1話 目覚めると、10年後

『――コイトおねえちゃん。ケッコン、ってなぁに?』

『ケッコン?……ああ、結婚ね。んーとね……簡単に言っちゃうと、大好きな人とずっと一緒にいましょうねって約束することかな』

『だいすきな人と……ずっといっしょ……そうなんだ!ならわたし、だいすきなコイトおねえちゃんとケッコンしたい!』

『……へっ!?あ、あー……ええっと……その。ごめん琴ちゃん、私の説明が悪かったね。結婚ってものは琴ちゃんのお父さんとお母さんの関係みたいな……基本的には男女の――』

『おねえちゃん……琴とケッコン……いや……なの?』

『あっ…………ううん!大丈夫、嫌じゃないよ』

『ほんと!?やったぁ!』

『……ただね。結婚っていうものは大人にならないと出来ないの。だから、今は残念だけど私と琴ちゃんは結婚出来ないんだよ』

『えー……そっかぁ、ざんねん。……ならね、ならね!わたし……おおきくなったらコイトおねえちゃんとケッコンする!それならいいよね!ね!』

『ほほぅ大きくなったらか。ふふ……そうね。もしも琴ちゃんが――琴ちゃんママみたいに私好みなボンキュッボンでスタイル抜群で黒髪ストレートで凜々しくて美しい――そんな魅力的な大人の女性になって。そして……大人になっても私を大好きだって気持ちがなくならなかったら。その時は私と結婚しよっか』

『うんっ!やったぁ!やくそく、だよ!』



 ◇ ◇ ◇



「――いい、よ……大きくなったら……琴ちゃん、と…………ん、ん……ん?」


 なんだか懐かしさを感じる、とっても素敵な夢から意識が急速に浮上する。ふわぁと女の子らしさに欠ける大あくびして、眠い目を擦った先に見たものは。見慣れたいつもの自分の部屋――ではなく、全く身に覚えのない部屋だった。


「…………え?何?ここどこよ?」


 きょろきょろと辺りを見回し困惑する。知らんぞ……どこだここ。白いベッドに白い天井、白い壁……とにかく全部が白い。枕元にはミサイルを撃つスイッチみたいなものが壁に繋がっている。……これ、ナースコール?

 繋がっているといえば。私の手足にも透明で細い管が幾重にも渡り繋がって、いずれもベッド脇のスタンドにかけられたパックへと伸びていた。パックに入った黄色い液体は、一滴ずつ流れ落ちて……管を通り私の身体へと入っていくのが見える。……これ、点滴……だよね?


「……まさか、ここ……病院か?」


 雰囲気的にはそれであってる気がする。え、でもなんで?私……生まれてこの方、一度も風邪とか引いた事無い超健康優良児のはずなんだけど……


「…………そう言えば、なんだこの倦怠感?」


 全身なんだか重い。うまく身体が動かせない。寝起きってことを差し引いても……なんだか頭がすっきりしない。違和感がある。よく見たら点滴挿されてる腕は白くて細くて自分の腕って感じがしない……なんだこれ???

 ダメだ、状況が全く読めん。……私、なんでこんなとこにいる?前後の記憶も曖昧だぞ?落ち着け、冷静になれ。とりあえず一番新しい記憶を遡らせてみよう。


「確か……今日は、お休みで。琴ちゃんといつもみたいに遊びに行く日で……」


 そんで琴ちゃんのお洋服を見繕う為に、一緒にお店まで歩いて出かけて……信号待ちしてて…………ええっと、それから……それから?


『――また来てくれたのね?毎日毎日、ホント頭下がるわ。でもあんまり無理しないで良いんだよ?忙しいんでしょ?』

『いいえ、好きで来ているんです。無理などしていませんよ』

『そう?まあ、そう言ってくれるとあの子も喜ぶでしょうね。ま、とりあえずゆっくりしていって。あたしも後であの子を診に行くから』

『はい、では……』


 必死に記憶を遡らせていると、扉の向こうで何やら人の声がする。どうやら私がいる部屋に用があるらしく、そのまま一人の女性が扉を開けて入ってきた。


「失礼します。また来たよお姉ちゃーー」

「あー、えっと……ど、どうも……」

「――ぇ」


 律儀に一言挨拶してきたその女性とバッチリ目と目が合う私。


「(うっわ……なにこの超絶美人さん……)」


 その人は、見た事無いレベルのめちゃくちゃ美人な女の人だった。腰まで伸びた長くさらさらな髪。目鼻立ちは大層整っていて、目を引くレベルの透き通る美貌。柔らかそうな唇は軽く染めた口紅で光り、大人の魅力を醸し出す。

 顔だけじゃなくスタイルもヤバかった。仕事帰りかなにかだろうか?スーツで身を包んでいる彼女……シャツもブラウスもしっかり着ているけれど、その上からでもはっきり主張する豊満なお胸は女の私もつい揉んでみたくなる。ウエスト、ヒップ、脚の曲線……ボディラインがハッキリわかるタイトなスカートは色気ムンムンで堪らない。黒タイツを履いた長く美しいスラッとした脚はセクシーで、思わず撫でたくなる。ヒールで踏まれたくなる。


 やばい……死ぬほど私のタイプだこのお姉さん……一目惚れしちゃうでしょこんなの……


「(でも……この人、どこかで……?)」


 なんとなく顔立ちは……琴ちゃんに――あ、いや違うな。琴ちゃんのお母さんによく似ている気がする。けど琴ちゃんのお母さんにしては少し若い。二十歳前後って感じだ。もしかしてご親戚か何かだろうか?


「…………お、ねえちゃ……目が、覚め……」


 そんな彼女はキラキラとエメラルドのように凜々しく輝く目を見開いて、雷に打たれたかの如く固まっていた。持っていたお見舞い用のお花らしきものを落っことしても、それに気がついていないみたいに。ただただ呆然と私を見ていた。

 しばらく私を食い入るように。困惑するように見つめて。そしてしばらくしてからようやくふらふらと私に近づいて――


「こ……」

「こ?」

「小絃お姉ちゃぁああああああああん!!!」

「ふぉおおおおおおお!!?」


 思い切り、抱きついてきた。


「ああ、ああ……!やっと、やっとお姉ちゃんが……起きてくれた、戻ってきてくれた……!お姉ちゃん、お姉ちゃんお姉ちゃんおねえちゃん……!」


 感極まった声で私をその豊満なお胸でぎゅっと包み込み、そして何度も何度も私の顔を見て……ぽろぽろと涙を零す美人さん。ふ、ふぉ……おぉおおおお!!!?なんだこれ!?なんだこのおっぱい!?そ、想像の倍やわらけぇ……それにめっちゃ良い匂いするぅ……!!!?


「待ってた、ずっとずっと待ってたよ……ねえ、わかる?意識はハッキリしている?どこか痛いところとかない?これ、夢じゃないよね……?」

「ちょ、ちょちょちょ……ま、待って!?お、落ち着いてよ!?いきなりなんなの――」

「ッ!!!!」


 って、いや私も落ち着け。全然違うのになんでこの初対面のレディを『琴ちゃん』なんて呼んでんだ。


「小絃お姉ちゃん……今、私を『琴ちゃん』って……」

「こ、コホン!し、失礼しました……!いや、違うんすよ。私の従姉妹にお姉さんと似た可愛い子がいましてね、いやあの大分小さな子なんですけど雰囲気が似てるって言うか何と言うか。だからつい私――」

「わかるのね、小絃お姉ちゃん……あんなに時間が経ったのに……見た目も姿も大分変わったはずなのに……凄い、うれしい……!」

「ふぇ?」


 呼び間違えを謝る私に対して、お姉さんは泣きながら笑い。そして居ずまいを正してから……私に衝撃の話を始める。


「落ち着いて聞いてね、お姉ちゃん。私は――琴。貴女の従姉妹の音羽琴です」

「へ?音羽琴……?い、いやいやお姉さん?何を……私の知ってる琴ちゃんは、まだ小さな可愛いあまえんぼな女の子で……」

「そうだよね。訳がわからないよね。……けど、本当の事なの。正真正銘、私はあの……お姉ちゃんの事が大好きな甘えん坊な琴」

「???」

「お願い、驚かないで聞いて。あれから……お姉ちゃんが私を庇って……そして眠りについたあの日から……もう

「…………は?」


 じゅう、ねん……?

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