬礼で謝ってきた。え?なに?私……謝られる事なんかされたっけ?
「ええっと……琴ちゃん?なんで琴ちゃんが謝ってるの?」
「……私のせいで、お姉ちゃんをあんな目に遭わせたから。私がもっと……もっと用心しておけば……飛び出したりしなければ……お姉ちゃんに痛い思いをさせなかった……!お姉ちゃんの大事な10年を、無駄に消費させなかった……!だから、だから……!」
「あ、なんだそんな事?」
いきなり謝られてなんのこっちゃと思ったけれど。なーんだ。琴ちゃんは変な事気にするなぁ。
「いやいや何を言うのさ琴ちゃん。あれは100パーセント突っ込んできた車が悪い。琴ちゃんは信号をちゃんと守ってたもん。そもそも琴ちゃんが飛び出そうが飛び出すまいが。あの車のスピードと軌道じゃ、どのみち私も巻き込まれてたさ」
「でも……」
「琴ちゃんが無事だったなら、私はそれで十分嬉しいよ。琴ちゃんを助けられたんなら、それでお姉ちゃんは十分誇らしいよ。琴ちゃんの命を私の10年で救えたってんなら安い安い。それに……紆余曲折あったみたいだけど、私も傷一つ無く五体満足で地獄の淵から戻って来れたわけだからねー!終わりよければすべてよしっ!だから、あんまし気にしなさんな」
「…………」
……まあ、気に病むのも仕方なかろう。あんな光景を幼少期に見せられたらトラウマにもなるわ。自分のせいだって自分自身を責めるのも仕方ないわ。
しょんぼりしている琴ちゃんに、昔のお姉ちゃんモードで慰めてみる私。
「……違うのお姉ちゃん。ごめん、本当にごめんなさい」
「違う?何が違うの琴ちゃん?」
「傷一つなく、ってわけには……いかなかったの。その……これを、見て貰える……?」
「?鏡?えーっとどれどれ?」
恐る恐る私に手鏡を手渡して、そのままうつむく琴ちゃん。なんだろうとその手鏡をのぞき込むと、いつも通りの自分の不細工顔にちょっとしたアクセントが付いていた。額にばっくりと生々しい大きな傷が付いていたのである。おや?これは……
「わかったでしょう?身体は治ったんだけれど、お姉ちゃんには消えない傷を負わせてしまったの…………私、お姉ちゃんに取り返しの付かない傷を付けて……本当に……なんて謝れば良いか……」
「あー、そういうこと?」
どうやら琴ちゃん、この私の残った傷を相当気にしているようだ。なーんだ、こんな些細な事気にしてたんだ?全くもう、琴ちゃんは大げさだなぁ。
「あはは!良いって良いって。良いアクセントになってるよ。不細工がちっとはマシに見えるじゃん?つーかアニメのキャラみたいでかっこよくない?」
「……お、怒ってないの?傷が残った事……辛く、ないの……?」
まあ、これが普通の神経をした女子ならば大なり小なりショックを受けるかもしれないけれど。あいにく私にそんな繊細さなど無い。別に見せる相手とかもいないしねー。
「琴ちゃんはどう思う?この傷、見苦しくない?気持ち悪くない?」
「……ううん、かっこいい。素敵。だってそれは……お姉ちゃんが、私を守ってくれた証だから……愛おしさすら感じる」
「それは良かった。ふふふ、名誉の勲章よ勲章」
だからさ。そんなに気にしなくて良いんだよ琴ちゃん。その気持ちを込めて私は笑う。
「……でも、でもね。お姉ちゃんの……嫁入り前の綺麗な身体を傷物にしてしまって。なんて詫びたら良いのか……」
それでもやっぱり琴ちゃんは、必要以上に気にしているみたい。仕方ないなぁ……
「んー、そこまで言うならさ。責任取って琴ちゃんが私をお嫁に貰ってくれないかなー?」
「…………!」
なーんちゃって。と、軽い気持ちでそんなジョークを放つ私。そのジョークにうつむいていた琴ちゃんは……目を見開き。さっきとはまた違う……なんだかめちゃくちゃ真剣な顔を見せる。
あ……ヤバ、その顔いい……真剣なまなざし好き……かっこいい……♡
「……いいの?お嫁に貰っても?」
「ふぇ?」
「お姉ちゃん知ってる?いとこ同士はね、結婚出来るんだよ?それを知ってて言ってるの?」
「え、ああうん……それはもちろん知ってるけど……」
急にどうしたことだろう?そんな当たり前の事、確認するのに何の意味が?
「…………うん、そっか。元々そのつもりだったけど……お姉ちゃんもその気でいてくれるんだ。うん。うん……そうだよね。だって約束したもんね…………ああ、嬉しい……うれしい……!」
「琴ちゃん?」
さっきまでの思い悩んだ顔が嘘のように。晴れ晴れとしたとても良い笑顔がでている琴ちゃん。よくわからんが……琴ちゃんが元気になったっぽいし、良いよねこれで!
「ふふ……お姉ちゃん。なら、遠慮無く……私が、お姉ちゃんをお嫁に貰うね」
「んー?おー、それは助かるなぁ。えへへ、末永くよろしくねー琴ちゃん」
「はい、よろしくね小絃お姉ちゃん♡」
――この時の無責任な発言を、私は後に後悔する事になる。
私は気づいていなかったんだ。10年という時の流れが生み出す社会の変化というものを。
そして気づいていなかった。冗談半分で言った私とは対照的に――『嫁に貰う』と琴ちゃんが発言した時の、その琴ちゃんの本気の目を。
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